@otya_sitamahe
嫁が出掛けた先で池の主に食われたらしい。家で油を売っていた男は火がついたのに驚いたかのように飛び出した。池の主はどうしても殺さねばならない。仇を取らねばならない。せめて体でも、形見でも取り返さねば。
人食い蛇がいるとのことで薬入りの魚を陸に置いておくと池から蛇が頭を出して少し匂いを嗅いだ後に魚を食べだした。どうせ寝るだろうと蛇の前に姿を表すと蛇は驚いて池の中に姿を隠してしまった。まずい。池の中で眠られては困る。男は蛇の潜った池に顔を覗かせると待っていたかのように蛇が顔を出して男の鼻面をぶつけた。衝撃と驚きにひっくり返った男を他所に蛇は池から長い体を現し始めた。その体に5本指の前脚と後ろ脚が生えていた。龍だ。男は神の如き生き物に今から何をするのか後ろめたさを感じたが、すぐに底から沸き立つ復讐心に支配された。龍は素人の吹いた笛のような、神聖さに欠けた間抜けな声を上げ欠伸をすると男の目の前でぐたりと長い体を横にし眠ってしまった。
腹を割ろうと刃物を取り出す。腕の生えた所から少し下のややふくよかな場所の真ん中に刃物を滑らすと支えを失った腸が溢れだす。男にとって見慣れたものであったから切れ込みに腕を突っ込み早速胃を見つけ出して刃を入れる。流石に腸に刃を入れることは今まで無かったので痛みに龍が起きないか緊張したが相変わらずの寝息だった。どうせ用済みになれば溢れた腸にもそのままに池の底に沈めるのだから。そう思案しながら胃を探るが先程食った魚の残骸しか見つからず、指輪などどこにもなかった。まさか指輪まで消化し切ったのか、それとも消化されず何処かに引っかかっているのか。男は言葉通り体の中を探るように長い腸に乱暴に刃を走らせる。ズタズタに裂かれたせいか男の手元と足元は血に塗れていた。巻かれた縄を投げ出すように開いた腹から腸を掴んで引っ張り出す。二十三尺もあるような肉の紐を割っても指輪は出てこなかった。
ならば喉なり食道に引っかかっているのかもしれない。腹から頭の方に視線を移すと視界の済に違和感を覚えた。手の方で何かが光っているようだった。ふと龍の鱗なり爪なりが生えた手を見れば指輪が嵌められていた。男はそれがどういうことか一瞬わからなかったが一気に悪寒が体を支配し、腕の震えで刃物を落とした。
目を覚ました龍は男の足首を咥え、飛び出した腸をそのままに下半身から池に浸かるとズルズルと潜り込んでちった。男は意識を取り戻した時には溺れかけていたので抵抗したが、龍はお構いなしに池へ男を連れ込み、底で眠った。
青大将は育つと龍になる。現にここにある男は蛇として大きく育ち、角と長い2本の髭も生えて龍として差し違え無かった。ただ致命的な点があり、男はこれによって龍になれず巨大な体を以って地を這い回る羽目になっていた。男は四肢を切られていた。龍に大成したら空を飛び回りたいという願いに対して男は卑劣な性格をしていた。かつて村娘の所に上がり込み、遊んでいたところを見つけられ、村中で言いふらされたそのその怒りで人を祟ったからである。娘は良い人であり男の正体も知った上でお互い受け入れていたが、やがて男は退治されると祟り神として同時に四肢をもがれ、山奥の社の間に投げ出された。男は丑三つ時に蛇に化けては暗い部屋でひとり身を這いずっている。空を飛ぶどころか空を見ることさえ許されない事に男は憤りを感じていた。
四肢も無くただ眠ることしかできなかった(が、夢の中でなら龍の空を飛ぶ夢を見れたことは男にとって唯一とも言える幸福だった)ある日、襖の開ける音に男は目を覚ます。あの時交わった娘が目の前にいる。男は喜びに上半身を起こすと娘は風呂敷から椀を取り出し湯を注ぐと男に差し出した。首を傾げていると「喉が乾いているでしょう」と言われ、そういえばそうだと男は笑って湯をあおる。喉の乾きを自覚してから男は娘から差し出される湯を次々に飲み干していった。久々の情人との再開に気を良くし娘に身を寄せていると男は突然喉が焼けるような感覚に襲われ悶た。やがて長い体に戻れば口を開けてのたうち回った。引きずるような声で娘に問うと菖蒲湯であることとただ夢を叶えさせてあげたかっただけと言った。それは誰の夢なのか、男は知らぬまま意識を手放した。その後男のいた麓には時折激しい雨が振り注ぎ、曰く、雲との間に長虫を見たという。
村の少年は細い身形で頭も良くなかった上に、泣き虫でその様が面白いからと周りから苛められていた。
村から少し離れた山の人気のない所は土が赤く染まっていて、その場所は鬼斬場であったらしく鬼の血が染みたために土もその場に生えていた草も赤く染まっていた。作物の育ちも悪いので村は鬼が土砂なりを起こして赤い土を持ってこないよう祀った。
少年にとって村が恐れる鬼は輝いて見えたらしい。
少年はいつの間にか親の前から周囲の目から消えた。周囲の子どもたちはつまらない、食べなさすぎで頭も腹も空になって死んだんだろうと笑いやがてその子どもたちの記憶からも少年は消えた。
少年は山に籠もり鬼の血が吸われているだろう赤い根の薄を食べだした。土は流石に体が受け付けなかったが薄ならいけた。時折深夜に村の作物を漁って食べた。先客の動物もいることがあったがその時は相手を見極めて争った。鳥や猫の類ならいける。猪や熊はだめだ。それさえ考えればいい。まさか人から外れたほうが楽な生活を送れるとは思わなかった少年は何年か経ち、体も大きくなっても赤い薄を食べ続けた。やがて猪に勝って肉を食べるようにもなった。筋肉もついていけば山を自由に駆け回れる体力もついた。髪も伸び突き刺すような目付き。瞳は薄の養分を取り込んだのか底の見えない深い赤に染まっていた。地面を叩きつけるような激しい足音が響けば熊も猪も首を絞め折られ余すことなく男の血肉として取り込まれる。獣に顔を突っ込み無我夢中に貪るその身はとっくに血に染まり牙も爪も生え変わって口も裂けていた。そろそろかと木を根本からへし折り村の方へ投げつけると瓦の砕けるようなけたたましい音が鳴ったのでその方角へ引き抜いた木を投げまくった。
やがて剥げた斜面からは雨が降れば赤い土砂が流れるようになった。村の人達は不作と破壊に困り果てた。きっと血を流した鬼の祟だと少ない作物を供えた。それを見た鬼は「やっと反省したのか」と村に姿を現せば人々は驚いて逃げ惑うが鬼が一人を掴み取ると自らの親とあの時の周囲の人のことを聞いた。人は何の事が分からず首を横に振る。思えば鬼も苛められたのがいつの時だったのか、その周囲の顔がどんなものだったか、親はどういった人だったのか思い出せずにいた。鬼は変わりすぎた自分を悔やみ、泣き声を上げた。
「特別な力のある刃をあげよう」
大男2つの刃を貰った私は試しに刃を大男に刺してみる。すると大男はあっけなく死んだ。とんでもないものを貰ったのかもしれない。私は2つの刃を懐に隠してしまうと早足で家へ帰ろうとした。すると何か騒がしい。王の嫁が悪いものに憑かれたそうで苦しんでいるらしい。王に「その刃で楽にしてあげてくれ」と言われると私はやけくそ気味に女の腹に刃をいれると血の塊のようなものが出てきたので私は驚いてそれに刃を突き立てた。血の塊のようなものが動かなくなり、腹を縫うと女は目を覚ました。王も民衆も大変喜んだとか
ムラの隅の方に隠れるように住む15にも満たない娘、流鶯は宿痾である上に親も亡くしていた。周囲の住民からは親の死因は流鶯の病の仕業なのではとされ誰も流鶯を世話しようとも、近付こうともしなかったが、流鶯は一人で暮らすことに特に嫌気も不便も感じなかった。
流鶯は毎日日が昇る頃になると古びた草履を履いて山中の社に参拝しに行った。社は人知れない所らしく、流鶯が入った限りではムラの人がいるということは無かった。
社へ行く度に流鶯は餅なりを持ち込んでいた。餅なのは社にそれに纏わる御神体が祀られているから……ではなく以前は作物も持ち込んでいたがたまたま稲荷寿司だけ毎回無くなるのでそうしているだけで、実際にこの社がなんのために作られ、何を祀っているのかも流鶯には知りもしなかった。とにかく、この病が治ること、外の世界が見たいことを願っていた。
今日も人も起きぬ間に家を出て社へ向かう。稲荷寿司を拝殿前に備え、二礼二拍手。最後に一礼をしようとした時、流鶯の視界が眩んだ。
暫くして流鶯は目を覚ましていることに気付く。真っ暗闇で自分の目が開いている感覚さえ怪しい。体が何かに支えられているのに気づくと同時に全身に温かい感覚を覚えた。人の体温にしては熱すぎるような気さえするその存在は何かを掴んだ後にゆっくり咀嚼し飲み込むのを数回繰り返した後に深い深い呼吸を始めた。流鶯の目と得体のしれない青い切れ目とが合った時、流鶯は拝殿前で目を覚ました。悪い夢でも見せられていたのだろうか、何か怖いことでも起きる前兆なのではないかと早足で下山すると、暫く社へ向かうことは無かった。
ある夜、冬が明けようとして温かい風が頬を撫でるが流鶯には社に向かわないことへの罪悪感に拍車をかけることになってしまっていた。冬の厳しい寒さの中で食糧が足りなかったのは認める。元々豊かではないものだし、自分一人で暮らしていけるのは酷い不幸中の幸いと思うことさえある。しかし縋りたいものには縋りたかった。それは許してほしい。しかし現に境内であの奇妙な出来事に出くわされたのは神の天罰の1つに過ぎないのかもしれないと流鶯は悩ましげに布団に包まっていた。
玄関の方でカツカツと歩き回ったり時折引き戸に触れるような音がするので流鶯は客かと引き戸を開けると自分の2倍はあろうかという大男に一瞬身を怯めてしまう。特徴はそれに留まらず荒波のような赤毛の髪と髭を生やし腰には刀を差し古びた旅装束を身に纏ってささくれまみれの三度笠の割れ目から青い視線が流鶯を的確に射た。この視線には覚えがあった。得体のしれない者の正体はこれかと、夢での出来事は凶事の前兆であったかと疑った。しかし男は無言で流鶯を見下ろすばかりで何もしてこない。次第に落ち着いた流鶯は「旅の者ですか」と声を掛けるが男は少し困ったように首傾げると何も言わないまま流鶯の家へ上がりこんで来た。何をするのかと様子見をしていると居間に荷物を下ろして座り出した。何もしてこないことをいい事に未だ不信感の残る流鶯であったが旅のものであるのなら何かもてなしてやらねばと旅人に鍋をこしらえてやった。男は具の入った椀をじっと見つめている。やがて流鶯が自ら箸を進めているのを見ると自分で箸を取り不器用に食事を始めた。
「何日泊まる予定で……まずなんて呼べばいい?あまり名前なんか聞くものじゃないけど」
流鶯が少し辿々しく口に出すと男はまたしても首を傾げ悩ましげにした。もしかして名前を名乗れないのか、それかそもそも名前を持っていないのかと、何れにせよ話すときに不便であるからどうしようと流鶯は暫く考え込むと
「春峰来儀。春の山に来たから春峰来儀なの。嫌なら無視しても構わないけど、呼び名があったほうが便利だから」
男、来儀は頭を掻いて大きい欠伸をするとその場で眠ってしまった。
それからも来儀は何も言わずただ流鶯の言うことに従い、飯を食っては寝てを繰り返していたが害意がないと判断した流鶯は来儀の腕を引っ張ると裏庭まで連れ出される。裏庭は色とりどりの花々が咲き乱れていた。別世界のようであるが流鶯曰く先祖代々受け継いできた花園であるらしい。流鶯本人も相当気に入ってるらしく、軽い足取りで花園の真ん中に座ると来儀にこちらに来るように促進する。花で敷き詰められた絨毯に自分のような者が足を入れていいのか、踏み潰したら怒られるのではないかとその場に立ち尽くしていたがやがてしびれを切らした流鶯がまた腕を引っ張り無理矢理花園の真ん中に引き込まれる。男が困惑している内に流鶯が小さな手を巧みに操って花々を結ぶと輪を作る。来儀の方へ向けると来儀は腕を出して輪を掛けようとするが流鶯に「違う!」と拒絶された。頭を下げるよう言われたので大人しく頭を下げると頭上に軽いものを乗せられる。先程の花を結んだ輪だった。やっと乗せれたと喜ぶ流鶯に気分を良くした来儀は大きい体を動かすと流鶯を肩車し童歌を歌いながら家へ戻った。
いつものように来儀は居間で大人しく座り、夕飯を待つ。必要に応じて手伝うこともあったが流鶯が器用すぎることもあり来儀が出ることはほぼほぼ無かった。流鶯曰く居間で大人しく待っていてくれるだけで有り難いと言うのでその言葉通り胡座をかいて眠るかのように目を閉じた。
が、高い硬質な音が鳴ったことで来儀の静寂は破られた。突然の違和感に来儀はどうしたのかと流鶯の居るはずの炊事場へ向うとそこには小さい流鶯の背があった。うずくまっているのか近付くと激しく咳き込んでいる。流鶯の上の方にあるまな板の方へ目をやると赤い斑点が散りばめられていた。来儀は今尚血を吐き出す流鶯を無理矢理引っ張り出すとそのまま自分の体の半分もないその小さい体をに腕を回す。絞め殺すかの如く力を込めると体は燃えるかのような熱を持ち、流鶯は病気でなく男の腕によって命を落とすのではという勢いであったが次第に流鶯の呼吸は落ち着き、来儀が力を緩める頃には静かな寝息を立てて眠っていた。男は得も言えぬ罪悪感に襲われ流鶯を居間に連れ布団を被せてやると旅装束も刀もそのままに姿を消してしまった。
何年か経つ間来儀は社の本殿で眠るなりうでっぷしで猪なりを狩り焼いて食うなりをして凌いでいた。拝殿に座り込み木々を眺めているとふとあの時の女はどうしているのか気になった。あれから暫く社により多くの餅を持って来たのはあったが今では音沙汰もない。また下りれば出会えるのだろうか、どのような顔をされるのだろうかと色々考え込む内に足が勝手にその方向へと進んでいた。
流鶯の家の前に着くと引き戸を何度か叩く。低い音が鳴り響いても誰も出てこない。おかしいと思い引き戸に手を掛けるとあっさり開いてしまう。中は静かなもので前に訪れた時となんら変わりはしなかった。裏庭も炊事場も居間も、あれから時間が止まってしまったのかと錯覚した。ただあの娘がいない事を除けば。居間に自分の置いていった旅装束と刀が無い事に気付いた時、鶯が鳴き、羽ばたく音を聞いた。