kbyuです。前半はダ+ユ。
キさんが嫉妬するお話。
@oboro73672367
あっ、と思った時には身体は宙を舞っていた。自転車の前輪が巨大な岩を弾いたのだ。ワイルドエリアのサイクリングは、長時間悪路を走る。疲労から判断力が低下していた。
スピードを殺しきれずに体が吹き飛ぶ。後方で自転車が叩きつけられる音。目の前に巨大な岩が迫って。そして。
「バリィ!」
岩に激突する寸前で、ユウリの身体は空中で静止した。
混乱する間に、体は地面に降りていく。視線を動かすと、そこに愛くるしい人形のポケモンがいた。
「バリコオル!ありがとう!」
どうやらバリコオルはモンスターボールから飛び出して、ユウリをサイコキネシスで受け止めたようだ。勝手に飛び出すのはいけない事だが、今回は助かった。ユウリは感謝の気持ちを込めて、ぎゅうっとバリコオルを抱きしめた。
バリコオルにボールに戻ってもらい、転がった自転車を起こす。自転車は多少歪んではいたが、大きく壊れてはいなかった。ただ。
「あー。駄目だ。チェーンが外れちゃってる。」
がちゃがちゃと、チェーンを動かしてみても元には戻らない。
「困ったなぁ。」
ユウリは北の空を見上げた。その方角には真っ黒の雲が広がり、ゴロゴロと雷鳴が鳴り出していた。これからのナックル丘陵の天気予報は嵐。暴風雨の中を飛行するのは危険なので、荒れる前にワイルドエリアを自転車で駆け抜けたかった。
しかし自転車は壊れてしまった。
「仕方ない。雷に気をつけて、全力で突っ切ろう。」
覚悟を決めたユウリがモンスターボールを握りしめると、後から聞き慣れた声がした。
「あれ?ユウリくんじゃないか?」
「ええっ!ダンデさん!?」
そこにいたのは、ポケモンリーグ委員長、ダンデだった。
さらりと流れる艷やかな紫の髪。パリッとしたオーナー服。磨き上げられた靴。その身なりは整えられていて、ワイルドエリアには不釣り合い。ダンデのその様相に、ユウリは彼の事情を察した。
「ダンデさん……また迷子なんですね。」
「ああ、よくわかったな。ナックルシティで会議なのだが、何故かこんな所に来てしまって、困っていたんだ。」
ダンデは笑顔で頭をかく。その表情はとても朗らかで、本当に困っているのかと不思議になるほどだ。
「ここはさじんのくぼちです。ナックルシティはあっち。あの嵐の向こうですよ。」
ユウリは真っ暗な丘の上を指差した。
「そうだったのか。いつの間にかナックルを通り過ぎていたんだな。」
「通り過ぎるっていうレベルじゃ無いと思いますけど。」
相変わらずの方向音痴っぷりに、ユウリは苦笑する。
ダンデはそんなユウリの表情には反応せずに、自転車に目を留めたようだ。
「おや、自転車が壊れてしまったのかい?」
「え、あ、はい。そうなんです。いきなりチェーンが外れちゃって。」
よそ見をしてすっ転んだなんて言ったら叱られるかもしれない。厳しい上司でもあるダンデに、ユウリはとっさに嘘をついた。
「ふーん。……工具が無ければ直せそうにないな。」
上手く誤魔化せた、とほっとしたユウリに、「メンテナンスはしっかりしておかないと駄目だぞ!」と、小言が飛ぶ。ユウリは肩をすくめて、「ひゃい!」と答えた。
ナックル丘陵ではとうとう雨が降り出したようだ。その奥の街は靄に覆われて見えなくなってしまった。あの中を通っていったら、二人共ずぶ濡れになってしまうだろう。
憂鬱な気持ちでユウリはため息をついた。
「ダンデさん、ナックルまで飛んでいきます?でも、リザードンが嵐の中を飛ぶのは辛いですよね。」
自分のポケモンに乗せるべきだろうか。悩んでいたユウリに、事も無さげにダンデは言った。
「ナックルシティ方面は嵐だろう?一端、ハシマノ原っぱの育て屋まで下がって、アーマーガアタクシーに乗ればいいんじゃないか?」
「あ!」
名案だった。幸いにもハシマノ原っぱ方面は晴天だ。ちょっと遠回りになり時間はかかるが、それなら濡れることもない。
「いい考えですね。あ、でも少し待って下さい。……キバナさんに遅れるって連絡しなきゃ。」
「キミはキバナと待ち合わせだったのか?」
「はい。そうなんです……っと、オッケーです。」
「よし、じゃぁ出発するぜ!」
服が汚れるのも厭わずに、ダンデはユウリの自転車を抱えあげてくれた。そんな所はとても気が回って頼りになる人だ。ユウリは感謝の気持ちを込めてダンデの袖を引いた。
「ダンデさん、そっちは反対です。ハシマノ原っぱはあっちですよ。」
雷鳴が轟く荒天の中を、訓練されたアーマーガアは力強く飛ぶ。約束の時間にそう遅れることなく、ユウリはナックルシティに到着することが出来た。
「よし、無事にたどり着けたな。」
タクシーから降りて、ガシャンとダンデが自転車を地面に置いた。
曇天の下のナックルシティは霧雨だった。傘をさすほどではないが、早く移動しないとびしょ濡れになってしまうだろう。
「ありがとうございました。早速、自転車をサイクリングショップに持っていきます。ところで、ダンデさんはどこに行く予定だったんですか?」
「ああ、ナックルシティの大講堂だ。」
ダンデの目的地をユウリはよく知っていた。ユウリ自身もそこで開催される会議に何度も出席しているのだ。
「あ、待って下さい。大講堂はあっちです。」
ユウリの目の前で、またダンデは反対方向へ歩こうとする。ダンデの歩みを止めようと、その手をとった瞬間、後ろから驚いたような声がした。
「ユウリ!無事にナックルに着いたのか!心配してたんだ……って、あれ?ダンデ?」
ダンデの手を掴んだまま、ぎきっとユウリは振り返る。
そこには、目を丸くした長身の男が立っていた。
「だから、誤解なんです。本当にダンデさんとは、たまたまワイルドエリアで出会っただけなんです。」
「別に、オマエの言葉を疑ってる訳じゃねーよ。でもさ、ダンデと手なんか繋いじゃってさ、それがちょっと嫌なだけ。」
「だから、手なんか繋いでませんてば!誤解ですってば!」
声を荒げるユウリの前で、キバナは憮然とした表情で、コップの底のコーラをズズッと飲み干した。
あれから、遅刻しているダンデを大急ぎで講堂へ送り届け、近くのサイクリングショップで自転車を直してもらった。それから、近くの喫茶店に入って今に至るのだが。
「ナックル丘陵は大嵐だし、こっちは心配で気が気じゃなかったってのに。」
心配、安堵、そして嫉妬がぐるぐる回って、キバナは大変不機嫌だった。
「だから、ダンデさんのおかげで無事にナックルに着けたんですよ。」
「……それはそれで面白くねぇ。」
「ん、もう!」
キバナは本気で怒っている訳では無いようで、時たま子供のように口を尖らせて、おかわりしたコーラをずびずびとすする。
ユウリが悪い訳ではないとわかってはいるのだ。ただ感情をユウリにぶつけて拗ねているだけ。ユウリもそれをわかっている。だから本気で謝る事も無い。ただ苦々しくキバナを見つめるだけだった。
気まずい時間がゆっくりと過ぎていく。
興奮して喉が渇いたのか、何杯もコーラを飲んでいたキバナは席を立ってトイレに向かった。
ユウリは冷めきった紅茶を含み、どうやってこの場を収めようかと思案する。
その時、ユウリのモンスターボールが震えた。
「バリィ。」
「あ、バリコオルくん。勝手に出てきちゃ駄目なんだよ。……でも、今日は助けてくれてありがとうね。」
そういえば、緊張の連続でバリコオルにご褒美をあげるのを忘れていた。
「すみませーん!春のポフィンセット、一つくださーい!」
ユウリは店の奥に向かって、声を張り上げた。
「はい、あーん。あ、こらこら、手を出しちゃ駄目だよ。ここはお家じゃないんだからね。」
この店のポフィンはふわふわだった。バリコオルが潰してしまわぬように、ユウリは優しくポフィンを食べさせる。
(キバナさん、遅いなぁ。)
そう思いながら視線を上げた時、店の奥からようやくキバナが姿を現した。仏頂面で歩くキバナを、ついユウリは目で追ってしまう。
「お、バリコオルか。ユウリを助けてくれてサンキューな。」
バリコオルの後ろを通る時に、キバナの大きな手がわしっとバリコオルの頭を撫ぜた。バリコオルは嬉しそうに、目を細める。
(あ。いつものキバナさんだ。)
キバナの変化はユウリにもわかった。いくぶん落ち着いた、穏やかな表情でキバナは椅子に座る。
「……カリカリして悪りぃな。ちょっと頭を冷やしてきた。」
「いえ、私の方こそ、迂闊な行動で心配かけてごめんなさい。」
「……ユウリは悪くねぇよ。オレ様の嫉妬。あーっ、みっともねぇな。ごめん。」
キバナは薄く笑って、ユウリの頭もわしっと撫ぜた。
(良かった。さすがキバナさん。大人だなぁ。)
嬉しくてなって、されるがままにしていると、「ったく、バリコオルと同じ顔をしやがって。」と笑いを含んだ声。
「だって、暖かくて気持ちいいんですもの。」
気をもんで、固まっていた心が解されていく。
「……ダンデにも、メールを送っておくな。オマエを助けてもらった礼を言っておく。」
恨めしそうな視線でダンデを睨んでいた先程のキバナの様子を思い出して、ユウリはくすっと顔をほころばせた。ダンデは気にも止めていなかっただろうが、フォローはしておいた方が良いだろう。
気だるげに、でも照れているのか顔を赤くして、キバナはメールを打つ。その横顔にふっと一筋の光が差した。
「あ、お日様。」
外は風も強かった。強風がいつの間にか曇天を押し流したのだろう。薄くなった雲の隙間から、陽の光が降り注ぐ。
「ちょうどオマエの自転車に光が当たってるな。」
キバナもユウリと同じ物を見ていたようだ。
「そうですね。塗りたてピカピカで輝いてますね。」
わざとユウリは、塗りたてを強調する。これくらいの意趣返しは許されるだろう。
「悪かったって。謝ってるだろ。」
二人の視線の先にある自転車は、明るい濃紺に塗り替えられていた。鮮やかな朱色のラインが紺色を引き立てる。
「綺麗だな。さすが、ドラゴンカラーだ。」
ひゅう、とキバナが口笛を吹いた。
「もう、独占欲が強い彼氏で困っちゃいます。」
「そう言うなよ。愛されてる証拠だぜ。」
誰もいない喫茶店で、仲直りしたカップルの甘い語らいの華が咲く。
キバナの強い希望で、修理した後に塗り直されたピカピカの自転車。それは、路地の隅に停められて、雨上がりの陽光を浴びてキラキラと光っていた。