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金福演習

全体公開 2441文字
2015-04-10 01:32:17

汐田医院のデイケアに参加させていただきました。非常に拙い文章ですみません( ; ; )普段はツイッター落書きマンです!すんません!
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【#金福演習】


ぐう、ぱー、ぐう、ぱー。
目の前で青年の右手がせわしなく同じ動きを繰り返す。通路側に面した優先席に陣取った私は、たるんだ瞼をしょぼしょぼと押し上げ、その指の若々しく節くれだっているのをじっと眺めていた。



クーラーとエンジンがごうごうと鳴く。この時期にだけ運行されるS系統のバスは利用者が多い。みな一様に大きな荷物を持っているからか、車内は見た目よりもうんと狭く感じた。ぼんやりと窓の外を眺めるもの、目を瞑ってただ到着を待つだけのもの、到着までの短い時間の過ごし方は様々だ。
私の若いころはこの道ももっとガタガタで、バスなんてハイカラなものは走っていなかった。昔は牛に引かれてのろのろと移動したりしたものだが、今のこのご時世にはそぐわないのだろう。


「落ち着かないな、福富」
目の前に二人連れだって立っていた青年の、メガネをかけている方が小さく囁く。その声は周りの乗客を気にしてか、殆ど息を吐くような微かなものであったが、どうやら福富と呼ばれた青年には聞こえたらしい。ぐう、ぱー、ぐう、で握られたまま手の動きがぴたりと止まった。左手に抱えた花束を持ち直すため、一度、二度、腕をゆする。百合の花のツンとした香りが頭上から降ってきた。
「持とうか?」
「いや、良い」
「そういわず」
「いいんだ、俺が持っていく」
頑なに花束を渡そうとしないその態度が可笑しかったのか、メガネの青年は薄手のニット帽のふちを指で撫でつけながら、ク、クと喉を鳴らした。

「じゃあ俺はこっち」
ニット帽を押さえていた彼の左手が滑るように下りてくる。先ほど握りしめたきりピクリともしない≪フクトミ≫の右手をつつんで、その指をいっぽんいっぽん抉じ開けた。緩んだ右手が慌てて逃げるも、もう遅い。滑り込んだ親指が、手のはらに赤く残った爪跡を労うように撫でたかと思うと、五本の指をあっという間に絡め取ってしまった。
何かスポーツでも嗜んでいるのだろうか。体格のいい彼らは自分たちの大きな体を寄せ合って繋いだ手を上手に隠したつもりだろうが、こちらからは何もかもが丸見えだ。私の瞼が小さく瞬いているのにも気づいていないのだろう。
なんだか見てはいけないものを見てしまったかのような気がして、思わず目を伏せる。年老いて、抜け落ちてしまったまばらな睫毛の影で遮るにはあまりにも眩しすぎた。


目を瞑ったまま、彼らのやり取りに耳をそばだてる。バスが止まり、今まで私の隣で居眠りしていたご婦人が慌てて立ち上がる気配。ちゃんとその手は隠せただろうか。

間抜けなブザー音と共に扉が閉まり、再びバスが動き出す。そっと片瞼を開けて周りを伺うと、殆どの人が先ほどの停留所で下りてしまったのか、車内の乗客は疎らになっていた。青年たちの目の前にも丁度二つ、ぽっかりと空席ができたが、つないだ手を離すのが惜しいのだろうか。どちらもその手を解いてまで座席に座ろうとはしなかった。

暫く沈黙が続いたかと思うとメガネの青年がゆるゆると口を開く。
「今年はさ、振り返って手を振ってくれよ」
馬鹿言え」
「そうしたらお前を向こうまで連れていける」
「≪シズオカ≫までか?」
「そう」
軽口を叩くように笑う青年に向かって、もう一人はむっつりと口をへの字に曲げる。頬にあたる花束のセロファンがかさかさと乾いた音を立てた。

「荒北がなんていうかな」
「しらない
押し黙ってしまった仏頂面を気にするでもなくメガネの青年は絡ませたままの指を弄ぶ。やがて最終の停留所の名前を告げるアナウンスが響いた。この後バスは折り返して元来た道を戻っていくらしい。

「それじゃあ、また来年な」

百合の匂いが濃く、強く香った。




***




「金城ォ!」

駅のコンコースに響く声。つられてその声の出所に目をやって、私は思わず足を止めた。同じバスに乗っていた青年だ。そうか、彼は≪キンジョウ≫というのか。

改札をくぐりながら片手をあげた≪キンジョウ≫を迎えたのは、髪を短く切り揃えたやせ形の青年である。彼は口の端を持ち上げて上機嫌な様子で友を迎えたが、やがてその細い眉をいっぱいに顰めて≪キンジョウ≫の胸元を指さした。
オイ、ボタンしめろよな」
「ん。あぁ」
「ったくよォ、俺ァ今度こそおめー戻って来ねえんじゃねーかと思ってたんだヨ」
舌うち交じりに吐き捨てる青年を軽くあしらい、飛んでくる拳を避けながら≪キンジョウ≫はシャツのボタンを留めた。指の隙間から除くその胸は、皮膚とその下の肉が腐りかけ、白い骨がひっそりと覗いている。
長居しすぎたかな。彼が笑うのに合わせて肋も上下に動き、笑った。



長いこと立ち止まっていた私に痺れを切らしたのか、迎えに来てくれていた弟が「おおい」と叫んだ。私よりうんと早くに逝った彼は、ピンと伸びた背筋をさらに伸ばしてこちらに手を振っている。
向こうに遺した妻の思い出をつめたキャリーケースを引き、後ろ髪引かれながらようやっと改札を潜りぬける。
あぁ、夏が終わってしまった。


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【原文】

 S系統のバスのなか、混雑する時間。ニット帽をかぶった二十歳過ぎぐらいの男、帽子の端には小さな蛇の刺繍が入っている。スポーツをしているのか体格は良い。客が乗り降りする。隣に立っている金髪の男に何かを囁く。金髪の男はそれを咎める。辛辣な声を出そうとしているが、どこか甘えたような口調。目の前の席があくが二人とも座らない。
 二時間後、静岡駅の新幹線改札口前で、その男をまた見かける。連れの男(先程とは違う黒い髪の男である)が彼に、シャツのボタンを付けるよう言っている。男の胸元を指差し、その理由を説明する。


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