このお話は高生紳士くんのチャンネルで配信された「星へ至る棺」の二次創作小説です。
https://youtu.be/wY-vmGwiI3c
※※
シナリオのバレ、動画のバレがあります。
昔一瞬使ってた別垢でちょろっと公開していたもの。
@aricosyyim
・
ほぅ……と吐き出した息が、夜の澄んだ空気を白く染めて消える。空調のないこの屋根裏部屋はとても寒い。これまで裕福な暮らしをしてきた僕が最初に迎える「寒い夜」だった。
冷える爪先を丸めて、毛布に潜り込む。
「秋の夜って、そういえば寒かったよねぇ」
などと、分かり切っていることを声に乗せて、震えの止まらない唇を噛む。
今夜はこの秋一番の冷え込みだそうだ。
僕の家は少し前まで裕福だったものだから、僕は初めて体感する晩秋の夜の寒さに震えながらも、こうしてそれを実感している自分自身に感慨を抱いていた。
「寒いや......。寒いねぇ。ライカがいてくれたらもう少しはあったかかったのに」
この場にいない愛犬の名前を呟いて、たった今感慨を抱き寄せた胸に、更に毛布を抱き込む。カタカタと歯を鳴らしながら、それでもなんとか眠ろうと目を閉じた。
「……って、眠れるわけないよね!?」
がばりと起き上がる。寒すぎだよ! これは眠れるはずがない。仮にほんの少し眠れたとしても、この寒さだ、きっとすぐに目を覚ましてしまうだろう。
「ホッカイロ買ってこようかな……」
ひとり静かに呟いて、首にストールをぐるぐる巻いた。顎が埋もれるくらいの方が口元が温かくて良い。靴を履くと、静かに深夜の街へとくり出した。
呼吸のために吐き出す息が白い。寒さに耳がキンと冷えて、落ちてきそうな鼻水をズズとすする。この寒さに、目前まで迫る冬の気配を感じて少しだけ切なくなった。
コンビニまでのそう遠くない道のりを歩きながら空を見上げる。暗い夜空には、宝石箱から零れ落ちた宝物みたいな輝きが散りばめられていた。
「うっわぁ……! 星キレイだな」
人通りも、車通りもない深夜の住宅街で一人ひっそりと呟きながらその輝きに手を伸ばす。
僕には、宇宙を見た記憶がある。記憶があるという言い方がきっと一番正しいだろう。今この瞬間、僕の指先が示す空の、さらに先へ行った記憶がある。だからだろうか、僕は、この星で産まれる前の僕よりも、星を見ることがいっそう好きな僕になっている気がする。
それは僕が「今この星で生きていることを実感できるから」……かな。いや、そんな大層なものじゃないかもしれない。宇宙は広くて、夜空に輝く星は綺麗。僕は星空が大好きで、宇宙が好き。ーー それくらいの理由かもしれない。でもさ。
「命も、見てたりしないかな。見てるといいな」
同じ空を見ることが出来る幸せ。なんて、ささやかなことに思えるけれど、それは本当に幸福なことなのだと、僕はきちんと知っている。
同じ星空を見ていたいと思える相手と、同じ星で、同じ国に生まれ落ち、巡り会い、そして同じ星で生きている。それがこんなにも幸福だって、僕はちゃんと知っている。
……でもさぁ。
「寂しいよ命~~」
吐き出した弱音は、晩秋の空気が攫っていた。
とぼとぼと引き続きコンビニまでの道を歩いていると、正面から背の高い男が歩いてくるのが見えた。彼は黒いスーツの上に黒いコートを纏っていた。こんな深夜にこの道を歩いているのだからきっと仕事帰りのサラリーマンだろう。残業かな、お疲れ様。そんなことを心の中で思っていると、男はすれ違いざまに「お元気そうで何より」と僕の耳元で囁いた。ええと、どこかで会ったことがあっただろうか。父さんの知り合い? それとも。
「え」
いつ会ったんだっけ。と問いかけようと思った瞬間、チカリとひとつ瞳の奥で星が弾けた。ちか、ちか、とまるで切れかけの電球みたいに視界が点滅して、そしてブツンと途切れた。
◇
「あ……れ、ここどこ?」
目が覚めるとそこは草むらの上。どうやら眠ってしまっていたようだった。僕は住宅街の暗い道をコンビニに向かって歩いていた所だったのに、目が覚めると晩秋の寒空の下、草の上で眠っていた。
「はっくしょん!」
ぶるりと身震いをした瞬間、鼻の奥がツンと痛くなり、込み上げるままにくしゃみをした。
「誰だ」
「え」
突如、かけられた声に体を起こして、視線を向ける。
そこには、なんと、僕が与えたメイド服の上に学生物のカーディガンを羽織った命の姿があった。
「え……っ⁉︎ ええ! 夢⁉︎」
「うるさい」
「う、だって、そりゃあ、会いたかった人がいきなり目の前に現れたら夢かなって思うよ!」
命は昔と何も変わらないクールな表情で僕のことを見下ろしていた。そして僕は草むらに座って命を見上げている。命の向こうには美しい星空が広がっていた。
(ああ、宇宙は命の向こう側。今、僕と命は同じ星の上にいる)
「命……みこと、会いたかったよォみこと~~」
「俺は別に会わなくても良かった」
「ぅ、でも、僕は会えて嬉しいよ。寂しかったからさぁ」
命の、ガーネットのような、苺のような色をした瞳がこちらに向けられて、彼は僕の前に座った。寒空の下、草むらの上で男二人が向き合って座っている(しかも命はメイド服を着ているし)のは何だかおかしい。くすりと込み上げた微笑みを唇から零し、命を見ると、命はスッと人差し指で空をさした。
「お前は、アレみたいなものだ」
「あれ?」
命が指で示すのは、宇宙......ではなく、夜空。視線を向けると、そこには美しい星々がキラキラと瞬いていた。
「俺にとってのお前はアレだ」
「星ってこと? それは嬉しいな」
「北極星」
「え」
「ずっと変わらずそこにある。それがお前だ。俺に命令を与える人間は増えても、俺に名前をつけたのは主だけだろう」
「ーーっ」
「俺にとっての主はアレだ。きっと、お前にとっての俺も空にあるだろう。それを見れば寂しくはないんじゃないか?」
命の言葉はいつもストレートに心に落ちる。なんの遠慮も躊躇いもなく吐き出される命の言葉が好きだった僕は、やはり今この瞬間も同じようにそれをとても好きだと思うのだ。
「命……」
命に向かって両腕を伸ばす。彼はそれを拒むことはなく、けれども抱き返してくれることもなく、ただ僕に抱きつかれている。そういう所もやっぱり大好きで仕方がない。
「みこと、会えて嬉しい」
ぎゅうぎゅうと抱き締めていたら、さすがに鬱陶しくなったらしい命に引き剥がされた。
それからは、命が住んでいるのだというダンボールの上に並んで座って、命と少しだけ話をした。命が最近体験した出来事のことや、最近食べた植物の話など。淡々と話す命の声を聞いていると、胸の内が温かくなる。
「ねえ、命。僕は命が自由に生きる邪魔はしたくないんだけど、でも、すごく、すごく、ずっと君のことが好きだから、それは忘れないでね」
「言っただろう。北極星はずっと同じ場所にある」
「うん」
頷いて、命を見た瞬間、ちか、ちかと、瞳の奥が点滅する。そして強い光に眩んだように、白む視界に目を細め、閉じた。
僕は屋根裏部屋で目を覚ました。
毛布をかぶっているが、相変わらず寒い。買いに行ったはずのホッカイロはなく、会っていたはずの命もここにはいない。
「命、元気そうで良かった」
一人呟いた声は、冷たい部屋の空気に溶けた。
晩秋。
これから冬が来る。
澄んだ空に輝く北極星はきっと命も見ているだろう。
・