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【 不甲斐なく恋を嗅ぐ 】 ノマエマ(ノマ→エマのノーマン視点)

全体公開 1 5995文字
2021-01-14 21:48:08

*ノマエマ
*原作最終回から多少時が経った頃(原作最終回以降に出た作品のネタバレは無し)
*エマ宅へ訪れた片想い中ノーマンの話です

Posted by @Heso_Nashi



「入ってー。えっとえっとこっち」

部屋のドアを開け様、ぱちりと音がして室内が温かな色味に染まる。
腕に負荷を与え続ける本たちを、エマの促すままに机に置かせてもらった。

「ありがと!腕疲れたでしょ」
「ううん、これくらい」
「待ってて」

すぐに本運びをかって出てよかった。エマの笑顔に笑い返し頷く。
エマがまた階段を下りていく音を耳にしながら、上腕の筋肉を揉んで指をほぐした。

僕たちの写真が飾られていてくすぐったさが舞い上がる。けれど、僕のあげたお土産の小さな指人形がまとまって飾られたものを見ると、その数の分、僕の執着を見せられてるようで、気恥ずかしく居心地が悪い。きっとあの数は更に増えるんだろう。

「はいっ。どうぞー」

再び開けられた部屋のドアから、僕をホッとさせてくれる声と甘みの濃い香りが入ってきた。マグカップ二つを両手に、僕が何か言うのを待たず「あ!」と湯気向こうで目を見開くエマ。

「座って座って。どこでもいいよ」

そうは言っても。エマの視線は僕からベッドへ移される。一択なの?逡巡する僕に、エマはとうとう顎でくいっとベッドを示した。妙にかっこよくて忌々しいな。

おずおずと僕は時間を掛けてベッドに腰掛けるのに、僕にカップを渡すと、なんの躊躇いもなく隣に座る。ありがとうと言いながら、もう少し離れるべきかと迷った。が、「召し上がれ~」と見上げてくる間近の笑顔にたじろぎ、「いただくね」と湯気を間に立たせるしかできなくて。

「ココア?」
「うん。熱いからね」
「ん」

触れ合ってる脚に、腕に、気が付かないのかな。僕だけが目を泳がせるのに、エマは我関せずだ。この温度差に目を伏せたくなる。

「どう?」
「甘いね。コクもある」

ふうふうと彼女の唇から吹かれる音が、近い。向い合せてたら、あの息は僕のもとまで辿り着いたのだろうか。
(吸いたいって、莫迦か僕は)
……平素な顔を装うのは得意だったろ、僕。取り繕って熱いココアを啜れば、ずずっといつもより大きく音が響いて、舌打ちし掛けた。

「今日はありがとうねぇ」

マグカップで手を温めながら、エマが吐息とともに言った。

「えーと、本?」
「それも。ノーマンが宅配人になると思わなかった」
「配達よりすぐ持ってこれるし」
「でも忙しかったでしょ」
「ちょうど暇だった」

よく言うよと、頭の中のレイやヴィンセント、そして僕自身に呆れられる。

「ここまで遠いのに」
「うん。だから、今度は皆でゆっくり来るよ」

レイたちには、弟妹や仲間達には内緒にしてくれと頼んだ。本を届けるだけの日帰りだしと、これでも譲歩したと言い聞かせるみたいに。
僕も私も行くなんて合唱を聞いて、『僕一人で行きたいんだ。この理由に乗っかりたいんだっ』なんて我を通せるわけもないから。

それでも(ごめんね。皆もエマも。会いたかったよね。僕だけごめんね)と悔やむ気持ちもあるのだけど。

「一人でも来てくれて、ありがとう」
「、そんなこと」

上擦りそうな声は、ココアを飲んで誤魔化した。

「ノーマン、今日泊まっていく?」
「え。…………。は!?え、なに!?」
「慌ただしいでしょ。それこそゆっくりしていけばいいなーって」
「え、あの……えっと、帰るよ。その、まだ交通手段、あるし……
「そっか……

あからさまにガッカリした顔を見せられて、胸の内がツキリと痛む。でもこの痛みには、エマにとって僕は男として感じられていないと知らされた痛みもあって。
知ってるよ。ずっとそうだったから。そう嘯きたいのに、痛みはどろりと広がる。今更。

「あのね、本当はちょっと……寂しくなってたんだ。みんな、どうしてるかなぁって。面白くやってるかなーって」
「え」
「会いたくて。すごく」
……うん」
「なんかさ、センチメンタルの波がね。ざぷーんって」
「はは、ざぷーん?」
「そ。波なのに、……引いてくんない、ままで。……似合わないでしょーっ」
「まさか。思うわけないよ」
「そ、う?」
「うん。あとね、エマは何してるかな、笑ってるかなって、毎日僕──たちも、その、思ってるから」
「ん?」
「嬉しい」

湯気に顔を当てるようにして、表情を隠した。まあ、隠せるわけもないんだけど。喉がやたら渇いて、慌ててココアを啜る。

……へへ」
「同じだよ」
「そっか、同じ、……んふふ」
「、僕はもっと」
「だから実はね」
「ん、な、なに」

危なかった。何を言おうとしてた僕。

「あの頼んだ本たちもね、別にその、折角今日持ってきてくれたのにごめん、急ぎじゃないんだ」
「あ、確かに急がないってエマ言ってたの、覚えてるよ」

ただ僕が、急ぎたかった。今すぐ僕が届けに行きたかった。

「みんなの顔見たくて、なんだかすぐ声が聴きたかったの。で、『あ、理由できた。やった。本頼もう。通話しよう!』って」
……そう、だったんだ。うん、そんな時あるよね」
「ノーマンも?」
「うん、僕も」

会いたかったよ。すごく会いたかった。

言葉で表すなんて到底不可能で狂おしいほどなんだよ。僕は、昔あの時も……違うあの時も。

「じゃあ私、図々しいなって思わなかった?」
「どこが。ああ、もっと図々しくなればいいのにとは思うかな」
「なら泊まって!」
…………それは僕が図々しくなるね」
「そんなことないよ!ゲストルームあるし、おじいさんだって喜ぶよ!」
「それは……どう、だろう……

今日だって、含ませた視線を感じた気がするし。僕を見て『お前さんか。よう来たな、疲れたろ。……うむ、一人で。はるばる。……ふほっ』と語尾に小さく笑いが滲んでいた。……なんとなく、初対面からバレている気すらしている。

「えーダメかぁ……
「ありがたいお申し出だけどね」
「うー」

マグカップは先刻よりもぬるくなって。僕は半分ほど減ったココアの表面に目を落としながら、苦笑する。

卑怯な手なら使えるよ。
『エマのもぬるくなった?』と指先に触れて、『こっちにいくと違う温度だね』と指を這わせて骨筋を辿り、皮膚の薄い手首の内側をくすぐるんだ。きっとエマは意味ありげな僕の動きに黙るから、僕はどさくさに『こぼすと危ないね』とカップを受け取る。そうして、エマの両手を握り『あったかいや』と無自覚そうに触れ、手首の内側から沿わせ、袖口へ指を侵入させて。エマが感じやすいように。

──『泊まるなら、こうしていたい。ねえエマ、それでも僕を泊めてくれる?』

耳元に囁きながら、『無垢なエマ。そんなつもりは無かったなんて言わないで。僕が傷つくよ』。
そうエマの言葉を逆手にとり、君の罪悪感を引き寄せるんだ。

…………出来るわけがない。したくもない。
エマを支配したいわけじゃないんだ。エマの一喜一憂に、僕が支配されていたいんだ。大切なんだ、ずっと君が──。

それでも、こうまで部屋に異性と二人きりを意識されないとは。情けないし悔しくもなる。
ささやかな仕返しをつい組み立てだす脳を洗い流すために、カップをぐっと傾けて残るココアを一気に飲んだ。

……。ノーマン」
「ん?」
「あ、カップ受け取る」
「え?ああうん。ご馳走様、ありがとう」

エマはひょいっと僕の空になったカップを掴んで、一先ずとばかりに机に置いてくる。そして再び僕の隣に腰掛けると、首を伸ばして、矢庭に僕の腕や胸元に顔を寄せた。

「エマ!?」
「んー待って。……ふん……腕はーそうでもない、か……ふん、ふん、胸……いや首?」
「何してる!?」
「匂い」
「え」
「あーやっぱり。ココアで匂い紛れてたけど、ノーマンいい匂いする」

エマの鼻先が僕の首にひっつきそうだったので仰け反ったがエマの顔は容赦なく迫ってくる。
倒れる、わけにいかない。ベッドだここは。エマは無意識に、僕に覆い被さってしまう。
反対側の腕と掌に力を込めて、体勢を斜めに必死で維持した。

「に、匂い、した?」
「うん!これなんの匂い?柑橘系だよね……香水?」
「あ、いや、……ボディ、シャンプー?」
「そうなの?この匂いいいな~。好み。同じの買おうかな」
「同じ、の……?」

名案を思い付いたみたいに幸せそうな笑顔を投げてくる。

「そしたらノーマンが毎日傍にいてくれる気になるし」

それはまた、──結構な殺し文句だね。

「えへへ。顔上げるとノーマンの口が近いからココアの匂いするー」
……か、嗅がないで」
「あ、喋ったらもっと香った!」
「~~~っっ」

愛おしくて苦しくて、憎らしくなるばかりだ。

「、子っども、みたいに……ッ」
「え。それは失礼だよノーマン」
「ならさ」

エマの腕を掴んで引いた。

「へ」
「エマは?」

今度は僕が顔を近づけて、エマに寄せる。体勢は徐々に逆転していった。
やられたから、やり返すだけ。それだけ。

「ちょ、ノーマン」
「エマは髪もいい匂いするよ。シャンプーと……コンディショナーかな?」
「う、うん」
「なら僕がそっちと合わせたいな。えっと手は……これはハンドクリーム?」
「そ、う」
「甘いね匂い。んー腕……肩は同じ……洗濯洗剤?」
「た、多分……あのっ顔近いよ!?」
……
……な、なに」
「エマもしたよね?」
「あ。そ、そっか!」
「じゃあ首だね」
「首はくすぐったい!」
……
「わかった!」
「んー……
「ま、まだ?」
「エマが遠いから」
「こっ、ここで!」
……
「わかった!」
「じゃあもうちょっと近づくね」
「お、おう」
「うん……ふーん……

首を露わにする為に後れ毛を指でさらりと避けると、それだけの感触にエマが肩を蠢かせる。濁った衝動がぞわりと湧いた。
(やめろ)
指が本能で更に動きそうになるのを、くっと反らす。意思を持たないよう、拳を作って固めた。

目的を見誤るなとエマの首筋を見、その透き通る柔い肌を目にすれば、衝動は治まるどころか、苛めるように鎌首をもたげる。目を瞑ればいい。視覚情報を捨て去り、彼女の匂いを吸い込んだ。

(知っていた。わかっていた)
その匂いが、僕をどうしようもなく、切なく苦しめることを。
……けど、これは仕返しだから。ただの悪ふざけの一貫だと割り切っていただろう?
(でも、エマだ。エマだ。この匂いは、僕の──)

エマの「ど、どうですか」という弱った声に覚醒する。「そうだね」と自分に聞かせる為に敢えてはっきり声に出して、エマの首筋から離れた。
でもその離れざまに、その肌へ僕の唇を掠めさせる。単なる事故だと欺いて。

「いひゃ!?」
「ん?」
「ふ、触れ……くち!?」
「あれ、触れた?気付かなかった」
「もっ……もおぉぉぉぉ」
「吃驚したの?ごめんね」
「大、丈夫……触れただけだしね……一瞬キ、キスされたのかと……
「あはは、まさか」

──吸い着いてたら、意識してくれた?

僕は僕の衝動に怯えてた。だからそんな可愛らしいこと、思いついてなかったよ。
本当は、匂いを嗅いだ時、唇を開いて……君の肌に歯を当ててしまいたいと思っていたから。

……『まさか』かー……
「え?」
「ううん。で、匂い、は?」
「もっと嗅ぎたい」
「え!?」
「ん、それくらいいい匂いだなって」
「あっ、ああ、そっか!えへへ、ボディシャンプーかも」
「そっか。花の香りかな」
「そう。おじいさんも嗅いでみる?同じ匂いするよきっと」
「それは……いいや」

結局、仕返しをしようと思っても、僕を見上げてにこにこ笑うエマに、僕もほぐされ心が和らいで笑いたくなる。
成功なんてした試しはないんだ。それでもいいって思える。ずっと、そうあってきたから。……充分に僕は満たされている。

「好きだ」
「、え?なんて??」
「すごく、好きだよ」
「はい!?」
「エマの匂いが」
「はっ、あ、そ、うかー。え、へへ、ありがとう」
「でも僕のボディシャンプーと同じにするの?」
「うん!」
「そっか」
「そうですっ」
「うん、嬉しい」
「後で銘柄教えてね」
「わかった」
「で、えー……私、も」
「ん?」
「すごく……だ、大好き……
「────え?」
「ノノノっノーマン、のっ!匂い!が!」
「あ、そ、そう。えっと……う、うん……はい。ありがと、う……
「だっだから、ねっ。あの、ノーマンのと、同じにって!ねっ!」
「ふ。……だね」
「だね!!」

そんなに気に入ったのかな。僕の匂いが。
急に元気よくなった為に頬を染めただけなのに、勘違いしたくなる僕はどこまでもだらしない。

嬉しいなと目を合わせて微笑むと、同じように嬉しげにふにゃーんと笑い返してくれるから、この為だけにもここへ来て正解だったと思えた。

『好きだよ』に、せめて自分のなかでだけは意味を変える。気付かないでと思いながら、いつか気付いてと囁きたい。
嗚呼、意気地が無い。不甲斐ない。滑稽だ。

「ノーマン、なんで頭撫でて……
「エマが子どもだから」
「はあん!?」
「嘘うそ。念を送ってるんだ」
「へ?どんな?」
……健康でいますように」

もう、エマこそ紛らわしいことを僕に言わないでという念を。さっき本気にし掛けた僕が虚しくなるし。

「え、じゃあ私も送る」
「どんな?」
「す、……内緒」
「へえ?」
「頭出して。撫でさせてー」
「やだなぁ。僕は子どもじゃないし」
「あらー?やっぱそっちの意味?」
「嘘うそ。って、なんで頬なの?頭は?」
「念が入りやすい」
「何言ってるの。……あーエマ」
「ん?」
……寄せちゃダメだ」
……なんででしょう」
「顔が近いと熱く──見づらいから離して」
「でも折角二人──えっとまあ、来たんだし、うん」
「念が足りないな。もっと撫でなきゃ」
「あー!髪ぐしゃぐしゃーーっ」

ふざけて、小狡くエマの笑顔を独占して幸せに浸る。
未だ触れたまま離れない二人の脚に、ここだけは同じ温度になれたと、自分勝手に胸をときめかせていた。


──それから幾日も経った後日。

久々にエマとおじいさん宅へ訪れたノーマン。
『ああ留守してすまんなぁ。来たばかりか?良かっ……ワシと、同じ匂い?……お前さん、ワシの留守中に風呂を……?』
と疑惑をかけられ釈明する事態となる。

驚かせたお詫びに、おじいさん専用の高級無添加シャンプーセットを贈り、あらゆる意味で事なきを得た。


end


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