@erindyll

三泊四日の家族旅行の3日目。
私はお姉ちゃんやパパたちと別行動して、『キャンサー』に足を運んでいた。
『ななみ』ちゃんの最新の動画がアップされて、私は友達みんなと「お酒デビュー」のお酒をここで買おうと決めたのだ。
スマートフォンの画面をスクロールさせ、動画の下の方にあるコメントを見る。
行ったお店の情報がちゃんとしっかり書いてあった。
『ななみ』ちゃんのこういうちゃんとした情報開示はありがたいな。
そんな経緯もあり、今年の常夏島旅行はとても楽しみにしていた。
東京の大学の友達も、私が持って帰るお土産を首を長くして待っている。
夜明けの時代5 常夏島/戦国劇場/ジャムプレイス卓
ショートストーリー
「交差点」
「ラミルラ酒店」
常夏島のメガフロート4『キャンサー』で営業している酒屋。
営業時間は午後から夕方頃までと極めて短いが、珍しいラベルが並び、テイスティングも可。
店主の詳しい解説、7桁を超えるヴィンテージものの取り扱いもあったり等の理由から、店は結構盛況している。
店の地下に貯蔵庫を設け、数樽ほどオリジナルラベルのワインを醸造している。
銘柄は赤ワインの「Dita」に、白ワインの「Lily」だ。
しかし、個人ラベルなこともあり流通が極めて少なく、幻の酒と言われている。味は良い。
酒屋の二階には"夜景の楽しめるバー"こと『Bar「Charles's」』がある。
日中帯1階で酒屋を営んでいた店主がマスターを務めている。
まだ若い店主兼マスターは「魔法使いの酒」に関する造詣が深く、本人も自らを「魔女」を冗談めかして名乗っている。
幼さの残る容姿や黒く怪しい服装は、言葉の通り魔女を連想させるが、これでも30を超えているそうだ。
夜のバーは地元の住人にも愛されていて、常夏島の自警組織「イツビ組」の面々をお目に掛かれることもある。
自動ドアが開くと、取りつけられた風鈴の音がちりりんと鳴った。
冷房の効いた店内の空気を全身で浴びながら中へ。
はぁ、生きた返った心地だ。
常夏島の外は、それはもうびっくりするほど暑い。
水着で街中を歩く人が普通にいるけど、それも納得だ。
私のうちは毎年家族旅行で常夏島に来ているので、流石に慣れてはいるのだけども。
毎年この島に来るのは、やはりここは日本でも屈指の観光地だし、なによりパパやママの知り合いが結構いるからならしい。
しがないリーマンのパパとしがない在宅ワーカーのママが、この常夏島の市長さんや凄い博士の知り合いなのだから、世の中なにがあるかわからない。
店内は味わい深い色合いの茶の木床で、壁一面にはずらりと冷ケース。
その中に日本酒とかワインとかの瓶が。缶ビールがたくさん入っているケースもあった。
店内には女の人がひとり。
赤いカーディガンを来た黒髪の女性だ。
私が入ってきたため、振り向いた女の人と視線が逢ったが、その目はカーディガンの垢よりもずっと綺麗な赤色の瞳だった。

魔族、なのかな?
あまりに綺麗な赤い瞳だったからそう思った。
この世界の日常の中に、に当たり前のようにいる魔法使いの一族。
私も、その血を引いているらしい。ママがそうなのだ。
魔法を使う素質は、私も姉も弟もみんなあるらしかったんだけど、結局誰も魔法に縁のある生き方をしなかった。
締め切り前になると、家の中で変な踊りを始めるママを見てれば、あんな人になりたくないと思うからだ。
関係ないかも?
「あの、すみません」
私はその私と同じくらいの背丈の女の人を、店員さんと思って声をかけた。
「えっ?」
「えっと『Dita』と『Lily』を1本ずつ買いたくて――」
「あー、待って待って」
最初は呆気に取られていた女の人が、手を振って私を制止する。
「私、店員じゃないから」
「あ、そうなんですか」
(背はそんな高く無いけど)すらっと綺麗で服装もオシャレで、あとなんていうか場慣れしてる感じがこの人にはあった。
なのでつい店員さんかなにかかと思っちゃったけど、どうやらそれは違っていたようだ。
「私もただの客な?」
でも、よくよく見たら若い。
私と変わらないくらいか、もしかしたら年下かもしれないくらいだ。
酒屋さんにいるのだから、20代だとは思うけど。
「それはすみません……」
「いいっていいって。店長さん、在庫取りに地下に引っ込んじゃったんだよな」
そう言って女の人は冷ケースの瓶のラベルを眺めながらゆっくり歩きだす。
釣られるようにナップザックをしょい直して、私も彼女の隣を歩きだす。
「この店、地下に蔵があるんだよ。すげーよな。そんで上が……」
「バーですよね。夜だけ営業してる」
「おや。よく知ってんねぇ」
それにしても、かなりボーイッシュな喋り方をする人だ。
容姿も服装もかなりガーリーな感じで、髪もしっかりパーマかけててお洒落な女性、という感じ。彼女を店員さんと間違えた一因だろう。
なのに、口を開けばかなりはきはきした喋りをするし、声も元気な感じでどこかほっとする。
不思議なひとだ。
「えっと、このお店のこと最近動画見て……」
「あ、待って待って」
「はい?」
「その動画って、もしかして『ななみ』?」
「……っ! はいっ!!」
女の人の口から『ななみ』さんの単語が出てきて、思わず食い気味に返事をしてしまった。
少しオタクっぽくって恥ずかしいなぁ。
「あはは。実は私もそのクチなんだよな」
「ほんとですか!? 『(成人したので)常夏島で話題の酒屋に行ってみた』ですよね!」
「ああ。さっき店長も言ってたよ。あの動画のおかげで最近客足増えたって」
そうなのか~! 『ななみ』ちゃんやっぱすごいな~!
「『ななみ』の動画、おもしれーよな。妙にシュールだし、本人本当に楽しいのか?って思うけどなんだかんだで最後は結構楽しそうだし」
私が息巻いてうんうん頷いてると、お店の奥の方から物音がした。
女の人がふとそちらに気を取られ、私も釣られて見る。
階段を昇ってくる音の後、レジカウンターの奥から……、
「お客さん……、増えてるね?」
凄い格好の人が現れたからだ。
「店長さん」
と黒髪の女の人は私に教えてくれた。
ラミルラ酒店の店長さんが女性だということは『ななみ』ちゃんの解説で知っていた。でも、
真っ黒で、ボリュームのあるロングスカートのワンピースは、まるでドレスのようだ。
その恰好で常夏島はやはり暑いのか、身体の正中線に沿うように、首からおへそまで服の生地が無かった。なんて服だ。
暑苦しさを感じさせない気だるげな視線。髪と瞳は綺麗な碧色。
そしてなにより、かなり背が小さい。長い髪を二本のおさげにしているせいで、より幼さを感じさせる。

「とりあえず、いらっしゃいませ」
「…………」
『ななみ』ちゃんの動画じゃ、この人は30過ぎのはずなのに……、全然それを感じさせなかった。
まるで彼女は……、
「魔女みたいなひとだろ?」
黒髪の女の人が、私にそう耳打ちしてくれた。
ああ、ここは、
魔女の酒屋さんだ。
ブラインドが傾けられて、常夏島の強い日差しが入ってくる。
それでも、この部屋はどこか薄暗さを感じさせた。
「いい雰囲気っすね」
シトリンさんが、私の向かいの席に腰を下ろす。私も合わせて席に付いた。
「でしょ。パートナーがこういうセンスが良くてね」
バーカウンターの奥から、ここから彼女の手元は見えないがなにか支度してる店長が気さくに返事を寄こす。
「私はこの手のオシャレが得意じゃなくって」
ここは「ラミルラ酒店」の2階。Bar「Charles's」だ。
当然、本来この時間は営業していない。
店長さんが地下蔵(カーヴというらしい)から、この酒屋さんが作ってくれているというオリジナルラベル、赤ワインの「Dita」と白ワインの「Lily」の2つを持って来てくれた。
もともとシトリンさんも『ななみ』ちゃんの動画で知ったこのオリジナルラベルが目的だったらしい。
でも動画の影響で店頭に置いてある分が全部売れちゃってたから……、という顛末のようだ。
そして、店長が商品を説明している途中で「試飲する?」と訊ね、まだ開いていない2階のバーの方へ招いてもらった。
店内のレジカウンターの奥、関係者用の店内階段を上ってバーに入った時はドキドキした。
今日はツイている。
「夜だと、ここからの夜景がいいんすよね」
「そうそう。昼間は日差しがシャレにならないから、ブラインド開けるのはやめといた方がいい」
なるほどねぇ、と言いながらシトリンさんは店内のレイアウトを眺めている。
試飲をごちそうになるまでの手持ち無沙汰なちょっとの時間。
「日真理は、常夏島は一人で来たのか?」
シトリンさんが私に訊ねる。
おしゃれでかっこいい黒髪の女性。シトリン・サーレイク=トワイライトさん。
『ななみ』ちゃんの件で意気投合した私たちは、さっきお互いに自己紹介を済ませた。
「いえ、家族旅行ですよ。父と母と姉と」
「おー、いいね」
「弟もいるんですけど部活が忙しいので、今頃自宅で束の間の一人暮らし気分を味わってます」
置いてきたんかい、と言ってシトリンさんはころころ笑う。
「シトリンさんは?」
「私?」
頬杖を突きながらあちこち見ていたシトリンさん視線が私の方へ。
「私もまぁ、旅行だな。たくさんの友達?と」
首を傾げながら答える。なんで疑問系なんだろう。というより、
「なのに一人でこのお店に来たんですか?」
お友達さんはお酒弱いのかな、と思った。
「いやー、一人になりたかったんだよ。めんどくさいし」
「お友達になんて言い草ですか」
「いいんだよいいんだよ。ちょっと束縛強いし。それにカレシ連れてきてるやつも多いから、肩身が狭ぇ」
私は思わずくすりと笑ってしまう。
「シトリンさんはフリーなんですか?」
「いや。日真理の弟と同じ。留守番してもらってる」
自分で吹っ掛けたのに、シトリンさんの空気が急に優しくなって。というか本当にその口調が優しくなって、私は少し恥ずかしくなってしまった。
「はーい、お待たせ」
そんなふうにシトリンさんと雑談を続けていると、店長が割って入る。
「これが『Dita』、こっちは『Lily』。あとこれはチェイサー」
「ありがとうございます~!」
「いい香りっすね」
テーブル席に置かれるみっつのグラス。ワインを見るのは初めてではないが、やはり緊張でどきどきする。
「日真理は初飲酒だっけ?」
「え、そうなの? なんか光栄だなぁ」
はいと頷く私に店長がどこか嬉しそうにする。表情は硬いけど声には結構感情が出る人だと感じた。
「本当はお土産で持って帰って、大学の友達と一緒に……って予定だったんですけど。ナイショでこっそり一人だけ大人の階段登っちゃうのです」
「お、ワルじゃーん。まぁ私も友達置いて昼酒なんですが」
「そうだった。本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃない。スマホの電源切ってる」
「連絡くらいしたら?」
「電源入れたら着信何十件来るかって考えたら怖いので、買い物終えた後にする」
やれやれと店長が肩を竦める。
「そんじゃ日真理、かんぱーい」
「わっ! 乾杯……!」
二人のグラスが小気味の良い音を立てる。
グラスの底の方にうっすらとしかない試飲だけれど、それでも初めては初めてだ。
好奇心と緊張に包まれながら、私は美味しいと評判の赤ワインを口にする。
「こっ……れ美味いなぁ!!」
「気に入っていただけたかな?」
「私普段ポン酒ばっかで、ワインはあんまりなんだが……。いやー! これは美味いぞ!?」
「常夏酒造の技術もいろいろ盗んでるからねぇ」
「そーなんすか」
「ぶどうは甲州で獲れたピノ」
「はーん……」
「日本のワインは、フルーティでフレッシュなものが多く、その分野じゃ世界レベルなんだ。一方で深みや濃厚さってとこだとまだまだ欧州が強くって……」
「あぁ、でもこりゃ本当に……、って日真理?」
「うん?」
「……………………」
今まで味わったことのない独特な味……渋み?だろうかに思わず黙ってる私にシトリンさんが気付く。
「……ふっ」
「んははははは! そりゃあ初めてが赤ならこうなるよな~!」
あ、この人たち確信犯だ。
「ちなみにこの赤、だいぶ渋くない方だぜ? かなり飲みやすい」
「おー、ありがとう」
「そ、そうなの……?」
両親がたまに楽しそうに晩酌してるのを見ていたが、まさかこんな味だとは思わなかった。
「初心者に赤はハードル高めだと思うね」
「なのに白からにしなかったの?」
「うん」
「悪い大人だ……」
悪い大人だシトリンさん……。
「初めてのお酒って、なにがいいんでしょう……?」
「お屠蘇」
「文字通り子供の飲み物じゃん」
「ビール」
「ピルスナーは案外初心者向けじゃないよ」
やれやれ、と言って店長さんが「Lily」の入っている方の私のグラスをひょいと持ち上げ、そのままくいっと呷って飲み干してしまう。
「あっ」
「ちょっとチェイサー飲んでて。いいもの持ってきてあげる」
グラスを手にしたまま店長は踵を返し、バーカウンターの方へ歩いて行ってしまう。
「そんなに気にしなくていいのに」
店長の背を見送り少ししょんぼりしていると、シトリンさんがあっけらかんと声をかける。
「気にしますよ~」
「酒なんて、飲んで楽しめりゃなんでもいいんだよ。人は酔うとウンチク垂れ流したくなるから、なんか高尚な雰囲気がするだけで」
なんて言いつつ彼女はチェイサーを口にし、それから自分の『Lily』入りグラスを手に取る。
「そういうもんですか」
「やべー。『Lily』も超うまそうな香りだ……」
聞いてないなこの人。
「う、うめー…。白もうめぇ…」
聞いてないこの人。
すると、隣からしゃかしゃかという音と共に店長さんが戻ってくる。
左手にあるのは、シェイカーだ。
「片手で振るの、すっげーすね」
「混ざればなんでもいいからね」
「あ、白も絶品っす」
「お気に召していただきなにより」
と言って店長さんがこちらを見やり、ぱちんと視線が交差する。
「さて、イマリちゃん」
「日真理ね」
「ひ、日真理です」
「さて、ヒマリちゃん」
言い直した。
「なんでしょう……」
どこか緊張の面持ちの私に店長は笑いかけ、シェイカーを割って中の透明な液体を2つのグラスに注ぐ。
「私ももらっていいんすか?」
「少量でシェイクする方が大変なんだよ」
「スプリッツァーっすか。ライム?」
「ううん。レモン」
「なるほど、そりゃいい」
「えっと……?」
戸惑う私に解説してくれたのはシトリンさんだ。
「カクテルだよ。世の中のカクテルってのは、なんのためにあると思う」
「えっと、『飲みやすくするため』……?」
「正解」
「これはスプリッツァーと言って、白ワインを同量程度の炭酸水で割り、そこにレモンかライムを入れたカクテル」
流れるような説明に、私はおぉと相槌を打つしかなかった。
「ま、今回は絞ったレモンだけどね」
「騙されたと思って飲んでみな」
「そうだね。これはお酒を扱うものとしてのリベンジだ」
表情が乏しげな店長さんが、不敵に微笑む。
「ヒマリちゃんの最初のお酒の思い出が『渋く』終わってしまわないためのね」
「……はい」
不思議だ。
さっきまでちょっと遠のいてたわくわくが、また私の胸にある。
思わず口元がふふっと綻んでしまった。
私はどこかたどたどしくグラスを持つ。
シトリンさんもそれに合わせて、ほんの小さくグラスを掲げた。
「いただきます」
常夏島。
何度来ても、やっぱり楽しい。
すぐに汗が出る。
差すような日差しの中、シトリンさんと『キャンサー』をぶらぶら歩いていた。
「まさか二本も買うとはね。将来は蟒蛇かねぇ」
「……もともと、赤と白一本ずつ買う予定だったんです」
どこか目的地が定まっているわけではない。
なんとなく駅の方面だろうか。
もうお店を出てしまったのだから、私とシトリンさんはいつ別れてもおかしくない。
でもほんのちょっとだけもの寂しくて、少なくとも雑談が続いてる間は一緒に歩こうと思った。
「ま、気に入ってもらえてなにより。って私が言うのもおかしな話か」
「どうでしょう? でも、本当に美味しかったです、カクテル。また飲みたいなぁ」
なんて名前でしたっけ?とシトリンさんに訊ねれば「スプリッツァーな」と返してくれる。
「しかし、日真理って思ってたのと違う漢字だったな」
「え?」
「ほら、クール便書いてる時」
ここで私はやっと、買った「Lily」を自宅に郵送するべく、宛名を書いてた時を思い出した。
「お日様の『日』に、真心の『真』、理科の『理』。音はかわいーけど、字面はかっちょいいのな」
「プライバシー……」
「ちらっと見えただけだよ! ちらっと!」
ジト目でシトリンさんを睨む。
彼女の反応がおもしろくて、耐えきれずに途中で笑顔になっちゃったけど。
「母なんてもっとすごいですよ。北斗の拳に出て来そうな字面です」
真心の真に、琥珀の琥。と言いながら虚空に指で字を書く。
「すげぇな? そこに富岳か。たしかになんか秘奥義が撃てそうだ」
今日行ったお店のこと、宿に帰ったらパパとママにも話してみよう。
10年近くやってて市長さんもたまに来るって店長さん言ってたから。もしかしたら両親も知ってるとこかもしれない。
「そだ、日真理」
「はい?」
にかっと笑うシトリンさんは、かわいいけどかっこいい人だ。
「もう昼時だいぶ過ぎてるけど、昼飯ってもう食ってるか?」
言われて腕時計を見る。
本当だ。もう14時過ぎだ。
「実は、まだです」
「お、いいね~! じゃあこの後時間良ければ、メシ一緒にどう?」
「わっ! いいですね」
ぱあっと心がきらきらするように嬉しくなる。だけど次の瞬間すぐ気づいた。
「……お友達はいいんですか?」
「いーのいーの! 旅は道連れってな! 一期一会の機会を大事にしてこーぜ」
「……それなら、お言葉に甘えまして」
よし、決まりな!とシトリンさんは言うと先導して歩き出す。
「『シーフード・クラブ・ハウス』って言って、美味い海鮮料理出すって評判の店があってよ。そこ行ってみたかったんだ」
「行きましょ、シトリンさん!」
私たちは歩き出す。
2037年 常夏島
これは、“交差点”で出会った人々の話。