①神代センパイと真月零 ②歳の近い兄弟の呼び(Ⅳと神代双子) ③Ⅳに「いいゲームだった」と破顔一笑できるような、デュエルを。(地獄鮫)
@fu_re_re_ra
【神代センパイと真月零】
真月零は、神代凌牙にとって
その正体を知る日まで、ただ少し反りが合わないだけの、遊馬の周囲を構成するその他大勢の一人だったのだ。
たとえば、観月小鳥。たとえば、武田鉄男。
遊馬の傍にいて、アイツの力になる、絆。
ヤツらの前で皇の鍵を壊したこともある。
鉄男に至ってはデッキを奪い取ったことまであった。
それなのに、てらいなく手を差し出す。
アイツの周りに集まるのはお人好しばかりだった。
そう、恐らく、凌牙と彼らの繋がりは。
じんわりと、ぬるま湯みたいにささやかな、それなりの、……ただの知り合いと呼ぶには、温かなものだったと思う。
『真月零』もそんな。
遊馬という仲間の日常を、構成するお人好したちの一人だと、思っていた。
────油断、していた、と言える。
その認識を改めたのは、真月がバリアンに攫われた、あの事件の少し前の事だ。
凌牙は、恐らくは一度だけ。
『真月零』という男と二人で話したことがある。
月明かりの照らす、空き教室での事だ。
「ねえ、自由って切なくないですか?」
それは突然だった。
目覚めた時、そいつはそこにいた。
サボりを見咎められないよう、空き教室でフケている内に、いつの間にか眠り込んでいたらしい。
突っ伏した机から跳ね起きて顔を上げた時、教室は暗く、月明かりだけがそこにあって、真月はそこにいた。
凌牙の前の机の上に腰を掛けて、足を組んでニッコリと笑っていた。まるで謎かけのように。
「真月…?」
「おそようございます神代センパイ、良かれと思って起こしに来ました」
ニッコリ。陽の下で見るのとは全く違う笑みを月明かりだけが照らしていた。
「ねえ、神代センパイっておかしな人ですね。一匹狼を気取って、本当は群れが無いと生きていけないんだ」
声だけがねっとりと無邪気で、笑顔だけは完璧だった。
凌牙は寝起きのぼやけた頭を一気に覚醒させて、跳ね起きるように立ち上がって距離を取った。ガタッと音を立てる机に、笑みを浮かべたままの真月は頓着しなかった。
「ケンカ売ってんのか」
「やだなぁ、違いますよ!良かれと思って、不思議でしょうがなかったんです。どんな感じなのかなぁって。ただの気まぐれですってば、そんな怖い顔しないでくださいよお」
くす、くすくすと笑う少年は細腕で、凌牙が拳を振るえば簡単に吹き飛ぶような白い肌をしていたのに
妙に隙がなくて、凌牙は、このとき初めて、懐に入れかけていた真月という男が、食わせ物だと知ったのだ。
「てめえ…」
「怒らないでくださいよ!遊馬クンのお友達だから、トクベツなんですよ?」
「てめえ、何のつもりだ」
「だからぁ、気まぐれですってば。ちょっとした興味です。ああ、安心して下さい、遊馬クンは僕が『こう』だってちゃあんと知ってます。アレで隠しごとが上手なんですね、遊馬クン」
「なに…?」
それは、今思えば。
本当にただの気まぐれであったのかもしれないし、遊馬と仲間の亀裂を広げるための、疑心を広げる布石だったのかもしれなかった。
何にせよ、腹の読めない男は、そのとき気まぐれに凌牙にその腹を見せた。ねっとりと紫の瞳をしならせて、狩りをする猫のような目をしていた。
「ねえ、神代センパイ。自由って切なくないですか? 神代センパイって、しがらみに自分から身を置いて不自由になって、安心してるみたいだ」
ぴょん、と可愛らしさを感じさせる仕草で机から飛び降りた真月は、月明かりの青の中で振り返って能面みたいに笑った。
「僕、潔癖性なんですよね。矛盾したことばっかりしてる神代センパイは嫌いです。
────なんだか、嫌いなんですよねぇ。何ででしょう?」
それきりだ。それっきり、あっという間に姿を消したヤツと、自分たちの関係は怒涛に呑まれていく。
ナッシュとベクターとして互いに殺意をぶつけ合ったその後は、ヤツの腹を見た事は一度としてなかったと思う。
もしもアレが真月零という男なら。
それは、言い表すなら、月の影に隠れた
存在しない幽鬼であったのだろう。
ヤツは、笑いながら声なく言っていた。
『自由が好きなら、良かれと思って壊してあげる』
と。
絆を引き裂く瞬間を
手ぐすね引いて待っていた。
【ベクターでもナッシュでもない二人の一度きりの邂逅】
◇ ◇ ◇











【歳の近い兄弟の呼び方の話 Ⅳと神代双子】
「お前らってお互い呼び捨てなのな」
「まあ、双子ですから、どこの家もそんなものじゃなくって?」
「オレからするとちょっと不思議な感覚だな」
「お前もⅢのこと呼び捨てじゃねえか」
「弟はいいんだよ。だからこう、璃緒は凌牙を弟扱いしてるし、凌牙も璃緒を妹扱いしてるみてえな感じに聞こえてな」
「そんなもんか?」
「お前ら双子だけど上下ハッキリしてるじゃねえか。凌牙が兄貴で璃緒が妹だろ。海外の感覚だとツインに上下があるってのが不思議な感じすんだよ」
「そりゃ別問題だ。日本だと長男が色々引き継ぐだろ。双子がどっちも男だったら最初に決めとかねえとどっちが家を継ぐか揉めるじゃねえか。そういうのまだ習慣で残ってんだよ」
「はー、なるほどな」
「日本と海外だと、呼び方ひとつ取っても結構感覚的に違いますのね」
「兄貴や父さんに比べりゃ、オレとミハエルは日本に感覚近いと思うぜ。家族の中でもちょっと感覚ズレんだよな」
「そうなんですの?」
「特に兄貴だな。酔っ払うと『昔みたいにクリスって呼んでいいんだぞ』って絡んできてすげーうっとおしい」
「海外だと兄貴や姉貴も呼び捨てにすんのか?」
「お兄さんなら、ブラザーではなくって?」
「自分のアニキにブラザーとは言わねえなあ。『なあ兄弟』ってのは、どっちかっつーと仲の良いダチに使う言葉だぜ」
「そうなんですの?」
「感覚的には、そうだな、自分の父親に『なあ親!』とは呼びかけねえだろ?」
「ああ、なるほど、それは確かに……直接的すぎるんですのね……」
「そりゃガキの頃は……その、クリスって呼んでたけど……今はさすがに……なんつーか、ちょっとな」
「カイトもⅤのことそう呼んでるじゃねえか。今でも呼んでやりゃあいいだろ」
「嫌に決まってんだろ」
「なんでだよ」
「あー、こりゃ感覚の差だな……忘れてるかもしれねえけど、兄貴の名前ってクリスじゃなくクリストファーなんだよ。クリスは愛称。要は日本的に言やぁ『クーちゃん』なわけだ」
「あーーー……そりゃ確かに……」
「ガキの頃は良かったけど、この歳で人前で呼ぶにはちょっとキツいっつーか」
「まあ、分からなくはねえ」
「オレもミハエルも日本長えからなあ。ずっと海外にいたら今でもクリスって呼んでたかもしれねえが、日本の感覚に慣れちまうと逆にな……」
「その結果が『アニキ』と『兄さま』ねえ」
「それこそカイトのヤツ、兄貴をクリスって呼んでんだろ? オレらからすると、こう、甘ったれ感がすげえ」
「いや、それは」
「日本の感覚だと全然そんな感じしませんわよ?」
「違ぇんだよ…あいつ元々は外国暮らしだろうがよ……」
「えっ」
「あっ」
「どっちの感覚で呼んでんのか知らねえが、こっちはそれ知ってってからな……カイトがクリスって呼んでるの聞くと砂吐きそうになるんだよ……相容れねえ……」
世界中の頂点が集まる、チャンピオンズリーグ。初戦は極東チャンプのⅣと、ヨーロッパリーグのチャンピオンだった。
Ⅳは惜しくも敗れ、これから始まる連戦に大きく不利となったが、Ⅳはひどく晴れやかな顔をしていた。
凌牙が理由を問えば、Ⅳは笑ってこう答えた。
「勝ったり負けたりできんのが、良いゲームだろ」
「あ? 真剣勝負 で負けてもいいってのか?」
「そうじゃねえよ」
Ⅳは苦笑した。
「健全じゃねえ、って言ってんだよ」
納得がいかない顔をしていたのだろう、眉間に皺を寄せる凌牙に、見透かしたようにⅣはこう言った。
「オレが言いたいのは、そうだな、例えば……明日、お前が遊馬とデュエルしたとする」
「あ?」
「そうだな、お前の圧勝だ。で、遊馬はなんて言うと思う?」
「そりゃあ…『シャーク強えな!』とか…『もう一回やろうぜ!』とかじゃねえか?」
「だろうな。じゃあ、さらに十回デュエルする。お前の全勝だ。さあ、遊馬はなんて言う?」
「そりゃ、『やっぱりシャーク強えな!』とか『もう一回やろうぜ!』だと思うが…」
「それだよ」
凌牙が顔を上げれば、Ⅳは腰に手を当てたまま、穏やかな目で凌牙を見ていた。
「それが、『勝ったり負けたりできる』で、いいゲームってことだ。誰が勝っても、何かが終わったりしねえだろ」
ま、遊馬はめげなさ過ぎるがな、とⅣは茶化すように肩をすくめた。
Ⅳはふっと目元を緩めて、凌牙を見た。
「わかるだろ、お前も」
負けることが許されない復讐時代 も
弱者から巻き上げるだけだった不良時代 も
いつもデュエルは
誰かの終わりと引き換えだった。
デュエルで、何かが終わったりしねえだろ
じわりと染み込むように、Ⅳの言いたいことの実感が湧いてきた。
「次は勝つさ。絶対にな」
Ⅳが肩をすくめて、目を伏せて笑った。
「けど、いい試合 だった。オレが言ってるのはそういうことだ」
──月間、デュエルアワード特別号より抜粋。
アジアチャンプⅣ選手は、初戦でヨーロッパチャンプ××選手に敗れるも、続く二戦目、三戦目で、昨年と一昨年のチャンピオンズリーグ優勝者に連勝するという快進撃で我々を沸かせてくれた。
惜しくも今年のベスト4決定戦に敗れたが、インタビューに「全ての対戦者に感謝を。そして、次こそは負けません」と紳士的かつ貪欲な姿勢を見せてくれた。
乱戦が続くチャンピオンズリーグ、来週に迫った準決勝、はたして勝ち抜くのは誰か──。