ジルオさんの友人の話。
名前のあるオリキャラががっつりいます。
@rondonozatta
ヴィテリアン 通称ヴィテ。月笛。ジルオより二つ歳上。大柄でジルオより頭一つ背が高く、銀の眼でハシバミ色の髪を短く刈り込んでいる。組合自警団に所属し、獲物は遺物加工品の槍。大抵オースにいる。探窟よりも対人戦闘が好き。ジルオとほぼ同期で、同じ孤児院出身。
*
同じオースで働くとは云っても互いに忙しく、しかもこの数年はあまりに色々ありすぎて顔を合わせても世間話の時間すら惜しむほどだったので、こうして立場を捨ててサシで呑むのは随分久しぶりだった。
最近できたばかりの海外の料理を出すという酒場はジルオが選んだところで、当たりだった。あまり呑まないお前にしちゃよく知ってたな、とヴィテリアンが茶化すと、ジルオは不動卿に聞いた、と全く顔色の変わらない仏頂面で返してきた。海産物の塩焼きやら酒蒸しやらに舌鼓を打ちつつ、自分で好きな酒だけを樽杯に注ぐ。
ヴィテリアンは適当に腹がそこそこになってきたあたりで、ずっと気になっていたことを訊いた。
「そういやお前、仕事はどうなった?マジでやめたのか?」
「四日後には出立だが」
「……う、わ。本気だったのかよ四層行き。誰の隊?」
「黒笛パトラ」
「あーあの美人だらけの女隊……ってお前嫁さん目当てかよ!抜け駆けはずるいぞ」
「何馬鹿を云ってるんだ。理由は条件が良かった。信頼が置ける。以上だ」
「ホントお前可愛くねーな」
「一人芸をやってるのはお前だ」
くいとジルオは小さな杯を飲み干す。トコシエコウ酒はなかなかアルコール度数が高くて癖のある辛味が特徴なのだが、相変わらずジルオはその酒が好きなようだった。度数の高さはその昔、殲滅卿が酔えないからもっと強い酒にしてくれと喚いたのが始まりなのだとか。
「でもまぁジルオも行っちまうのか……寂しくなるなー」
「アビスの神秘よりも血肉湧き踊る戦闘の方が良いとか云ってたのはお前だろう、ヴィテ」
「そりゃそうだ!ならず者を滅多打ちにする快感!まさに命を遣り取りしている感覚!素晴らしい!」
「一種の変態だな」
「アビスの呪いをすすんで受けに行くお前も変態だろ」
「その理論は探窟家は尽く変態になると思うが」
「違いねえだろ」
「違いないな」
真顔で冗談に乗ってくるジルオはだいぶ出来上がっているようだ。ヴィテリアンが知らないうちにトコシエコウ酒を一本空けていた。
団体の客が入ってきたらしく、酒場は喧騒を増して混んできている。端のテーブル席なのでジルオの話し声が聞こえないほどではないが、もしお祭り騒ぎになるようなら店を変えた方が良いかもしれない。
「ヴィテも行く気はないか、巨人の盃」
「いや勘弁してくれよ。俺、大断層以下行ったことねえし」
「俺もバラゴチャ回廊より下層は初めてだ」
「とんだ博打だこりゃ。四層の呪いってアレだろ、……」
「全身の穴という穴からの流血と激痛」
「そうそれ。教科書みてえな答えだな。さすがになすすべもねえ流血はやべーわ。戦闘なら避けられんのに」
「俺は三層の呪いの方が怖い」
ジルオが弱音を吐くなんて珍しすぎてヴィテリアンは一瞬固まった。いよいよ潰れるかと思いきや、ジルオは店員を呼び止めて海獣肉の蒸し焼きを注文していた。まだ食べられるらしい。
「二層のに加えて、幻覚だっけ?」
「アレが具現化されると思うと、……憂鬱だ」
「お前にも怖いもんなんてあったのな。夢見が悪いなら枕にポプリでも仕込めば。トコシエコウのやつ、その辺の土産屋で売ってるだろ」
「余計に悪夢を見そうだ」
あれ、とヴィテリアンは首を傾げた。ジルオはトコシエコウが好きなはずだった。少女趣味とからかってやろうとしただけなのに、真面目に返されたら困る。
「……もう時効だと思うから云うが、冗談だと聞き流してくれてもいい」
「あっ昔の恋人の話か?なになに、お前の浮いた話なんて聞いたことが」
「昔、俺はライザさんの弟子だった」
無視かこのやろ。ツッコもうとした口は開きっぱなしで酒がたらりと溢れる。
「汚いぞ。口を拭け」
「おぅ……って、ライザ?!殲滅のライザか!」
「ヴィテ、声が大きい」
淡々と制するジルオは至って普段通りだ。けどこいつ、酔っても顔が変わらんし冗談云うときも笑わないんだよな、と頭のどこかで冷静なヴィテリアンは考えた。
頼んだ蒸し焼きが運ばれてきて、ジルオはやわらかそうな肉を切り分けている。
ヴィテリアンは声を潜めて訊ねる。
「……マジ?」
「マジな話だ」
「それっていつ頃の話だよ?あの殲滅卿がダイブしたのってゆうに十年以上前だろ」
「赤笛のときには。合計しても二年……もあったかどうか。探窟で居ない方が長かったくらいだ。たまにご自宅に伺ったり本を借りたり、ごくまれにアビスの淵に連れて行ってもらえたくらいか」
「うわ羨まし。殲滅卿の探窟に同行とか。なんで俺を誘ってくれなかったんだ」
「だいたい原生生物の退治にすり変わるし、容赦なく滝に突き落とされるし上昇の足が遅いと置いていかれるが」
「やっぱあんまり羨ましくねえな」
ヴィテリアンの素直な感想に、ジルオは微笑む。これまた珍しい。今夜の呑み会は珍顔の公表会のようだ。
「大酒呑みで偏食家、喧嘩が過ぎて酒場を破壊しては出禁になること数度、悪戯は度を越して他者が右往左往するのを笑う、まさに傍若無人なお人だったな」
「……なんかとんでもねぇ人だったんだなぁ、殲滅卿ってのは」
「だが探窟家としてのライザさんは白笛にふさわしく凄まじい人だった。……赤笛なんて足手まといだろうに、何かと理由をつけてアビスに連れ出してくれた」
ジルオの語り口はひどく優しく、見たことがないほど緩んだ顔をしていた。
殲滅卿の功績ならヴィテリアンもよく知っている。同年代の探窟家たちは皆、殲滅卿に憧れて育ったようなものだ。
ヴィテリアンは空っぽになった酒瓶を置き、椅子に深く凭れた。酔いが醒めた気分だった。
「お前、なんでまたベルチェロ孤児院なんかに十年も勤めてたんだよ。せっかく殲滅卿の弟子って肩書きがあるならさ、自前の探窟隊でも編成して出世コース行けば良かったじゃねえか。それこそ色んな隊に、不動卿にも声をかけられたんだろ」
「ライザさんに頼まれたんだ。……ヴィテ、ライザさんに一人娘がいて、娘を守るために俺に託して、ラストダイブしたんだ……と云ったら信じるか?」
ヴィテリアンはゆっくりと瞬きをした。ジルオは冗談の続きを云っているように見えなかった。
「俺、お前と付き合い長いつもりだったけど、まさかジルオが大真面目にライザさんに惚れこんでるとは知らんかったわ。だってお前、他人の機敏に疎いポンコツじゃん」
「なるほど。お前が俺をどう思ってるかはよくわかった」
「友達少ねえのはホントだろ。痛っで!足蹴んな!」
「出動時以外は暇な自警団と違って孤児院は年中無休なんだ。無駄な付き合いなんぞやってられるか。蹴るな!」
「うるせ。そっちが先に足出したくせに」
んで?とヴィテリアンは追撃はしっかりやって、続きを促すと、ジルオはたいそう腹立たしいという顔で邪魔くさそうに前髪を掻き上げた。見慣れているので気にしないことにする。切ればいいのに。
「いつの間に子供なんていたんだ?」
「ライザさんがご結婚されていたことは知られているだろう」
「あー、誰だっけ」
「黒笛のトーカさん」
「誰だそれ」
「ライザさんの隊の一員だな」
「聞いたことねーな。かの殲滅卿を嫁にするとはどんな命知らずの巨漢なんだ」
「ライザさんより背が低かった。正直俺も経緯はよくわからない」
「オーゼンさんなら知ってるんじゃ?たしか仲がよろしかったって」
「事後報告だったそうだ。間抜け面の話など不愉快だと」
「あー……」
オーゼンならヴィテリアンも会ったことがある。あの顔とあの声で不愉快と云われたら背筋が冷えそうだ。
「ライザさんにそっくりだった」
二本目も空けたジルオが三本目に手を伸ばすので、ヴィテリアンは自分の杯も差し出した。明らかに呑み過ぎだ。酔わないとどうにも話しづらいのかもしれないが、潰れたジルオを運ぶのは面倒だ。
トコシエコウ酒はほんの一口で頭の奥が急激に熱される気がした。
「母親譲りの金髪で、どうしようもない悪戯好きで、食い意地が張ってて、それで……」
「そんで?」
「アビスに夢中だった。他のものなんて目に入らないほどにな。早く白笛になりたいといつも云っていた。憧れが過ぎてよく遺物をちょろまかしては院長先生に裸吊りにされていた」
「大物だなぁ」
「まったく手に負えない。以前オースの停電騒ぎがあったろう、あれもあの子の仕業だ」
「血は争えないってやつか。なにやらかしてんだか。ライザさんに頼まれたからって、子供の面倒見るためだけに長年孤児院勤めするとは、お前も律儀な奴だよ。お疲れさん」
「そう、だな。疲れた……疲れたと云っていいんだな」
「おう、云っとけ。で、その子、今はどうしてるんだ」
「自殺した」
間が空いた。ヴィテリアンが言葉を飲み込むのに時間を要したからだった。
「正確には禁を破ってアビスの底へ潜った。赤笛が二層以下に行くと自殺扱いになるだろう」
「あ、あぁ……そういうことか。紛らわしい云い方すんじゃねえわ。あれか。脱走した子か。結局見つからんかったって聞いたけど、お前手を抜いたな」
「……俺が捕まえに出たらつまらんだろう」
「何だよその自信は」
「十年あの子にさんざん振り回された俺の身になってみろ」
「へー大変だったなー」
「心が籠もってない」
「お前が責任持って送り出したんだろ。良いじゃねえか。つまり母親の背を追って?」
「おそらく。笛が上がって、封書を見学に行かせた数日後には旅立った。不動卿曰く、封書の一節に『奈落の底で待つ』と書かれていたと」
「まさか奈落の底に辿り着いたのか?誰も見たことがねぇって話なのに?」
「ライザさんならありうる」
「お前のライザさんに対する信頼度すげえな」
「当然だ」
断言しやがった。しかも真顔だ。
「それにしても赤笛かぁ。引き留めてはやらんかったのか。薄情者め」
「ライザさんには、『自分で道を決められるようになるまで』と云われていた。それに、一人でもないしな」
「同行者が?」
「ちょろまかしたオーバードだ。二人なら大丈夫だろう」
何にかかる大丈夫か。アビスは子供が挑めるほど甘くはない。ちょろまかしたという遺物もどういうわけか。ヴィテリアンは訊いてみたかったが深入りするのも危険である気がして、口を噤んだ。明らかに一介の月笛が知っていい範囲を超えている。
疲れたというのは本当だろう、とヴィテリアンは思う。ジルオの本来の性格は義理堅く、口も固い。酒の一杯や二杯でべらべら白笛の秘密を喋るタイプではない。それでも話さなければならなかったのだ。
十年を捧げた約束にケリをつけるために。
「……難儀なもんだよなぁ」
「は?」
「お前、もう結婚できないんじゃね」
「余計な世話だ」
「いや無理だろ。いまだにそんだけお師匠さんのことで頭がいっぱいなら、他の奴に目を向けてるひまねえだろ」
「そんなことは」
「娘のために十年費やしたんだろ。まぁライザさんのラストダイブ前も含めればそれ以上か。たったひとつの約束のために十年以上付き合うなんて、並大抵じゃねえ忍耐だよ。師匠も褒めてくれるぜ」
テーブルに身を乗り出してぽんぽんと頭を撫でてやると、ジルオは心底驚いたように耳まで赤くなった。貴重な表情だ。赤笛時代からの付き合いだが、ジルオの顔色を変えるなんてそうそうできるものではない。
ジルオが両手で顔を覆うので、酒も入ってるし泣き出すかとヴィテリアンが身構えたら、なんとか堪えたようだった。長い長いため息をついて、ジルオは顔を上げた。
「……あの人が帰らない、というのは理解してはいるのだが」
「おう」
「お前に指摘されるとさすがに辛いものがある」
「泣くか?」
「泣くか。ヴィテに甘えるほど落ちぶれてはいない」
「酷え云い草。まるで俺が甲斐性なしのろくでなしみてえじゃねえか」
「お前に甲斐性があったのか?」
「最悪だ。本気で云ってやがる」
ジルオが声を立てて笑った。これは最高に酔ってるな、とヴィテリアンは認識する。どちらかといえばジルオは饒舌な笑い上戸だ。そろそろお開きにしないと足元が危ない。
「俺ん家で呑み直そうぜ。もうちょっとお前の知る殲滅卿の勇姿、聞かせろよ」
「俺にライザさんの話をさせると長いぞ」
「わかった、とりあえずお前が寝落ちるまでな」
「一晩語ってやる」
「はいはい」
「返事は一回だ。だらしがない」
「すっかり先生になっちまって……赤笛のときを思い出すよ」
「ヴィテは食堂の食い物を盗って一日裸吊りにされて泣いていたな」
「お前一人でちゃっかり逃げやがって」
「日頃の行いだろ」
軽口を叩きながら会計を済ませ、二人でヴィテリアンの住むアパートに歩く。深夜のオースはアビスがぽっかりと黒い闇のように見える。
探窟家は短命である。アビスに潜るとは命を賭ける覚悟があるということだ。ヴィテリアンにはその度胸はなく、先日まではジルオもその一人だと考えていた。
延々とライザの思い出話をしだすジルオは今までになく楽しそうだ。こんな感情豊かな奴だっけ、と思いながらもヴィテリアンはそのことに安心する。
役目が終わったからアビスに還るというつもりはなさそうなので。