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日記をつけ始めたよ。

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2020-12-01 21:21:35

ぽっぽアドベントに参加しました。

Posted by @chigurisu

 はとさん(@810ibara )主催 #ぽっぽアドベント 今年も参加させていただきました。2つ目の2日担当です。

https://adventar.org/calendars/5273

今年のテーマ「変わった/変わらなかったこと」わたしは「日記をつけ始めた」ことについて書かせてもらいました。




 日記を付け始めた。

 今まで日記をつけたことがないわけではない。子どもの頃は宿題のひとつとして毎日書かされていたし、大人になってからは読んだ本や観た映画の感想をつけたり、子が生まれたら育児日記をつけたり、通院記録をつけたり、旅に出た時は必ず旅日記を書いたりしている。だがそれらはすべて、特殊な状況を記すための「ハレの日の日記」であり、なにごともない日常を記録したケの日の日記はつけたことがなかった。「日記をつける」という行為そのものに、何か気恥ずかしさがあったのだ。ゴーン・ガールのエイミーを除けば日記なんか書く女とは友達にはなれない。「日記なんかつけてたまるか」とすら思っていた。日記をつけるような生き方、自分の内面と向き合うような生き方、自分を丁寧に扱うこと自体が気恥ずかしかったのだ。

 今年はそういうのをやめようと思った。わたしは大切に扱われるべき人間であり、それにはまずわたし自身がわたしを大切に扱うべきなのだと思った。今年はそういう年にしようと思った。

 一月に子宮を摘出した。後生大事に育ててきた筋腫の直径が15センチにも達していたのだ。筋腫そのものは良性だったが、筋腫が大きくなるということはつまり子宮自体もそれに合わせて大きくなってゆき、まわりの内臓を圧迫し、そして生理の経血の量を増大させるということだ。肥大した子宮に圧迫された膀胱が20分おきに「おしっこの時間です!」と悲鳴を上げ、タンポンと併用してるのに一時間に三回生理用ナプキンを交換する生活にほとほと嫌気がさし、「子宮なんかいるか!!」と手術を決意した。

 別に言いふらしていたわけではなく、だけど別に隠しているわけでもなかったので親しい人たちには折に触れ手術の予定をさりげなく伝えていた。するとたくさんの、思いがけずたくさんの女たちが「実はわたしも……。」という感じで自らも子宮を(あるいは卵巣を)摘出したという話をしてくれるのが驚きだった。女はいつのまにか子宮を取ってそのまま日常に戻っている。たまたま手術をしなかった女たちも腫瘍とそれに伴う重たい生理に苦しめられており、だが閉経してしまえばもう手術の必要はないので、閉経が先か手術が先かのチキンレースであり、手術をしなかった女はそのレースにたまたま勝っただけだ。そういう女たちのことを知ることができたのは本当に思いがけない収穫であった。

 わたしの執刀医は腹腔鏡手術の名高い名医で、子宮を取った女たちのうち直近十年以内に手術した女はほとんどみなその先生に執刀してもらっていたと言っても過言ではなかった。われらみな竿姉妹ならぬレーザーメス姉妹であったのだ。姉たちは口を揃えて「あの先生なら安心よ。大船に乗ったつもりでいなさい」と励ましてくれた。なので手術に対する不安はなかった。わたしが不安だったのは手術のあとのことである。

 優しい姉たちが一番心配してくれたのは手術ではない。

 更年期である。

 当たり前の話だが、子宮を取れば生理が終わり、生理が終われば更年期が始まるのだ。戦争が終わり、世界の終わりが始まるように、子宮があったらあったでなかったらなかったで、生理があったらあったでなかったらなかったで、女の人生は苦難の道なのだと思い知らされた。子宮に振り回される人生が嫌で手術をするのに、取ったら取ったでまだ子宮に振り回されるのだ。クソが。

 姉たちは言った。
「これから先ありとあらゆる災厄がお前の身に降りかかるであろう。暑くもないのに汗が噴き出し、手足は氷のように冷え、立っていられないほどのめまいがお前を襲うだろう。邪霊に取り憑かれた肩は常に重く凝り固まり、動悸と息切れがおまえを襲うだろう。朝は起きられず、夜は眠れず、今までと同じものを食べているはずなのに体重は二倍のスピードで増えてゆくであろう。骨はスカスカになり、血圧と血糖値が跳ね上がり、高血圧と糖尿病に怯える日々が始まるであろう。それもこれもすべてお前が生まれたときお前の両親が呼ばなかった魔女のかけた呪いなのだ」というようなことを。

 魔女にかけられた呪いの中でもとりわけ高血圧と糖尿病の危険性はわたしを怯えさせた。特に父方の祖母は糖尿病で亡くなっており、わたしは顔が可愛いのと性格が陰湿なのと、自分に甘いところが一族の誰より祖母に似ているのだ。

 日記をつけ始めたのは、最初はだから、食餌療法の一環としてであった。食べたものをすべて書き記してゆくのである。これは手術の一年ほど前から、つまり去年から始めていた。とにかく口にしたものをすべて書く。そうすれば自分が何を食べて、何を食べるべきではないのか見えてくるはずだ。そう思って記録を始めた。あったことを記していったのはそのついでである。最初はメモ程度の箇条書きだった。手帳にメモしていた日々の記録を、食べたものを書き込むついでにそっちのノートに書くことにしたのだ。会議が何時までだったとか、仕事の締め切りとか、子の学校へ提出する書類のこと、買い物メモ、to doリスト、「ほうれん草を使い切ってしまわなくては」というようなぼんやりとしているが大切なやるべきこと。それがだんだん長くなっていく。こんなことがあった、こんなことを言われた、こんなものを買った、こんな本を読んだ(本の感想をつけるノートにきちんとまとめるまでの、感想の覚え書き)、こんなものを見かけた、こんな花が咲いていた、そしてそれについてこう思った。

「わたしはなぜこんなに風呂に入るまでが長いのか」について真剣に考えたページもあった。風呂は嫌いではない。ただただ風呂に入るまでが長い。それはなぜか、「風呂に入る」という一連の流れのすべての手順をまず日記に書き出してみたのだ。驚くなかれ、「風呂に入る」という行為は実に84項目にも渡る行程で構成されていた。「まず立ち上がる」ところから始めていたので当たり前だ。だが、あとでその84項目すべてを「やりたいこと」「できればやった方がいいこと」「やらなくても構わないこと」「やりたくないこと」に分類したとき、「立ち上がること」はぶっちぎりで「やりたくないこと」であった。そりゃ風呂に入るまでが長いはずだ。最初からつまずいている。「わたしはなぜこんなに皿洗いが嫌いなのか」について真剣に考えたときも、28の項目のうち「まず立ち上がる」という項目が「やりたくないこと」ぶっちぎりであった。本当に立ち上がりたくない。ずっと座っていたい。

 84のすべての項目を分類したところ、風呂に入るという一連の行為の中でわたしが一番苦手な項目はクレンジングと髪を乾かすことだった。逆に好きなのは湯船で本を読むこととそのあとバスルームを真っ暗にすること、そしてごく最近大好きになった、ukaの剣山という名前の硬いシャンプーブラシで頭痛のする部分の頭皮をゴリゴリ揉むこと。クレンジングさえしなくて済むのであれば風呂に入ることはそう苦痛ではない。立ち上がりさえすれば。なのでクレンジングを「風呂に入るための行程」から外し、「帰宅したときにするルーティン」に組み込むことにした。帰宅したら靴下を脱ぎ、手を洗い、うがいをしてからコットンにポイントメイク用のクレンジングを染み込ませマスカラを落とし、次に顔を洗う。あとは風呂の時間までやることはない。こうしてわたしは日記をつけることによって風呂への苦手意識を克服した。と思う。

 だけど日記を書くということは、いいことばかりでもない。そのことは半年過ぎたあたりでうっすら気づき始めた。アウトプットが早すぎるのである。その日にあったことをその日のうちに書き記す、そうするとあったことに対して自分が考えたことがあまりにも薄っぺらすぎるのである。人間には、どこにも吐き出さずに心のうちでじっくり熟成させなければいけないものがあるのだろう。こういうことがあった、それについてこう思った、誰かに何かを言われた、すごくムカついた、それだけ。自分が「スカッとジャパン」的な安い物語に収束されてゆくのだ。それはつまりわたしが安い人間だからなのだろうけれど、だからこそ、安い感情を安いままで吐き出してはいけない、ということをようやく理解した。書くということには力がある。圧倒的な力だ。現実を物語の中に収めてしまう。書くことによって、書かなかったすべてのことを切り捨ててしまう。「書かない」ということは、「書く」ということと同じくらい大切なものなのだ。

 あったことを事実だけ書く。そしてそれについてどう考えたのかは、結論が出てから書く。どんなに時間が経っても。物語ってはいけない。収めようとしてはいけない。切り捨ててはいけない。書くことで、終わらせてはいけない。日記を書くことでわたしが得たものはその認識だけだ。

 結局、日記を書くことはいいことだったのかどうか今はよくわからない。まだ始めて一年だ。更年期はまあ、ほどほどに付き合っている。今のところは呪いの手はまだわたしのところまではやって来てはいない。血圧も血糖値も良好です。

 今年は自分を大切に扱おうと思った。わたしは大切に扱われるべき人間なので。小さなことをいくつか変えた。シャンプーバーを使い始めた、夜は白米を食べないことにした、夕食のあとはコーヒーを飲むのもやめた、花を買ってきた、仕事から帰ってきてスマホの万歩計を確認し、一万歩に達するまでそこらを歩くことにした、観られなかった映画があっても自分を責めるのをやめた、日記をつけ始めた。変わったというにはあまりに些細なことばかりで、「今年はなにも変わらなかった」としか言いようがない。だけどまあ、変わったんでしょう。変わったということを切り捨てずにいたいので。

 最後に、日記をつけるためのノートですが、わたしの場合はそもそも食べたものの記録のために始めたことなので、どこにでも持ち歩けなくては意味がなく(飴玉一個でもちゃんと記録しておかないと、飴玉10個食べたのに「今日は甘いものは何も食べなかった」と平気で書くような女なんです、わたしは)、つまり軽くて薄くて小さなノートでなくてはいけない。わたしは測量野帳のことをこよなく愛していますが、日記を書くには少し薄すぎる、ロルバーンでは厚すぎるし、そもそもリングノートは左のページに書き込むときにリングが手に当たって痛いので好きではない(シールやチケットの半券を貼ってカサが増えてもいいので旅行の時はロルバーンを持っていきます)、ロイヒトゥトゥルムは悪くなかったけど、日記として使うならそもそも最大の売りである「ノンブルが打たれている」というのがあまり役立てていないように思う、わたしのおすすめはクレールフォンテーヌ、ホチキス留めの薄い方のやつです。わりと小さなかばんにも入り、書きやすく、可愛いです。アスクルで安売りしてたのをまとめ買いしてしまったので来年も書きます。安い物語にならないように。

 以上です。お付き合いありがとうございます!

 明日は南極先生さんの番です。クリスマスまであと23日!!


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