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虹蛇が望んだこと

全体公開 1981文字
2021-03-24 07:20:13

助けられるのが怖かった。
助けられることを切望していた筈なのに。
望んでいたし、それと同時に、救われるわけがないと諦めていた。
でも。
いや、駄目だ。
何度繰り返したか、わからない。
だから私は、"桜の主"の桜を見て、全てを諦めようとしていた。無理矢理望みを削ぎ落とそうとしていた。

父と離れたあと連れてこられた場所で目を開いたとき、そこがとても恐ろしいところなのだと知った。
幾度も実験に晒されるうち、それが"愚者の黄金"の適合実験なのだと知った。特別な石なのだと、聞かされた。
実験体となったのは私だけではなく、他にも大勢いた。しかし、一人二人と『適合できなかった』者がある日ぱったりいなくなっていく。
結局あの中で残ったのは、私だけだった。
そこからはずっと、一人。セルを転々とした。たらい回しに遭った。
あの子達は、誰一人として死ななくてよかった。仲良くなったあの子も、自分達を気遣ってくれたあの子も。
"愚者の黄金"――こんな石の為だけに大勢殺されなくたってよかった筈、なのに。

私が実験から解放されたあと、父はどこかと尋ねると、拒絶反応で死んだと、そう、告げられた。
適性がなかった。それなのに、自分で薬を打ったのだと。
……誑かされたんだ、父は。
憎さと悔しさと、様々な感情が虚無の中一気に押し寄せてきて、泣きそうになった。だけど、涙は、出なかった。

兄さんがオーヴァードになったことを知ったのは、つい最近のこと。戻ってくるとは思っていなかった、N市のことを調べたときのことだった。
バスの事故で兄さんが覚醒したことを知った。それから、拾われたのがUGNだったことも。
一瞬でどす黒い感情が沸いてきた。今思えば、あの気持ちは羨望の裏返しだったのだと思う。
そして、調べているうちに私の視界に入った、一人の少女の死。そこから見えた、事件の全貌。
つついてやろうと思った。事件以降の兄さんの様子を調べてみると、大分彼女の死が深く残っているようだったから。
だけど。
兄さんは特に取り乱すこともなく、淡々と言った。
……わかった。俺のせいなんだな」
納得したと、そんな風だった。
"桜の主"との融合が切れたあとも、兄さんは淡々としていた。
何もかも――自分さえも壊れればいいと思って仕掛けた攻撃を、兄さんは反撃することも、避けることもせずにそのまま私を受け止め、抱きしめた。
理解できなかった。
だって、私はFHで、兄さんのいるUGNとは敵同士なのだから。
何も抵抗する素振りすらなく、喜怒哀楽の欠けた様子で、兄さんは言った。
「俺はお前を殺したくない。助けたいって思ってる。けど、気に食わないなら、殺せばいい」
ふざけてるのかと思った。だったら殺してやると、そう思った。
兄さんの首に狙いを定めると、行き場のない怒りで体が震えるのがわかった。
手を振り上げて、下ろそうとして、殺してやろうとして……とどめを、刺せなかった。
痛みに顔を顰めたりはしたものの、命乞いをするわけでも、泣き喚くわけでもない……そんな兄さんの顔を見て、手を下すことが、できなかった。
助けたい。その言葉が無意識のうちに、頭に蘇る。
私がずっと求めた救いは、今目の前にあるのではないか。そんな考えが過った。
「兄さんの、馬鹿……どう、して……
「見知った人が死ぬのを見るくらいなら、自分が死んだ方がましだから。……それに、あの世で謝りたい人、いるし」
文字通り、私は固まるしかなかった。

そのときだった。あの人が私に声をかけてきたのは。

あの人は、とても不思議な人だ。

「私はあなたをこの支部に――家族に招き入れたいと思っています」
聞き間違いだと思った。あるいは、私は夢を見ているのではないかと。
声が震えた。
助けて、の四文字。たった、四文字。
吐き出せば楽になるかもしれないのに、喉の辺りでつっかえて出てこない、その言葉。
出てくるのは、自分の世界が壊れることを恐れての罵声。それも、子犬が強がりで吠えているような。
でも、あの人は私の本心を見透かしているように、優しく言う。
「えぇ、そうですよ。だから、それがどうかしたんですか?」
一通り吐き出したあと、残ったのは、つっかえたままの言葉。
――けて」
あの人の沈黙が、はっきり助けを求めるよう、私を促す。促されている、気がした。ずっと暗いままだった目の前に、光が差したようだった。
だから、私は泣きながら、吠えるように言った。
「助けてよ……助けてってばっ!」
あぁ、助けを求めるのって、こんなに簡単なことだったんだ……
私の世界が、救いなんてないと思い込んでいた世界が、崩れた。
それは、長いこと私が望んだ崩壊だった。


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