★1.本当の咎/虚淮、风息、洛竹、天虎
2.あずける/洛竹、风息
3.ふるさとになりえなかった俺たちは/洛竹(→风息)
★4.屋上/风息(→洛竹)
★5.釈放/洛竹、虚淮
★6.名前/虚淮(→小黑)
★7.风息という妖精/冠萱、潘靖
8.優しい木漏れ日の夢を見る/无限、小黑
@satomi8429
1.本当の咎 (映画後・謎時空 虚淮、风息、洛竹、天虎)
どれくらいこうしていただろう。眠くて怠くて動けない。
ただ、頭の下は石の寝台ではなく、何か柔らかくて温かいものがあった。
頭を傾けると、頬に短い毛並みが当たる。天虎……?
感覚を現実に戻していくと、誰かが背中をさすってくれているのもわかった。重い瞼を持ち上げると、天虎の心配顔が目に入る。天虎の膝に頭を乗せて寝ていたらしい。あ、起きた?という声は洛竹だ。目線で探すと天虎の横から洛竹の笑顔が覗き込んだ。気分はどう?虚淮。寝てていいよ。
返事をしたかったが、口が渇いて動かない。やっとの思いで絞り出す。
「すまない、私は」
どうした?と問おうとすると、洛竹が遮った。
「謝らないでよ。全部、昔虚淮が俺たちにしてくれたことだよ」
「虚淮」
风息の声が聞こえ、声の方へ顔を向けると、风息は反対側で、手を握ってくれていた。少しつり上がった目を、優しく眇めて风息が覗き込む。
「风息」
呼ぶとにこりと笑ったその顔は、どこかで見た顔だった。どこで見たのか。胸の奥がざわざわする笑顔。
「じゃあ俺は行くからな」
风息が唐突に言った。洛竹、天虎、あとは頼んだぞ。
手がそっと離れ、上の方で交わされる会話に、虚淮は今離れた手を咄嗟に掴んでいた。
「行くな」
勢いに驚いた三人が視線を向ける。
「行くな。……行くな、风息。行くな」
本当は、あの時言いたかった。
お前が我慢の限界だと言った時に。それでもダメだと。行くんじゃないと。
でも、私がお前の孤独な魂に寄り添ってやる方法は、あの時味方でいてやることしか、思いつかなかったんだ。
館の規則なんてくそくらえだ。人間の倫理も妖精の倫理も知らない。
ただ、私の本当の罪は。自分自身に対して負うべき咎は、
『あの時、行くなと言えなかったこと』
2.あずける (映画前の離島 洛竹、风息)
風息が訪ねて来たのは、いい加減夜も更けたころあいだった。
どのくらいの夜更けかというと、宵っ張りの朝寝坊を常とする洛竹がそろそろ寝ようと寝支度をはじめた頃だ。寝床にしているうろの入口に垂れ下がった蔓を、人間が入口にかかった布――暖簾というらしい――をくぐる時のような仕草でよけながら、風息が遠慮がちに名を呼んだ。夜更かしを咎められると身構えた洛竹の口から、反射的に言い訳が出る。
「風息? あ、もう寝る! 寝るから! 寝るって!」
嘘ではない。ちょうど外していた手甲を投げ、防具兼用の外装と帯を解いていたところだ。黒の短単衣と下衣だけになり、襟巻をくぐるように外して振り返ると、風息のほうも軽装だった。藤色の足首までの単衣を着けて黒っぽい帯をしただけの、すでに安らかに寝ていた人のような出で立ちだ。最近の風息は、常に警戒を解かない野性の獣のような緊張感をまとっていた。皆が眠っているような夜にも、いつ襲撃されてもいいようにある程度動けるような格好で寝ていると言っていた。だから、こんな姿の風息を見るのは実に久しぶりだった。なんだか昔の平和だった頃が思い起こされる。
「風息、珍しいねそんなカッコ。……眠れないのか?」
幼い頃から、眠れずあるいは怖い夢を見て、寝間着のまま寝床を訪れるのは、いつも洛竹の方だった。風息は夜中でも朝方でもいつでも目を覚まして、迎え入れてくれた。
「まさか」
「じゃあどうしたの。あ、昔みたいに一緒に寝る?」
言いながら、さっそく布団にしている草を追加しようと屈むと、風息はそうじゃない、と少し口元を緩めて言った。
あ、笑った。
最近厳しい顔ばかり見ている気がするから、これが自分の役割だと洛竹は自負していた。腰を下ろしてあぐらをかくと後ろ手につく。眠れないわけでも、ひとりで寝るのが寂しいわけでもないのなら?
「え、もしかして夜這い!? きゃー!」
ふざけて騒いでみせると、ついに風息はぶっと吹き出した。
「ばーか!」
目の前にしゃがんだ風息に人差し指で額をつつかれ、洛竹はぎゃっと後ろに転がった。
「なんだよぅもう! 俺に用があるから来たんだろ」
額をさすりながら起き上がると、ん、と風息がまた口ごもった。
「なに」
あぐらをかいて手を脚に置いたまま、首を伸ばしてそれから傾げる。この真面目な兄は、言いにくい話の口火を切るのに、なかなかに時間がかかる。
「困った話?」
「いいや」
風息も洛竹にならってあぐらをかきながら首を振った。
「じゃあいいじゃない。どうした?」
洛竹は目を逸らさない。夜明け間近の東の空のような濃紺の瞳が、部屋に揺らめく小さな炎の揺れに合わせて揺れている。綺麗な目だな、と思った。
ようやく口を開いた風息は、洛竹、と言うと両手を自分の胸に当てて、胸から何かを取り出すような仕草をした。小ぶりの林檎くらいの大きさのものを、両手のひらで包み込んでいる。砂でできた林檎を壊さないように持ってるみたい。不思議に思って見つめる洛竹に、風息が手を出すように言った。
風息の仕草につられて、溢さず受け取れるように両手で碗を作って差し出す。風息の大きな手は、洛竹の手の上で動きを止めると、手の中のものを洛竹の手にそっと下ろし、そのまま洛竹の手をさっきの風息と同様に、洛竹の手がそれを包む形になるように外側から支えて閉じた。
風息は、洛竹の両手を包んだ自分の両手をしばらく見つめてから顔を上げ、含めるように言った。
「これを、お前にあずける」
風息がそっと離した自分の両手の中をそろそろと見る。そこにはなんの変哲も無い、自分の両手があるだけだった。
「風息……?」
風息は問いには答えず、微かに笑った。
「お前に持っててほしいんだ」
眉をハの字に下げて、ほんの少し困ったように。なんのことだかよくわからずに、頭の上に疑問符を並べ立てる洛竹の肩を、風息は両手で二回ポンポンと叩いた。この話はこれで終わり、という合図の仕草。
「じゃあな。おやすみ」
風息はさっと立ち上がりそれだけ言うと、呆然とする洛竹を残して行ってしまった。
「ああ、おやすみ……」
視線を落とすと、部屋の灯りにぼんやりとてらされた、からっぽの手の中が見えた。
その日を最後に、風息の軽装を洛竹が目にすることはなかった。
3.ふるさとになりえなかった俺たちは(映画後 洛竹)
俺が見る風息はいつも大きかった。その背も、手も、声も眼差しも。
風息はいつでも強くて、大きくて、優しくて、敵わない。
俺がもっと強かったら、もっと大きかったら、
優しかったら、その隣に立たせてくれた?
俺がもっと頼りになる弟だったら、背負った重さを分けてくれたのかな。
風息は俺たち家族をいっとう大事にしてくれた。
俺たちみんなをその腕の中に抱きしめて、包んでくれた。
身じろぎしたら気づいてくれるし、囁き声にもすぐ気づくくらい近くに。近くに。
俺はさ、風息が「うん?」って聞き返してくれる、その声と顔が大好きだったよ。
小さいころから、大きくなっても。低くて丸くて優しい声。
春の陽だまりみたいなあったかいまなざし。
でも風息は、腕の中に俺たちを守りながら、視線ははるか遠くを見ていた。
俺たちの未来と、妖精全部の未来と、それからふるさとを見ていた。
まっすぐ見ていた。ずっと。
だから知らないだろう? 俺たちみんなが、心配顔で風息を見つめてたこと。
こんなに近くにいるのに、なんだかすごく遠いんだって思ってた。
ちくしょう。なんで見てくれないんだよ。気づいてくれよ。
風息が大事で、大事で大事で、だから心配してるんだよ。
守られてることも忘れて、そんなことを思ってた。
風息が走って行ってしまった時、背中に冷たい風が吹いて、そうして俺は思い知った。
風息はこんなに近くにいて、冷たい風から俺たちを守ってくれていた。
俺は初めて見るみたいにして、その背中を見送った。いつも見ていた大きな背中。
風息は、ずっと見ていた遠い遠いふるさとへ帰ってしまった。
俺たちはからっぽになった、風の吹く背中のまま、
それでも生きていかなきゃならない。
春だよ、風息。
角が取れてやわらかくなった風の吹く空に向かって呟いた。
音も光も草も木も花もいつものように溢れているのに、
風息のいない春はさ、やっぱり、さびしいよ。
4.屋上(映画 风息)
縛り上げられた小黑がその大きな目を瞬かせた。
「ふー、しー……?」
何が起きたかわからない、
きょとんとした顔の前に、己の手のひらをかざす。
差し伸べ、撫で、寝床を作ってやった手が、
今度はこの妖精の命を奪おうとしている。
一瞬の静寂の後、遠くから洛竹の叫ぶ声が聞こえた。
見なくてもわかる。さっきの小黑と同じ表情をした洛竹が、小黑より先に我に返ったのだろう。
虚淮が止めているのか、ここには声しか届かない。
「风息、やめてくれ!风息!!」
小黑から目をそらさずに、
一瞬だけ洛竹に意識を向ける。
内心で漏れた笑みは、自嘲かそれとも誇らしさか。
俺はもうこの道しか行けない。
だから洛竹、お前はそれでいい。
それでいい。
5.釈放 (映画後 洛竹、虚淮)
両手首の鎖はそのままに、案内された場所は牢の奥の奥だった。重々しく閉ざされた鉄格子の向こうは、空気までも夕立直前の低い空のような重さだ。固そうな寝台に、しかしいつも通りにどっかりと腰掛けた虚淮の足首から延びた鎖には、自分に付けられていたものの数倍はありそうな巨大な鉄球が繋がっていた。おそらく幾重にも術がかけられ霊力を制限されている。付き添いという名の監視役は、目で促した後数歩離れて見守っていた。俯いてようやく絞り出す。
「俺、さ。……釈放なんだって」
違う。こんなことが言いたいんじゃなくて。笑っちゃうよな、釈放なんて。それより虚淮は元気なの。风息のこと聞いたよ。あんな別れ方してさ。話したいことがいちどきに押し寄せて、結局どれも口にできないまま、言葉は出口を失い消えていく。
「でも、俺、どうしたら」
ひとりになんかなったことない。こんな場所で暮らしたことも。风息のいない世界なんか知らない。再びぐるぐるし出した脳内に、涼やかな声が響いた。低く、冷静で、温かく、懐かしい。あいつは、と虚淮は言った。
「あいつは好きにした」変わらない無表情で。こちらの目をじっと見据えて。
「私も、好きにした。だからお前も、好きにしろ」
6.名前 (映画後のいつか 虚淮)
小黑か。ああ、気にするな。
お前は俺の名を知らんのだろう。それでいい。
お前を島に迎えた時、
俺はお前にひとつも親しくしなかったからな。
あれは……风息は、俺が育てた。
风息がお前にああすることも、俺は全て知っていた。
そうしろと言ったのは俺だ。
怨むなら俺を怨め。俺を呪え。
お前に呪われ続けるためなら、
俺の生も意味のあるものになろう。
よく覚えておけ。俺の名は、
7.风息という妖精 (映画後 冠萱、潘靖)
その日、冠萱は件のビルの頂上にいた。
人間の造ったコンクリートのビルディング。最上階の屋上にいてさえ、頭上には青々と緑が繁っている。からりと晴れた空を背景に、風を受けてのびやかに揺れる大枝を見上げる。こんな場所にこれだけの樹をそびえさせたのは、风息という名で、木属性の、齢二百年――妖精としてはまだ若い部類に入る――の妖精だった。
隣では龍遊妖精館長の潘靖が、杖を突いた姿勢のまま眼下に広がる街を見下ろしていた。瓦礫を片付け工事に取り掛かる人間たちが、あちらへこちらへとうごめいている。今回の用件は現場の視察だ。必要項目の確認はすでに済み、これからまた館に帰って事後処理の続きだ。用が済んだらさっさと次へ行かねばならないのだが、なんとなく圧倒されたまま、冠萱は思ったままを口にした。
「风息という妖精は……なんだったのでしょうね」
潘靖が振り返る。
「人間が幾重にも塗り固めた近代の街に、これだけの樹を生やすだなんて」
見回す周囲には、他にも背の高く四角いビルがあちこちにそびえている。奇妙に曲がりくねった高架の道路には自動車が連なり、地面の上には人間が歩き回っている。そして冠萱の足下の大樹は、それらを抱くように枝を広げ見下ろしていた。
「強大な力を持つ、この土地の守護妖精だったのでしょうか……?」
いや、と潘靖は顎に手をあて、冠萱の横に並んだ。
「記録を見る限り、危険視されていたのはむしろ虚淮のほうだ。风息の名前は上がっていなかった。こちらのデータベースにも、人間のほうの記録にもな」
「強奪の能力はともかく、これだけの規模のことを成すなんて、一介の妖精にできることではないという気がします。しかも、あの時彼は无限様との闘いで相当消耗した状態だったはず」
「そうだな。风息の属性は木。水に由来する虚淮と共にいたのなら、属性的な面から言っても虚淮と並ぶほどの実力を身につけることは想像に難くないが……それでも、风息は、黒豹の、木属性の、ただの、ひとりの妖精に過ぎなかった」
「ただの、ひとりの、妖精」
冠萱は口の中で繰り返した。
その『ただの妖精』がこれだけのことを成し得た。彼の力が強大ではないというのなら、ここに根を下ろしたいという风息の願いに、龍遊の土地が呼応したのだろうか。人間によって埋められ敷き詰められた鉄板とコンクリートの下に眠る土が、絶えてはいなかった根が、沈黙していた種が、风息を歓迎し、风息の願いを叶えたというのか。
「ああ。記録にも記憶にも残らない、少し力が強く、特異な能力を授かり、他の者より少し賢く、信頼する仲間がいて、他の者より少し行動力があった、风息というひとりの妖精だよ。ーー我々と何も変わらない。ただ、信念の方向が違っただけだ」
その横顔には、慈しみの表情が浮かんでいた。仕事では見せることのない、険のない顔だった。人間との均衡を保たねばならぬ立場を持ちつつも、すべての妖精の安寧を願う妖精。
「ただひとつ言えるとしたら」
潘靖はこちらを振り向いていつもの表情で穏やかに言った。
「彼は龍遊の土地に、とても愛された妖精だったんだろうな」
风息ーーこの土地に育まれ、この土地を愛し、また土地に愛された妖精。
彼はもしかしたら、龍遊そのものの妖精だったのかもしれない。
8.優しい木漏れ日の夢を見る(ウェブ40話以降 无限、小黑)
最近の小黑は修行が終わると一人でどこかへ行ってしまう。
いつも師匠師匠とまとわりついていただけに、なんだか拍子抜けだなと无限は思った。もちろん夕方には帰ってくるし、修行もまじめに取り組んでいる。何を課しても全力で食らいついてくるので、近年の成長は目を瞠るものがあった。无限から見ればまだまだなことに間違いはないが――小黑の実力に合わせて手加減はするが、その範囲内では容赦しないので、結果小黑だけが汗だくの傷だらけになる――成長を感じた部分を具体的に褒めてやると、ボロボロの恰好で悔しがりながらも最後にはにやっと犬歯を見せて、僕は才能があるからね、と笑う。最近は人間の友達もできたようなので、もしかしたら友達と交流を深めているのかもしれない。
そんなことを考えていたある日、小黑が无限に言った。
「師匠、僕の霊域を見に来てよ」
他人の霊域に無闇に入るものじゃない、とは常々言っていた。小黑が時々无限の霊域に入りたがるからだ。師匠は僕にひどいことなんてしないって知ってるもん、というのは小黑の常套句だった。
「小黑、いつも言っているが、自分の霊域に他人を入れるのは……」
「最初に僕を自分の霊域に落っことしたのは師匠でしょ!」
小黑にそう遮られ、无限は黙った。
小黑の霊域は小さかった。とはいえ、あの事件の頃に比べたら格段に大きくなっていた。見て見て、と指さす小黑について、无限は頭がつかえないように腰をかがめて付いて行く。じゃーん!と小黑が両手を広げた。
无限が腰と膝を曲げて屈んでも、少し油断すると頭をぶつけそうな小さな小さな小屋には、所狭しといろんなものが置いてある。いつか海で一緒に泳いだ浮き輪。春節でかぶせてやった獅子の帽子。雪だるまを作った時の手袋。すすき野原でかがんで拾った丸いきれいな石や、食事処でもらった紙細工の箸置きのようなこまごましたものまで、色とりどりに陳列されている。見慣れないタオルハンカチは、新しい友達からの贈り物だろうか。
「すごいでしょ!これみんな僕の大事なものだよ!」
小黑は満面の笑みでそれらを眺め、それから无限の顔を見た。
「すごいな。これ全部小黑がやったのか?ひとりで?」
「うん!師匠の霊域のおうちみたいに、僕もおうちと大事なものを置いておきたかったんだ。師匠の霊域、あの時のいかだやバイクもあるでしょ?僕も大事なものたくさんあるから、もっともっと広くするんだ」
「そうか。もっと広くなったら寝る場所も作れるな」
小黑の『大事なもの』がぎっしり詰まった小屋をしみじみ眺めながら口を開く。最近ひとりでやっていたのは、霊域の巣作りだったのか。そう思いながら、懐かしい小さな毛糸の手袋に触れる。と、さっきまでハイテンションで喋っていた小黑が急にもじもじし始めた。どうした?と問うと、小黑は自分の服の端をぎゅっと握った。
「寝床は、もうあるんだ。……あのさ。師匠は、风息のこと、きらい?」
小黑はそう言うと、无限が口を開くのを待たずにするりと黒猫の姿に変化した。たくさんの『大事なもの』の間をすり抜けて、小屋の奥に入ってしまう。无限がつられて奥を覗くと、そこには深緑の敷物が敷かれた空間があった。干草でできたささやかな寝床が置いてあり、その隣にはきれいに畳まれたひとそろいの衣類があった。使い込まれて柔らかそうな、藍の上衣に朱の帯。
「お前の答えは?」
聞かなくてもわかる。これを見れば。
「僕は……わからない。でも、時々すごく、会いたいんだ」
初めて居場所をくれて、ご飯をくれて、温かく迎えてくれたひと。計画のために自分をだまし、真っ直ぐ信じていた心を傷つけ、命を奪おうとしたひと。人間に居場所をうばわれ、仲間を庇い、一所懸命戦っていたひと。小黑の中ではどれも真実で、それでもやっぱり、最初の温かい想い出をずっと抱きしめているのだろう。
おいで、と片腕を出し、登ってきた黒猫を胸に抱く。耳としっぽをしゅんとたらして小黑が丸くなる。
「そうか。……これも小黑の『大事なもの』だな」
表情の見えない位置で、小黑がこくこくと頷いた。