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【IDEAPOLIS】day22 小噺

全体公開 2088文字
2020-12-26 00:30:46

独り立ちのお話

実験施設が、私の家でした。

フラスコの中の小さな遺伝子から私は産まれました。
元になった、《在りし日の虚像》という母体。人体名:____という女の人の遺伝子でした。

産まれたばかりの私は、私たちは自分がただ____である、ということだけ分かりました。
私たちは実験のために、さくりさくりと死んでいきました。
私が生き残ったのは、ただの気まぐれであったのだろうと思います。
モニターに映る私に似たその人を見つめるばかりの大人たちを、私たちはぼんやりと見つめていました。





私。

ぼく。僕。

ぼくは、こんな喋り方だった。
人体名:____は素直じゃない性格で、弟がいました。
いい子だったんだろうなってぼくは思います。だって、きっと弟は____のために死んで行ったと思うから。
そのあり方は「正しかった」。
姉のために死ぬ弟の姿は ぼく を僕たり得る何かにするキッカケにするにはあまりにも十分すぎた。





母体を“紛失した”と聞いたとき、僕は安堵したことを覚えてる。
周囲の大人たちは最終記録が、観測が、エネルギーが!そんな叫び、嘆きばかりが響く。
でも僕の耳にそんな言葉は入らなかった。
ずっとモニターの先に映っていた所在地のアイコンが消滅して、ようやく《ぼく》は《僕》に成れたのだ、と。
____ではなく、ようやくたった1人の《ひと》に成れたのだと。
その思いばかり溢れて、僕は初めて泣いた。
初めて嬉しいと思った。弟の善性に触れて以来の感情の現れだった。
そして、母体が紛失したことを喜んだ。恨んでなどいなかった。ただただ、彼女も自由になれたのだという他人事であろう事実が自分の事のように嬉しかった。

「おめでとう。」

僕は、会うこともないだろう貴方にただ、感謝と祝福の拍手を贈った。





それから7年。
母体が再度出現したと聞いた僕は落胆した。
7年間で人はすぐ耄碌して忘れていく生き物だということを学んだのだが、時折そうでも無いと思い知らされるのがこの生き物の嫌なところだ。
どたどたと周囲がざわめいていく。僕の担当者が言った。

お前は現地に赴き、母体の監視に着け、と。

それに関しては構わなかった。
僕を生み出してくれた、僕にこの感情を教えてくれた、僕に正しいことを教えてくれた。
そんな母体の彼女には感謝がある。1度感謝を伝えたいと思っていた。
けれど連中の腹の中など分かりきっている。奴らの狙いはそんな綺麗事なんかじゃないんだ。

ああ、こんなにも、世界は悪者と邪悪で充ちている。


✂︎


「聞こえているのか」


瞼を開く。
随分入社してから待たされたと思う。それに対してもこの男は気にもとめないのだ。
この男、ログンという偽名の男が来るまでが長かった。
この男が来たら作戦が決行される。生存策略部門にいる母体を回収する作戦とかだったはずだ。
その為の要がこの男だった。


「聞こえてるよ。君が来るの遅いから待ちくたびれちゃったんだよ」

「無駄口を叩くな。接触はしたんだろうな」


接触はできていない。そう簡単に出来るものか。ツァディクと職員は一線を必ず引かれている。
あっさりできていたら、こちらの手の内を明かしてすぐ逃げてもらってる所だ。


「一応したよ」

「出来だけは相変わらず優秀だな、まぁ当然か。あの群れの中の数少ない一体だからな。」


嘘にすぐ引っかかるどうしようもない詰めの甘さ。これが“紛失”の原因ならば7年越しでも納得出来る。
ならば準備は用意周到に。念入りに。確実に。
この男は今だって油断している。すぐ任務を終えられるなんて考えている。


「早く案内しろ。初日から最悪の気分だ」


その証拠に、今日配属された部門の愚痴を始めた。
そして、その話の中で出てきたツールの名前に僕は、あの頃のような安堵を感じた。
否。この安堵は本物の安堵ではない。

僕のいた会計部門で、ついこの間女の子が1人、とあるツールの使いすぎで幻想体になった。
その姿が見てられなくて僕は目を逸らしたけれど、これを上手い事使えたなら。
この男はあっさりしんで、計画はおじゃんになるのでは無いか?


「足を止めるな。」

「あのツール使ったんだ」


そして、今の状況は僕ミスティにとって絶好の機会に間違いなかった。


✂︎


目の前で偽名の男は溶けた。
階段を登る途中、振り返ってほんの少し押しただけ。
転落した男は床につこうとした手から液のように、悲鳴もなく溶けて真っ白な何かになった。


「ふふふ、いいことしちゃった!」


ツールを何度も使った偽名の、僕の担当の男。随分と執拗に母体を探していた男。
もういない。そこには液体があるだけだ。


「邪魔はさせないよ。僕の幸福は僕のものだし、彼女の幸福は彼女のもの。
悪いことはめっ!なんだよ。わかるかなぁ」


階段を降りて液体の前にしゃがみ込む。
白くて半透明になったそれは、不満を表すかのように僅かに鈍い波紋を広げていた。




 


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