@tuta_zettiru
週末のバス停には行列ができていた。押し合うように乗り込んだ車内は人肌に暖かく、狭い通路に並び立つと互いの身体から薄く汗が臭う。不安定な季節だった。風は枝木を冷たく流れ、けぶり咲く桜を千々に散らした。寒いな。あぁ、寒い。まだ春と呼ぶには早いのかもしれない。そんな事を語り合いながらバスを待っていた。吹きすさぶ風に肩を丸める。福富の金色の髪は寒そうに揺れ、金城の被ったニット帽を羨ましそうに見つめていた。今はどうだ。温もった毛糸の、蛇の刺繍をいじりながら金城は息を吐く。身体の内側からほかほかとして暑すぎるくらいだった。兎角冷えやすい頭を守るため冬の帽子を選んだが、間違いだったかもしれない。バス停でのやり取りなど忘れてしまって、そんな事を考える。あつい。まろびでた声に福富も頷いた。凍えていた鼻頭はぬくもりに染まっている。その尖った天辺をなんとなしに抓みかけて、金城はシャツの裾を握った。危ない。どこを見ても他人だらけなのに、こうして声を押し殺して囁き合っていると、二人きりの気分になる。
意識をして、目の前の座席を見つめた。灰がちの頭髪が揺れている。鞄を確認する所作を見るに、そろそろ降りるのだろう。窓硝子の向こう側は幾度か見た景色だった。次は病院の前に止まる。どこからともなくブザーの音が響いた。停車するバスは大きく横に揺れて、金城はつい、福富の手を握った。汗ばんでいる。金城は、はっと見開かれた瞳に気付かぬふりで、降ります、という老人に小さく笑みを作った。棒立ちになった福富を押しのけるように隙間を開ける。手は握ったままだ。互いに筋肉だけはあるから異常に暑い。きっとここだけが他より暑い。福富の隣は常に夏の気配がする。
バス停に並んでいたのと同じように、順番に人が消えて行った。このところ、気温が安定しない。加えて春先だ。体調を崩す人が多いのだろう。目の前の座席は二人分ぽっかりと穴を開けた。もうすぐ駅につく。わざわざ座る必要はない。同じ考えらしい人々が何人か立っている。硬くなっていた福富が漸く、おい、と言った。誰も気付かないさ。ダメだ。
「帰りたくなくなる」
金城は福富の手を離すと小銭を確認した。両替の必要は無さそうだった。同じように財布を取りだした福富にぬるく肩をぶつける。
「いくらある?」
新幹線の改札口は出入り口付近の所為かやたらと冷え込んでいた。あんなに失敗だと思っていた帽子がありがたく思えてくる。うっすらとしたさみしさに背筋を震わせると、偶然通りかかったのだろう荒北に声をかけられた。駅前の書店に用事があったらしい。もしかして福チャン来てたのかよ。あぁ、さっき帰った。知らなかったのか。福チャン、お前に会うためだけの日は教えてくんねェんだわ。照れてんのかな。軽く歯茎を見せた荒北が、ふと眉を顰める。
「おい、それ」
指差す先に心当たりがあり、金城は頬を緩めた。福富が東京に着くのは何時頃になるだろう。時間を確認する金城の尻を荒北が蹴った。
「休憩2時間だ」
「サイテェ」