@susk_ktmnn_
「…はぁ、」
ため息が漏れた。
僕、ミスティは久々の業務開始の連絡を聞いて、その数時間前から施設内を適当に歩く。
別に業務が億劫で溜息をついたりするのではない。むしろ業務は死と隣り合わせではあるけど楽しいから問題は無い。
僕にとっての問題は、あの実験施設のことだ。
幸い実験施設の目は欺けているらしく、後続は今のところ見られない。
でもいつ、情報もなしに何を寄越されるかは分からない。常に警戒が抜けない。
ログンに関しては幸い事故死と偽装することは出来たようだけれど、きっと時間の問題だ。
「…うーん、まぁ顔は覚えてるから何かあればなんとかなるだろうけどぉ…」
1人作戦会議はどうしても辛い。脳みそがひとつしかないのが辛い。
人間だから当然ひとつしかないのだけれど、こればっかりは相談が効く事柄じゃあない。
…あ、いや。僕クローンか。
………まぁそんなことはどうだっていいんだけど。
しかし施設内を歩いていたらやけに靄?というか、霧?のすごい部門に来てしまった。
スチームでもかけてるんだろうか。でもとりわけ暑いわけでもない。
視界が不明瞭で来た通路でさえ後ろがあまり見えない状態だ。こんな部門がほかにあっただろうか。
「…?」
足元を見た。足元には青い花弁が落ちている。
なにかの花だろうか。それとも幻想体のものか。
僕の頭の中には青い花を咲かせる幻想体の記憶はない。
この霧もその影響かとも思えたけれど、なんの騒ぎにもなっていない事から脱走騒ぎでは無いのだろうと1人納得した。
そもそも、脱走しているなら気配でわかる。仮にも僕は幻想体から生まれた存在だ。
「…飾り物かなぁ」
「好きで飾ってるわけじゃないけどねぇ、ふふふ」
「きゃっ!?」
霧の中から聞こえた声にビックリして声を上げてしまう。
どこから、ときょろきょろしていたら愉快に思ったのかまた笑い声が聞こえてきた。
「ふふふ、ごめんねぇ。この部門、ここ最近霧が酷くてさ。僕もまいってるんだ」
足音が近づく。それから、目の前に女性の姿がようやく現れた。
青緑色の三つ編み、青色の服装。
三つ編みについている……いや、咲いている?青い薔薇が花弁を落とした。
もしかして、この人。
「よその部門の子だよね?」
ーーーーー母体だ。
ーーーーーずっと、ずっと会いたかった人だ!
✂︎
頭が痛い。
ここ最近、というか…冬休みが終わってから特に酷い。
冬休みの間は特に何も無く家族と過ごしていたのだけれど、時折脳裏を掠める居なくなった職員たちの姿が浮かんでしまうのを隠すのには手間取った。
…最後の最後、ヴァイオレットやフランクが隠してくれはしたけれど。ニコラスを犠牲にしてしまったのが忘れられない。
浸食度の超過。それによる姿は見ない方がいいとキンスリーに念を押され、さらに言うなら彼に懐いてる…なんの動物か分からないけれど、その動物に思いっきり顔にキックを食らわされてしまった。
マクスウェルの時のことがショックなのをみんな分かっての配慮なんだろうとは分かっているけれど、指示を出した自分自身としては…最後を看取りたかった気持ちもある。
ただ、同じぐらいの年齢の子供を抱える身としては見ない方が良かったのかもとも思えてしまって、ただ複雑で落ち着かないのだ。
「…はぁ、」
おまけに、冬休みを終えてから部門内の霧がやけに濃い。
この間まではメインルームの景色がちゃんと見えていたのに、今では白っちゃけてぼやけている。
つい昨日なんて、メインルームの机に足でもぶつけたのか「いってぇ!」とフランクの叫びが聞こえてきた。
早いうちに対処したいけど原因が判明しない以上対処のしようもなかった。
幸い、収容室の映像はちゃんと見れるから業務の支障はでてないのだけれど。
「…少し散歩するかぁ」
万年筆を置く。少し疲れた。
素直なことを言うならマクスウェルから抽出された“愛”の作業が一番堪えた。
かたん、と椅子から立ち上がって背伸びをすると部屋を出た。
濃くなった霧の中をのんびり歩く。よその部門から人が来たりしたら面倒になりそうだなぁとか思いつつ。
その時、ふと自分の髪にまた青薔薇が咲いていることに気がついた。
不調はとうに分かりきっている。
不調の度に咲くこの花も数年前からの持病のようなものだ。昔な比べれば随分と穏やかになったと思う。
それでも、この花は嫌いだ。嫌な事しか思い出せないから、嫌いだ。
こんなもの。と、花を鷲掴もうとした時、ふと人の気配に顔を上げる。
霧の中に誰かがいる。
「…飾り物かなぁ」
女性の職員らしい声。何かを拾っているらしく、よく見ればそれは僕から咲いた薔薇の花弁だった。
「好きで飾ってるわけじゃないけどねぇ、ふふふ」
「きゃっ!?」
「ふふふ、ごめんねぇ。この部門、ここ最近霧が酷くてさ。僕もまいってるんだ」
脅かしてしまったらしい。彼女はバッと立ち上がるとこっちを見た。
EGOを装着している辺り、オフィサーではなく職員なのはわかる。
ただ、顔にやけに見覚えがあった。
「よその部門の子だよね?」
一応確認のために聞いておく。この部門の職員じゃないことは確かだ。
…ただ、初対面とは思えない、払拭できない違和感だけはある。
そう。初対面ではないはずなのだけれど、彼女は此方を見るなり嬉しそうに表情を輝かせていた。
「は、はい!会計部門配属で!」
「あ~、彼のところの職員さんかぁ」
会計部門。夫と同じ名前と似た顔を持ってる彼がツァディクを務める部門。
定期的に足を運ぶし、それで見覚えがあるのかも。
「どうしたの、特に連絡を受けた記憶はないんだけど…って言うか今日業務してるの?」
「あっ、えっと、業務開始の連絡がありました!数時間後ですけど!」
「あぁ、なるほどねぇ。じゃあお散歩してる感じ?」
「はい!」
はきはきとした返事。見覚えがあるのは外見だけのようだ。
やっぱり部門に足を運んだ時に見かけたのか。
「じゃああんまりここに長居は良くないよ。最近この通り霧が深くってさ。」
「ありがとうございます!…あ、でも」
「?」
「僕、貴方に会いたくて!探してたんです!」
にこにこと喋る職員の言葉に首を傾げる。
会いたくて。僕に?なんの用で?
散歩という言葉に肯定していた、なら資料を取りに来た訳でもないだろうし。
そのとき、ぱし!と手を握られた。
「僕、嬉しかったんだ!僕が僕に成れたのも、貴方が貴方に成れたのも!」
「は?」
「僕が正しく在れるきっかけをくれてありがとう!ふふふ!」
「いや、あの」
「それじゃあ!あ、部門内に怪しい職員とか入ったら教えてくださーい!」
ぱっ、と手は離されて職員さんは霧の中を駆けて消えていく。
言うだけ言われてしまった感じが凄い。というか、何、何を言っていたんだ?彼女。
少なくとも会話は初めてのはず。そんなきっかけがあったか?
…ふと、口調を思い返して。自分の中の僅かな覚えの合致に言葉をなくした。
そう。彼女への既視感は今の会話ではっきりした。
髪色、目の色合いこそ違えど。
「………僕に似てるんだ。」
さあっと血の気が引く。
気のせいであればよかったが僕自身が思うのだから、これはおそらく確信だ。
背筋を撫でた悪寒に僕は踵を翻し、部屋に戻ることにする。今日はあまり出歩いてもよく無さそうだ。
「他に嫌なことが、なければいいんだけど…」
✁︎
「…おう、いなくなったみたいだ」
こそりと二人を見ていた影がひとつ。
紫髪、生存策略配属の職員がトランシーバーを片手に。
「…ああ、よく似てたぜ。髪色と表情以外はまるっとそれだ。おまえ3つ子だったか?」
『ーーーー』
「あー悪かった、悪かったよ。てめーは双子だ。」
『ーーーーーー』
「ん…指示部屋に戻ってくな。今日はもう業務は終わってるし問題ないんじゃないか?」
『…いいえ。』
「?」
『職員ヴァイオレットが浸食度の限界のようです。
僕、野暮用なんて本当は起こって欲しくないのですけれどね。』