連続殺人鬼🐰シリーズ、スピンオフです。森羅万象チームのサイバー担当ヘンドリーと、借金のかたでマフィアに売られた女性とのお話です。
名前変換
@risa_natsuko
名前変換のふたつめ(ニックネーム部分)には真顔姫の名前を入れてください
ヘンドリー視点
気になったのはたぶん、その目のせいだと思う
収容所で見たものとよく似ていたから
KU【報告は以上?】
XJ【例の教会と繋がってたやつ、出版社を経営してたよ。表向きは社会派のお固めって感じ】
KU【ウィンウィンには?】
XJ【“出向中”の仕事内容は喋っちゃダメなんでしょ。お姉さんに関すること以外は哥哥も興味ないみたい】
YY【俺は報告しちゃったよ、怒られたくないし……ヘンドリー?】
振り返ると、ヤンヤンが訝しげな顔をしていた
【…ん、何】
YY【大丈夫?】
【俺の報告はファイルにしてすでに送ってあるよ】
KU【窓の外が気になる?】
坊っちゃんがにこっと微笑んだ
KU【見ていけば?あれもうちの仕事だ。今はシロツメクサ刈りに専念してもらってるけど、いずれはお前も俺のために働くことになる。早いうちに学んでおきな】
【良心鈍らせとけってこと?】
KU【見ていっていいけど、余計な真似して邪魔したらお前も同じようにあそこに並んでもらうよ。ヤンヤンは帰ってね、シャオジュンは好きにして】
YY【何で!!】
窓の外、広い敷地の中庭、いかついマフィアの黒服が取り囲む中でチョンロが仕事をしている。その前で、男女合わせて四名が後ろ手に縛られたまま膝をつかされている
KU【シャオジュンはほぼ同業っていうか、もっとヤバいとこから来てるけど、ヤンヤンは一応政府機関に雇われてるだろ】
YY【チクんないよ】
KU【当たり前。鍋責めにされたい?】
YY【……帰る】
ヤンヤンが不満そうに帰っていき、坊っちゃんも“姐姐”と呼ばれる女性と共に書斎を出ていった。俺は窓をすこし開け、耳を済ます。ここからでも十分に聞こえる
CL「じゃああなた、ほんとに返すつもりはあったんですか?」
「……ッはい」
CL「じゃあ何で町を出て全羅道の叔母の家に隠れてたのかな」
「それは…ッ返す算段がつかなくて」
CL「あーもういい、つまりはさっきの人と同じね。返す算段ならこっちでつけさせてもらうよ」
チョンロが指を鳴らすと、黒服がふたり、その男を引っ立てていく
「や、やめてくれ!!離せ!!」
CL【賭け事は遊びで済ませておくようにって義務教育で教えとくべきだよねぇ……さて】
チョンロはTシャツに短パンという明らかに部屋着姿の女性の前にしゃがみ込み、目を合わせた
CL「……お金、何に使ったの?」
「……」
CL「この体勢辛いんだから早く答えて」
「知らないんです」
CL「借金の名義はあなたなんだけど」
女性はチョンロと同じくらいの歳に見える。声を震わせながら言った
「知らないんです。何も聞いてなくて…」
CL「誰から?」
「伯父です……医療費がかかるとは聞いてたけど、私がバイトしてちゃんと渡してたから借金なんて…」
CL【…何の話?】
チョンロが顔を上げると、黒服のひとりがタブレットを繰った
【病院にかかった記録はないですね。彼女の両親は早くに亡くなって、伯父夫婦に育てられたようです。高校に通いながらバイトと叔母の介護をして、その叔母も去年他界……まぁよくあるやつですね】
CL【真顔姫タイプか】
伯父に騙され金をむしり盗られ、挙げ句の果てに借金まで押し付けられた。彼女にしてみれば売られたようなものだ
チョンロは頭をがしがしとかき、ため息をついた。そして彼女の頤に手をかけて顔を上げさせる
CL【ふぅん、美人だね。ちょっと野暮ったいけど】
「…ッ」
CL「磨けば商売道具になるんじゃない?その顔。幸い成人してるみたいだし」
「いや……やだ、何で…私の借金じゃないのに!!」
CL「関係ないよ、名義人はあなただし。体で払うのが嫌ならさっさと金返すか伯父さん連れといでよ。どっちも無理でしょ?」
ガチ、と銃口を泣き顔に向ける
CL「マフィア舐めんなよ。理不尽だろうけど、ツケは払ってもらう。恨むなら伯父さん恨みな」
「嫌……いやぁ…」
パタン
シャオジュンが窓を閉めてしまった
XJ【帰るよ】
【……】
XJ【クンさんの優しさだね。犯罪捜査に加わってることで勘違いしないようにってさ】
マフィアがシロツメクサの組織と敵対しているのは、あくまでドヨンさんの存在があるからだ。たったそれだけ
マフィアは犯罪組織で、俺も犯罪者だ。生きるためにその道を選んだ
XJ【ショック?】
【……】
XJ【俺は蛇頭にいた頃、ああいうのをたくさん見た。チョンロはだいぶ優しいね】
【あれが?】
XJ【借金返せなかった時点で運命は決まってる。なのに事情を聞いてやる辺り、だいぶ甘い。腹括れって言ってやってるんだよ】
そんな優しさ、焼け石に水だ
XJ【今まではマフィアの仕事に関知しなかったじゃん。何が気になったの】
【目】
XJ【目?】
【あの子の目】
絶望する覚悟は出来ていると、どんなことにも耐えてみせると腹を括って、
【覚悟なんて本物の絶望の前には粉々だよ】
収容所で、同房の男がそんな目をしていた。その目に映る、俺の目も同じだった
【俺と同じくらいなのに】
XJ【割りきらないと、再発するよ】
【また家探しする?】
XJ【必要ならね。ほら、ヤンヤン待ってるし帰るよ】
帰る途中、また彼女を見た。黒服が中年の女性に彼女を紹介している。奇しくも彼らがいる部屋は……
【…ッ窓を閉めろ!!】
XJ【ヘンドリー!?】
彼女が窓に駆け寄ったのを見て、俺も駆け出した。窓枠に足をかけた彼女を引き剥がす。黒服が銃を向ける中、押さえ込む
【…ッ暴れるなって!!】
「嫌!!離して!!触んないで!!」
「ここから飛び降りたって死ねやしないんだよ!!せいぜい大怪我してマフィアのおっさんにガチギレされんのがオチだ!!経験者が言うんだから信じろ!!」
黒服と取引相手の女性は、彼女が逃げると思ったらしい。死のうとしたとわかると、取引相手が言った
「あんたの体はもうマフィアももんだよ。私に身請けされたんだから、きっちり年季が開けるまで働いてもらう。生き死にを勝手に決められると思ったら大間違いだよ」
「殺してやる!!」
「いいね、そのいきだ。自分殺すのは自分を陥れたやつ皆殺しにしてからにしな。でないと死にきれずに化けて出てさ迷うことになるよ」
彼女が黒服に引っ立てられ、またどこかに連れていかれた。シャオジュンに肩をつつかれる
XJ【ヘンドリー】
【わかったって】
XJ【いちいち感情移入してたら、あっという間に酒漬けになる。忘れろ】
【ご忠告どうも】
XJ【……ヘンドリーも、その才能がなかったらああなるはずだったんだ】
【それはない。俺の場合は収容所でくたばってたね】
たまたまその“国”に生まれた俺と、たまたまその家で育ったあの子。同じ目をして、同じ窓から俺は飛び降り、あの子は飛び降り損ねた
世に蔓延る理不尽を理由に弱者を食い物にするシロツメクサと、それを狩るために政府機関と手を組んだマフィア。だがそのマフィアもこうして人に値段をつけている
俺を拾ってくれたあの家族は……シューシーは、今の俺を見て何と言うだろうか
CL【ただのクラブだよ】
チョンロはミカンを食べながら言う
【……クラブ】
CL【高級クラブ。わかりやすく言うならキャバクラ。おさわり禁止、経営は僕名義】
【体で払えとか言ってた!!】
CL【労働力って意味。マグロ漁船とかに乗せた人にも同じこと言ったよ。やだなぁ本気でそういうこと強要すると思ってたの?クン哥ショックだろうな~】
マフィアが何でショックを受けるんだ。ていうか、まぁ、クラブでも嫌は嫌だろうけど
CL【クン哥、そういうの嫌いなんだよ。ボスもね】
【何でマフィアなんかやってんのさ】
CL【それは家業。ドヨンさんとの関係、普通じゃないでしょ】
警官とマフィア。ドヨンさんは坊っちゃんを逮捕しないし、坊っちゃんも当然のようにドヨンさんを守っている
CL【ドヨンさん、妊娠中のお母さんのお腹から引きずり出されて産まれてきたんだって。お母さんはそのまま亡くなった】
【!!】
CL【本当なら、クン哥がそうなってた、マフィアでさえなければ。それを引け目に感じてるんだ】
だから坊っちゃん一家は、女性を苦しめることを嫌う。借金は借金、仕事は仕事、だが一線だけは越えない
CL【あの店は高級店だし、紹介制だし、“商品”に悪さすれば黒服が相手する。そこで働いている限りマフィアの庇護を受けられるんだよ】
【庇護…?】
CL【あの人真顔姫さんレベルで不幸体質。伯父さんにどっかの金持ち男と結婚するよう押し付けられてて、あの人も耐えてたみたいなんだけど土壇場で逃げ出して、結果がこれ。借金、その金持ち男に肩代わりしてもらう予定だったのがおじゃんになってキレたんだろうね】
金をむしられ、売られ、借金を押し付けられ、また売られ
【ヌナさんと友達になれそうだね】
CL【そりゃああの人、女の子大好きだもの】
【……】
CL【クラブ行くつもりじゃないよね】
【……別に】
CL【気になるならシャオジュンかヤンヤンに頼みなよ】
首を捻りかけて、思い出した。クラブとは酒を飲む場所だ。俺はちょっとまずい
でもな~シャオジュンに頼んでもあいつクラブでめちゃくちゃキョドりそうだし、ヤンヤンは入り口の時点で年齢確認されてキレそうだもんな~
CL【僕も親じゃないしとやかく言わない。行きたければ行っていい。飲んだらクビだから】
【……わかったよ】
俺はマフィアの一員で、別に正義でも何でもなくて、彼女からしてみれば憎い相手だ。それなのに気になって仕方がない
ヌナさんにはドヨンさんという守護天使がいた。もしいなかったら、シロツメクサに骨の髄まで喰われていたかもしれない。あの子は、ヌナさんよりも儚そうに見えた
【……はぁ】
きらびやかなネオンが建ち並ぶなか、その店はシックな看板を掲げていた。さすが高級クラブ、敷居が見上げるほど高い
「…あの」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「お待ち…?」
「オーナーから話はうかがっております。こちらへどうぞ」
入り口のスタッフに言われるがまま、異空間のような店内を進んでいく。奥の目立たない席に通された
「チョンロから何て聞いてます?」
「キム・名前に会わせて差し上げるようにと、ただそれだけです。彼女はまだヘルプしか経験がありませんが、オーナーのご友人ということで特別に」
酒のことは聞いていないらしい。試されている
「俺、酒が飲めないんです。だから彼女のぶんと、今いるお客さんに一杯ずつ奢るってことで許してもらえませんか。店からのサービスってことなら悪い気もしないでしょ?」
メニューには値段が書かれていない。冷や汗が出るが、腹を括るしかない。香港にいた頃の貯金はそれほどの額ではなかった上に当局に差し押さえられているが、マフィアに雇われてからの給料はかなりいい。ヌナさんの救出作戦では危険手当てまで出た。まぁなんとかなるだろう
スタッフはにっこり微笑んだ
「そのようにいたします。少々お待ちくださいませ」
「……」
これ、やっぱり酒のこと聞いてたんだな。信用されてない、当然か
スタッフが別の席にいた女性に声をかけている。女性が回りに丁寧に挨拶をしながら、スタッフについてこちらへやって来た
「オーナーのご友人です。失礼のないように」
「はい……はじめまして、私…」
彼女は俺に気づいたらしい。大きな目をさらに丸くさせているが、俺はもっとびっくりしている
野暮ったくひとつに結んでいた長い黒髪を肩の辺りでバッサリ切り、金髪に染めてウェーブをかけている。隈はなくなり、血色もよく、化粧は華やかだが清純さをそこなっていない。深い緑色のロングドレスは裾の金色の刺繍が揺れていて、胸から肩にかけてレースが覆っている
【女神みたい…】
「……?」
「あ、あぁ、ごめん……座って」
気まずそうに隣に座った。スッと名刺を差し出された
「一応、どうぞ」
「……メアリ?これって源氏名ってやつ?可愛い名前だね」
「……ここに来た日、怖くてずっと泣いてたら、マダム…私を買ったっていう女の人に“うるさくて耳にずっとエコーがかかってる”って、だからメアリ(エコー)」
気まずさが倍の重さでのしかかった。やっぱりあのふたりも連れてくるんだったな。悶々としていると、彼女がちらっと店内を見渡した
「私、ひとりで接客したことないんです。退屈なら…」
「ッ違う!!……いやその、ど、どうしても気になって…」
「私が?」
「俺もあの窓から飛び降りたことあるからさ。そのときの傷、背中にまだ残ってる」
俺が飛び降りを止めたときのことを思い出しているのだろう。気まずさをごまかすようにメニューを手に取った
「飲み物、何がいいですか。私のことは気にせず好きなもの、どうぞ」
「じゃあクラブソーダ」
「クラブソーダ?カクテルですか?」
「いや、そのまんまソーダです。俺、お酒飲んじゃいけないの。依存症と闘ってる真っ最中でさ」
するとずっと気まずそうだった彼女がとうとう吹き出した
「ふふっ……ふ」
「ウケた?」
「こういうお店で働くの初めてだけど……禁酒中の人が来るとは思わなかったです」
「ごめんね。君が飲むなら俺が払うし、お店にはお詫びに今いるお客さんに一杯ずつ奢るってことで許してもらってる。それなら君も立場悪くないでしょ」
「そうですね……ふはっ」
笑った顔、初めて見た。あどけなくて、可愛い。中庭で見たときよりずっと垢抜けたし、ずっと明るい表情だ
「ここで働くの、辛い?」
「最初はどんな仕事をさせられるかと怖かったけど、今となってはラッキーかな。安全だし、悪いお客様はあんまり来ない」
「そりゃマフィアが経営してるからね」
「悪質なセクハラは止めてもらえるって。ちょっと意外だった。体で払ってもらうって言われたから…」
チョンロの言い方が悪い。逃がさないために脅しつけてたのかな
「最初の一週間でみっちり仕込まれました。高級クラブだからそれらしく見えるように、メイクとか所作とか、話し方まで。今でもまだ厳しく言われます」
「びっくりした。大変身だね」
「ドレスはお店が用意したものですけどね。でも気に入ってます。髪を染めたのも初めてで…」
「女神みたい」
口が滑った
「……気を遣ってるんですか?」
「えっ」
「あのとき止めてくれて感謝してます。今となってはいい職場だと思います。先輩たちも似た境遇の人が何人かいて優しくしてくれるんです。だから逃げずに働いてお金返します」
「俺のお金じゃないからそこは割りとどうでもいい……あ、でもいい職場ならよかった。そこが心配で来たんだし」
「優しいんですね」
そうでもない。今までは自分のことばかりで、ヌナさんを守れればそれでいいと思っていた。だからマフィアがどんな組織か気にもかけなかった
「君だからだよ」
「……んん」
「メアリさんって呼ぶべき?同い年なんだけど」
「好きに……えっと、変わった人ですね」
「よく言われる」
と、スマホが鳴ったので確認するとシャオジュンからだった。『大丈夫?』……バレてるなこれ
「ごめん、帰らないと。あと金銭的理由と健康上の理由でお得意さんになってあげることは出来なそうかな」
「そうですね。毎回クラブソーダじゃ割りに合わない」
「君に会えるならそれでもいいかなって思うんだけど、チョンロに脳天ぶち抜かれたくない」
彼女は変な顔をした。俺はすこし考えて、言った
「もう一枚名刺くれる?」
「?…どうぞ」
受け取って、黒服に借りたペンでその裏に番号とアドレスを書いた。
「俺はヘンドリー。これ持ってて」
「これ…」
「ナンパと思ってもいいけど、困りごとがあってもなくても、いつでも連絡して。あ、ただ俺ハングル読むのも書くのも遅いからメールだと返信遅くなるかも」
「……友達になってくれるってことですか?」
「まずはそこから始めたいなって」
下心は隠してもバレそうなので正直に言うと、彼女はまた吹き出した
「俺こう見えてもマフィアだし、ちょっと特殊な特技があるから力になれる。いつでも頼ってね」
「ふふ、ありがとう」
「連絡待ってる。お茶の誘いとかでもいいよ、それじゃ」
「メアリって呼んでください」
席を立とうとして、振り返った。きらきら、シャンデリアの明かりで綺麗な髪が光る
「本名で生きていた頃より楽しいんです。縁起がいいから、その名前で呼んでほしい」
「……またね、メアリちゃん」
丁寧にお辞儀をしてくれて、そのあと、友達にするように手を振ってくれた
会計とか、シャオジュンの小言とか、ヤンヤンの冷たい目線とか、チョンロの銃口とか、いろいろ怖いけど、それでも来てよかった
起きてすぐにアカウントをチェックすると、彼女からメッセージが届いていた。朝から気分がいい。身支度して、シャオジュンが淹れたコーヒーをもらって、PCの前に座る
ヘッドセットをつけてからメッセージを開くと、いつものように録音データが添付されているだけだった
『ドリーくん、おはよう。メアリです』
初めてメッセージが来たときは嬉しさと、何かトラブルかと警戒する気持ちで慌てて開いた。メアリはハングルが完璧ではない俺を気遣い、ボイスメッセージを送ってくれるようになった。一度下書きをして、それを読み上げているらしい
“ドリーくん”は彼女が俺につけたあだ名だ。羊みたいだけど、気に入っている
『昨日は先輩に誉められました。ヘルプについた席にいたお客様がとても感じ悪くて、でもうまくかわしてフォローできたって。一番厳しい先輩だったので嬉しかったです』
【ふはっ……朗読なのに、嬉しそう】
『それと、ドリーくん以外で初めて私を指名してくれたお客様がまた来てくれました。いいお客様で、紳士的です。大学で難しい研究をしているそうですが、私と話しているといい息抜きになるんだそうです』
メッセージのやり取りでいくつかわかったことがある
メアリは真面目で、人当たりもいい。中心で盛り上げるよりはひとりひとり和ませるといった感じで、話していると癒される。それと、お酒はけっこう強いらしい
猫とアイスクリームと古い洋画が好きで、お化けとグレープフルーツと注目されることが苦手
『先週、初めてお給料をもらいました。一部は借金返済として自動的に抜かれるんだけど、それでも今までよりもうまく貯金できそうです。マダムが安いお部屋を見つけてくれたおかげかな。正直ギリギリ生活費以外は全部持っていかれると思ってたから驚いてたら、この街じゃなきゃそうなってたって言われました』
【やっぱり変わってんだな…】
『もうすこし貯めたら、テーブルを買おうと思います。食事を床置きってよくないから。いつかドリーくんにもお礼として、美味しいものをごちそうできるように頑張ります。命の恩人だからたくさんごちそうしないと』
会える口実ができたと思ってガッツポーズした。そのときまでにヌナさんにテーブルをつくってもらおうかな…
録音を最後まで聞き、返信しようとメモを探した。俺の場合は下書きではなく、話したいことを母国語で箇条書きにしてから吹き込む形だ。床に落ちていたペンを取ろうとヘッドセットを取って立ちあがり、振り返った
【……何してんの?】
XJ【にやにやしちゃって朝からやらしいっ】
YY【何見てたの?AV?】
【関係ないだろ】
このふたりのまえで手紙を吹き込むのはやだな
【出てけよー…】
YY【心配なんだよ、騙されてないか】
【ホステスしてるのはあの子のせいじゃないし、仕事以外で騙したりするような子じゃない】
YY【そっちはどうでもいい。心配なのはヘンドリーが実はシャオジュンが泣いて逃げ出すほどの変人って知ってフラれるんじゃないかってこと。猫かぶってんでしょ?】
【喧嘩売ってんのぉ?】
YY【心配だな~ヘンドリー顔だけは王子様だから】
俺の顔を見て、シャオジュンが一足先に逃げ出した
【……さてヤンヤン】
YY【なぁに、恋愛相談?有料だよ】
【俺ならこの家の警備システムにハッキングしてお前が寝てるときにお前の部屋のスプリンクラーだけ作動するようにプログラム書き換えることができるんだけど】
やっとひとりになれたので話すことを考えようとしていると、今度はハンソルさんが入ってきた。野郎四人、遠慮のないシェアハウス。なかなかひとりになれない
HS「入れあげてるな」
「そんなんじゃない。店にだってあれきり行ってない」
HS「メリーさんのためにここまでしてやってんのに?今まではマフィアの仕事に興味なかったくせに」
「メリーさんじゃない、メアリ」
俺がドリーくんだからちょうどいいか、メリーさんの羊みたいで
HS「姪売ってトンズラした伯父を探してやってんだろ。優しいね」
「思ってもないくせに」
HS「だよなぁ、下心あるもんな。写真見たけど確かに美人だよな」
「減るから見ないで!!」
HS「可愛いね~初々しいね~若いね~」
【ハンソルさんっていくつ上?】
クッションで殴られた
もし伯父に返済能力があれば、なくてもマグロ漁船にでも乗せれば、メアリが返済する必要はなくなる。そこまでうまくいかなくても返済額を減らすことができる
HS「進捗は?」
「カードも使われてないし携帯も……親族のところにも行ってない。いくらなんでも国から出たとは思えない」
HS「というよりむしろ街すら出てないんじゃないか」
顔を上げるとハンソルさんは俺が調べた伯父の情報を見ながら言う
HS「全部若い娘に押し付けて金を巻き上げてきたぐーたらで、マフィアの借金トンズラするようななめ腐った男だぞ。姪売ってチャラと思ってる。そこが盲点だよ」
「……そんな馬鹿なの?」
HS「金貸しが“どうもマフィアですお金貸します”なんて看板出してると思ってんのか。入り口は普通の小さい金貸しだ。ちょっと頭がよけりゃすぐに気づくだろうけど、その頭もアルコールで溶けてる」
【マジか…】
HS「ギャンブル好きなら市内の競馬場とか探せ、潜りの賭場も。手伝おうか?」
「……ひとりでやる。仕事もちゃんとやるから」
するとハンソルさんは俺の頭をぽんぽんと撫でた
HS「荊の道だぞ」
「……わかってる」
マフィアで、当局から隠れていて、法的には死んでいる。結婚どころか、シューシーたちのいるこの町では外出にも気を使う
あの子にはもっと明るく生きてほしい
HS「諦める必要はない。射止めてみせろ。そのかわり、ちゃんと覚悟させてやりな」
「……」
HS「マフィアってことは知られてるんだ。組織とか香港でのこととかは言わなくても伝わる。ちゃんと覚悟できてれば……その子のタイミングで離れられるだろ。どのみちお前は辛いけどな」
「……俺がメアリを好きだって前提で話してない?」
HS「シャオジュンが初恋に浮かれる中学生みたいで可愛いって言ってたぞ」
絶対泣かす
2週間後、俺は再び坊っちゃんの家に来ていた。敷地内なのでもういいだろうと、車を止めてトランクを開ける。警備がすっ飛んできた
【何してる!!】
【そんなミサイル持ち込んだみたいな顔しないでよ。雇い主への点稼ぎだよ】
【ずいぶん物騒な点稼ぎだな。ひとりで運べる?】
【手伝ってくれるの?ありがとう】
警備のお兄さんとふたりでそれを中庭まで運び込んだ。メアリを初めて見たときと同じように、数人が膝をつかされている
それをドサッと下ろし、ファスナーを開けるとチョンロが顔をしかめた
CL【ちょっと、何のつもり?】
【危険物じゃないよ】
CL【遺体袋運び込んどいて?中身は?】
「ほら、さっさと出て」
中身を引きずり出し、目と口のダクトテープをひっぺがす
CL【……おやまぁ】
【キム・名前の伯父、見つけたから持ってきた。これで彼女にもう用はないでしょ】
CL【……】
【いいじゃん、ひとりくらい贔屓したって】
もしこの男が使えなくても、そうなったら今度はメアリの元婚約者を使う。どんなに卑怯でも、どうでもいい
俺が命を懸けてでも守りたいのはヌナさんと、シューシーたち家族と、メアリだけだ(シャオジュンとヤンヤンはどうせ俺より強い)
CL【なるほどね…】
「何…ッ何なんだ、何で俺が」
CL「借金を姪に押し付けてトンズラこいたのはあなたでしょうが。あのお嬢さんならじゅうぶん稼げそうだけど、あいにくうちの坊っちゃんはあなたみたいなのが大嫌いでね」
「坊っちゃん…?」
CL「マフィア相手に舐めたマネしてくれたね。内臓でも抜いてやりたいとこだけど、使い道なさそうだもんね」
チョンロが指を鳴らすと、黒服たちが男を引きずっていった
CL【クビにしようか?】
【俺!?酒は飲んでないよ店に聞いて……仕事もちゃんとしてる!!】
CL【彼女だよ】
【……クビにはしないで、ただ自由だとだけ】
あの店は安全だ。水商売だが、ちゃんと女性を守ってくれる。しばらくはお金が必要になるだろうし、下手に放り出してたちの悪いのに引っ掛かったら可哀想だ
CL【過保護ぉ…ドヨンさんみたい】
【ちょっと】
CL【痴情の縺れに発展させないようにね。ちゃんと面倒見てあげなよ】
【わかってる】
チョンロはため息をつき、他の債務者の対応に取り掛かった
車で家に戻る途中、電話がかかってきた。スピーカーホンにする
「もしもし」
『ドリーくん!?』
「メアリ?どうしたの?」
『ドリーくん聞いて、私ね、借金なくなったの!!』
声が明るい。興奮して喋っている
『今さっきマダムから電話がかかってきて、私は自由だって…』
「よかったじゃん。おめでとう、正しいことだよ」
『理由を聞いてみたら、守護天使に聞けって。ドリーくんのことでしょ?』
守護天使。話が大きくなっている
「……勝手なことしちゃった」
『え?』
「君の伯父さんを探して、マフィアにつきだしたんだ。借金した本人が返すべきだと思って」
『どこにいたの?』
「競馬場の近くの公園。ホームレスの溜まり場なんだ」
メアリは黙っている
「怒ってる?」
『ううん、感謝してる。でも伯父さんが心配で……ちゃんと治療してもらえるかどうか』
「伯父さんは飲みすぎで肝臓痛めてる以外は健康だよ。癌ってのは君を縛り付けて金を巻き上げるための嘘だ。薄々気づいてたんじゃない?」
『……』
「胸を痛めてやる必要なんかない。ね?俺って優しくないでしょ?」
頼る相手もなく、寂しさを伯父からの横暴でまぎらわしてきたのだ。そういう優しくて純粋な子は、食い物にされやすい
「……守護天使だよ」
『…え?』
「俺は守護天使。だからいつでも見守ってるし、助けてあげる。メアリをいじめるやつはやっつける」
『……やっぱりドリーくんは優しいね』
声に涙が滲んでいる。あぁ、こんな電話越しじゃなければ抱き締められるのに
「お店はやめるの?」
『続けさせてくださいって言った。しばらくお金をためて生活建て直して、何か資格取ろうかなって。お店でずっと働けるとは限らないし、先を見据えてね』
「逞しい、そのいきだ」
『でもまずはドリーくんにごちそうしないとね。テーブルより先に、守護天使に恩を返さなくちゃ』
よし来た、口実
「よければ安くて質のいい家具職人を教えるよ。完全オーダーメイドだし、他で買うより安いからさ」
ヌナさんもメアリを見たら張り切ってくれそうだ