@tamaki_dd
死して人と成る
#01
物心つく頃には、親と呼べるような人間は既にいなかった。親切を装って他人を騙し、裏切り、金を得る。たまたま拾われたのは、そんな人間ばかりが集まる掃きだめのような土地だ。故郷と呼ぶのも憚られるその街で生きていくためには、自分も同じように振る舞い続けるしかない。目に触れる人や物が金になるかならないか、利用価値があるかどうか。そういう見方が、幼いころからの癖になっていた。
己の感情に振り回され、落ちぶれていく人間を目の当たりにするたび、こうはなるまいと強く感じたものだ。金貸しを生業にしていた自分がその原因を作ることも少なくはなかったけれど、同じ金好きでも理性や人との関わり如何で行く先には天と地ほどの差がある。金で失敗する人間は、それが自分のものであるか他人のものであるかの違いこそあれ、誰もが等しく欲に溺れていた。結局のところ、自分自身もそのせいで何度死にかけたか知れないけれど。
作った借りは返さないと気が済まないし、善意をただ受け取ることはどうしたって気味悪い。無償の愛だなんて、耳にするだけで鳥肌が立つ。そういう性格は、死して数百年が経過した今もなお変わらない。けれど生きているころに比べれば、ずいぶん気楽に過ごしていると思う。死後の自分は間違いなく地獄へ落ちるものだと思っていたのに、なかなかどうしてと驚いたものだ。拍子抜けするほどのお人好しが多いせいか、身にならない無駄話をする機会も増えた。
死神としての愉快な暮らしは、生前に身につけた様々な感覚を日々鈍らせていく。それも悪くないと思えてしまうことが、元の生活には戻れない何よりの証明なのだろう。
アリウムさん(@pekonopeko)お借りしました
こちらのお話より(☆twitter.com/pekonopeko/status/1376877967746326534?s=20)☆=https://
「何の用だ?」
薄暗い店内で、隣に座る青年が僅かに首を傾ける。垂れた前髪の隙間から覗く瞳は、からかうでもなく純粋に問うているらしかった。顔を合わせたからといって肩を組み合うような仲でないのは確かだが、目的がなければ声をかけてくるはずもないだろう、とまるで決めてかかった物言いに思わず笑う。第一印象から変わらない真面目を絵に描いたようなその印象は、言葉を交わすたび濃くなるばかりだ。あるいは彼の目に映る自分がよほど打算的な男に見えているのかもしれないが、それはそれで面白いことに違いない。
「用って言ってもな。ここに来る奴らは大体、酒を呑みに来るんじゃあないか?」
「店を訪れた理由を聞いているわけじゃない」
「はは! そう警戒しなくたっていいだろう。なんなら席をひとつ開けようか」
大袈裟な身振りで訴えると、面倒になったのか青年は力なく頭を振り、グラスに口をつける。そうして再び小箱に手を伸ばすと、慣れた仕草で煙草の香りを吸った。青年がそれを楽しんでいるかは定かでないが、もはや習慣化しているのであろうその姿は見ていてなかなかに飽きない。考え方や受け答えはいかにも堅気であるのに、酒も煙草もよく呑むのだろう。そのちぐはぐな様からは、例えば生前の職業ひとつ想像することさえ一興に思えた。
黙々と杯を傾ける彼の手元に向け、こちらもグラスを掲げてみる。ちらりと視線を寄越されはしたものの、一向に迎えられる気配はない。カウンターの奥に立つ店主が愉快げに肩を竦めているのが視界に入り、二人で目を見合わせ笑った。
「ま、あてもなく飲むことくらい俺にだってあるさ」
四六時中カネの計算をしてるわけでもないしな、と付け足した言葉は我ながら胡散臭い。金貸しを生業にしていた生前を思えばなおさらだ。生前どころか今も似たようなものだから、他人と言葉をひとつ交わすにも損得勘定を働かせることがすっかり癖になってしまっている。青年が何の用だと尋ねたのは、だから実際のところ的を得てはいるのだろう。けれど相手への興味や目的の有無とは関係なく、気軽に声をかけてしまうこともまた、やはり自分の性格であるらしい。まったく何も考えていないのだと嘯くことも、ない用事をでっちあげる気も起こらず、その場はグラスの氷を回しつつやり過ごすことにした。
底に残った琥珀の酒を煽り、青年が店主に声をかけ立ち上がる。
「……帰るのか?」
「あぁ」
だって用はないのだろう、などという言葉が聞こえてくる気がした。最初に姿を見かけたときは既にそういう雰囲気だったものだから、こちらが声をかけたことで結果的につき合わせる格好になったのだろう。ただ彼のこれまでの言動を振り返れば、それを指摘したところで借りにさせてもらえないであろうことは容易に想像がついた。自分の主義に従うのなら最後の一杯は持ちたいところだけれど、今回は黙って見送ることにする。
「じゃあな」
アリウム、と青年の名を呼ぼうとしてそれもやめた。名前くらいならばいくらでも知る機会はあるけれど、名乗りあったこともない間柄で唐突に呼びかけるのは流石に気味が悪いだろう。次に顔を合わせる機会があれば、今度こそ構えられてしまうかもしれない。自分にとっても、結局は今くらいの関係が一番心地いいのだろうな、とまるで他人事のように納得しながら青年の背に声をかけた。
「パイプや葉巻が入用なら声かけてくれ。
「……何だそれは」
こちらに背を向けたままの青年から発された呆れたような声が、壁に反響して返ってくる。いよいよ離れていく後ろ姿を見送りながら、頭の隅では彼が商売相手にはならないほうへ賭けていた。