ヒロトくんと侑真くんが愛しすぎて、しんぼうたまらんくなって文章を書きました。
本人はブロマンスのつもりですが、工場は腐っています。
捏造と妄想と幻覚しかない☺
侑真くんは実家住みを想定しています。
シナリオバレは多分ありませんが、動画のバレは多分あります。ご注意下さい。
@aricosyyim
◇まるで宝物みたいな
ギターの音が跳ねる。走る音に頭が追いつかず、音を必至に追いかけている内に、指がまるで縺れたように動かなくなった。様子のおかしいギターに気付いたベースは演奏を止め、ドラムも音を止める。最後まで音を発していたボーカルは、キリの良いフレーズまで歌い上げると、ゆっくりと口を閉じた。
「AMADEUS」は四人のバンドで、その中でギターを任されている侑真の珍しいミスは三人を驚かせたようだった。
「あ~~。悪い……調子出なかったわ。最初から頼めるか?」
「いや、今日は止めよう。なんか多分、お前のソレ、今日はダメなタイプのミスだろ」
困ったように眉を寄せて苦笑するヒロトの言葉はきっと正解だ。自分の不調は自分が一番わかっている。侑真は、「悪いな」ともう一度三人に対して短い謝罪の言葉を述べた。三人はゆるゆると首を横に振る。「そういう日もあるでしょ」と笑った西沢はさっそくバチをしまっていた。
そのまま本日の練習は終了となり、そのまま解散となった。西沢はこれからデートをするのだと意気揚々と三人に手を振って練習スタジオを出て行った。そして不動も無言で帰宅したようだった。この場に残っている侑真は帰り支度をしながら、どうやら侑真を待っているらしいヒロトを見て肩を竦める。
「どうしたんだよ、侑真、珍しいじゃん」
「ちょっとな」
「おまえのちょっとはちょっとじゃねえじゃん」
「……家のことだからな、お前が気にすることじゃねえよ」
そう言うと、ヒロトには何も言えなくなるのだと知っていて先手を打つ。
侑真の父親はそれなりに名のある演歌歌手である。侑真は小さな頃から父親の背中を追い、父親の歌を聞きながら生きてきた。将来はお父さんみたいな素敵な演歌歌手になるのでしょうね、と多くの親戚や、誰かも分からない大人たちに言われながら生きてきたものだから、物心ついた時には侑真の心の深い部分に「父親のようにはならない」という反抗心が根付いていた。そして侑真はロックを好きになり自らもロックミュージックを奏でることを始めた。父は侑真がロックを始めたのだと知るなり演歌の良さをしつこく侑真に説くようになった。
それは侑真が歌うことを止めてからも続いている。昨晩もそうだった。徳利を傾けながら父親は言ったのだ。演歌には日本の心がある。日本の歴史があるのだと。ロックにはそれがないだろう。ロックに演歌以上の良さがあるのだとしたらお前が俺に説明してみせろ、と。
――ロックの良さとは、何だろうか。
自らの奏でる音楽を侑真はきちんと愛している。しかし、その良さを具体的に説明出来るかと言われたら、出来なかった。それは、侑真の心の内に少なからず衝撃を与えたのだ。
(俺は、本当にロックが好きなんだろうか)
(親父への反抗心から好きになったんじゃないのか)
(ヒロトなら、きっと答えられるんだろう)
と。そんなことを考えていたら、まともな演奏なんていうものは出来なかった。
「確かに俺には侑真の家族のことは良く分からないけど、気にするしないは俺の権利だろ?」
「権利って……」
「ま! 侑真にもそういう日があった方がいいってことだよ。……さてと、準備出来たか?」
「先帰ってていいぞ」
「そうじゃなくて、これから行くんだよ、海」
「は?」
「こういう時は海に行くって相場は決まってんだろ」
時刻は夕刻前。そろそろ西に傾く太陽を見送る空はまだ青い。しかし、海に行くというヒロトの発言は突拍子がなくて、侑真がヒロトを見れば、彼は大きな目を細めてにやりと笑った。どうせ今日は早く家に帰りたくない気分だから寄り道は問題ないのだが、海、とは。ここからバスで数十分の場所までヒロトが行きたい理由が分からずに侑真が首を傾げると、ヒロトは「良いから、俺についてこいよ」と侑真の手首を掴んで歩き出した。
大学から少し歩いた場所にあるバス停からバスに乗る。この時間に海の方面へと向かう人間はおらず、二人以外誰も乗っていないバスの最後部席に並んで腰かける。二本のギターは前の座席に立てかけてある。
「なあヒロト。海に行くのはいいが、何で海なんだよ」
「そりゃあ、何かこう、青春しに行く場所って感じするだろ、海」
「そうか?」
「うん」
短い返事の後で会話が途切れる。バスは停車することなく海に向かっているようだ。道路の上を走る心地良い振動が眠気を誘う。欠伸を一つすると、隣でも欠伸をする気配がした。ヒロトは、彼曰くの「青春しに行く場所」である海に自分と何をしに行きたいのだろうか。侑真はちらりとヒロトを見て、小さくため息を一つ吐き出した。自分よりも幾分か低い位置にある肩がバスの揺れに合わせて上下している。
「そういえば侑真さ」
「うん?」
「ストロベリーチューンズの新曲聞いたか?」
「今日発売のやつだろ。まだ聞いてないが、どうだった?」
「最っ高!! 今朝ダウンロードしたから今から聞いてみろよ」
そう言いながら、ヒロトはカバンの中からイヤホンを取り出すとその片方を侑真に差し出す。そのコードはヒロトのスマートフォンに繋がっている。
「おいおい、イヤホンコード分け合うって中学生のカップルかよ」
「いいだろ。今日ワイヤレスの充電忘れてたんだよ。俺も一緒に聞きたいから、ほら、半分」
窓側に座る侑真は左耳にイヤホンをさし、ヒロトは右耳にイヤホンをさし、肩と顔を寄せ合って音楽を共有する。今回の彼らの曲はシンセサイザーとギターを中心に展開するポップスとロックのハイブリッドとも言えるキャッチ―な音楽だった。
「今流行ってるよな。ボカロとかそっち系の音楽」
「俺らとは方向性が違うけどな」
次第に顔を寄せるのがだるくなってきたのか、ヒロトの頭が肩に乗せられる。あまり重さは感じないが、これでは本当に中学生のカップルじゃないかと思っておかしくなってしまった。そして曲はCメロへ。ヒロトがメロディーに合わせてふんふんと鼻歌を歌っている。自分たちの曲を歌っている時も楽しそうだが、こうして流行りの歌を歌っている時も楽しそうな男だ。きっと彼は「音楽」が好きで「歌」が好きなのだろう。ポップスだって、ジャズだって……演歌だって、誰よりも楽しそうに歌うのだと思う。胸の内に生まれる、「自分にはないもの」への羨望は、そのまま押し殺す。
『次は……〇〇海岸前です。お降りの方は……』
バスのアナウンスの声が聞こえて、慌ててボタンを押す。ギターを持ってバスを降れば、鼻孔に入り込むのは潮の匂いを纏った海風だった。時刻は夕刻。そろそろ赤く染まりゆく空を眺めて、ヒロトは「ナイスタイミングだな!」と嬉しそうに笑った。そして先程の歌を口ずさみながら歩く背中を追いかける。どうやら、このまま海岸まで向かうようだ。
黒い砂浜まで歩いてくると、ひと気のない海は橙色に染まり、この場所に波の音だけを響かせている。ザザ……ザザ……と寄せて返す波の音や、賑やかな海鳥の鳴き声を侑真が「ミ」だの「ラ」だのと思っていると、ヒロトがくるりと振り返る。
「夕暮れの海っていいよなあ~! 月並みだけど俺ってちっちぇえな……とか思うんだよね」
「ヒロトは俺よりも背低いしな」
「うるさいな。どうせ俺はお前より背も低いし、歌も下手だし顔も並みだよ」
「でも、お前は……」
――俺よりも楽しそうに音楽をやる。きっとロックの魅力だって語れる。
そう喉元まで出かかって、飲み込む。危うく口に出してしまうところだった。ヒロトが時折自分の歌唱力について自己を過小評価することに対して、侑真は「そんなことは思わなくていいんだ」と伝えている。それは本心であるし、ヒロトの「音楽を好きでい続ける」という才能を眩しく思い、同時に宝物のように大切に思うからである。しかし、それを自らが「羨ましい」と思っていることは、あまりヒロトには晒したくないのだ。きっと、これが不要なプライドというものだろう。
「ん?」
「なんでもねぇよ」
「言いかけたなら言えよ。まあ、いっか。あ、あそこ座ろうぜ」
ヒロトが指さす先にはコンクリートの階段があった。そこに二人で並んで座り、海の向こうに沈んで行く夕陽を眺めるのは、バスに乗っている時からずっと思っているが、中学生のカップルのようだった。
「……ヒロトは、ロック好きか?」
「は? なんだよ突然。まあ、そりゃ、好きだよ。好きじゃなきゃ、やろうって思わないだろ?」
「そういうもんだよな。普通は……でも、俺はどうだろうな」
自分はどうなのだろうか。昨晩父親にロックの良さを伝えられなかったことをずっと引きずっている。自分は、「自分が好きだから」という理由でロックを出来ているのだろうか。父親に反抗したいという感情を、ロックが好きという感情にすり替えているだけなのではないだろうか。そう思ってしまえば、自分の音楽が分からなくなってしまったのだ。
ザザ……ザザ……と寄せて返す波の音が響く。肌を撫でる潮風は冷たい。髪を押さえて、そのまま頭を抱え込む。
「俺は、お前と同じ好きってやつを抱えて音楽をやってないかもしれない」
すると、抱え込んだ頭の上に、ヒロトの手がおかれてクシャクシャと撫でまわされる。朝しっかりセットした髪を乱されているのに悪い気はせず、むしろ心地良くてそのままされるがままになっていた。
「あのな。侑真もロックが好きだよ。んで、音楽が好きなんだ、間違いねえよ」
「……何でお前が知ってんだよ」
ゆっくりと顔を上げると、真っ赤な夕焼けを瞳に映したヒロトと目が合う。そのヒロトの目があまりにもキレイで見惚れた。そして、ヒロトの薄い唇が開かれる。それは、まるで映画のワンシーンのようだった。音が消えて、時間が止まる。ヒロト、と名前を呼ぼうとしたのに、出来なかった。息を呑んだ侑真を、ヒロトの視線が射貫く。
「好きじゃなきゃ、俺が侑真を許せないから」
その一言に、彼の全てが詰め込まれているような気がして、何も言えなくなってしまった。
「それにな、侑真。俺は、お前の音楽が好きなんだ」
「ヒロト……」
「だから、親父さんと何があったか知んねえけど、明日のお前は大丈夫だよ!」
そうだろ? と首を傾げるヒロトの髪を海風が揺らす。彼は左右で色を変えた目を細めて照れくさそうに歯を見せて笑った。どうしてか、その姿が、とても――。
「な? こんな恥ずいこと、海になんて来なきゃ言えねえだろーが!」
「なあ、さっきの曲もう一回聞きたい」
「ん? ああ、ストチュンの? いいぞ、ちょっと待ってな」
「ヒロト」
先ほどバスから降りた時に慌ててポケットにしまったイヤホンコードを取り出したヒロトの名前を呼ぶ。
「ん?……」
ヒロトが侑真の声に顔を上げた瞬間、そっと両頬に手を添えて引き寄せた。驚きに開かれる瞳を見届けてから顔を近付ける。まるでキスでもしようかというアングルに、ヒロトの顔がこわばるのがおかしい。これでは本当に中学生のカップルだ。バスで同じ音楽を共有して、海で好きな物の話しをして、そして。
「……俺、お前なら抱けるわ」
「抱かなくていいわ!! ……っ、て、侑真?」
「…………」
ヒロトの背中に腕を回して抱き寄せて肩に顔を埋めた。どうしてか、先程のヒロトの言葉が胸に刺さって、そして胸がつかえて涙が出そうになってしまったので。それを隠す目的である。ヒロトはきっと侑真のそんな様子に気付いているのだろうけれど、何も言わずに小さく息を吐き出すと、あやすようにその背中を撫でている。
「帰ろっか」
「……そうだな……」
海の向こうに沈む太陽を見送るように、海は静かに薄暗く色を変えていく。夜が迫る海岸で、二人はそれからも一時の間、たわいない話を楽しみながら肩を寄せていた。
帰りのバスにも乗客は誰もいなかった。少しだけ関係を変えた侑真とヒロトは、往路と同じように一番後ろの席に座り、肩を寄せ合ってイヤホンコードを分け合っていた。今流しているのはAMADEUSの音源である。音に合わせて二人はひっそりと歌詞を口ずさむ。その時間はまるで宝物のように侑真の胸をあたたかい輝きで満たすようだった。
侑真は、帰宅したら父親に伝えようと思った。自分は「音楽」が好きなのだと。そして、ヒロトや、仲間と一緒に出来るロックが好きなのだと。好きなものは、自分の中で他の何よりも素晴らしいのだと。
ヒロトの手を握れば、ヒロトは「今日の俺ら、中学生のカップルみたいだな」と笑った。