X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

[雨P♀]飛び出した先の景色

全体公開 1 1561文字
2020-12-19 21:37:07

「俺も始めの頃はそうだったぜ」
普段と逆に雨彦さんがPさんの背中を押してくれるお話です。

Posted by @toasdm

 お前さん、そんなに勇気がなかったかい?と瞳が問いかけてくる。仕事以外はてんで駄目ですね、と困ったような瞳がその問いかけにはにかんで答える。仕事だろう、と目線を合わせるようにしゃがみこんで、雨彦は椅子に掛けた彼女を少し下から見上げてニッと歯を見せて笑った。
「俺も始めの頃はそうだったぜ」
「今は、慣れましたか?」
「ああ、おかげさんでな。お前さんが色々仕事を取ってきてくれたもんでね」
 慌ただしく動き回るスタッフたちの誰もが、彼女のことをただの助っ人だと思っているはずなのに、雨彦にはどうにもそうは見えなくて、落ち着かない。
「落ち着かないなぁ……
 そう言いながら白を纏う彼女よりも、ずっと落ち着かない。こんなにきれいなお前さんに、誰も注目しないなんてことはなさそうでな、という気持ちを完全に拭い去ることが難しいせいだ。
 そんな気持ちを無理矢理追いやるようにして、雨彦はよいしょ、と立ち上がって彼女を見下ろす。
「花嫁サンの気持ちになってみりゃいいさ」
 つなぎの胸ポケットからスマートフォンを取り出して、雨彦はカメラを起動する。お前さん、と声をかけ、ヴェールの向こうから戸惑いの表情を覗かせている彼女のオフショットを撮影して、雨彦はそれを彼女に見せた。
「表情が硬いぜ」
「うわぁ……引きつってますね」
「だろ?」
「ふふふ……うん、なんか、一周回って冷静な気分です」
 よっしゃやるかー、と両腕をうんと上に伸ばした彼女は、ウェディングドレスを着ていること以外、普段の彼女と変わらないように見えて雨彦はほっと胸をなでおろす。
「はは。そいつはよかった」
「やってやりますよ、葛之葉さんの頼みとあらばっ!」
 掃除屋のつてで、普通の女性の知り合いはいないかと声をかけられて真っ先に彼女のことが浮かぶくらい、雨彦にとって彼女は、プロデューサーというよりも普通の女性という認識だった。いつからだろうな、と胸にじんわり広がったあの甘い温度を思い出すように、雨彦はそっと目を閉じてみる。

 いつからか、なんて関係ないか。俺はいつの間にか、お前さんのことを――

 リーズナブルで慎ましやかな結婚式場のモデルとして、彼女を知り合いに紹介したことを最初雨彦は少し後悔していた。今は雨彦だけが気付いている彼女の魅力を外に出すことに、戸惑いが生じてしまう理由を理解してしまえば納得がいった。流石に相手役に自分を、というわけにはいかなかったが、相手役は汚れのない瞳をした好青年だ。あちらさんからどうこうってことはなさそうだな、と現場を見届けて、雨彦はひとまず溜飲を下げている。
「花嫁役の方、お願いします!」
「わ……
 どうしようまた緊張してきた、と表情を硬くする彼女の肩にぽんと手をおいて、雨彦はいつになく真剣な瞳で彼女に言った。
「さあ、いってこいよ。飛び出した先の景色もいいもんだぜ」
「あ……
 初ステージの袖、彼女は雨彦たちの背中をぽんと押して、今の雨彦の言葉をそっくりそのまま、雨彦たちに言ってくれた。

 飛び出した先の景色も、きっといいものですよ、と。

……はいっ」
 なんだか背中押されちゃいましたね、とまた雨彦がよく知る普段の彼女の朗らかな顔が、お願いしまーす、と撮影スタジオへと飛び出していく。
「さて……
 邪魔にならない隅っこの方で、雨彦は腕を組んで成り行きを見守る。
「ッフ」
 頑張ってきまーす、と雨彦の方を見て小さく手を振る彼女の撮影に、水を指すような汚れが入り込まないようにするのが、今日の雨彦の仕事だ。
「きれいだな」
 光を浴びて最高の笑顔を振りまく彼女のことを、雨彦は初めて明確に、そう認識した。

 お前さんには黙っておこう、と決めて、雨彦は彼女に小さく手を振り返した。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.