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【しによめ】鈍島SS

全体公開 2584文字
2021-01-25 00:08:38

企画元:@Shini_Yome

Posted by @tamaki_dd

エマさん(@Nyx_kikaku)お借りしました


#01


 生前の暮らしは、決して裕福とは言えないけれど穏やかな日々だった。自分を好いていてくれる妻と子、多くはなくとも気を許せる友人、大工として独立し生計を立てられたこと。振り返れば、確かに自分は恵まれていたし、幸せだったと思う。
 炎に包まれた死の間際は、爛れていく肌よりもただ胸が痛かった。

 いま思えば、ただ罪悪感から逃れたかっただけなのかもしれない。燃え盛る火のなかへ身を投じたのはほとんど衝動だ。そのときは己の愚かさに酷く絶望するばかりで、死を選ぶ以外に道はない気がした。


*


「ど、どうしようか……

 立派な棺を前に、思わず弱音がこぼれ出る。本来なら埋葬もしくは荼毘に付されるはずの霊柩が水に濡れているのは、川を流れてきたためだ。湿った地面に膝をつき、棺の蓋に手でそっと触れる。指先から伝わる温度はひんやりとしていて、とても中に生きた人が入っているようには思えなかった。

 煉獄と呼ばれるこの街は、生者と死者の狭間の世界なのだという。にわかには信じがたい話だったけれど、ここには自分と同じように自死を経て辿り着いた人たちが多く暮らしていた。自身が何者であったか知らない人、獣や鳥のような外観をもつ人、十人十色それぞれながら彼らはみな「死神」として存在している。死という名がつくからには、人間としての命は確かに尽きているらしい。腹が減らないとか、眠りが必要ないとか、魔法のような不思議な力が扱えるとか、なるほど確かに非現実だと思えるような光景も既に何度か目の当たりにしていた。そんな彼らが同類だというのだから、自分もきっとそういう存在なのだろう。今のところ生前の記憶は残っているし、これといって何か感覚が変わったわけでもないから、あまり実感はないけれど。人間だった頃との違いをしいて挙げるなら、顔の右側に爛れたような大きな痣があることくらいだ。けれどそれも、多様な死神の姿を思えばほんの些細な変化に思えた。
 とはいえ、死神としての生活が人間であった頃と何も変わらないかと問われれば、そういうわけでもなかった。ここで暮らすようになって、教わったことがいくつかある。死神は、現世へ生まれ変わることができるということ。そのためには、死屍という化け物を討伐しなければならないこと。死屍とは、現世に生きる人の生命力や魂を食べる存在であること。その死屍と対峙するために、死神は人間の女性と契約を交わして力を得る必要があること。その仕組みを知ってかしらでか、現世からは時おりこうして棺が流れてくるのだという。狭間の世界にたどり着くまでの旅路がどんなものかは想像するしかないけれど、とても無事でいられるとは思えなかった。

 そら恐ろしい気持ちを抱えながら、重みのある蓋をゆっくりと開ける。淡い月明りの差し込んだ隙間から、人の腕のようなものが覗いた。その瞬間、見てはいけないものを見たような心地がして、心臓がはねる。

……え、」

 煉獄は、陽の昇らない街だ。その薄闇の視界でもはっきりと白く浮かぶ、血の気のない肌の色。

「あっ……!?」

 驚きのあまり、持ち上げていた蓋を思わず投げるように手放していた。しまった、と思ったときには、それは鈍く乱暴な音を立て落下している。喉の奥で、声にならない声が弾けて消えた。

……す、すみません……

 すっかり露わになったであろう棺のなかを覗き込むこともできず、しばらくその場でうずくまる。いったい何に対して謝っているのか、自分がいまどれほど情けない格好をしているのか。そんなことにまるで考えが及ばないほど、とにかく心臓がうるさく音を立てている。身体を丸めたままため息のような呼吸を何度か繰り返し、ようやく落ち着いてくると、思い出したように今度は不安が胸を満たした。先刻目にした、真っ白い肌。あれは本当に、生きた人のものだったろうか。
 こうしてひとり騒いでいても、棺のなかからは振動ひとつ感じない。ただ眠っているだけならば、きっとそうはならないだろう。自分の気の弱さにほとほと嫌気がさすけれど、どうしたってよくない想像ばかりが頭を巡る。祈るような気持ちになりながら、恐るおそる顔を上げた。

「あ」

 どうということはない。目に映ったのは、ひとり眠る美しい女性の姿だった。









エマさん(@Nyx_kikaku)お借りしました


#140文字SSのお題(診断メーカー)より 『君と別れるなら、夏がいい』

 別れがくるのなら、喧騒に溢れた夏のほうがいい。彼女の帰りを待つ部屋で、ふとそんなことを思う。何気なく落ちた空咳は、ひとりきりの空間に虚しく響いた。肌を包むこれは、静けさか、それとも寂しさか。ああ、けれど。陽の昇らないこの街では、そのどちらも紛らわせることは難しいのかもしれない。


*


#140文字SSのお題(診断メーカー)より『こっちの台詞です』

……まっ、待って!エマさんあの」
 声をあげたときには、エマの握るナイフは既に彼女自身の手のひらを抉ってしまっていた。なおも突き立てられようとする刃を慌てて払いのけ、傷付いた手を掬いとる。傷口から溢れ出る血は、死屍に切り落とされ短くなった指の隙間からぼたぼたと滴り落ちた。
「やり過ぎだ……
 思わず零れた言葉は、情けないほどに掠れている。
「ですが、早く快復されたほうが」
……うん。うん、ありがとう」
 俯いたまま何度も頷き、言葉を探す。けれど、血を差し出すことを自らの責務と思っているエマを納得させられるだけの理由など見つかりそうになかった。彼女の傷は、他でもない自分の弱さが招いた結果だ。だからこそ、やめてほしいと彼女を諭すより先に、その言葉をまず自分自身に向けるべきなのだろう。
……すまない。今日は少し、無茶をしてしまったと思う。これからは気をつけるよ」
灰になったはずの指先がエマの血に触れ元の形を取り戻していく。見上げた顔がどこか不安そうに見えたのは、自分の気持ちのせいかもしれない。
……頑張るよ。きみに、心配をかけないでいられるように」
 見つめ返す瞳は、ひどく穏やかで優しい色をしていた。












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