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Ⅳが怪我させられて凌牙が報復する物騒な話

全体公開 遊戯王ZEXAL(Pixiv未UP) 12 2 18199文字
2015-04-11 09:02:00

最終回後、アストラル世界の危機を回避して、帰ってからそんなに経ってない頃。
「幸せ者の凌牙の話」「失明Ⅳのファイナルダンス」の前日譚にあたる騒動。


「すまん凌牙。デュエルは中止だ」
イライラと待つこと二時間。
約束に二時間も遅れて、後ろから掛けられた声に。キレ気味に振り返った凌牙は、ぽかっと口を開けて、怒鳴ろうとした勢いをすっかり失ってほうけた。
「お前……それどうした」

バツ悪げに視線をそらしたⅣの腕は、三角布で釣られていた。


【報復と因果応報の物騒な話】


「やっちまった」
「おっま! 折ったのか!」
「違ぇよ! 脱臼で固定してるだけだ」

そう訂正したⅣに、凌牙は思わずほっと息を吐いた。

「何だよ脅かしやがって! で、何やらかしやがった」
「高台のステージに登るハシゴを踏み抜いたんだよ……あー、古くなってたらしくてな」

目を逸らしながらⅣはそう言った。
急にハシゴのネジが外れて、慌てて片腕で全体重を支えようとしたが、支えきれずに落ちたらしい。肩はその時に外してしまったのだと。

「おっま、どんくせえなぁ」
「うるせえな、さすがにあんなとこがいきなり床抜けると思わねぇだろ!」

聞けば、いくら折れてなくともしばらくは絶対安静だそうだ。脱臼は癖が付くし、そもそもさすがにデュエルディスクが持てない。

「つか、怪我ならわざわざ来ねえでも、連絡一本よこしゃ別にキレやしねえのに」
「いや、それがだな
Ⅳがポケットから取り出したDゲイザーは、見事に画面が粉砕していた。
「落ちたときポケットに入ってたんでやっちまった」
「うっわ。ってかお前、そんな高え所から落ちたのかよ」
「あー
Ⅳは視線を泳がせて言葉を濁した。
この野郎、と凌牙は再び青筋を立てた。
こいつはちょいちょいそうやって、自分に関する事実を小さく見積もって平気なツラで誤魔化すのだ。この阿呆、演技が性根まで染み付いてやがる。

凌牙の機嫌が一気に降下したのに気付いたⅣは頬を引き攣らせると、下手に言い訳すべきでないと察して、素直に現状を開示した。
「そ、そういうわけでよ、あれだ、悪りぃけどお前のでウチの弟呼んでくんね? さっきまで検査で時間なくってよ、ファンが集まってくるんで下手なとこ入れなくてまだ家族に連絡してねえんだ」

迎えを出してもらって今日は大人しく帰るから、と取りなすようにⅣが言えば、凌牙はしぶしぶ殺気を引っ込めて、Dゲイザーに手を伸ばした。
Ⅳはようやく安堵の息を付いて、逆に凌牙の機嫌はさらに降下した。


◆ ◆ ◆


そんな訳で、横付けしたVの車に手早く拾われていったⅣを見送った後、凌牙はポンと空いた休日を持て余した。
凌牙は落胆気味にため息を吐いて、苛立ち紛れにそこらの壁を蹴り飛ばした。

とんだ誤算である。人目がどうの、追っ掛けがどうの、プロの規約が体裁がどうのとⅣがごねるから、こうしてわざわざ市街地の外れまで足を伸ばして、こんなひと気のない路地奥を待ち合わせに使ったというのに。

凌牙とてデュエリストだ。
素直に言葉にこそしないが、実力の拮抗する相手との接戦は。
その、なんだ、まあ、楽しみにしていないことも、無くもないような気がしない事も無いという事もあったり無かったりするというかなんというか。

気合いを入れてきた分だけ、肩透かし感も大きい。今日に合わせて組み込んだ新規カードが、活躍の場を逃して凌牙の腰元で嘆いていた。

「チッ」
大体だ。デュエリストの生存本能が免疫を活性化だか、訳解らんスポ根を掲げる一家なら(Ⅳを車で拾っていったVがそう説教していた)、脱臼の一つや二つ気合で何とかしろというものである(そんな兄にⅣはふざけんなオレをてめえらみてえなビックリ人間と一緒にするんじゃねえと憤慨していた)。


見慣れない包帯で巻かれた肩。見ると嫌に心臓が跳ねた。
ブンブンと首を振って嫌な気分の名残りを追い払うと、凌牙は路地裏に入り込んで仕方なく帰路に着いた。

遠回りをしたのは、苛立ちを家に持ち帰って妹に当たる訳にはいかないと思ったからだ。
だが、正直、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けたい気分だったのも否定しない。

だから。偶然耳に入った、昼間にしちゃあ物騒な声にぶち当たったのも、途中まではいっそラッキーだと思ったほどだ。

「ーーー! ーーーッ!」
汚い低い声は体格のある男の声だ。周囲を気にしない罵倒じみた悪態を耳に引っ掛け、ようやく、凌牙は少し頭が冷えた。
程度の低い厄介事の気配だ。この手の輩は頭が悪くて後を引く。鬱憤ばらしのサンドバックにはかえって面倒だ。

代わる代わる耳をつんざく男の悪態。
ゴミあふれる路地の角を、凌牙は曲がらず踵を返した。わざわざ首を突っ込むのも馬鹿らしい。帰ってデッキを回した方がよほど建設的だ。
(そういや遊馬からメールが入ってたな)
そう、たまにはこちらから連絡してやれば、聞いてもいないのに嬉しそうにブンブン手を振ってデュエルに誘って来るに決まって、
「ふざけろよ! 何が極東一のチャンピオンだ!」

!」
立ち去りかけた凌牙は、電気が走ったように立ち止まった。目を見開いて硬直した身体と裏腹に、頭は急激に冴えていき、耳が針音一つ聞き落とさないレベルで研ぎ澄まされていく。雑音でしかなかった声音が、クリアになって凌牙に声を伝えた。
「ヘラヘラ薄笑いで逃げやがって!」
痰を路地に吐き棄てる音。地面を靴で擦る音、キツイ煙草の臭い。

凌牙は自分の中でカチリとスイッチが入るのを感じた。急激に思考が回り出す。デュエルの時のように目の前が急速に拓ける。自分が取るべき無数の選択肢が見えてくる。

足音が近付く。こっちへ。
凌牙は手を塀に引っ掛けると、模様の僅かな足場を踏み台に素早く飛び乗った。入れ違いに、タッチの差で見慣れぬ二人組の男が凌牙の居た一画に入ってきた。煙草の煙がくゆる。
塀の上に飛び乗って、せり出す木陰に息を潜めたのは、不良時代に培った面倒ごとを撒く技術の恩恵だ。ずば抜けた凌牙の運動神経で、撒けなかったのは一人だけ。何度やっても諦めなかった遊馬だけだ。



飛び乗った塀から、息を殺して見下ろす。

二人組。片方は体格の良い男。煙草まじりの痰を地面に吐き捨てている。

凌牙は目を眇めた。見覚えがあった。少し前、女性に対する暴力沙汰のスキャンダルで紙面を騒がせていたプロ崩れの一人だ。
……そうだ、たしか)
Ⅳとのリーグ戦に敗れた姿を、見たことがあった。

追従するように小柄な細い男が、相手にゴマをすっていた。様子を見るに、この男のマネージャーのようだった。

「本当だったらセレモニーに選ばれてたのは俺だったんだ、それを!」

男の言動は、ほとんどがⅣへの罵倒で占められていた。
だんだん話が見えてくる。スキャンダルを起こした男の代打に選ばれたのが、Ⅳだったようだ。どうやら逆恨みを買ったらしい。

「吐き気がするぜ、裏デュエルにも乗って来ねえ、あんな臆病ヤロウに奪われたと思うと! お高くとまりやがって!」

凌牙は眉を寄せた。
ちらほら耳に入ってはいたのだ。スポンサーから依頼された正式な仕事を、実力主義を言い訳に、水面下でデュエルの勝敗で略奪しあう後ろ暗い風潮は。
今、凌牙はリーグ内の荒廃を見ている。華やかなばかりでいられないプロの裏側だ。


「ちゃんとやったんだろうなぁ!」
「ええ、ええ、それはもちろん」

(なんだ?)
ざわりと、背中をなで上げられるような不快感がする。

男が、マネージャーらしき男から何かを奪い取る。愉悦して見せつけるように、ザラザラと『ネジ』を手の中で遊ばせた瞬間、凌牙は瞠目した。

……ッ!)


────急にハシゴのネジが外れて……

(まさか、こいつら!)


「で、ヤツは? 今度こそ乗ったんだろうなぁ?」
「そ、それが『もう僕は、無益な復讐に関わりたくないのです。そう伝えてください』と
「ああ!?」

男が路地のポリバケツを蹴飛ばして、マネージャーが縮み上がった。

「いい度胸だ! 怪我させてやったぐらいじゃ応じねえってか!」

腹が、煮える。
Ⅳは、知っていたのだろうか。こいつらが事故を仕組んだこと。


「なめやがって、次はあんなもんじゃ済ませねえ」

だが、証拠がない。
静かにDゲイザーの録音機能をスタートさせようとした凌牙は。
けれど、次の瞬間、目の前が真っ赤になった。

「あのお綺麗な面、ぐちゃぐちゃにしてやる。デュエリストとして致命的になるまで、指の一つも折ってやれば」



頭が、沸騰した。


耳の奥でドクドクと血の巡る音がするのを聞きながら、凌牙は。感情が、恐ろしいほど冷えていくのを感じた。

録音機能など放棄して
ごくごく、冷静に。背後に降り立って
そこらの空き瓶を手にとって。

叩き割った。

「! 誰だ」
男たちが振り返る。



ゆらりと物陰から現れた凌牙が手に持った、先の割れて高い殺傷力を持ったビール瓶に。
男達は警戒を一気に最高レベルまで引き上げて、立ち上がった。
「てめ、なんのつもり、」
凌牙は瞬時に飛び出した。

男の喉元に、一瞬で、鋭いビール瓶の切っ先が突きつけられて、
「ヒッ」と短い悲鳴が上がる。


「動くな」
玄人じみた動き。恐ろしいほどの殺気に、男たちは、相手がガキである事実より、異様な恐ろしさを覚えた。
「ま、まさかあの気色悪りいヘラヘラ野郎のお仲間か!? や、やっぱりな! こんなヤツ雇って報復するぐれえだ、いくらでも後ろ暗え事やってあの地位に」
「黙れよ」

凌牙は、男の顎を寸分狂わず蹴り上げた。

男が脳震盪を起こして真後ろにぶっ倒れるのを見て、片割れが悲鳴を上げて後ずさった。

凌牙は静かだった。
あくまで静かに、ブチ切れていた。

(確かになあ、あいつはヘラヘラしたいけすかねえ野郎だよ。後ろ暗い? 知ってるさ、俺が嵌められた張本人なんだからな。だがな)

凌牙は、知っている。
あの男が、復讐を終え、今まで。
こうして元の地位に戻るまで、どれほど葛藤して『贖う』と決めたかを。
Ⅳが凌牙を見るたび、凌牙を陥れて得た地位に、どれほど後ろめたさを感じていたかを。

(ただ普通に勝てなかっただけの負け犬が、吠えて噛み付いてんじゃねえよ)


「あの馬鹿を断罪する権利があるとしたら、俺たちだけだ」



ただでさえ機嫌が最悪だったのだ。
馬鹿がいつまでも馬鹿なことにも、久々の対決に水を刺されたことも。
そして。

時間を捻出する為に、目元の隈がコンシーラーで隠されていると。帰り際まで気付かなかったことも。

「なあ。知ってるか。鮫ってのは、縄張り意識が凄まじく強いんだ。縄張り荒らす奴は、食い殺すまで容赦しねえんだよ」


凌牙は凄絶に嗤った。


「あんな馬鹿でも一応友なんでな。落とし前つけさせてもらおうか」




凌牙は、決して許さない。

凌牙は、皇だ。それゆえに。
妹も、七皇の一人ひとりも、そして友も。

一度失った存在を、再び己から取り上げようとする全ての者を。
地の底まで、決して。







「おい凌牙てめえ、なにしやがった」

ドン、とテーブルに左手をついたⅣは、ギロリと睨んだ。

凌牙は、広げていたデッキの角をとんとん、と揃えて、平然と「なんの話だ?」とうそぶいた。
「とぼけんじゃねえ」
ドスを効かせたⅣが机に投げ出した、Dパットにちらりと目をやる。
ネットニュースには、あの男たちの逮捕騒動が踊っていた。

「あの日、この時間。てめえはこの路地にいたはずだ」
「なんの話か分からねえな」
「凌牙!」

鋭く吠えたⅣに、凌牙は平然とデッキをシャッフルする。
一方、テーブルの反対側に座ったドルベが、困ったように凌牙とⅣを交互に見上げた。

「だいたい、不躾なんじゃねえか? 日曜の真っ昼間から人んち押し掛けて。見ての通りドルベと今から調整 デュエルすんだけど。てめえの相手する気分じゃねえんだ、他当たれよ」
「ああそうかよ、あくまでシラを切るってんなら、こっちも勝手に言わせてもらうぜ、やりすぎだ!」

ガンッと叩きつけた拳でテーブルが揺れた。

「言っとくがなあ! 結局ヤツらは証拠不十分で釈放されたぞ! 泳がせといたんだ、凌牙てめえ、余計なことすんな!」
挑発だと気付いたが、あまりな言い草に凌牙はいきり立った。
アア!?」
「ああいう輩は何しでかすか解らねえんだよ! 百歩譲ってやる。やるならもっと上手くやれ! せっかく回復したてめえの評判、ドブに捨てる気か!」
「知るかよ、てめえに関係ねえだろ!」
「あるに決まってんだろ大アリだ!」
「ウゼエんだよ何様だテメエ!」
「ま、待つんだ、ナッシュ!」

ガッと胸倉を掴んだ凌牙に、ドルベが取り縋った。
数秒間睨み合い、凌牙が「チッ」とⅣを乱雑に突き飛ばす。
壁に背を打ったⅣがギロリと睨み、凌牙は当て付けるようにドアを蹴ってリビングを出た。

リビングに残されたのはⅣとドルベだけだった。
おろおろとしていたドルベに、Ⅳは憤懣やるかたないとばかりに「くそっ」と悪態をついた。
Ⅳは苛立ちもあらわに、乱れた胸倉を荒く整え直す。

「盾を自称すんなら、あいつ身体張って止めるぐらいの根性見せろよ」
苛立ち紛れに吐き捨てられて、ドルベはムッとした。
「ナッシュが決めたことだろう。ならばそれで良いんじゃないか」
聞いて、Ⅳは苦いものでも食ったような顔をした。
「これだからバリアンの常識ってのは!」


ずい、と顔を寄せ、一変して真剣に、Ⅳは低い声を出した。
「よく見ろ。あいつ、踏み外しかけてる・・・・・・・・ぞ」


……え?」

なおも口を開こうとしたⅣに、ビシャッと、投げつけるように水が掛けられた。
……ッ!!!」
コップの口をⅣに向けた凌牙が、般若のような顔で立っていた。

「ドルベにまで絡むなら出ていけ! 二度と来んじゃねえ!」
「こんの……分からずや!!」


吠えたⅣは、テーブルの脚を蹴り飛ばして、嵐のようにリビングを出ていった。

派手に床に散らばったカードたち。
凌牙は、Ⅳが出ていったドアを、フーフーと威嚇するように息荒く睨みつけていたが、ドルベが困ったようにカードを拾い上げて、屈み込むのを見て、ハッと正気を取り戻したように、一緒にカードを拾い集めはじめた。
「悪りぃな、変な場面に巻き込んじまった」
「いや



散らばったカードを、整えて角を揃える。
ドルベはふと、ソファ下に滑り込んだ一枚を見つけて、手を伸ばした。拾ったその魔法カードには、闇がぽっかりと口を開けていた。

『終わりの始まり』

……何か、」
なぜだろう。酷く悪い予感がする。


「ドルベ?」
凌牙の声に、ドルベはハッと顔を上げた。
視線の先で、凌牙が「悪いんだが、」と前置きしてデッキをテーブルに置いた。
調整 テーブルやめて、本気スタンディング付き合ってくれねえか」
「構わないが
困惑を滲ませたドルベに、凌牙がばつが悪そうに、視線をそらした。
……遠くねえ内に、連絡来るだろうから、よ」

ち、と舌を打って
濁して告げた凌牙の視線の先。Ⅳが出ていったドア。

ドルベは、天啓を受けたように、ぱっと表情を緩めた。
(ああ)
彼らは決闘者だ。だから、遠からずカードを通して対話する。
歩み寄る用意があるのだ。

「もちろんだ、相手になろう」

ドルベは、しきりに頷いて、そして励ますつもりで口にした。

「ナッシュ、キミは間違っていない」

それを聞いた凌牙は、ドルベを見返して、困ったような顔をした。
「そうだよな」
凌牙は憑き物が落ちたように、悩みを捨ててカードを拾い始めた。


何故だろう、ドルベはその時
何かを、決定的に

間違ったような
そんな気が、したのだ。




もし、もしもだ。

このとき、踏み込んでいたら。
盲目的にならず、話を聞いていたなら。

気付けたかもしれない。
復讐を是とした凌牙の背後に

ひたりと迫った
報復の気配を。




……このままで、済むと思うなよ……
怨嗟の声が、ぐしゃりと
端末に映った凌牙の姿をかき消した。


◇ ◇ ◇


生憎と、凌牙も。
濃い付き合いだ、Ⅳの言いたいことも、分からない訳ではなかった。

ヤツは、凌牙に与えた『不正』の烙印を常に気にしている。
凌牙の風聞に傷が付くことに、Ⅳは過敏だ。ましてプロに関わりのあることならば。

だが、泳がせていたというなら、怪我をする隙を見せたⅣにだって非があるだろう。凌牙はそれが許せない。
あんなクズにみすみず怪我などさせられなければ、凌牙とてⅣの領分に手を出そうとは思わなかった。

Ⅳは、プロであり続けることは、凌牙の利もあると踏んでいるのだ。ヤツはそれを、自分の義務だと思っている。

凌牙はそれを、大きなお世話だと思っている。怪我でもされては余計にだ。

その両者を、Ⅳも凌牙も、決して譲る気がない。譲らない。
衝突は一度ではない。生憎と、自分たちが言葉で分かり合えたことは一度もない。

どちらにも非があって、どちらにも理があるなら。責任は、デュエルで問えばいい。
想いの強さだけが真実だ。



「いけジャイアントキラー!ファイナルダンス!」
「迎え撃て!」

ぶつかり合った衝撃が
互いの鼓動を伝える

エースが相打ちになった瞬間に
心がほどけた感覚がわかった。多分、向こうも。

凌牙もⅣも止まらない。制止など無意味だ。
止められなければ、貫くだけだ。ヤツも自分も。

デュエルの中だけに存在する
互いを繋ぐ糸の存在を

きっと知覚している。

「やるじゃねえか」
顎の汗を拭ったⅣの、堪らなく高揚した目に
映った自分の顔も、同じ顔をしていた。



デュエルの中には奇跡がある。
だから決闘者は、デュエルの中に全霊を追う。


だが。
だからこそ。

決闘者が最も無防備になる瞬間もまた
皮肉なことに、決闘中だ


「!!」
瞠目したⅣが、凌牙の背後を見て青くなって「凌牙ッ!!」と叫ぶその時まで。

きっと今回も、こうして落とし所を見つけて終わると、思っていた。



「逃げろッ!!」
叫んだⅣが駆け出して、「えっ」と凌牙は、虚を突かれた。

極限まで高められた集中が切れて、ARの世界から心が帰ってくる刹那
振り返って外したDゲイザー。突如、現実に現れた、凶器。

凌牙が潰した男が鉄パイプを持って、背後に迫っていたなんて、知らずに。
凌牙は、無防備に、振り返った。


振り上げられた鉄パイプに
Dゲイザーを半端に外したまま、凌牙は目を見開いて

スローモーションのように
唖然と見上げた。

「死ねぇ!」

眼前に迫った凶器が
額に迫った刹那



ぐんと、背中に重みが掛かった
「凌牙ッ!!」
頭を覆われた手のひらに
重力が、掛かって

ドンッと
飛びつかれるように、庇われて、バランスを崩した。




ガッ、と



ヒトを壊す、耳障りな鈍い音がした



◆ ◆ ◆



覆われた視界に、瞳孔が、開いた。



凌牙の腕に、落ちてくる。
だらりと腕を垂らして、動かないⅣが。

凌牙は、唖然と手を見た。
そこには、べたりと、赤が。

「あ……

思わず握った服。Ⅳの白服に手の跡が、赤いペンキのように擦れた。
これは、なんだ。

?」

強烈なコントラストに、目がチカチカする。
ぐらりと目が回った。

動かない。動かない、Ⅳに。


記憶が、濁流を起こす。


────……一足先に、地獄で待ってるぜ


喉が引き攣った。

この赤、コレは何だ。
なんで今、こんなものが自分の手にある。
俺は、誰を、


────お前が殺したんじゃないか

耳元で誰かが囁いた。


「あ……



手にべっとり張り付いた赤で
強烈に頭の中が、かき回される


フラッシュバックする、失われていく全て



奪われる。戦場で、民が、民が、民が、絶叫しながら
小さな命が、血みどろに
守ろうとした少女も、民も、なにもかも奪われて
奪われて、奪われて、奪われて


「あ、あ……!」

フラッシュバックする、璃緒の姿
包帯だらけの体で、目覚めないまま
微笑む璃緒が

────貴方ともっと一緒にいたかった

ひぐ、と喉がなった。

消えていく。何もかも。

璃緒が。ドルベが。
手のひらから、守ろうとした全てが滑り落ちていく。

なにもかも奪われて、奪われて、奪われて、奪われて、
奪われて奪われて奪われて奪われて奪われて奪われて


────なら


そう、耳朶にねぶるように吹き込んだ


「誰か」の声は



────奪われるまえに、




狂った俺の声をして



────奪え


ぷつん

何かが壊れる、音がした。








フー!フー!


頭の血が沸騰する。
わからない。
腕を伝う鈍い衝撃も
何を殴っているのかも
叫んだ誰かの悲鳴も
頭の中で高笑う俺の声をした嘲笑も

────何度でも喪うんだ、俺の周りで

煩い、煩い、煩い、黙れ

俺からまた何もかも奪うなら、
いっそ


全部、壊セバ







「だめだ、凌牙」




お前は、こっちにくるな





背中に衝撃があって、腕ごと無理やり羽交い締めされた。

凌牙は振り上げた腕を止めて、愕然と止まった。
カラン、と、鉄パイプが凌牙の手を滑り降りる。

血の引くような思いで、後ろを振り返った。

Ⅳが。流れた血に右眼を潰されて
まるで、たった今頬が裂けたように、血の涙を落としながら
片目だけで
ほっとしたように、笑った。
「お前、は、まだ」


戻れる



笑んだ紅い瞳が、ゆっくり、落とされていって

ずるり、凌牙に縋るように

落ちた。





地面には、男が昏倒して伏せている。
そしてⅣは、その場で、凌牙に縋るように倒れたまま。
凌牙は、突然その場に放り込まれたように、愕然と、膝をついた。
「Ⅳ?」
Ⅳは力尽きたように動かない。




無事に立っていたのは、凌牙だけだった。



「Ⅳ? おい?」

もし冷静な者がいたら、言っただろう。
早く手当を、救急車をと。

頭から血を流すⅣを前に、時間だけ過ぎていく。
なおも動かぬ凌牙は呼びかけるばかりで。


「ⅣⅣッ! おい、何してんだよ、起きろよ、おい、おい! Ⅳ! 嘘だろ、おい、Ⅳ! Ⅳッ!! Ⅳ、」
「いい加減にしろよクソナッシュ」



ガンッ!


凌牙は後ろから頭を蹴り飛ばされて、横へ吹き飛んだ。
文字通り殴り飛ばされて、一気に頭が冷える。
冷えた頭で目の前に飛び込んだのは、
凌牙の、よく知る

「ベク、ター」

見下すように、ポケットに手を突っ込んだまま、平坦な表情で凌牙を蹴り飛ばしたベクターは、唖然と転がって座り込んだままの凌牙に、ゴミでも見るように一瞥をくれた。
そして淀みなく平然と、気を失ったままのⅣの腕を、心底どうでもよさげに肩に回して立ち上がると、足も止めずに。すれ違いざまに一言だけ。

「ざまぁ」

それだけを言って、ベクターはⅣを伴ってその場を後にした。
残されたのは、気を失ったままの男達と、血と、ヘコんだ鉄パイプと、路地裏の汚い空気に取り残された、凌牙だけとなり。
ベクターの、怒りも侮蔑も、関心すらない一言が。
凌牙の胸を、死ぬほど深く抉った。




ああ、ボクってば、ちょぉっと神代くんへの復讐計画を小耳に挟んだものでぇ。

最近ハデに暴れてたらしいじゃないですかァ。ケッ、傍迷惑なんだよ。やり方が拙え。
アレですよぉ、あんまりクソナッシュがオイタしてると、どうにも首突っ込むお節介かっとビング馬鹿がいるもんでぇ。

ちょぉっと、もみ消そうと思って
張ってたんですけどぉ

これだから「王様」ってヤツは傲慢で手に負えねえ。




搬送されたⅣは、重傷だった。
頭蓋骨は骨折。頭の中での出血が酷く
家族が呼ばれ、すぐさま頭を開く手術が行われる事になった。

病院のロビーで、どこか虚ろに淡々と状況を告げた凌牙に、駆け付けたミハエルもクリスも蒼白になった。

蒼白になって駆け付けた二人の前で、凌牙が
「馬鹿な奴だ」
と、ロビーに不似合いな言葉を落とした。

愕然としていたミハエルは振り返り、悲鳴じみた声をあげた。
「そんな言い方! 兄さまは、キミを庇ったって!」
「だから馬鹿だって言ってんだ」
ミハエルは顔を歪めて掴みかかった。
「ふざけるなよ凌牙、取り消せ!」
「よしなさいミハエル!」
あわや暴力沙汰となる所を、クリスに止められる。

壁に手酷く打ち付けられた凌牙は
けれど、ろくな抵抗もせず、されるままだった。

ロビーに、はっと渇いた自嘲が落ちた。
「学習能力ねえのかよ。……いい加減わかれよ、碌なことねえって」


鉛を呑み込んだように傷付いた顔をして、ミハエルは手を離した。
壁からそのままずるずると崩れるように、凌牙は座り込んだ。

兄に静かに背を押され、医者の説明を聞きに面談室へ促されたミハエルは。
エレベーターが閉まる瞬間、後ろ髪引かれるように後悔して振り返った。

凌牙は、まだそこで片膝をついて座り込んだままだった。





数時間後、Ⅳは手術を終え、集中治療室へ移動となった。
目は覚まさないが、状態は安定しているとのことだった。頭に包帯を巻かれたⅣが、口に透明なマスクをされたまま眠っている。
規則的に繰り返す穏やかな呼吸。ピッ、ピッ、ピッと繰り返す乱れの無い静かな心電図の音。ミハエルもクリスも、ガラス越しにⅣの顔を見てようやく胸を撫で下ろした。ミハエルは安堵で崩れ落ち、クリスはそんなミハエルの肩を支えた。

静かな表情をした兄が「ミハエル、ロビーで飲むものを買って来なさい」と告げた。ミハエルは、まだ兄のそばを離れたくなかったけれど、長兄の静かで厳しい表情に、何も言えずに従った。

そうして、兄のそばを離れて、ミハエルは兄の言わんとすることに、はたと思い至った。

不安を抱えたまま駆け出して、ロビーへ向かったミハエルは。
既に深夜を回ったロビーで。
先ほどと全く同じ姿勢で、座り込んだままの凌牙を見つけた。



ミハエルは凄く後悔して、凌牙の前に両膝をついて座った。
「トーマス兄さまもう大丈夫だって
「そうか」
「ごめん凌牙、ごめん!」

様々な感情の臨界点が決壊して、ミハエルは、ボロボロと泣いた。必死に止めようとしたけれど、止まらなかった。

「ごめんね、凌牙!」
……なんで、てめえが謝るんだよ」

動かない凌牙の眼は、乾いたままだった。





兄のそばで、泊まり込む支度をしていたミハエルは。
窓をふと見下ろして、その影を見つけて、表情を哀しみに歪めた。

病院前の公園。真っ暗に陽の落ちて、ひと気のなくなった公園に
ぽつん、ぽつんと街灯が立って
その明かりの下に、浮かび上がるように
小さな白いベンチと、

ベンチに横たわって夜を明かす
小さな背中を、見つけてしまった。

(凌牙)

家族が皆、病院 ここを離れないように
凌牙もまた、離れないのだ。


今夜は眠れない。自分も凌牙も。

ミハエルは、唇を引き結んだ。
Dゲイザーを取り出して、コール音を待つ。
凌牙の家族に伝えるために。
『そうですの……
繋がった璃緒は、呟いたきり黙り込んだ。やがて、画面越しにスッと顔を上げる。
『連絡をありがとうございました、ミハエルさん。……日が昇ったら、迎えに行きますわ』
……いいの?」
璃緒は哀しいような切ないような、曖昧な笑みを浮かべた。
『不肖の兄ですが、どうか一晩、そっとしておいてやってください』

それ以上何も言えず、ミハエルは静かに口をつぐんだ。


◇ ◇ ◇


真夏の夜だった。
陽が落ちても風一つそよがないベンチは、息を吸っても寝苦しいばかりで、うだった頭をまるで冷やしてはくれなかった。
体は冷たさを欲して汗をかくのに、胸の芯は氷を抱いたように冷えたままで、血の気の引いた手足を引き寄せるたびに、夏の暑さを思い出して正気に返る。

眠れなかった。かといって、ここを離れる気にもなれない。

つかの間のまどろみの中に、無理やり逃げてしまおうとした凌牙は
気絶するように眠りに落ちた。





虫のさざめきが一斉に引いた。音が消えた。闇が濃くなる。


真っ暗な公園に、ぼんやりと白く。
ズボンの脚が、うっそりと、浮かび上がった。
「ダメじゃないか凌牙」

やるなら徹底的にやらないと



凌牙は飛び起きた。

闇の中、ペリドットカラーの礼装を纏った子供の姿が、ぼんやりと浮かび上がる。
金髪 ブロンドの三つ編みが暗闇で揺れる。
ニコリと首を傾けて見せた子供の殺気に、凌牙は総毛立ちながら、背筋にひたりとナイフを押し付けられたような錯覚に冷たい汗を掻いた。

「ト、ロン……
「君がちんたらしているから、掃除してしまったよ」



虫のざわめき一つない夜だった。


◇ ◇ ◇


「あーあ、不味かったぁ」
ペロリと、口元を舐めてから拭うトロンに、凌牙はゾッとしたものを感じた。
ふふ、と笑うトロンの無邪気さは、いっそ毒々しいと言い換えていいほどだった。
「ねえ、口直しが欲しいんだけど。食べ足りないんだよ。そこらの魂じゃ」

手を背中で組んで、ザリ、と足元の砂が踏まれる。反射的に、凌牙は身を引いた。
「そうだねぇ……
トロンの視線が舐る。凌牙はごくりと、知らず、唾を呑んだ。

「とびっきり不味そうだと思わない? たとえば"人にもバリアンにも成り切れなかった半端者"なんて」

ねぇ凌牙


てられる。
闇の気配が、ドロリとトロンの足元から冷気を纏って、凌牙の体を這って身震いした。
怒気ですらない、コレは怨嗟だ。一度骨の髄まで復讐に身を浸した、ヒトの道を踏み外した気配が、ドロリ、またドロリ、と

「アハ! 冗談だよ。息子の少ない友達取り殺しちゃったらあの子が泣くじゃないか」

パッと両手を広げて、あまりに毒々しく無邪気な声を出したトロンは、ニコリと凌牙に笑いかけた。
まるで笑えない冗談だった。ひたりと見据える仮面の眼が欠片も笑っていない。

「当分使い物にならないとは思うけど、後始末をしたければ御自由に。二番街の裏路地に転がってるよ」
まぁ、もう表通りを正気じゃ歩けないだろうけど、ね

クス、クスクス

アハ、アハハ、と気狂いの様な声を上げて、凌牙の座るベンチに背を向けたトロンに、凌牙は今更ドッと流れ落ちる冷や汗と、蒸せ返る様ななだれ込む夏の暑さに、くらっと酩酊した。
冷水を浴びせられた様な身震いが、遅れて体を襲って、この暑さだというのに体が熱を取り戻さなかった。

「ねえ、凌牙。僕はね、失望させられるのは、嫌いなんだ」

公園の出口で闇に溶けながら、ひたりと声を落としたトロンに、凌牙は言い返せず唇を噛み締めた。
「あんまり失望させないでおくれよ?落ち込んで腐るのは結構だけど、若いからって目の前にばかり足を取られてると、もっと大事な物を見逃してしまうかもしれないよ。そうだね、たとえば」

隠し事が得意な、あの子の事とか


顔を跳ね上げた凌牙に、背で手を静かに組んだトロンは無言でニコリと笑う。
謎掛けの様に投げられた含みは、酷く意味深だった。
「っ、どういう意味だ」
「さぁ」

酷く冷たくはぐらかされた答えは、トロンと共に闇の中へ溶けて消えて行った。








現実でⅣが目覚めたのは、五日も後のことだった。
「すまなかった」
ドルべはⅣの病室に入るなり、ベッドの傍の椅子に座り込んで頭を下げた。
「君の忠告をもっと真剣に聞き入れるべきだった」
数針は縫ったので、痛み止めの効いているⅣはどうにも頭がぼうっとして、いまいち状況が理解できなかった。
とりあえず、この切羽詰まった顔の男は、ずいぶん思いつめてやってきたらしい、ということだけが、Ⅳにわかる全てだった。
「驕っていたんだ、無意識に。いくら彼が『神代凌牙』として生きている今があっても、前世もバリアン時代も、気の遠くなる時間を共に過ごしてきた自分達の方が、彼を理解していると」
どうやらドルべはらしくもなく状況が見えていないようで、Ⅳが一生懸命目を開けようとしては失敗しているさまにも気付く様子がない。かくん、かくんとⅣの頭が眠気で揺れる。
「今我らは、もはやバリアンではなく、脆い人の身だというのに」
ますます頭を下げたドルべに、Ⅳは「たぶん何か言ってやるべきだろう」とは頭の隅で思ったが、ついさっき鎮静薬を追加したばかりで、どうしようもないレベルで眠かった。怪我で体力が落ちていたのも原因だろう。
「君の言葉は正しかった。もっと深刻に受け止めて、私も彼を諌めていれば、こんなことには、」
「あー
もはやⅣは本当の本当に限界で「もうとりあえずどうにでもなれ」と考えるのを放棄して腕だけ持ち上げた。
弟が本気で落ち込んだ時にだけよくしてやった条件反射で、頭に手を乗せて。

ドルべが弾かれたように顔を上げる。
その幼い表情に、あーバリアンとか言ってもミハエルよりしただったなあ、とそれだけ夢うつつに頭に浮かんだのを最後に、Ⅳは限界を迎えて、ぐっすりと寝落ちした。



すぴー
とすっかり平和に口を開けて眠っているⅣに、ドルべは随分と長いあいだ硬直してから。
Ⅳの右腕に刺さる点滴と、ドルべの方に向けてはみ出したままの左腕に、ようやくしっかりと状況を頭に呑み込んで、ゆっくりと静かに。Ⅳの左腕をベッドに戻した。Ⅳは起きる気配がない。
どうやら私は、焦って、疲れた怪我人に無理をさせてしまったようだ。それに、どうもすっかり許されてしまったようだよ。これでは本当に立つ瀬が無いな。どうすればいいと思う? 我が友よ」
ドルべが静かに病室でそう問いかければ、後ろのドアから、静かに凌牙が顔を出した。
「無理をさせてしまった私が言うのもなんだが、会っていかなくていいのかい?」
………
凌牙は病室の入り口に背を預けたまま、ただ目を伏せて首を振った。
「そうか。ならば仕方ないな。ああ、そうだ。私としたことが、本当に焦っていたようだ。見舞いに来たというのに手ぶらだったよ。次に来る時こそ、そうだな、何か体に良い果物でも持ってこよう」


君の選んだ新しい友人と、
今度こそゆっくり話をしてみることにするよ、ナッシュ。


ドルべは凌牙に向けて、ことさら柔らかい労りをオブラートにくるんで投げかけた。

凌牙は肩を少しだけ震わせた。
その水面下の労りを、凌牙は、長い付き合いで、正しく理解することが出来る。

いつだってドルベは、直接言わないことで最後は凌牙に委ね、無理強いをしないのだ。

君の選んだ新しい友人と
────君と彼は友人なのだろう?

今度こそゆっくり話をしてみるよ、ナッシュ
────私は彼と話すけど、君もどうだい?

それ以上深くを告げない、立ち去るドルベの柔らかい微笑は、凌牙の胸に、酷く沁みた。

そして凌牙は、眠るⅣの横顔を、入り口から一瞥だけして。
それでも結局、病室に足を踏み入れることはせず去ったのだった。




後日、本当に果物を持参してやって来たドルベに。
だいぶ回復したⅣはベッドの上でデュエル雑誌を開きながら、少し驚いた後、苦笑して「律儀なヤツ」と呟いて来客を迎え入れた。

他愛のない世間話で、思いのほか会話は弾んだ。

今はドルベも通う中学でのミハエルの様子、カイトとクリスの研究室によく顔を出すミザエルや、相も変わらずらしい遊馬を始めとした共通の知り合い達。
騒がしい話題には事欠かない。

思った以上に穏やかなやり取りのあと、不意にドルベが見舞いの品の山を見たので、Ⅳは苦笑した。
「ファンが多いもんでね」

部屋の隅には山のような見舞いの品がある。
それとは別に、ベッド脇に特別取り分けてあるのは、どうやら彼のプライベートな知人からの物のようだった。

その中に、ひときわ目を惹く、綺麗な青い花束。差し込まれたメッセージカード。
ドルベがその束を気にしたのは、見知った女性の字を見つけたからだった。

「相変わらず綺麗な字だな。すぐ分かる」
「立場が逆転しちまって、気まずいのなんの」
そう言って、Ⅳは苦笑した。
璃緒からの見舞いに、Ⅳは目を細めて困ったようにしている。

「午前中に顔を出してたんだ。ちょうどお前と入れ違いだったな」
「そうか、メラグも来ていたのか」
そうして、少し逡巡するように、ドルベが話の核心に一歩足を踏み入れようとした時、Ⅳは、判っていたみたいに笑った。
「ナッいや、凌牙、は」
「来てない。一度も。一番のファンは、どうもツレなくてね」

肩を竦めて、戯けたようにそう言ったⅣは、
ふう、と少し話し疲れたように息を吐いた。
「起きてから一度、Dゲイザーにも着信入れたんだがな。返しやがらねえ。ま、アイツらしいがな。また変に暴走してなきゃ、それでいいんだ」

あいつの妹からも近況聞いたし、と
持ち上げたベットの背もたれに、ふう、と頭を預ける。
そんな様子に、ドルベは眉を下げた。
Ⅳはするりと口を開く。最初から用意していた言葉を口にするように。
「アイツはどうよ」
「すっかり落ち着いたように見える。表面上は。けれど、私の知る彼らしくは、ないように思える」

内心、何処かピリピリしていて、まるで縄張りに神経を尖らせる馬のようなものを感じる、と。
愛馬と接する事の多かったドルベは、そう断じた。

そんなドルベの評定に、Ⅳは困ったように眉を下げた。
「縄張り縄張り、ね、あー、そうだな」
Ⅳは長く嘆息した。
「あいつに『身内がやられる前にやれ』っていう強迫観念を植え付けちまったの、オレだからなぁ
思いもかけない言葉に、目を見開いたドルべに、Ⅳはほろ苦く微苦笑したのだった。

「聞いてんだろ? オレとアイツの間にあったこと」
ピタリと口を噤んだドルベに、Ⅳは苦笑した。
「嘘のつけねえ奴だな。まあ、なーんか睨まれてる感じしてたから、思う所があんのは察してたがよ」
「今は違う。君は私の友を庇ってくれた」
「それも、オレのとばっちりみてえなもんさ」
小さく肩をすくめて、Ⅳは長く息を吐いた。

「あいつのことはさ、オレには分かんねえんだよ」

そうして、Ⅳはドルベに訥々と、目を閉じて諦めを滲ませるように、ゆっくりと、語った。

……オレがあいつを追い落として荒れてた頃、遊馬たちみてえに近くにいたわけじゃねえ。しかも、あの戦いの時だって、オレは早々に戦線離脱しちまった。バリアンとしてのアイツの苦悩なんかも、何一つこの目で見たもんは無えんだよ」

前世なんつっても正直いまいちピンとこねえし、感覚を共有できるもんが無え。あいつは話さねえしな。
Ⅳはそうぼやいた。

「だからよ、オレなんかよりよっぽど、お前らにできることはたくさんあると思うぜ」

別に何もしなくても、分かり合える存在ってのは貴重だからな。
オレにとっては家族がそうだが、あいつにとっては、多分、バリアンまるごと身内みたいなもんなんだろ。それぐれえなら、見てりゃ判る。

だから、あいつの事頼むぜ。

あいつさ、あれでも昔はそれなりに普通に友達とかいたんだぜ。
オレと初めて戦ったトーナメントに応援に来てた奴とか、不正の後でメディアのインタビューでずっと擁護してた奴とかがさ。
でもよ、それも一度オレが全部断ち切らせちまった。妹だ。
一番近い身内を失いかけた子供の考える事なんてのは、結局二つに一つさ。
二度と失わねえよう他を切り捨てて家族に固執するか、失う心配しなくていいように家族より友人に固執するか。
遊馬がちょいと後者じみてるだろう。オレもあいつも前者だった、ただそれだけのことだ。

だからさ、オレは、虫が良い話だが、安心したんだよ、お前らが現れて。あいつの身内が増えてさ。
あいつは結局、オレがあの時あいつに引かせちまった、身内とそれ以外の線をずっと引き摺ってる。だから何度も他人を突き放しては一人になりたがるんだ。他にかかずらってると身内を護りきれねえから。
オレには何もできねえし、する権利がねえんだよ。外側から祈るしかねえんだ。

いや。
オレがあいつの線に抵触してんのは、一度殺しちまったって罪悪感みてえなもんだよ。

あいつから奪い続けてるオレに、あいつの『身内』に入る価値があるわけねえだろう。


……おい何て顔してんだよ、あーっと、ドルべ、とか言ったか。止めろよオレが苛めてるみてえになるだろ、あいつに蹴り飛ばされるだろうが。あいつの蹴りマジで容赦ねえんだぜ。

勘弁しろよ、オレが恥を忍んでここまで話してやったんだぜ。なんでオレに気持ち良くファンサービスさせねえかなぁ

あんな面倒な奴でもよ、オレにとっちゃ唯一の友って奴なんだ。だからここまで話したんだからな、そこらへん察しろ。お前あれだろ、あいつの生涯の友なんだろしっかりしろ。そう、そうやってシャキッとしてろ。

ん? 別に?
オレにとっちゃあ唯一だが。
だが、あいつにとって、そうである必要は無えんだよ。あいつの味方は多けりゃ多い方がいいんだ。


はぁぁぁぁ?
お前……凌牙の友達だけあって変なやつだな。オレを献身的とか言ったのお前が初めてだぜ気色悪りい。

は?凌牙の?友達がどうしたって?
………この野郎、言ってくれるじゃねえか。
うるせえな、どうせオレも変なやつだよ、悪いかちくしょう。
何なんだ、オレはブーメランでやり返される呪いでもかかってんのか?オレが迂闊なだけか?




そんな。
大層不服そうなⅣに、ドルベは思わず笑って。
日が傾いてきたのを機に自然と解散となった。
帰り際、ドルベは自然な動作で呼び止められて、再度「アイツを頼むぜ、白き盾さんよ」と告げられた。

「気が向いたらまた来いよ。今度は凌牙も連れてそうだな、二人まとめて、とびっきりのファンサービスをしてやるからよ」

そうして、コトン、と角を揃えたデッキがテーブルで音を立てられて。
それに、ドルベは腰のデッキケースに手を触れる事で応えた。

「ああ。楽しみしていよう」



後日、無事に退院したⅣ vs ドルベのデュエルは、Ⅳの勝利で終わった。
「さすがだな。きみが見込んだだけはある」
そう凌牙に報告したドルベは、浮かない顔の凌牙にやんわりとした笑みを向けた。
「きみは良いのかい?」
……いい」
「そうか」

友の中で何が引っかかっているのか、ドルベには分からないが、助力は惜しまないつもりだった。
彼にはドルベの知らない時間がある。だからこそ、思わぬ脆さも抱えている。ドルベはそれを知った。

「では、私と一戦しないかい」
「気分じゃねえが……お前がそういうなら」

凌牙は片眉を下げて、躊躇いがちにドルベにそう答えた。

凌牙は、何かをずっと迷っているようだった。
前世の迷いない強靭さとは違う、それは『神代凌牙』の時間が作ったものだ。
ドルベが知らないそれを、ドルベはこれから時間を掛けて知っていくつもりだった。Ⅳが言っていたように、ドルベはまだまだ『神代凌牙』を知らないのだ。

「迷いを晴らすのは、いつもデュエルだ。私はそう思う。だから、君の迷いには私が相手になろう」

凌牙は意表を突かれたように、目を少しだけ丸くして、次いでくしゃりと苦笑した。
「お前にはずっと世話をかけっぱなしだな」

その日の凌牙のデュエルは、やはりずっと何かを迷っていた。

To be continued


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