@eciakanom
金福村4月のワークショップ『金福演習』(http://privatter.net/p/717098 )に参加させていだきました。素敵な企画どうもありがとうございます。#金福演習
S系統のバスは普段のこの時間帯ならばさほど混むことはない、駅と山の麓までを走る至って普通のバスである。平日の朝と夕方は通勤通学により利用者は多いが、平日の日中や土日はさほど利用するものもいない。しかしこの日は何故だかいつもより人が多く、窮屈そうに立っている客が見られた。あぁ、そうだ。地元の祭りがあったのだ。何百年も前から続いているらしい、地元の者がこぞって参加するような伝統的な祭りがあることをこちらに越してきてから知った。しかし、元より部外者である私はこの祭りに参加したこともないし、参加しようと思ったこともない。荒っぽい出来事とは生まれてこのかた縁もなく、またそれを好む性格でもなかった。だから毎年この時期になると、普段は温和な商店街の八百屋やら魚屋の主人たちが血気盛んになっていくのを横目で見ながら、私は普段通りの静かな生活を続けていた。しかし、そう、確か去年だか一昨年だかこの祭りがテレビの全国放送で報道されてから、観光客がこの時期になると押し寄せるようになった。祭りを避ける私にとってこの時期は店が閉まっていて少し不便、くらいの認識であったが、ここ最近は観光客の喧騒にほとほとしていた。私の愛する平穏を返してくれ、とテレビ局にクレームを入れたいくらいである。あの放送のせいで、こんなに混雑したバスに私は乗らねばならないのである。もっとも、始発から乗った私は座席に座れているので、目の前で大きな体を縮めている彼らよりは何倍も楽ではあるが。目の前にいるニット帽を被った男性は歳の頃は二十歳を過ぎたくらいであろうか。メガネをかけているが、その目鼻立ちが整っているのがよくわかる。きっと、イケメンと称される部類に入るのであろう。着ている服も年相応の物をシンプルにまとめたもので、清潔感を感じる。そんな中、ニット帽の端に刺繍されていた蛇のマークだけが少し幼さを感じさせ、これはきっと彼の趣味ではなく誰かからの贈り物なのだろうと私は推測した。その隣には同じ年代であろう、ニット帽の彼よりも上背のある金髪の男性が、これまた窮屈そうに立っている。金髪、ではあるが外国人ではない。一目見て印象に残る彼の凛々しい眉は黒々としており、その髪が染めたものであることはすぐにわかった。つり革を掴む腕は二人とも逞しく、きっと何かスポーツでもやっているのだろう。彼らもどこからかここの祭りのことを知り、参加しに来た観光客だろうと私は思った。1年に一度の福男を決める祭に参加したがる若者が存外多いことを、ここ何年かで学んだのだ。静寂を好み、筋肉など身についていない私とは真逆の存在である。
「次はS神社前。お降りの方は…」
バスのアナウンスが聞こえ、停留場へと到着する。多くの観光客がそぞろに降りてゆく。さて、目の前の二人組みも降りるのだろう、そう思ったが、彼らはいまだつり革を掴んだままである。乗客がほぼいなくなり空席も目立つ中、彼らは降りることなく、バスは扉を閉め次の停留所へと向かう。おや、私の当てが外れたようだ。金髪の彼は窓の外の人ごみで溢れるS神社を眺めている。その様子を見てニット帽の彼が金髪の彼の耳元で囁いた。「フクトミもあの祭りに参加したかったか?」目の前に座っている私には自然と内容が聞こえてしまった。訊ねられた金髪の彼、フクトミはそれを咎めるような目をしながら「それは嫌味かキンジョウ。それに、今日は目的が違うだろ。」そう応え、俯いた。ニット帽の彼、キンジョウはその顔に笑みを浮かべている。きっとキンジョウはフクトミの回答が嬉しかったのだろう。私の耳にもフクトミの返答は、どこか甘えたような口調に聞こえた。空いている席はたくさんあるが、彼らは座ろうとはしなかった。
「次はT町3丁目。お降りの方は…」
もう私の降りる停留所が来てしまった。失礼、と一言目の前にいる二人に声をかけ、私はバスを降りる。ここまでくればS神社の祭りの喧騒は聞こえない。明日になれば祭りも終わり、またいつもの静かな生活が戻って来る。しかしあの二人、キンジョウとフクトミはどこに行くのだろう。この先、山の麓には何もないのだ。本当にただの山道の中にポツンと停留所がある、そんな終着点である。あの辺にある建物は廃屋と、そうだ、確か、どこの誰が利用するのだかわからない、私には縁のない建物ができたとの噂を聞いたことを今思い出したが…。まぁいい、どこに行くにせよ、私には一切関係のないことである。
静岡駅の新幹線改札口前で私はニット帽の男、キンジョウを見かけた。なぜ、私が彼を覚えているか私自身甚だ不思議ではあるが、あの蛇の刺繍をつけたニット帽が記憶に濃く残っていたのかもしれない。それは、少し歳をとった彼にはますます不釣り合いなものになっていた。新幹線の改札口から黒髪の男が出てきて、キンジョウの隣に行くのが見えた。二人は話しながら私の方へと向かってくる。
「キンジョウ、胸元が開いている。」
「あぁ、これか。覚えてないか。これはあの日、お前が海外に行く前最後の時に、お前がちぎり取ったんだ。だからその思い出に、そのままにしておいたのさ。」
第2ボタンまで開いたシャツの胸元を指差しながら、どこか誇らしそうに言うキンジョウ。たくさんの人がそれぞれに雑談しているなかでも、自分が興味のある人の会話などは、自然と聞き取ることができることをカクテルパーティー効果というらしいが、ここまではっきり聞こえるのは、やはり私が彼らの関係を気にしていたからかもしれない。
「シャツのことは忘れていたにしても、この帽子は覚えているだろう?」
「俺があげたもの、まだ使っていたんだなキンジョウ。」
「勿論だ。フクトミが初めてくれたものだからな。」
フクトミ、そう聞こえて私はすぐさま黒髪の男を見た。その顔は、確かにあの日見たフクトミであった。髪色は違えど、あの凛々しい眉を見間違えるほど衰えてはいない。
「今年は祭りに行くか?お前は目出度い名前だからな、福男取れるかもしれないぞ。それとも思い出のあそこに行くか?」
くつくつと笑いながらキンジョウはフクトミに問いかける。
「知らん。」
呆れたような、困ったような、そしてやはり甘えたようななんとも言えない声色でフクトミは一言呟く。フクトミの空いた手を握るキンジョウの動作がはっきりと目に見えた。二人はそのままバスの方へと向かう。またあの日のようにS系統のバスに乗るのだろう。S神社のジャトウ祭り、漢字にすると「蛇踏」祭り。字の通り神の遣いである蛇を踏む祭りである。その昔、百姓の男が誤って神の遣いである蛇を踏んでしまったが、その際に蛇が飲み込んでいた石を吐き出し、蛇を助けたことで、神の恩恵が得られたその男は豊作であったなどの逸話から来ているらしい。投げ込まれた蛇(もちろん偽物である)を捕まえ、祭壇で踏みつけたものがその一年福男となる、私からすればなんとも野蛮な祭りだ。彼らは今年はあの祭りに参加するのか、はたまた山の麓の如何わしい建物へと向かったのであろうか。今度こそ、私には一切関係のないことである。