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[神谷P♀]紅茶色の恋の落下速度は

全体公開 1 1198文字
2020-12-03 22:15:19

「急にこんなに好きになる予定はなかったんだ」

ぐいぐいくる神谷さんとアイスティーのお話です。

Posted by @toasdm

「もっとね、ゆっくりのつもりだったんだ」
 カラン、とグラスの中の氷が音を立てる。ずっと放って置かれた二人の間のアイスティーが、溶けた氷で透明度の高い上層と、下に沈んだ紅茶の下層とに分かれていて、境目は結構はっきりと見えている。
「ゆっ、くり……
「うん、ゆっくり」
 午後の日差しを受けて汗をかいたグラスにストローを刺し直し、幸広は目を細めながらグラスの中をかきまぜた。
「もっと、グラデーション、っていうか」
 カラ、カラ。
 グラスの中で氷が立てる音だけが、二人の間にある。二人きりのカフェ、ドアには「準備中」のプレートがかけられていて、だから時間は、とてもとても、ゆっくりと流れている。
「急にこんなに好きになる予定はなかったんだ」
「っ……
 かきまぜられて、グラスの中の透明と紅茶色の二色が混ざり合って一色になる。フッ、と笑った幸広の方から、彼女に告げられた「好きだよ」の言葉を思い出して、彼女は視線のやり場に困って目を泳がせた。
「最初はさ、好きだなって気づいてから、言うだけ言っておこうか、くらいにしか思ってなかったんだけど」
 すっかり混ざりあったアイスティーを一口飲んで、幸広の喉を冷たい潤いが通り抜けていく。はぁ、と吐き出した香りに満足しているはずなのに、幸広は今、別な潤いを求めて彼女を見つめる。目が合って、一瞬で逸らされて、幸広は彼女に嫌われているわけではないことを悟ってほっと胸をなでおろす。
「好きだ、って言ったら、もっと欲しくなるだろ?」
「も、っと……
 ニコッと微笑む幸広の、自分だけに向けられている表情に気付いてから、彼女自身も確かに、意識はしていた。だがあまりにも、ここ最近の幸広の距離の詰め方は加速度的としか言いようがなくて、戸惑っていたのも事実だった。その事実が、今の幸広の言葉に真実味を付加していて、だからこそ、彼女は答えを告げられずにいた。
「ねえ」
 それは、甘えたような声にも、懇願するような声にも、普段の幸広の声にも聞こえて、彼女はおずおずと目の前の幸広を見上げる。やっとこっち見てくれた、と人懐こい笑みを浮かべて、幸広はゆったりと言葉を紡いだ。
「返事が欲しくないって言ったら嘘になるけど、俺は本気だから」
……
「だから待つよ」
 彼女の戸惑いごと飲み干すように、アイスティーのグラスを空っぽにして幸広は笑う。

「その間、今よりもっとぐいぐい行くかもしれないけどね」

 ああ、私この人から逃げられないんだ――
 彼女は自分の心がすっかり捕らわれてしまっていることを自覚する。お手柔らかにお願いしますと笑った彼女に、善処するよ、と苦笑して幸広は席を立った。
「紅茶のおかわりはどうかな?」
 もっと話がしたいんだ、と上手に引き止める幸広の背中をぼんやりと眺めながら、彼女はこの、紅茶色の恋の落下速度について思いを馳せていた。


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