@susk_ktmnn_
この企業に勤め始めて早18日が経過した。
日数とは過ぎるのが早いもので、日々のレポートを見直してため息を漏らす。
勤めると決めた時、____がえらく酷い顔をしていたことを理解してぼんやりとした後悔を覚えている。
きっと分かっていたんだろうなぁと思いつつ、彼に罪などなんにもないと頭を搔いた。
だって僕自身、ほぼほぼ勝手に決めて採用が半確定した時点でした話だったから。ある意味それが仇になった。
「…………」
今日、電話は鳴らなかった。
育児に忙しかったのかもしれない。当然だ。
今こうして業務のまとめをしている間も、彼は彼でやるべきことをしてくれている。
むしろ、家から電話がかかってくることが必然であるような日々であったことが意外のそれだったのだろう。
「はあ、早く帰んないとだなぁ。遅くなっちゃうもんね、ふふふ」
とんとん、とまとめ終わったレポートをファイリングする。
ヴァイオレットとニコラスはそろそろ帰っただろうか。
まさか飛び級の子供が部門に配属されるなど思わず、昨日変な声を上げたのを覚えている。最初は迷子だとばっかり思った。
マクスウェルが言うに前の企業の知り合いらしく、納得は一応したがすんなりとは出来なかった。
…子供。思えば、子供が勤めに来るのは珍しくなかったのだろうか?
自分の子供はまだニコラスよりも小さいとはいえ、…裏路地とかなら有り得てしまうのか。
外郭からなら、もっと有り得てしまうのか。
7年前、僕が務めていたあそこにも10歳程度の少女がいた。興味はなかったから記憶はあまりないが、結構よく見かけた気がするから業務に関してはベテランかもしれない。
子供も務める時代か、と、違和感を無理やり押し込んだ。考えたって不毛だ。
『此方に落ちないことだけは祈ってやりますよ。』
7年前、あの企業で…僕は死んだ弟、ストームと最悪の再会をしたことを思い出した。
小さい頃、僕が全てを殺さなければいけない原因を作った弟。
その弟は7年前、どういう訳かあの企業に幻想体として収容された。
そして、弟は僕と違う瞳で、僕を切り裂いてきた。今でも1番最悪な再会だったと思う。
『こちら側』。そんなものがあるはずあるものか、と僕は思っていた。そんな姿が最後に訪れる結末なはずがあるわけない。
でも、ABEWは言っていた。…浸蝕の進んだ職員から幻想体を抽出する、と。
あってたまるかと思っていたことを、目の前で言われた。
今でも信じるつもりは無い。目の前でそんなことも起きていないのに。
仲の良かった職員イブンや、職員トムは、気づけば死体がなくなっていた。話によると抽出関連の部門の方に、とか、なんとか聞いてたけど、僕にはよくわかっていなかった。
でも、それらしい幻想体の情報は1回見かけてない。きっと嘘だ。…そう決まっている。
だが、そう思うと疑問は残る。
あの時出会った弟は幻想体《遠き日の復讐者》だった。姿は紛うことなき人間なのに。
アレは、抽出されたのか?本当に?人間の姿だったのに?
…人型の幻想体はいると言われたら終わりだけれど、あそこまでそのまま、…僕の弟のまま…。
「ツァディク・ミスト。まだ仕事してるのか?」
ハッとして顔を上げる。
そこには部門内職員の中でも優秀なスキンヘッドの職員が立っていた。
「あれぇ、マクスウェル。もう業務終了だよ?帰りなよぉ、ふふふ」
「後始末があったからな」
「あ~…、掃除当番か。お疲れ様」
レポートを棚にしまい込む。考え事をしていたら時間が経ってしまっていたらしい。
手伝うよ、とマクスウェルは残っていた資料を僕の手の届かない1番上の棚に左手の義手でしまい込んでいた。
「身長あるっていいよねぇ、分けてよ」
「ははは…さすがに無理だな」
「ぶう」
基本、ツァディクと職員は立場をわきまえるべきだろうとは思うけど僕はそれが面倒で、部門職員しかいない時はフレンドリーに接するようにしている。
幸いそれを嫌悪する職員が居ないおかげで、この均衡と信頼は保たれている。
イブンや、トムがいなくなったあの日、訪れかけた不和を回避してくれたのは他でもないマクスウェルとそれを望まなかったヴァイオレットの2人のおかげだと思っている。
「もう君が来て18日だよ、早いねぇ」
「もうそんなか…、色々あったな」
「そうだねぇ、これからもよろしくね」
前に務めていた会社で同じような業務をしていたマクスウェルは、初日、初めてこの仕事を就く僕にうまい指示の方法や幻想体の見極め方を教えてくれた。
おかげで、本当に何も情報が手元にない幻想体相手にも間違った選択をすることが少なくて済んでいる。
…ただ、職員トムの時は…ほぼ、独断の作業だった。何度止めてもあの収容室に入っていった。
アイツに会わなくてはいけないと、その一点張りだった。
死ななければ会えない相手だったのか。そんなことをしてまで、…会いに行く相手だったのだろうか。
「その事なんだが」
「…?」
少し言い方のおかしい切り返しに疑問を覚える。
マクスウェルは僕の持っていた他の資料も全て手に取り、棚にしまい込んでいた。
ぎしり、とマクスウェルの左腕の義手が軋む音がする。
「…………」
「どうしたの、マクスウェル」
他のところに下段に入れる資料があったな、と少し移動する。
手に取って戻ると、
「いや、なんでもない」
と苦笑する声が聞こえた。
なんだったんだろう。
「あ、そうだ。話しておきたいことがあるんだ」
「ん?何?」
「近々、前の企業からこっちに勤めに来る知り合いが何人かいるんだ。生存策略に配属できるか分からないけど仲良くしてやって欲しいなって」
「へー、あ、じゃあ名前だけ教えてよ。そしたら分かると思うから」
かた、かたん、と資料をしまう音が霧のかかる部門内に響く。
がちゃ、ぎし、ぎしりと義手が動いて軋む音もした。
返事はない。
「……?マクス、」
「ツァディク・ミスト。」
「なに、どうし」
「フランクやストームによろしく。」
「うん。……え?」
……………ストーム?
それって。
顔を上げた。
「…マクスウェル?」
そこには今はまだ人の足こそ2本あれど、上半身にかけて無数の腕に覆われた、マクスウェルだったものが居た。
どこか遠いところで収容違反のアラームが鳴る。
ああ、いや、でも、これは。マクスウェルは?マクスウェルはどこに?
「ミストさん!!!」
まだ帰っていなかったらしいヴァイオレットの叫びのような声が聞こえる。
ぶわりと三つ編みに青薔薇が咲くのが視界の端に見えた。
まさか、あれがマクスウェルだって?
「………うそだ」
ひとが、幻想体になってなるものか。
頭が痛い。視界が歪む。視界が黒ずんでいく。
そのまま、全てを信じきれないまま、力なく倒れた。