@tatakawaneba
金福演習
(http://privatter.net/p/717098 )に参加させていだきました。
汐田さん、素敵な企画をありがとうございました!
この時間帯のS系統のバスは混雑する。金城が箱根と東京の往復を初めてから一年、身をもって学んだことである。しかしその学びが一向に生かされてないのは一重に宿を借りる主人の「ぎりぎりまで一緒にいたい」という願いを叶えているからだ。
着なれない真新しいスーツに同じく真新しいネクタイを締め、頭にはニット帽を被り片手にスーツケースを持った金城は目的地が見えたところで腕時計へ目をやる。乗車予定のバスの発車時刻30分前にバス停へ来たのはいいが既にスーツケースやビジネスバックを持った先客が何人も並んでおり、今後の更なる混雑は容易に予想できた。慣れた手際でスーツケースを転がしながら列の最後尾に並ぶ。当然のように続けて自分の後ろに並ぶ金髪の男に、金城は内心頭を抱えた。
「…福富、ここで」
切りだしてすぐに制止をうける。普段は何事にも動じず物事を見通す目を恥ずかしげに伏せ、欲しいものは全て手に入れてきたであろう右手で金城の最近新調したスーツのシャツの袖を握る。「せめて、もう少し一緒に」と言れれば曖昧に笑い押し黙るしかなかった。就職活動はもう終わったろうと胸へ両手を伸ばしネクタイをほどかれ、いくつかのボタンを外される。されるがままに身をまかせていると、福富の肩越しにいつの間にか後ろへ並んでいたのか初老のスーツを着たサラリーマンと目が合った。会話が聞こえたのか怪訝そうな顔をしている。その時ちょうどバスが来たのを良いことに、金城は目線を逸らし前へ向き直った。
ガシャン。
バスの中央扉が開き、客が足早に乗りこむ。それに習って金城も一歩を踏み出した。バスへ乗り込んだ時には既に二人で座れるほどのスペースはなく、奥まで進み吊革に掴まる。福冨が隣の吊革へ捕まるのが横目で見えた。ガシャンと音がして中央扉は閉まり、バスは発車する。自分達の後ろには存外多くの人が並んでいたようだ。バスの通路もすっかり人で埋まっている。年齢もまばらであるし性別も半々。肥満気味のサラリーマンもいれば一日の必要摂取カロリーを必要量の半分も摂取していなさそうなOLらしき女性もいる。皆どこか疲れ切った顔をしていることをこのバスに乗るたびに感じていた。きっと、自分も同じ顔をしているのだろうと金城は思う。きっと例外は隣にいる男ぐらいだ。停車駅にバスが止まり客が乗り降りする様をぼうっと眺める。はっと気がつけば福富が此方を見ているのがわかった。いつからだろうか。背中を冷たい汗が流れる。ふっと息を吸い込み、未だ客が多く混み合っているのをいいことにそっと福富へ手を伸ばしきつく握りしめる。福冨が大袈裟な程揺らすのがわかった。軽く顎を上げ、己より少し高い耳元に囁く。
「おい福富、ちょっと見てみろ。前のあの女性の足はいいぞ。むっちりしていて俺の好みだ。」
斜め前の席へ腰掛け、腕を組みうたた寝をしているスーツの女性を目線で示す。握る手を福富が握り返してきた。痛い。
「…ふざけるな金城。聞こえる。」
「まあ、お前の方がいい体をしているがな。昨日のお前は本当に可愛かった」
「…!、金城!ふざけるなと言っただろう!」
本気で嫌がっていないのはわかっていた。むしろ喜んでいる。これは只のサービストークに過ぎない。健気に見送りにまでついてきてくれた福富へのサービスだ。停車駅に止まり、うたた寝をしていたOLがはっと目を覚まし慌てて降りていった。目を覚ましたところをよく見ればあまり好みではなかったのが残念である。続けて何人も降車し、目の前の席がちょうどがたいの良い男二人が座れるほど開く。金城が座ろうと足を踏み出すも、繋いでいた手がそれを引き留める。
「…このままお前に、触れていたい」
金城は福冨の意図を理解すると、ふっと幼子の我儘を包み込む母のような笑みを浮かべて足を止めた。「人が少ない、これで」そう小さく囁き返しながら繋いだ手を振り解き、手の甲を福富の手の甲へと重ねる。福冨は口を開きかける。金城は笑う。福冨は口を閉じる。もうすぐ終点であることを車内アナウンスが告げた。
「オイ、金城じゃねェのォ」
騒がしい静岡駅の改札口を降りてすぐ、福富の他愛ないメールへ表情なく返信していると聞き親しんだ声に名を呼ばれる。返信ボタンを押すと同時に思わず足を止めた。気付かず通り過ぎればよかったと思ったのも後の祭りである。ゆっくりと声のした先を振り返れば、大きなスポーツバックを肩にかけ土産袋を両手に抱えた荒北の姿がそこにはあった。
「荒北か。偶然だな」
軽く手を振り答えると荒北の目線が金城の胸元で止まる。口角を釣り上げ、顎で胸元を指示せば肩を竦めてわざとらしい溜息をはく。
「オメーそれ…見えてンぞ。ア、見せてンのかァ?」
数回瞬きをした後、金城は苦笑を浮かべてあいていた上から二つのボタンを閉じながら昨晩の出来事を思い出す。確か、キスマークはつけるなと伝えてあったはずだが。
「就活で部活休みとってた癖に。サイテー、不潔ゥ」
「ハハ、勿論就活もしてきたサ」
「手ごたえはァ」
「上々だ」
「ハッ、成績優秀な金城クンだもんなァ」
これ以上の詮索されてはかなわない。軽口もそこそこに、荒北はどこに行っていたのかと話を振る。荒北は東京バナナと書いた土産袋を見せながら部への土産だと笑った。
「俺はァ、昨日が箱学の同窓会だったンだヨネ。まー、同窓会っつっても三年のインハイメンバーでのただの近況報告会みてェなモンだけどォ。久しぶりに福チャンとも会ってきた。かわんねーのな。や、また一段と筋肉ついてた気がすンなァ。ンで卒業後は前から話貰ってたチームに所属決まったってさァ。ほんとすげーヨ。」
荒北は福冨のことを自分事のように誇らしげに話すのは前からだ。驚きを微笑みの下に隠して相槌を打つ。
昨日の朝一で東京につき希望の企業の本社での面接を終えて福富の家へ向かった。福冨はなんでも外せない飲み会があるとのことで夕方にはでていき深夜に戻ってきた。そしてそれから福富に求められるまま朝まで抱き合った。いつもの宿代代わりだ。少なくとも金城にとってはそうだった。
金城は福冨の進路を知らない。知らないというより、興味がないと言ったほうが正しいのかもしれないが。昨日の飲み会が荒北達とのものだったことも知らない。自分の首筋にキスマークがつけられていたことも知らない。荒北がこの時間に静岡に帰ってくることも知らなかった。では、果たして福冨はどうだったのか。何も知らないフリをして、はっきりとしない俺を受け入れるフリをして。まさかな、首を振って考えを打ち消す。
「それにしてもサ、それも同じ奴に貰ったンだろォ。」
おめーの趣味じゃねェもんなァ、と己の頭を人差し指で数度叩き頭に被ったニット帽を示す。確か福富は、蛇の刺繍がお前に似合うと思ったんだと言っていた。
「独占欲強い女だネ。おー怖、」
この話はこれで終いだとばかりに背伸びをする荒北の背を見ながら歩き出す。お前がさっきから話しているのは同一人物の話だぞ、と告げたら荒北は一体どんな顔をするだろうか。実行する気のかけらもない妄想を打ち消し笑う。ポケットの中で震える携帯が酷く冷えている気がする。新たなメールの着信には、気がつかないフリを選んだ。
(元の文章)
S系統のバスのなか、混雑する時間。ニット帽をかぶった二十歳過ぎぐらいの男、帽子の端には小さな蛇の刺繍が入っている。スポーツをしているのか体格は良い。客が乗り降りする。隣に立っている金髪の男に何かを囁く。金髪の男はそれを咎める。辛辣な声を出そうとしているが、どこか甘えたような口調。目の前の席があくが二人とも座らない。
二時間後、静岡駅の新幹線改札口前で、その男をまた見かける。連れの男(先程とは違う黒い髪の男である)が彼に、シャツのボタンを付けるよう言っている。男の胸元を指差し、その理由を説明する。