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金福演習

全体公開 1 1280文字
2015-04-10 09:34:34


随分と大きなカーブで身体ごと揺すられ、微睡んでいた意識は覚醒し始めてしまった。舌打ちを何とか堪えながら目的地にたどり着くまでの暇つぶしとして窓の外をぼんやりと眺めることにする。十何台もの車がちょこまかとバスの周りにまとわりつくように集まり、そして法定速度を頑なに守ろうとするそれに痺れを切らしてアクセルをふかして消えゆく。その繰り返しで追い越されてばかりいるせいか遅々として動きは遅い。この時間帯のここの大通りもバスもこんなに混むと知っていたらお使いなんて頼まれなかった。脚の下で銘菓の袋が鬱陶しげにがさりと揺れ、ほんの少し隣の席へとはみ出しかけたので脚で横から押さえ付けようとしてふと気がついた。席に座る若い女の更に隣に立っている二人の男のうちの一人のクリーム色のカーゴパンツに見覚えがあった。釣られるように目を上げる。途端、煌めくような金髪に目がくらんだ。福ちゃん。危うく声に出しかけた。何故こんなにも近くにいて気がつかなかったのかと心臓は何故かやたらと早鐘を打つ。俺が福ちゃんの声を聞き逃す訳もないのに。がくん、とまた車体が大きく揺れ目的地から二つほど離れた駅に停車したらしい。俺の隣に座っていた女が、福ちゃんとその男、金城以外であるはずもない、の間をすり抜けるようにして降りていった。と、なるとどちらかが座るのかもしれない。

「座るか?」

金城が囁いた。低すぎて聞こえないほどに押さえ込まれた声だった。もしどちらかが座ったとしたら俺の存在がバレるだろう。ここで脳天気にやぁ久しぶりだねェなんて何もかも知らないふりをする度胸もない。目深に被っている帽子のつばを更に下に引っ張った。

「いい」

福ちゃんの短い返事。

「俺を子供扱いするな」

そして、気がついた。俺の知っている福ちゃんはこんな甘えたようなぐずるような声音では喋らない。どうりで、気づけなかったはずだ。金城も福ちゃんも席には座らないまま、内容も何もない会話を、妙に低く甘い声音で繰り返し続けた。




「荒北」

運が悪い。今日は史上最低に運が悪い。バスの中よりはそれなりに混雑している駅の改札口でよりによって俺を見つけることはないんじゃないか。名前を呼ばれたら嫌々だろうが振り返るしかない。金城がにこにこと笑みを浮かべて立っていた。そりゃあ遠距離の恋人とデートしてたんだもんなぁ。溜め込んでいた大きな舌打ちをする。ふと、金城のポロシャツのボタンが一つ空いていることに気がついた。その奥に、襟の影に隠れてよく見えないが赤い痣のようなものがあるように思えてぎょっとする。覗き込める訳もなく視線を逸らして

「ボタン閉めろよ、だらしねぇな、見せつけてんじゃねぇよ」

とただの悪態に聞こえるようにぼやいてみると、すまない、と金城はにこやかに言い、日に焼けた筋張った指でつるつるとしたボタンを摘み。

「盗み見と盗み聞きは感心しないな、荒北」

と何でもないように言うものだから、正しくあれもこれも見せつけられていたのか、と気がつき、本能的に金城の脛に思い切り蹴りを入れていた。


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