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おにいちゃん!! の後の話【SDVX】

全体公開 同人再録
2021-03-04 19:27:55

本編に入れようと思ったけどあまりにも蛇足なので別個にした『おにいちゃん!!』の後日談三編。
IV時空呼称等GW参考捏造過多。

Posted by @aoin0_wgrm

at.リビング




 ジャ、ジャ、と鍋の中で食材が焼かれる音が響く。時折、おたまが鍋底を叩く音が混じる。甲高い音だというのに、不快感は無い。むしろ、聞き慣れた分心地よさすら感じた。
 台所に立つ兄の背中をぼんやりと眺める。鍛錬で鍛えられた腕が、鉄鍋を振るう。遠くから香る野菜の焼ける甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
 日は暮れ、客足も途切れがちになった今の時間は、二人にとっての夕食時だ。福龍がその場に余っている材料でまかないを作ってくれる。テーブルや食器の用意をして、座って兄の背を眺めながら出来上がりを待つのが、椿の日課だった。本当ならば自分も手伝いたいのだが、彼はいつも座って待っていろと言うのだ。肩を掴まれ真剣な表情で言われては、反論はできない。なにより、福龍の作るまかないはいつだって美味しい。修行中の己が作るより、手慣れた兄の料理を食べた方が二人とも幸せになれるだろう。
 ジュワァ、と液体が蒸発する音がする。調味料を入れたのだろうか。味付けの段階に入ったのだろう。だとすれば、完成までもう少しだ。まだかな、と両頬に手を添え肘を付き、椿は目を細める。店番で働きまわった身体は、ずっと空腹を訴えている。くぅ、と可愛らしい音が彼女の腹からこぼれた。
 鍋を振るう背を見る。普段は頼りないところがあるが――特に紅刃を前にした時はそれは酷いものである――こうやって眺めてみると、どこか兄然とした頼り甲斐のある背に見える。鍛錬で鍛え抜かれた身体に無駄な肉は無く、よく引き締まった美しい身体をしている。鍋を握る手も、鍛錬による胼胝が浮かぶ男らしい手だ。なんだかんだ言いつつこちらに世話を焼いてくるのも、彼の兄らしい部分だろうか。
 双子。兄。妹。己と彼の関係性を改めて考える。自分たちは双子で、福龍が兄、椿が妹だ。そこに変化が訪れることは無い。生まれた時から決められている立場だ。
 父により厳しく躾けられた福龍は、兄としてよく働いていた。幼い頃は面倒をよく見てくれたし、今でもなんだかんだ己に甘い。それは、兄として妹を可愛がっているということだろうか。例えば、今こうやって毎日のようにまかないを作ってくれるのも。
 はぁ、と少女は溜め息を吐く。こんなことを考えるのも、全てあの兎たちのいたずらのせいだ。それほど、あの『お兄ちゃん』と呼ぶいたずらはインパクトがあるものだった。
 お兄ちゃん。口にしたことのない響きだ。物心ついたときから、兄のことを名前で呼んでいた。自分は女であり妹なのだから、『お兄ちゃん』なんて呼ばれることはない。とんと無縁な言葉だ。
 ふくりゅうお兄ちゃん。兎たちの言葉がリフレインする。彼女らが楽しげに呼んでいたそれが、頭にこびりついている。
……福龍お兄ちゃん」
 ガタン、と五徳に鍋がぶつかる派手な音が、キッチンを突き抜け鳴り響く。カーン、とおたまが鉄鍋を叩く音も加わる。何かあったのだろうか。耳をつんざくような音に、少女は急いで立ち上がった。
「ちょっと、大丈夫アルカ!?」
 熱がこもるキッチンに駆け込むと、そこには背を丸めた福龍がいた。コンロの火は消され、鍋の中身も空だ。床を見ても、何かがこぼれたり割れた様子も無い。危険は無いようだが、あんなに騒々しい音が立つなど一体何があったのか。
……お前までそう呼ぶのか」
 よろよろと起き上がり、少年は妹を見やる。その顔は青い。鍛えられた身体がブルリと震え上がる。強い火を取り扱うキッチンは暑いくらいだというのに、その腕には鳥肌が立っていた。
「何の話ネ?」
……今、今日のニアとノアみたいに呼んだだろ」
 きょとりと首を傾げる椿に、福龍は言葉を濁す。濁す他無いのだろう。言葉を漏らす顔はうんざりとしたものだった。
 あぁ、と合点がいったように頷く。たしかに、先ほど双子兎のような呼び方が口を突いて出た。どうやら、その声は調理が終わった兄にも届いていたらしい。
「言ったアル」
「突然何なんだ」
「アイヤー、考えてたら口に出ちゃっただけネ」
 何でそんなことを考えていたんだ、と福龍は顔を片手で覆い呟く。そんなことを言っても、思い浮かんでしまったものは思い浮かんでしまったものだし、出てしまった言葉も出てしまったものだ。そこに深い理由は無い。
 ふくりゅうお兄ちゃん。その言葉を今一度口の中で転がしてみる。存外甘い、不思議な響きをしていた。やはり、言い慣れてない語は違和感を覚えてしまうようだ。
 ふくりゅうお兄ちゃん。
 お兄ちゃん。
 初めて口にした『お兄ちゃん』という語に、じわじわと胸の内に何かが込み上げてくる。今の今まで生きてきてずっと名前で呼んでいた片割れを、初めて『お兄ちゃん』などと呼んでしまった。それがなんだか、よく分からないものを呼び起こさせる。少女の胸に湧き上がるその感情には、羞恥という名がついていた。
……やっぱ今の無し。無しネ! 忘れるアル!」
「分かった! 分かったから落ち着け!」
 バタバタと手を動かす椿に、福龍は距離を取りつつ声を投げる。赤い顔でうー、と呻る妹に、少年は皿を差し出した。
「ほら、まかないできたぞ」
 赤と青の模様で縁取られた皿の中心には、金色のドームが鎮座していた。丸く模られた米はひと目でパラパラだと分かる。黄金の粒の中には、赤と緑と黄色が散っている。頂点には、軽く刻まれた紅生姜が載せられていた。まかないの定番、野菜くずと卵と米で構成されるシンプルなチャーハンだ。
 夕食の登場に、二人の腹がグゥ、と大きな鳴き声をあげる。本能に忠実な部位に、少女は思わず手を当てる。きゅう、と今度は可愛らしい声をあげた。内臓は、早く栄養を寄越せ、と大声で主張していた。
「早く持ってけ。スープはおれが持ってくから」
「アイヤ、分かったアル」
 ほら、と目の前に皿が二つ差し出される。落とさないようそっと受け取り、くるりと踵を返す。整えられたテーブルの上、己と兄の席に皿を置く。立て続けに、スープが入ったカップが置かれた。
 二人何も言わず席に着く。黄金色のチャーハンと白身と小口ネギが浮かぶ中華スープを前に、双子はパン、と手を合わせた。
「いただきます」

at.子ども部屋




 カリカリと細い音をたてて、鉛筆が紙の上を踊る。様々な数字が描かれた紙面を読み解き、ノアはむむむ、と音も無く呻る。三角形の面積を求めよとの応用問題に、少女の頭はフル回転をした。公式はこれで、入れる数字はこれで、とゆっくりパーツを当てはめ書き入れていく。小さな手が途中で止まる。今の自分の理解度では、この問の解は弾き出されない。うーん、と少女は口元を押さえた。
……ニアちゃん、ここ分かる?」
 机の対面に座った姉に声をかける。鉛筆が走る音が止まる。すっと上がった顔、つやめく瑠璃色が己を捉えた。いくつもの問に向かうその目は、常と変わらず澄んだ色をしていた。
 どれどれー、と姉は身を乗り出し、妹の前にあるプリントを覗き込む。これ、と指差すと、ニアは自分のプリントに目を戻し、該当問題を眺めた。小さな眉が難しげに釣り上がる。むむむ、と可愛らしい口から気難しい声が漏れた。数拍おいて、まあるい紺碧がぱぁと明るく輝いた。
「あっ、これはね! ここに線を引いてねー」
 そう言って少女は己の目の前にあるプリントを一八〇度回転させる。妹が示した問の図形に、手早く鉛筆で線を入れる。見慣れぬ形をしたそれは、姉の手によって授業で見知った形へと変化した。
「あっ、分かった!」
「良かった!」
 ニアの解説によって必要な数値を導き出し、ひらめきの声をあげる。姉も喜びの声をあげた。思い浮かんだ数式を解という形に残そうと、二人で鉛筆を走らせる。
「ノアちゃん解くの早いね」
「そうかな」
「だってニア、やっと半分だよ。ノアちゃんもう少しで終わるでしょ?」
 すごいね、と姉は言うものの、自分は姉より二問だけ進んでいる程度の状態だ。もう少しで終わる、と言うには遠い進行状況である。ノアもまだまだ終わんないよ、と返し、少女は次なる問へと立ち向かう。今度は台形の面積の基礎問題だ。
 数式を解く中で、ハッと気付く。そういえば、せっかく教えてもらったのに礼を言っていないではないか。一足遅くなってしまったが、今からでも言うべきだろう。姉のおかげで、自分は宿題を進められているのだから。
 ニアちゃん、と口を開きかけ、ノアは口を噤む。心の隅っこにあったいたずら心が、突然主張を始める。声の大きなそれは、少女の頭を容易に染め上げた。
 今日一日、年上の人たちを『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と呼んだ。でも、肝心の人には――その名で呼ぶのが一番ふさわしい実の姉には、まだ何も言ってはないではないか。身近すぎて忘れていた。双子で同い年だが、ニアは『お姉ちゃん』なのだ。
「なぁに? どうしたの?」
 対面、鉛筆を動かす手が止まる。突然言葉を切った妹に違和感を覚えたのだろう。その目は不思議そうな色を浮かべ、口元に手を添えた片割れを見つめていた。
「えと……、えっとね」
 慣れ親しんだ姉に対してだというのに、言葉が詰まる。小さな心臓が高鳴る。いたずらをする緊張と高揚だ。やめておきなさい、と理性が言う。いたずらっ子の本能は、やってしまえ、と勇気を煽った。
……ニアお姉ちゃん、教えてくれてありがとう」
 数拍の空白の後、ノアは礼の言葉を口にする。えへへ、とどこか恥ずかしそうに控えめな笑みを浮かべた。
 なめらかに動いていた鉛筆の動きが止まる。深海色の瞳は真ん丸に見開かれ、姉は照れくさそうに笑う妹を見つめた。ぽかんと小さな口が開かれる。へ、と空気が抜けるような音が漏れ出た。たっぷり十数秒、ようやく妹の発した言葉と意味を理解したのか、その白くなだらかなかんばせが紅葉するように真っ赤に染まった。同時にその呼び方の意図を察したのだろう。少女は握っていた鉛筆を放り出し、万歳するように頭上に両手を上げた。
「ノアちゃんからかったでしょー!」
 顔を赤く染め、ニアは声を荒げる。からかわれた怒りと、いっぱいの恥ずかしさと、ほんの少しの喜びが混じった音色をしていた。
 いたずらが成功したことに、ノアは依然えへへーと笑う。思いつきは大成功だった。いたずらっ子の本能が満たされていく感覚がする。とても心地良い気分だ。けれども、一方で多大な違和感を覚える。呼び慣れていないのもあるだろうが、どうにも大好きな姉を『お姉ちゃん』と呼ぶのは拭えない何かを感じた。
 むぅ、と頬を膨らませ、姉兎は不満げに細めた目で妹兎を見る。しばしして、眇められたアズライトがぱちりと開く。まあるいそこには、妹と同様いたずらの光が宿っていた。
……ノアのいじわる」
 拗ねたようにニアは言う。ぷくりと膨らむ頬から空気が抜け、つややかな唇が緩く弧を描くのが見えた。まさにいたずらをする時の表情だ。
 姉の意趣返しに、ノアはぱちぱちと瞬きを繰り返す。姉と共に十年は生きているが、『ノア』だなんて初めて呼ばれた。突然の呼称の変化に、驚愕の色が隠せない。しばしの沈黙、少女ははっと口を開く。真正面の片割れと同じく、その顔が朱に染まっていく。ぁ、と呆けたように開いた口から意味の無い音が漏れ出た。
「ニーアーちゃーんー!」
「お返しだよー!」
 両の手を上げ眉を吊り上げるノアに、ニアはへへーん、と得意げに笑う。いじわるー、そっちこそいじわるだよー、と言葉の応酬が続く。じゃれるようなそれは、次第に笑声が混じってくる。終いには、二人できゃらきゃらと笑い出した。
 続きやろっか、そうだね。姉妹は言葉を交わし、再び鉛筆を握る。星空色の瞳は、目の前の課題プリントへと吸い込まれた。
 カリカリと鉛筆が紙の上を走る音が部屋に落ちては積もっていく。ふと、ノアは手を止める。顔を上げ、目の前で問題を解き明かしていく姉を見て、少女はぽつりと呟いた。
……やっぱりいつも通りがいいなぁ」
「そうだね、ノアちゃん」
「だね、ニアちゃん」
 すぐさま返ってきた言葉に、えへへ、と少女二人は互いを見つめ笑いあう。放課後も思った通り、やはり『いつも通り』が一番なのだ。
 いたずらっ子といたずらっ子のいたずら合戦は、幸せな笑みで幕を閉じた。

at.ネメシス住宅街




 ひゅう、と風がかすかな音をたてて夜道を駆け抜けていく。冷えた空気が肌を撫ぜる感覚に、雷刀はぶるりと大げさなほど身震いをした。
「寒くなってきたなー」
「そろそろ秋ですからね」
 独り言のような言葉に、応える声。彼の隣を歩いている烈風刀だ。二人の肩には学生鞄が掛けられている。日々の運営業務を終え、二人で揃いの家に帰るところだ。
 晩ご飯どうする、昨日の煮物の残りがあったはずです、あれ美味しかったー。そんな他愛の無い会話が繰り広げられていく。夜闇に包まれる二人の姿を街灯が照らし出す。長い影が後ろに伸びた。
 今日の夕食はどうするか、買い物の予定はあったか、補習は無事に終わりそうか、今週の課題は済ませたか。様々な話題が飛び交う中、ふと沈黙が訪れる。秋も近い冷たい空気が二人の間を通り抜けた。烈風刀は剥き出しになった腕を撫ぜる。は、と寒さを堪えるような息が漏れ出た。
 学生鞄の取っ手を握り、少年はきゅっと唇を引き結ぶ。常は澄み渡り何もかもをまっすぐ見据える天河石の瞳は、今はうろうろと宙を泳いでいた。隣を歩く雷刀が気付く様子は無い。その朱の瞳は前を見据えており、弟の姿は映っていない。呑気な頭は、今晩の夕食へと思いを馳せていた。そも、会話が途絶えて気まずい思いをすることなどない関係性なのだ。黙りこくった相手を訝しむことなど滅多にないだろう。
 はくりと薄い唇が開かれる。はくはくと、薄く色付いた唇が幾度も動く。言葉を発しようとして、失敗しているような姿だ。事実、そうである。烈風刀はある言葉を口に出そうとしていた。しかし、それは彼の羞恥を強く煽るものだ。同時に、湧き出る好奇心を満たすものでもある。心を占める大きな感情二つを天秤に掛けるも、揺れつつも釣り合うそれに回答は得られない。さて、どうすべきか。少年の聡明な頭がフル回転する。珍しく無駄な思考だった。それでも、彼にとって重要なことであった。
 たっぷり十数秒、ようやく決意し、烈風刀は口を開く。いつもならハキハキと話すよく通る声は、かすかに震えていた。
「寒いから、早く帰りましょう。……雷刀お兄ちゃん」
 発される声はどんどんと尻すぼみになっていく。最後は風に掻き消されてしまいそうな、細く小さなものだった。それでも、その言葉は確かな音となって住宅街の闇夜に響いた。
 言った。言ってしまった。少年の胸に、多大な後悔と羞恥が押し寄せてくる。その白い肌は、兄の頭の色のように真っ赤に染まっていた。
 烈風刀の好奇心、それは『兄をお兄ちゃんと呼べばどんな反応をするか』というものだった。今日のニアとノアの様子を見るに、彼が『お兄ちゃん』と呼ばれてかなり喜んだのは事実だろう。他人から呼ばれてそんなに喜ぶというのなら、実の弟である自分が兄を『お兄ちゃん』と呼べば、どんな反応を返すのだろうか。幼い頃から自身を『オニイチャン』と主張し人に呼ばれることを望む彼を、一番そう呼ぶのが相応しい自分が呼べばどうなるのか。ふと生まれた好奇心は、次第に少年の心を埋め尽くしていった。普段考えたことが無かったわけではない。しかし、それを強く意識したのは、二人のいたずら兎が原因だった。
 あぁ、やめておけばよかった。少年は強く後悔する。兄を『お兄ちゃん』などと呼ぶのは、想像以上に羞恥を呼び起こすものだった。ただが呼び方が変わっただけなのに、どうしてこうも恥ずかしいのだろう。怜悧な頭で考えるが、羞恥に染まりきった頭では答えなど弾き出せそうにない。
 突然の言葉に、雷刀は一人目を丸くする。スタスタとまっすぐに歩いていた足が止まる。まるで燃料が切れたロボットのような、あまりにも唐突で人間として不自然な止まり方だった。その場で気を付けするように姿勢が正される。驚愕のあまりの動作だった。柘榴石の瞳は、顔を隠すように顔を伏せ前を歩いていく弟の背を見つめていた。
 え、と赤い唇から意味の成さない音が漏れ出る。数拍、呆けたその顔が喜色満面の笑みに彩られた。バッと少年は駆け出す。以前顔を伏せ、彼らしくもなく地面を見て歩く弟の隣に急いで並んだ。
「今『お兄ちゃん』って言った!?」
「知りません」
「言ったよな!?」
「知りません! 早く帰りますよ!」
 顔を覗き込んでくる雷刀を避け、烈風刀は硬い声で返す。終いには、大声でそのはしゃいだ声を掻き消した。常に己を律し冷静を欠かすことなく努力する彼らしくもない行動である。己が内に抱えた羞恥を誤魔化すための行動であるのは、誰が見ても明らかだった。それこそ、双子の片割れである雷刀には筒抜けだ。
 早歩きで進んでいく弟に、兄は急いで足取りを速めて追いつく。追求したい気持ちは多分にあるが、これ以上何かを言えば彼は逆上してしまうだろう。夜の住宅街に弟の怒声が響くことなど避けるべき事項であることぐらい、勉強が苦手な頭でも分かっている。
 八重歯の覗く口がにまりと弧を描く。今日、ニアとノアの二人に『お兄ちゃん』と呼ばれたことは十分に嬉しかった。しかし、それ以上の喜びが彼の胸を満たしていた。
 烈風刀は雷刀の双子の弟である。そんな彼は、兄である雷刀のことを幼い頃から『雷刀』と呼び捨てにしていた。双子に兄も弟もない、というのが彼の主張である。故に、碧が朱を『お兄ちゃん』と呼んだことなど、雷刀の記憶が正しければ今の今まで一度もなかった。それが、いきなりの『お兄ちゃん』呼びである。『お兄ちゃん』の呼称を誰より求めてきた彼が、歓喜しないわけがない。それがそう呼ぶのが一番相応しい実の弟からならば尚更だ。
 えへへ、と少年の口から笑声がこぼれ落ちる。とろけきったそれはコンクリートに落ちてすぐに消えた。く、と唇を噛みしめるような音が同じく灰色の上に落ちた。
 ニコニコと幸いに満ちた笑みを浮かべ、まっすぐ前を向いて歩く雷刀。白い肌を紅葉色に染めて、地を見て足早に進む烈風刀。対照的な双子は、夜の住宅街を歩いて行った。家に着くまで、まだまだ時間はかかる。


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