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アネモネの花言葉は

全体公開 2311文字
2021-02-28 00:52:57

4日間の記録

2/25、木曜日。
帰ったら嵐士がおらんかった。

仕事に出るには早いし、と思いつつも、彼がふらっといなくなるのは珍しいことでもない。
気にせんでええ。
ただなんとなく、本当になんとなく、嫌な予感がした気がした。
いつものように2人分の夕飯を作り、刺身は彼の好きなものを置いてつつき、酒をちびちび飲みながらぼうっとスマートフォンを眺める。
仕事中やったら悪いしなとそう思いいつもは連絡することもないし、それを意識することもないが、妙に気になった。
そうか、報告を聞いていないんや。

いつも、飯食いながらとか、皿洗いながらとか、植物達に水やりながらとか。そういう合間に聞く報告。
昨日は、そういやなかった。
当たり前になりすぎて、今んなるまで気づかんかった。
こういう時はあまり良くない事が、起こる、気がする。

当たり前だと思ってきたことが突然崩れるとか、意外とありふれた話なんや。
そんなこと、よう知ってるはずやろ。

せやけど、考えすぎか。
今日は起きて待っといたろ、明日行ったら休みやし。
夜が更ける。
酒はどんどん減る。

その夜、次の夜も、嵐士は結局帰ってこんかった。


♣♣♣


「ったぁ……ねとった

2/27、土曜日、朝。っちゅーより、もう昼か。
嵐士が帰ってきている気配はなく、流石に2日目の刺し身は味噌汁にして食うた。
寝不足もあり、なんや、気持ち悪いな。
そう感じて、部屋を出る。
どこを探しにいくわけでもなく、花瓶に飾る花を買いに。
パンパスグラスは数軒の花屋を回ってもなく、代わりとはいうてはなんやがしかたなく、アネモネを買うた。
青のアネモネ。
我ながらこーゆーとこが気色悪いんや。
いつものように頭ん中であざ笑う自分の声をシャットアウトして昼飯を食い、カフェオレを買うて帰宅。
花が弱らんうちに水切り、部屋に一つだけある花瓶に生ける。
西日の光を受け、花は元気だ。

いつもどおりのルーティーンをこなす。
夕飯、今日も二人分。
一人分はラップして冷蔵庫に。一人で食う飯。
今日も帰ってこんのやろか、食器を片付け、なにをするでもなく、気づいたら21時を回っていた。

不意に鳴るインターホン。


「はいはいー?どちらさん?」

インターホンモニターには、以前のんびり酒を酌み交わした柔らかく笑う人物が映っている。
こりゃ
嫌な予感、当たってしもうたか。
心が急に凪ぐ。しんと静かに。


♣♣♣


秋月さんの話を聞いた。
嵐士の身体にはとても適切な処置がなされている。
輸液や、薬、常にうちにあるわけではない。正直、とても助かった。
気ぃ使って食糧まで。
すき焼き食べていきますか、と言おうとしたオレの言葉を制し、彼は帰っていった。
彼は起きてもなにも聞かないでやってくれとそう言ったし、オレも多くを聞く気もなかった。
ただ、無事でよかった、心底そう思った。
アネモネがちらっと視界の端にうつる。
おおきに、と頭ん中、関わったであろう人達にお礼を言う。こいつを帰してくれた。
アネモネさん、君も。

嵐士はすぐに怪我をして帰ってくるので、念の為、毎週末に少しずつ血を採って保管していた。
食材用とは違う冷蔵庫。
並んだ嵐士の血液、そしてオレの血液。
O型であることはラッキーだったと思う。

ただ、使う日が来ないことをどこかで祈っていた。

起きてしまったことは仕方がないし、それを憂いている暇もない。
こいつの体力やったらそこまで長く眠るということもないやろ。
今日の分の薬は投与済みとのことやったし。
一定に少しずつ血液が落ちていくのを確認してから、自分が酷く疲れていることに気づいた。

頭は冴えわたってる。
あんま眠れそうにないが、嵐士のベッドの傍ら、毛布にくるまって少しだけ眠った。


♣♣♣


2/28、日曜日。
カーテン、閉め忘れとった。
朝日が差し込む。
光が苦手な病人を起こさないよう、しっかりと隙間を合わせた。
まず呼吸を確かめ、バイタルを確認。
輸血パックを下げ、輸液に変える。とん、とん、と同じリズムで落ちるのを見てから、一日を始めることにする。
こんなに静かな休日は珍しい。
昨日よりは随分心が落ち着いてはいるけどな。

日が高く昇り、ゆっくり傾いていく。

ベッドの隣、暗い室内で本を開き、全く頭に入ってこない文を何度も読み返した。

身体はなにもしとらんでもエネルギーを欲する。
せっかくなので秋月さんに貰った食材で優しい味の煮物を作ることにした。
自分にも優しいせな。オレがしっかりせんと。
ことことと弱火、甘めの出汁の香りが部屋に広がり始め、卵をボウルに落とし、溶き卵を作っている時に音がする。
火を止め忘れていることにも気づかなかった、
ベッドの上、痛いんやろう、顔をしかめて上半身を起こそうとしている嵐士の姿が目に入る。
心臓が速くなる。

「おはよーさん。ほんで、おかえり」



オレの言葉も聞かんと、焦って詰め寄る彼の頭を撫ぜる。

「2日か。寝とった。そんな顔せんでも、オレはなんも聞いとらん。安心しい」

久しぶりに笑うた気ぃする。
と、キッチンから鍋が吹きこぼれる音。

「あー!火ぃ止めるんわすれとった!」

オレにできることはやった。

なにも聞かされんでもええし、ほんでオレがなにか言っても言わんでも、あいつが出ていくときは出ていく。
帰ってきてくれたらめっけもん。

「あなたを信じて待つ」

待っていることができる、それは幸せなことなんや。
吹きこぼれた出汁をコンロから拭いながら、頭の隅でそっと思った。


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