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せんせ詰合せ

全体公開 1 10 30611文字
2021-05-09 01:46:02

5枚分!!!!できました!!!!
p1 ユウリちゃんとマサルくん
p2 笑顔のキバナさん
p3 にょたのお二人
p4 ソニアさんにほっぺた摘まれるダンデさん
p5 竜の遺伝子入ってるキバナさんと研究者のダンデさん

Posted by @nabibi47

◇ユウリちゃんとマサルくんのお話

マサルは、私の世界で一番のお兄ちゃん。
誰よりもマサルが一番、自慢して回っちゃうくらい大好きな、優しくて強くて格好いいお兄ちゃん。
いつだって味方でいてくれて、いつだって隣にいてくれる。
楽しくて大きな声で笑ったりする時も一緒、怒ってめちゃくちゃな声で喚く時も一緒、悲しくて押し殺す声で泣く時も一緒、嬉しくて華やぐ声に喝采をあげる時も一緒。
双子の少しだけ早く産まれた兄に、私はべったりでお母さんは少し困っていた。
けれど、マサルが許してくれたから私はその一番近くを離れなかった。
だからそう、これから先何があったって私の一番はマサルだけだって思っていたの。
マサルよりも私の中を占めるものなんて、絶対にないって思ってた。
だけど、世界っていうのはちっぽけな私には想像がつかないくらい、簡単にこぽんっと転覆しちゃう。
だから、私はこんなにも落ち込んで逃げ込んでしまった。
「ゆーりぃ、いい加減にしたら?」
「やだ、まだ、くっついてる」
「はいはい、あぁゴンベ今日はユウリのゴリランダーが表にいるよ、うん遊んでおいで」
久しぶりの帰省、チャンピオンという立場になってから怒涛の日々を過ごしていた。
ジムチャレンジを乗り越えて、チャンピオンへの挑戦権をかけたリーグを突破し、そうして最後、王座についたガラルの頂点を打ち破った。
私がここまで駆け抜けて来れたのは、何も一人の力じゃない。
私の大好きな相棒たち、自慢の兄の応援、そして、そうして、そう、私がここまで走って来れたのは。
黄金の瞳、決して折れることのない真っ直ぐな心、私の太陽になったあの笑顔。
頭を埋めた私の天辺に座り込んだ男の子に、けれど、しょんぼり眉が下がった。
気がついたら、私は彼に、ホップに勇気つけられてきた。
どんどん先を走って、弱さも噛み締め乗り越える強さを教えてくれた。
大好きな、大親友であり、ライバルだ。
今の私の宝物、それはマサルとホップだ。
だけど、そんなホップと、私は。
うぅうっ、呻いて私はマサルのお腹に顔をぐりぐり擦り付けた。
帰宅すると同時、実家のリビングに駆け込んだ。
ソファに腰掛けたマサルを見つけてそのお腹にダイブ、ぎゅむりとくっつき顔を埋めていた。
そんな私をマサルは仕方がないなと受け止めて、するりするりと髪をすいて整える。
だからその手に甘えた。
そうして、ぼそりと呟くのだ。
「ホップと、喧嘩した」
ぐすんと鼻を鳴らしてぎゅぅうぅと力を込めれば、マサルは何も言わずにぽんぽん頭を撫でてくれた。
なんてことはない、ちょっとした喧嘩だと人は言うだろう。
だけど、私はホップと喧嘩をしたのなんて初めてでどうしたらいいのかわからない。
いつも、二人ともコートを降りればただの大親友で、なんだって話したしなんだって笑い合えた。
なのに、私がそんなホップに酷いことを言ってしまった。
ぐずりぐずりと内側をぐずつかせ、私はマサルにしがみつく。
頭の中を巡った記憶は、とっても苦い味がした。
チーゴみたいに、いがいがとした苦いものでできていた。
キャンプをしたかったのだ。
ここのところ、家にも帰れずホテル生活で朝から晩までたくさんの人に会ってはチャンピオンの顔を見せ続ける。
知らない人と代わる代わるにお話をして、相棒たちとは遊んでもやれずフラストレーションが溜まるばかり。
限界を迎えてぐしょぐしょになったところで、ダンデさんがどうにかこうにか一日だけ休みを取ってきてくれた。
疲れたよな、こう言う時はライバルとバトルでもして発散してくるといい。
そんな言葉に私はうきうき浮かれてしまったのだ。
だから私はホップをキャンプに誘った。
バトルはできなくても、お話しするくらいはしたい。
意気揚々と電話をかけた先、ホップは困ったように私を断った。
「ようやくレポート終わったんだ、今日は疲れてるから明日にしようぜ」
そんな一言に、がんっと傷つく私はいやなやつだ。
わかってる、疲れた体でキャンプなんて危ないからやっちゃダメ、わかってる、ホップはちゃんと明日を約束してくれていた、いやじゃなくて、体調が整ってないと私を困らせちゃうかもしれないから、だから次の約束を出した、わかってたのに、でも私のお休みは今日しかないとなんだか悲しくなってしまった。
瞬間、ぶわりと涙がぼろぼろ溢れて、思わず言ってしまった。
「ホップはもう、私と遊んでくれないんだ」
恨みがましいむくれた声がきっかけで、何を言い合ったかはわからなくなってしまったが電話口に言い合いになってしまった。
あんなに人に対してたくさん強い感情を向けたことがない。
寂しくて、寂しくて、寂しくて、そればっかりに言葉を重ねていた。
ホップも俺だって遊びたい、って言ってくれてた。
なのに私は。
電話を無理矢理切って、私はすぐさまハロンに飛んだ。
そして、現在、甘えに甘えることを許してくれるマサルにしがみついていた。
よしよしと私を撫でてくれるマサルの手に眉をググッと寄せあげる。
顔を持ち上げ見せた顰めた顔に、マサルはふっはと吹き出す。
解すようにぐにぐに親指が当てられる眉間に、私は少しだけ強張る表情筋を解いていった。
「ユウリは、自分が悪いってわかってるんだね」
「うん、ホップは、悪くないの」
いつだってホップは、私の手を引く。
ユウリは仕方ないな、なんて兄貴分ぶって前を歩いてくれる。
頼もしくて、格好いいしっかり者の男の子。
そんなホップに私は酷いことを言った。
チャンピオンに続く道を、ホップは一緒に駆け抜けてくれた。
私の天辺の大好きに、マサルと一緒にいてくれるホップ。
そんな大好きなホップと、喧嘩をしてしまった。
なんだかこんな自分が恥ずかしくなってきゅっと唇を引き結ぶ。
じわりと色づいたほっぺたに、マサルはくすくす控えめに笑う。
それからふにりと頬を包んだ片手は、双子なのに私よりも大きかった。
「喧嘩したの初めてでびっくりしたんだよね、でも、謝りたいだろ?」
……うん」
「可愛い僕の妹、君はちゃんと謝れるよ」
マサルの言葉は魔法みたい。
ふわふわとろりと優しく心を撫でてくれる。
瞬きにもすんっともう一度、マサルのお腹に顔を埋めた。
さらさらと撫でられる髪に、うとりと目尻を下げていた。
ぱたりと玄関から音がする。
お母さんお庭の手入れに出たのかな。
思いながら、すりとマサルのお腹に頬を擦り寄せた。
「ほら、ホップも仲直りしたいよね」
「え」
唐突な名前に、ぱっと顔を持ち上げた。
それから慌てて振り返る。
その先では、スマホロトムを周りに浮かべたホップがいる。
どこかバツが悪そうに、けれどもしっかりこちらに歩み寄る。
まさか。
ぱっと見回した先、天井付近に少し申し訳なさそうな顔をした、マサルのスマホロトムがいた。
じわじわ、じわじわ、這い寄る熱がある。
まさか、ずっと、私が来てからずっと、通話してたとか。
きっとそうなのだろう。
マサルのスマホロトムはすぃんとこちらにやってくると、通話終了の画面を見せたのだった。
次にはぼふんっと音を立てるようにして赤面した。
わなわな震えた私の背後、ホップが呼ぶ声がする。
情けない泣き言をいっぱい聞かれちゃった。
どうしよう、呆れられる。
ちゃんと謝ろうと思ったのに、頭が真っ白になってしまった。
真っ赤になって動けない私、ホップは両膝をついて目線を合わせる。
私と同じくらい、赤いほっぺたが目にふわりと入り込む。
だけど目元は疲れていて、申し訳なさにぐぐっと目の奥が熱くなる。
ホップの手が伸びる。
ぽふりと私の頭を撫でた掌は、マサルより、少しだけ大きかった。
「ユウリはちょっと、マサルに甘え過ぎだぞ」
「あ、ぁえ」
「いや、ちがう、そうじゃなくて、だな」
「ほ、っぷ」
辿々しく呼んだ先、頭をがしがし掻いたホップは唸る。
それから、瞬きにきゅうっと寄せあげられた眉があった。
ふにゃふにゃと弱り切った顔つきで、私を見つめるから思わず口が動き出す。
優しいマサル、ありがとう。
私に勇気をくれたのだと、マサルから離れてホップに向き直った。
「ひどいこと、言ってごめんね」
だから、仲直りしてほしい。
うじゅりと歪んだ目元に、ホップは慌てる。
それから大きく頷いて、私の肩を優しく撫でた。
「俺も、ごめんな」
空気がふわふわ緩んだ気がした。
二人とも自然とほっとした息を漏らした。
何を考えるでもなく同時に両手を広げて、同時にお互いに抱きついた。
ぎゅむぎゅむ、きつく背中に回した手で温度を分け合う。
安心して、とってもあったかくて、二人小さく笑ってしまう。
よかった、ホップと仲直りできた。
へへっと笑い合いゆったり離れて、ソファのマサルに二人で目をやった。
マサルは何でもできてしまう。
私たちを簡単に引き寄せてくれる。
格好いい、世界で一番のお兄ちゃん。
仰ぎ見た先で、けれど、マサルはふにゃりとら眉を垂れ下げて頬を掻いていた。
少し困ったような顔つきに、目を見開いた。
マサルは、はぁあぁと肺にある空気、全部出しちゃうんじゃないかってくらい大きく息を吐き出して、ソファを降りた。
それからへなへな私たちの間にへたりこむ。
伸びてくる手は、私とホップの肩に回って引き寄せる。
ぽすんっとホップと一緒にマサルにもたれれば、よかったぁとふやけた声が落ちていた。
「僕、勝手なことしちゃってたら、どうしようかと」
少しだけ震えていた手に、驚いた。
ふにゃふにゃ垂れるマサルの眦は、ちょっぴり可愛い。
マサルは思い切りはいいのに、後から及び腰になる。
よかったぁとまた声をあげて私たちにくっつくマサルは、さっきまでの格好いいお兄ちゃんから傾いている。
ホップは大好き、だけど、マサルはやっぱり生まれた時から大好きで堪らない。
くふりと笑う。
ホップも小さく笑うから、マサルはきょとんと目を丸くする。
そんな姿にまた胸をきゅうきゅうさせて、私はそのまま両手を伸ばして飛びついた。
わっと驚きながらも、受け止めてくれるマサルのほっぺたに私はむにりと自分のほっぺたをくっつけた。
「何だよ」
「んふふ」
私たちを一番に大事にしてくれる兄。
そんなマサルが大好きでいっぱいの気持ちは溢れて止まらない。
私が泣きつけばいつだって、マサルは最後までそばにいてくれる。
私が笑えるようになるまで、そっと寄り添い近くを許してくれる。
そんな私たちの大好きに、自然と溶け込んだホップにだってマサルは気持ちを寄り添わせる。
そうして最後、みんなで笑えるとマサルも嬉しそうだから、なんだかとってもおかしいの。
私の世界で一番のお兄ちゃん、格好良くて賢くて思いやりに溢れてて、それでもって可愛いんだから無敵なんじゃないかと思う。
私はふにゃふにゃ眦をさげてしまいながら声を弾ませる。
「かわいい妹からかわいい兄様へ!」
この体中にある大好きを目一杯に伝えたい。
うにうにほっぺた同士を寄せる私に、僕じゃないだろと呆れるマサルがいる。
ホップはそんな私たちにむずむず体を揺らして、最後、両手を広げたのだった。
「お前らってほんとに、二人揃って可愛いぞ!」
「わわっホップ!待って」
「うぷっ!ふふっあはは!ホップ重たいよ!」
そうして上からがばっと私たちを丸ごと抱きしめようとする腕がある。
ごろりんどっしん、三人分の体幹が一気に崩れればもみくちゃに全員で床に転げ回ってきゃらきゃら笑う。
戯れ合う私たちに、すごい音したわよとお母さんが飛んでくるまであと少し。
そんな誰も知らないカウントダウンが進む、賑やかな休息日のことだった。

◇キバナさんの笑ったお顔のお話
思えば、キバナが自然体で笑った顔一つ、俺は見たことがなかった。
キミと俺が会う場所は、決まってコート上ただ一つ。
そうとなれば、常にキミは獰猛な竜となって俺に牙を剥いた。
荒れ狂う激しい気性で獲物を食い破る。
俺にとってはそれが普通だったし、彼は元来好戦的な部分が大きいのだろうと思っていた。
しかして、俺の認識は間違っていたという。
唖然として、口元にカレーを運ぶ手が止まった。
「キバナさんって、ほにゃほにゃしてるよね、穏やかっていうかさ」
もっと怖いと思ってたなんて、笑ったソニアに俺は唖然としてスプーンを止めてしまう。
キバナが、ほにゃほにゃしていて穏やか、俺の知っているキバナと違う人だろうか。
休暇にブラッシーの研究所まで足を運んだ先、丁度昼食にカレーを用意したソニアがいた。
にこにこ席につけば、彼女は盛大なため息と共に、大盛りにする?と尋ねてくれる。
俺は大いに頷いて、満足にありがとうとお礼を口にした。
ソニアは呆れながらも一緒に席につき、最近のホップの様子だったり、研究の進捗だったりを聞かせてもらった。
その延長で語られた言葉に俺は驚いてしまう。
ソニアは固まる俺に首を傾げながら、カレーを掬って口に運ぶのだった。
「宝物庫の見学させてもらった時とか、朗らかで、ずっとにこにこお話ししてくれたの」
どうやら、俺の知るキバナで間違い無かったらしい。
へぇと小さく頷き、スプーンをまた動かし始める。
にこにこ、するのか。
キバナは俺には見せないのに、ソニアには見せたのか。
なんだか、もやりとした。
だって、俺の方がずっと長くキバナと向き合ってきた。
チャンピオンとして君臨した十年間、俺の前から一度も退かなかった男はキバナだけだ。
毎年、あの天辺のコートには、キミがいた。
なのに、俺が知らないキバナがソニアに知られている。
不満だ、俺には好戦的な牙を剥いた姿しか見せてくれない。
俺を仕留めようとする荒々しさだけでキミはできていた。
うぐりとスプーンを噛むと、ソニアがお行儀悪いよと目を眇める。
ソニアの叱りの気配に小さく肩を竦めながら、ぱたりと瞬きをした。
それからふと、あっと気がつく。
考えてみたら俺、キバナと普通に喋ったことないな。
ショッキングなことに、俺はキバナと出会って十年近くになるが自然体の彼と話したことがない。
仕事柄、メディア撮影などはあるが、そこでは控え室も違うし、試合終わりのインタビューに関していえば一緒に受けることもない。
俺は、コート上のキバナしか知らない。
これはすごく勿体無いことではないのだろうか。
今更なことに、がんっと衝撃を受けてまた動きが止まる。
ソニアはそんな俺の様子に眉を顰めて、溜息混じりにかぶりをふった。
「なぁに、変な顔」
「いや、うん、うぅん」
もやもやした胸を抱えてずぷぅとカレーにスプーンを差し込んだ。
そのまま項垂れる俺に、ソニアはぱちぱち瞬いてにまぁとする。
それからとんっとんっとテーブルを指先で叩いて俺の意識を吊る。
ぱちっと向かう視線に、ソニアはにんまりとして上目を向かせていた。
自然、俺は危機回避に視線をずらす悪手に出てしまった。
「羨ましいんだ」
別に、そんなんじゃないぜ」
「うっふふ、嘘だね。ダンデくん」
逃した視線に指摘が入る。
苦い顔で目を瞑って完全な逃げに出れば、ソニアはきゃらきゃら笑って俺を呼ぶ。
だから、渋々に瞼を持ち上げれば、その先で楽しそうに眦を下げたソニアに出会う。
俺は降参に顎を引く。
そんな仕草にソニアは目を細めた。
「今はもう、チャンピオンじゃないわけじゃん?」
「死体蹴りとは酷いな」
「しーらなぁい、まっ個人的にはイメージ戦略とかもう必要ないって思うのよね」
そういうつもりで、普段話をしていなかったわけではない。
単純に、俺は試合だけしていてくれれば満足だっただけだ。
あの場所以外の、キバナはいないと、知らないでいただけだ。
知ってしまえば見たくなる、あるとわかれば欲しくなる、そういうタチで俺はできている。
むぐりと口元をまごつかせる俺に、ソニアはゆるゆる微笑んで見せたのだった。
「羨ましいって思うなら、それはダンデくんがキバナさんと仲良くしたいってだけの話でしょ」
素直になればいいのだと、優しく促す声に、俺は顔をくしゃりと潰してしまうのだった。

◇◇◇

目の前の彼は変な顔をする。
思っていた通りの反応に俺は少し恥ずかしくなってきた。
目を見開いて、薄く開いた口はそのまま固まるキバナ。
やはり唐突すぎたのだ、もう少し手順を踏んで提案すればよかった。
後悔に手を組んでそこに額を押し付けた。
バトルタワー執務室、キバナは次期のジム予算について相談に来ていた。
ある程度の目処がつき、前年踏襲の流れで話はまとまった。
ここ最近、委員長としての業務の中でキバナと二人きりで話す機会も多い。
けれど大抵、事務的なやり取りのみで終わる。
いつものこと、だけれど、俺はいつも通りではなかった。
笑った顔が、見たいと思った。
俺が知らない、キバナの顔を見たいと思った。
そうして少しずつ仲良くなって、ソニアが見たという、朗らかなキバナを俺も知りたかった。
資料をまとめて席を立つキバナに、俺は前のめりになる。
この後は、特に会議もないし退勤するだけ、きっとキバナも直帰だろう。
今だと、ついさっきまでの俺は思っていたのだ。
だから、勢い込んで大きな声にも呼び止めた。
「キバナ、この後食事に行こう」
しかし、それは間違いだったと気がついた。
現状がそう語っている。
俺の突然の誘いにキバナからの返答はない。
当たり前だ、これまでプライベートに一切踏み込んでこなかった男が突如食事に誘ってきた、しかも勝手に直帰だろうと思っていたが、もしかしたら事務処理が残っていたかもしれない。
ならば、これは困る話だろう。
じわじわと後悔に苛まれ、俺は組んだ手に押し付けた顔をあげられないでいた。
しおしお小さくなっていく俺に、キバナの方からふはっと噴き出す音がする。
笑った、のだろうか。
その様が見たくて、慌てて面を上げる。
しかして、キバナは既にいつも通りに落ち着いた容貌でこちらを見ていた。
笑ってくれていない。
それが残念で、しょぼっと垂れる眉がある。
キバナはそんな俺に眦をぴくりと跳ねさせながらも、唇をきゅっと引き結ぶ。
ぶるっと一瞬揺れた肩を、見逃さない。
彼の内側の揺れをみたのだが、それがなんなのかわからない。
キバナは思案に顎を撫でる。
沈黙が続いて、そわりとした心地になった。
不器用に喉を鳴らした俺に、キバナはそうっと視線を流し込んで目を細めたのだった。
「それは、委員長命令の会合か何か?」
「ちっ違う!俺はただ、キミとっぁぐ!」
がったんと大きな音を立てて立ち上がる。
勢いがつきすぎて、膝を思い切りテーブルに打ちつけた。
あまりの痛みに悶絶して、テーブルに手をついて前のめりになる。
痛い、こんなに慌てたのは、ホップが歩き始めの頃ウールーの群れに落ちた時以来だ。
あぁ、あの時は俺を追いかけてきたホップがもふんっと真っ白な彼らの中に落ちて本当に肝が冷えた。
遠く思い出す、可愛い弟が引き起こした事件に意識を飛ばして痛みをやり過ごす。
ぎゅっと目を瞑って堪える痛みに、ぶふっとまた噴き出す音がした。
また、笑ったろうか。
ぱっと顔を持ち上げる。
その先では、すんっとした顔でスマホロトムを呼びつけるキバナがいた。
「んじゃ、プライベートな飲みの誘いってことでオッケー?」
「あっあぁ、そうだが、その嫌なら」
「店、こっちで予約していいよな」
俺の言葉をばさっと遮ったキバナは短くスマホロトムに指示を出す。
ぱちりぱちりと瞬きに固まる俺に、キバナは口角を持ち上げた。
あぁ、俺が知らない顔。
柔らかな口元に、伸びる目尻をぽかんと見つめていた。
キバナはどこか機嫌よく、立てた指をくるくる回したのだった。
「ほら、行くぞ。あと十秒で決めないなら行かない」
「っ!行く!行くぜ!」
ばたばた落ち着かない仕草に準備を始めた俺に、キバナは頷く。
その長い足でドアの前まで行ってしまうから、余計に焦る。
鞄に荷物を詰め込んで、俺もキバナの隣に急いで駆け寄る。
キバナはそんな俺を見下ろすと、口元を大きな掌で覆いそっと顔を背ける。
何か、気に障ったろうか。
眉を寄せて呼ぶ俺に、キバナは軽く手を振ってなんでもないと短く切り上げる。
そうして先にドアを開き、恭しく頭を下げて片手で俺を促した。
「さ、どうぞ我らが委員長」
……今日はそういうのは、やめてくれ」
「お気に召さない?」
ちょっぴり意地悪な虹彩を煌めかせ、にやりと笑う顔は俺がよく見る種類のそれだ。
不満が滲む。
そうじゃない。
俺が見たいのは、このいつもの俺を煽る笑みではない。
俺が出れば、キバナは静かにドアを閉めた。
二人出た廊下には、スタッフはいなかった。
しんと静まり返る場所で、二人向き合った。
ちょんっと唇が尖る。
子供みたいな仕草に、剥れてしまうのは恥ずかしいばかりだが、じと目をやめられなかった。
俺は鈍く頷き、キバナのパーカーの紐をくんっと引っ張った。
少し傾き近づく顔に、キバナが目を張って固まった。
それをよしとして、俺は小さく強請る。
「今日は、ダンデとして、扱ってくれ」
元チャンピオンでも、リーグ委員長でも、バトルタワーオーナーでもない、ダンデとして扱われたい。
そうしたら、キミは俺にも穏やかな部分も見せてくれるんじゃないかと思ったのだ。
横目で覗き込んでくるキバナの切長な瞳、そのスカイブルーは驚きに満ちていた。
また、見れた。
俺の知らなかったキバナ。
試合の場、追い詰めて追い詰めて彼の予想をひっくり返してやった先、驚愕に張り詰める見開かれた目は幾度となく引き出してきた。
けれど、こんな気の抜けた驚きを、キミが見せることはなかった。
だから、それが見えるのは嬉しかった。
なるほど、俺はソニアの言う通り、こうやってキバナと距離を縮めたいらしい。
素直になればいい、そんな助言を思い出し俺はもう一度頷く。
素直な気持ちを見せれば、彼も無碍にはしないだろう。
くんっともう一度引っ張って俺は重ねて強請る。
「キバナと、ダンデとして、話がしたい」
じっと見つめる俺に、キバナはぐんっと唇を捻り曲げた。
眉をきつく寄せ上げる様相に、嫌がられたのかと不安に手が緩んだ。
キバナはそんな俺にぬっと手を伸ばして、そのまま頭をぐわしっと引っ掴む。
力づくにわしわし撫でくりまわされた。
強制的に俯かされて、びっくりしてしまう。
一頻りわしゃわしゃ撫で回されて、彼は手が本当に大きいのだなと感心する。
それから、人に頭を撫でられると言うのは、むず痒いと知る。
むうと噛み締めて、ふやけた口元が出来上がる。
むず痒い、けれど、気持ちいい。
ふはっと笑う俺に、キバナは手を止めて深く息を吐き出した。
くしゃくしゃになった髪を手櫛で整えるキバナの丁寧さがおかしくて肩を揺らして笑ってしまえば、唸り声が聞こえた。
ぱたりぱたりと瞬きに上目を覗かせれば、その先でキバナはじんわり頬を色づかせていた。
キバナはふいっと顔を背けて、俺の背中を柔く叩いた。
促されていると理解して、その背中を追えばキバナは俺が追いつけるように歩幅を狭める。
隣に並んで見上げた顔は、ちょっとだけ照れているように見えたのだった。
「お前、突然どうしたの」
突然、そうだな確かにここ最近になってからキミと仲良くなりたい自分を知った。
けれど、本当は俺の心の根っこではいつだってキバナの近くを望んでいたと思うのだ。
だから、こんなにあっさり行動に移れたのだと思う。
素直に、今日の俺は、素直になる。
呪文のように頭の中で繰り返し、俺は自分の心に従った。
「突然じゃない」
「へぇ、そう」
「結構前から、俺は、キミと仲良く、したかった、だけで」
なんだか、改めて言葉にするのは照れ臭い。
むずむずまごまご、どんどん言葉尻が掠れていく。
余計に羞恥が膨らんで、徐々に俯きもごりと唇を結んだ。
じんじん耳が熱を持って少し痛い。
くぅっと呻いて、顔を上げられない。
キバナは、何も言ってくれない。
だから、ちょっと悔しさに眦を釣り上げて熱を持った顔をそのまま持ち上げる。
キバナは俺から大いに顔を逸らしてぶるぶる肩を震わせていた。
どうしたのだろうか。
じぃっと見やる俺に、キバナはゆったり顔を向ける。
「あ」
間が抜ける、声を落としてしまう。
キバナは笑っていた。
くしゅりとその目元に柔い皺がよる。
眉を寄せてできあがる眉間の溝は、やけにふやけて出来上がる。
八重歯が見えるくらい大きく開いた口は、けれど、いつものように獲物を食い破らんとは作られない。
わはっと喜色にも色濃く破顔した無防備な姿がそこにある。
キバナは笑っていた。
俺の前で笑っていた。
お互い歩みが、ぱたりと止まっていた。
オレさま、がまんのげんかい」
俺に向けてくれた笑みが網膜を抜けて脳まで届く。
一瞬、息の仕方を忘れた。
とくっとくっと緩やかに脈拍が早さを増した。
おっかしいの、なんて続けて肩を揺らしてキバナは笑うから、何故だかほわりと左胸が熱を孕む。
なんだ、これは。
ばくんばくんと音が大きくなっていく。
戸惑いに、助けを求めてキバナを見てしまう。
けれど、見れば見ただけ脈拍が不恰好に変わっていく。
どうしたらいい、俺が見たいものが見えただけなのに、どうしてこうなる。
あわりと唇を慄かせる俺に、キバナはにんまりして顔を傾けた。
「ダンデ、ずっとオレさまと仲良くしたかったんだ」
「え、あぁ、そう、あぁ、そうだ、ぜ」
頷けばいいだけなのに、それがうまくできない。
がたがたぎこちなく頷けば、キバナはふぅんと上機嫌に頷いてふにゃりと笑う。
キバナが手を持ち上げる。
伸びてくる指先を、目で追いかける。
キバナに頰を指先で辿られる。
じんっと撫でられた場所が熱を持ち、どんどん肌の色が変えられる。
すりと目尻を撫でられて、そこにある温度にふわふわしてしまう。
「お前、案外かわいいよね」
ふやけた双眸は、今、俺だけを見つめている。
キバナの指が肌から離れた瞬間、熱の境界がはっきりする。
どっごん、ドゴームの爆音波が体の内側で破裂したような気がした。
実際には、そんなことが起きてたら俺は死んでいるが、正直、死にそうなくらい体の熱がおさまらない。
一気に流れ込む熱さに目を白黒回してしまう。
おかしい、これは予想外だ、やっぱり今日はやめるべきだろうか。
じりと後退する俺に、キバナは慣れた手管に腕を回す。
逃げ場を奪うようにして、腰に回った腕にぎょっとした。
なんだ、俺はただ、自分の知らないキバナを知れればと思っただけで、こんな、なんだ、こんなのは知らないままでもよくて、いやだけど、たくさん教えてもらえるなら、いいのかもしれなくて。
頭の中は混乱状態に巻き上げられる。
ひくりと体を揺らして戸惑ったままでいれば、キバナはふふっと柔い声を転がした。
「顔、真っ赤」
「な、んでだろう、な」
「フフッそーね、なんでだろ」
自分で自分がわからない。
だけれど、キバナはわかっているようだった。
なのに、はぐらかされてしまって俺は眉を寄せあげる。
どっどっと重たい内臓の音を体の奥で聞きながら、落ち着かない心地でキバナを見上げる。
キバナはにまぁと目尻を引き伸ばすと、ぱっと俺の体を離れさせる。
それからぱすっと軽く俺の頭を撫でると先をいく。
撫でられた箇所を片手で抑えて、ぐむっと下唇を軽く噛む。
るんるん浮かれた調子に歩き出したキバナに、俺は首を傾げることしかできない。
俺としては喜ばしい限りだが、彼にとってのメリットはそこまで大きなものだろうか。
足を止めたままでいる俺に、肩越し振り返ったキバナは、先ほどから見せてくれるようになったふにゃふにゃした笑みでこちらを見やる。
きっと、まだ慣れないからだろう。
その穏やか笑みに俺の心臓は跳ね回って止まらない。
早く慣れなければ。
ぎゅむっと服の上から、左胸を押さえて深呼吸する。
キバナはにこにこ、朗らかにも笑ってみせた。
「とりあえず、お食事しながらゆっくり話してみない?」
にこぉと重ねて笑みを向けるキバナにどぎまぎしてしまう。
俺は一つ頷くと待ちの姿勢でいるキバナに続く。
落ち着かないものは落ち着かないが、こんなにも簡単に柔い部分を見せてくれるのなら、もっと早く言えばよかった。
思いながら、追いついた先キバナは軽やかな足取りに俺を促した。
一緒に歩き出し、ぽっぽっと熱を浮かべた頰を手の甲でごしりと擦った。
ちらと覗いた先、キバナは弛んだ頰のまま横目を流し込んできたのだった。
「オレさまも、ダンデと仲良くなりたかったんだよね」
にっぱりと優しく告げる声音に、オレの内側でぶわりと花が咲き誇った。
嬉しい、本当にそうならとても嬉しい。
そうか、キバナも俺と、なるほど、俺たちはずっとなんて勿体無いことを。
ぱっと顔を輝かせた俺に、キバナは眉を垂れ下げた。
そうして、エレベータの前まで行くと下ボタンを押して、小さく呟く。
「脈なしじゃ、なさそうだよなぁ」
その言葉の意味は、後で聞いたら教えてくれるだろうか。
話題の一つとして覚えておこうと決めた。
さてこれから何を話そう、たくさん、それこそ語り尽くせないほどに、キバナとは楽しいことを話せる気がする。
そんな楽しみに、心臓の煩さは気にならなくなっていく。
ふふっと笑みを浮かべて、俺はキバナを見上げる。
ぱちりと目が合う。
キバナもにこりと返してくれる。
そんな小さなやりとりが俺を浮かれさせた。
今夜に続くこれからに期待でいっぱいな俺は、くふりと声を立てていたのだった。

◇女体化なキバナさんとダンデさんのお話

可愛い可愛い俺のロゼリア様は、今日も今日とて麗しくも愛らしくそこにある。
竜の巣穴にちょこりと入り込んだ、ハロンの初心な少女は女性となるまでの間に狡猾な竜にぺろりと平らげられてしまったのです。
そんな昔話のような導入はどうだろうか。
くふくふ笑いながら、俺はベッドの上ふわふわ柔らかな体を抱きしめていた。
腕の中に収まるふんわりもっちりした恋人に、んっと唇を寄せれば彼女はふふっと笑みを溢して顎を持ち上げる。
お利口さんに目を閉じて、はやくはやくとふんふん鼻を鳴らす。
色気よりも愛らしさをふんだんに広げた姿にきゅぅんと胸を疼かせて、俺はむちゅうっとその唇に吸い付いた。
ちゅっちゅっと遊びつく音を立ててキスを落とし、それから胸の下に手を回す。
たゆんたゆん揺れる豊満な乳房は、ハロン産のウールー毛で編み込まれた温もりに包まれていた。
手触りがいいんだ、これが。
タートルネックで首元を温めるニットワンピースの色合いは白、膝丈のデザインは健康的な太腿をちらりと覗かせとってもキュート、俺のお宝を目一杯可愛くしてくれる。
不埒をつとりと思いながら優しく包んで支えれば、ふぁっと甘い吐息を溢してくれる。
すりすり、掌で乳房を支えながらまろい曲線を指先で撫でて辿る。
キスの合間、あふぅっと抜ける声を漏らして、けれど、俺の好きにさせてくれる。
俺の胸はこんなに豊かではないし、ぽよりとしたこの触り心地が好ましい。
ないものを人間は求めるのだなと思う。
ふにふに恋人、ダンデの胸を楽しみながらちゅうちゅう甘え付きのキスを繰り返す。
唇から頰へ、頰から眦へ、眦からこめかみへ、そうして最後にあむりと耳朶に甘噛みすれば、ダンデはくすくす笑う。
「ん、キバナ。噛みつくなんて悪い子だ、仕返しさせろ」
「はぁい」
密やかに笑い合いながら、俺は頷きダンデからするする腕を解く。
そうしてころんとベッドに転がった。
身につけた真っ黒なシルクワンピースはダンデとお揃いの膝丈で、我ながら見事な美脚が惜しげもなくすらりと伸びる。
仰向けの状態で、つぅと片足を持ち上げればダンデはそこを両手で受け取った。
そうして、ワンピースが捲れてしまわないよう裾を抑えては脹脛にキスをする。
擽ったいそれは、繰り返される。
んっんっと唇を押し当てるだけのダンデに、擽ったいと笑って返す。
首を竦めて笑う俺の様子に、ダンデはにまぁと目を細めてんちゅーっと幼い音を立てて膝裏にキスをした。
わざと立てられる音にけらけら笑う。
それから、膝皿にすりすり頬擦りをして見つめてくる。
ダンデの長い髪が太腿に擦れて、そわそわしてしまう。
ぴくっぴくっと爪先を跳ねさせる俺に、ダンデはかぷぅと膝皿に歯を立てるから、ふはと声を立ててしまった。
「ねぇ、ダンデくすぐったいよ」
「仕返しだからな」
「んぅ、もう充分いじめたデショ」
「ふふっ、まだいじめたりないぜ」
「やぁだ、意地悪。オレさまダンデのお口が恋しい」
にまにまするダンデにちゅっと唇で音を立てて尖らせる。
そうするとそのくりくりした目をパチクリさせて、ダンデはますますにまぁと顔中で喜んだ。
俺の足を下ろして、目を閉じる。
下ろした瞼に長くて分厚い睫毛が揺れる。
んぅっと少しだけ開いた唇を差し出すダンデの仕草は甘えた出来でいた。
これが可愛くて仕方ない。
ダンデは俺からしてもらうキスが一番好きだと常々豪語する。
だから、こうやって待つのが癖になった。
全くもう、毎分毎秒俺の中の可愛いを更新するいじらしい姿である。
俺は体を起こしてダンデを開いた足の間に閉じ込めた。
ぺたんと割座に座り込み、ダンデの肩に手をついてゆっくりと顔を傾ける。
するする手先を首裏まで回して、長い髪をかき分けていく。
ゆったり頸を指の腹で撫で回し、そのまま脊髄を下るようにして爪の先を曖昧な刺激に与えてやる。
ちぅっとダンデの唇に吸い付いて、舌先でくにくに上唇を捲ってちょっぴり弄れば、ダンデはふるりと腰を震わせた。
舌の悪戯はすぐにやめ、ちゅくっと唇を離れさせる。
震えた腰を両手で支えて、なでなで掌で擦ってやる。
ダンデはくぅんっと甘えた声を鼻から抜けさせ、ほてほて熱を燻らせ俺の肩に頰を乗せる。
広がる髪が、ダンデの黄金を隠してしまう。
まだまだくっつきたいし、可愛い顔を見たい。
するするダンデの髪に指を絡ませた。
「ねぇ、ダンデ。髪編み込んでもいい?」
……時間がかかるのは、いやだ」
「ちゅーしながらしよっか」
「!時間かけていいぜ!」
ぱっと顔を輝かせた現金な返事に噴き出した。
ダンデはいそいそとベッドヘッドから髪留めのシンプルなゴムを取り出して俺に差し出す。
受け取れば、にこにこ早くとまた目を閉じる。
そんないい子な姿にきゅうきゅう胸が弾んで止まらない。
ふんふん鼻を膨らませた愛らしさと素直は、俺が愛でる可愛さでそこにある。
思わずむちゅっと鼻先にキスをした。
ダンデは片目を開いて、ちらっと覗くと不満そうに眉をキュッと寄せる。
じとりとしたそれに、謝るように顔を傾けて唇に吸い付いた。
ちゅうっと柔い温もりに、ダンデは寄せた眉をふにゃりと和らげ瞼をまた下ろす。
わかりやすい反応にくすくす笑いながら、俺は髪に指を絡ませた。
ちぅ、ちゅっ、ちゅうっ、ちゅっ。
繰り返し額や鼻筋、目尻にキスをして髪をするする編み込んでいく。
ダンデはキスが気持ちいいのか、そろそろ出来上がるタイミングでふるふる頭を振るから初めからやり直しになる。
可愛い悪戯をされて、こらと小さく叱りながら健康的な色をした唇に歯を立てる。
あむあむ甘噛みすれば顎を引いて、もう一回と蕩けた声でおねだりしてくる。
可愛くて困ったその悪戯は簡単に許せてしまう。
ちゅーと唇に吸いついて、また頰をキスで撫でる。
改めてキスをしながら髪を編み込めば、ダンデはまた解けるように頭を振る。
何度か繰り返すそれに、もぉと上ずる笑い声を漏らせばダンデは楽しそうにくすくす無邪気な声を返してくる。
ぱちりと持ち上がった瞼の裏側、愛してやまないまん丸の黄金がこちらを覗く。
それからふにゃりと弛む相貌に、俺は目を細めたのだった。
「キバナのちゅー、きもちいんだ」
「甘えれば許すと思ってんだろ」
「違うのか?」
……大正解!」
きょとりとした顔が可愛くて、俺はその頰を両手で包んで引き寄せる。
むちゅうとキスしてやれば、ダンデは大満足にちゅっちゅっと唇に吸い付いてくる。
それからきゅむっと俺の胸元に顔を埋めて上目遣いに潤む瞳があるから勝てやしない。
なでなで頭を撫でてやれば、ダンデは気持ちよさそうにうっとりした顔を見せるのだった。
「ふふっ、キバナの手は大きいから、安心する」
もっと撫でてとぐりぐり手に押し付けてくる顔に、眦が下がった。
大きな手、それに安心感を知るダンデ。
だけど、ダンデは俺の手しか知らないでいた。
ダンデが知る人の体温は、きっと家族を除けば俺だけなのだろう。
ゆるゆる体を離れさせ、ゴムを見せれば素直に頷きダンデは俺と向き合う。
髪を今度こそ結ぶため、指を広げて束を作り始めた。
そうして、伏せた目元にぽつりと呟く。
「ダンデはさ、男の人とお付き合いしたいって思う?」
するすると髪は折り重なっていく。
その様を見つめて、ぼんやりと思考を揺らす。
逞しい腕にすっぽり包まれて、花のように愛でられて、そうして女の性を男の性に悦ばされて、そんな場所に埋まりたいとダンデも思うのだろうか。
ダンデは俺以外の恋人と言うものを知らない。
知らない、というよりも、教えなかった。
初めてダンデを見つけた時に、俺はもうこの子を囲い込むのだと本能で決めてしまった。
少女から女性になるまでの間、全部俺がダンデを丸ごと食い尽くした。
今尚、囲い込んだままなのだから、いつの日か悪い竜を懲らしめてプリンセスを救うナイトが現れるかもしれない。
するする指だけは、別の意思を持つように動き続ける。
知らないから、俺だけなのかもなんて幾度となく考えた。
たまに顔を出す、そう言う臆病さが自分で嫌になる。
伏せた目元を持ち上げて、そっと見つめた先、ダンデは目を丸くしていた。
「なんで、そんなことを言うんだ」
「んー、深い意味はないよ」
嘘つきはバレていたろう。
けれど、ダンデはそこを突いたりはしない。
ふむと考え込み、よくわからないが、そう小さく声を漏らした。
少しだけ傾く顔、ちらと俺を覗く瞳はゆらりと一度揺れた。
くしゅと小さくよる眉の形は健気でいて、あぁ俺は馬鹿な質問をしたなと苦いものが喉を降る。
仄かに色づく頬の色に、けれど、声音は真剣に答えを俺に差し出した。
「オレはキバナの子どもを産みたいし」
一呼吸、あったろうか。
ぱたりと瞬きをした。
ダンデはもう虹彩を揺らすことはない。
そこにはただ、真っ直ぐに俺を見つめた瞳が並んでいた。
「キバナにオレの子どもを産んでほしいぜ」
傲慢にして強欲。
しかして、それを語った容貌は初心にも色付き淑やかだった。
迷いもなく差し出されたアンサーに、面食らうのはいつだって俺の方だ。
あぁ愛おしい、俺のライラック。
蜂蜜をたっぷり含ませたその瞳が俺以外を映してしまわないよう、丸ごとぺろりと飲み干してしまいたい。
ぶるるっと身震いに、あまりの情熱的な回答をびっくりして受け止める。
ぱたぱた瞬きをする俺に、ダンデはくいっと顎を持ち上げた。
はらりと手から溢れる髪の束が広がる。
またやり直し、思いながらも俺も瞼を下ろしてその場に留まる。
ちうっと優しく送られるダンデからのキスは、溶け出してしまいそうなまでに甘い。
茹でられるような心地に、はぁっと恍惚な吐息を溢した。
お互いの咥内に、吐息が溶け入る。
ゆったり離れた先、瞼を持ち上げればダンデが両手を広げて飛びついてきた。
支える間も無くどっしんとベッドに沈められる。
ぎゅっと首に腕を回されて、上からずっしり重さをかけられる。
俺の肩口に顔を埋めたダンデに、すりと鼻先を懐かせた。
「他の地方には、時空を越えるポケモンがいるらしいんだ」
唐突なポケモン談義に目を瞬かせる。
え、間抜けな声を漏らした。
しかし、確かにどこかの文献で読んだ覚えはある。
そうだね、相槌を打てば、ダンデはもぞもぞ身じろぎ体を起こした。
首から抜ける腕を目で追う。
長い髪が、カーテンのように視界を覆い隠す。
室内の明かりを遮って、俺にはダンデしか見えなくなった。
きらきら、その瞳だけは輝くことをやめないでいた。
「並行世界というものがあって、そこには自分と同じだけど違う自分がいるらしい」
「へぇ」
「だから、男のオレたちもいるかもしれない」
話がとっ散らかる。
怪訝に眉を顰めれば、ダンデはにんまりとして大きく頷いた。
そこには、まるで名案とばかりの煌めく顔があったのだった。
「ふふっ!オレはなキバナ、男のオレにだったらキミの子宮に入る事を許してやってもいいし、男のキバナにだったら俺の子宮に入らせてやってもいい!」
とんでもないことを、平気な顔して語るものである。
ぎょっと目を剥く。
そんな馬鹿げたこと、お前が許しても俺は嫌だ。
何が悲しくて俺以外の人間に、ダンデのあんな可愛いところをくれてやらなければならないのか。
たとえ、別の世界線の俺だとしてもそいつは俺自身ではないのだ、絶対にごめんである。
艶やかな二人だけの蜜月は、何人たりとも入り込ませていいものじゃない。
だから俺はぎゃあっと悲鳴をあげてダンデを胸元にぎゅむりと引き寄せた。
「絶対やだぁ!オレさまは男の自分だったとしてもダンデのあんなとこもこんなとこもやりたくない!」
「ふ、ふふっそうか」
「絶対無理!駄目だ駄目!この話やめ!ごめん!もうしない!」
「うん、そうしよう」
くぐもる声に頷かれてほっとする。
冗談でも、ダンデを他の誰かに触らせるなんて絶対に嫌だ。
馬鹿なことを言い出してしまった。
反省してしょんぼりしながら、うちゅうちゅダンデのつむじにキスをした。
許してお願いもう意地悪なこと言わないで。
言い出したのは俺の癖、ねだってキスを繰り返せばダンデはくすくす笑って自身の髪に指を絡ませた。
未だに広がったままの長い長い髪、その隙間から覗く瞳は楽しげに揺れている。
そうして、俺の体に抱きついたままくるんっと一回転、力づくに態勢を変えた。
わっと驚きに声をあげて上体を起こせば、俺はダンデを組み敷く位置にあった。
ぱちくり目を丸くする。
ダンデは髪をシーツに広げた。
ばさりと開いた様は、芽吹く花びらに似ていて思わず見惚れる。
ダンデは火照る頰を見せつけて、両手を伸ばしてきたのだった。
「これで、髪、結ばないでも、邪魔じゃないだろ」
だから早くとはにかむダンデに、ぎゅんぎゅん左胸は撃ち抜かれるのだ。
手を伸ばした俺に、ダンデは密やかに笑みを浮かべた。
「ほら、キバナ、俺を甘やかしてくれ」
女王様のねだる言葉は愛らしい。
堂々としながらも、ふやけた声音、そんなアンバランスさにどうにもやられる俺は手先を伸ばす。
「いっぱい、甘やかす」
「ふぁ、ふ、ふふっ、うん、嬉しい」
ぽやぁとした声が可愛くて、堪らなかった。
そこにある二人分の熱を分け合って、ふやりふやりと蕩けあう。
そうしてここにある場所は、確かに二人が輪郭を作り形を成していたのだった。


◇ソニアさんの綺麗な手にほっぺた摘まれるダンデさんのお話

正しさに出来上がる、そんな姿を作り上げてきたのだと思う。
兎角、表舞台で見る幼馴染は、美しく造形を整えられていた。
そこには一部の隙もなく、望まれるままあなたは王者として歩み続けた。
だけど時折、つまらなそうに澱む目だって、私は知っている。
そうして、その淀みが一気に晴れる瞬間だって知っている。
とある一人を前にした時、あなたの全てが煌めくことを私は知っている。
かつてのチャンピオンダンデは、チャレンジャーキバナを前にした時だけ、ただのポケモンバカに戻れていたと思うのだ。
きっと、あなたが最後まで王者たり得たのは、彼のおかげなのだろうと私は思う。

だから、違和感はあった。
そんな特別の前で、あなたが見せた違和感を私は感じていた。

リーグ委員長、及び、ガラル史研究者は次年度チャンピオンリーグに向けて、ガラルの歴史に纏わる宝物庫へ訪れていた。
各地にあるガラルの英雄伝説、判明した新たな事実についてそれぞれの町に説明するという建前に新委員長の挨拶回り。
迷子の監視員として、私は抜擢されたのだろうと思う。
まるでジムチャレンジの頃のようで、少しだけ楽しんでいたのは秘密だ。
さて、各ジムを巡るとなれば当然、責任者も同席するわけで、宝物庫はナックルジムの管轄だ。
つと、隣を見上げる。
ダンデくんはナックルジムのジムリーダーとは適宜話をしながらも、なにか、私に話を振ることが多い。
建前は確かに私の歴史研究の資料提供、けれど、うぅん、でも何かしら。
態とキバナさんとの会話を切り崩しているように感じてならない。
見つける違和感に眇めた目元、ダンデくんは気付いているくせ無視をする。
ばち、ばち、私たちの無言の攻防に、聡い竜たる彼は気付いたのだろう。
先導していたキバナさんは、ちらと肩越しに目をやって、微笑みも軽やかに片手を振ったのだった。
「いやぁ、博士と委員長は随分気安い仲のようだ。こんな美しいレディが幼馴染とは羨ましいね」
「あぁ、自慢の幼馴染だよ」
柔らかな口調に、けれど、私は苦い顔を浮かべた。
ジムリーダーキバナさんについては、本当にわからない。
どう言う心情でそれを口にしているのか知れない。
けれども隣の幼馴染については違うのだ。
きっと人は気付かない。
けれど私は気付いてしまう。
ダンデくん、今怒ったな。
眉をぴくりとも跳ねさせず、完成された笑みを浮かべてはいる。
軽く切り返すだけの余裕を見せる。
どこがどうおかしいのかと言われると、雰囲気が毛羽立ってるくらいなもので、しかもそれだって人からすれば気にならない程度だろう。
だけどこれは中々に怒ってる。
理由は知らないが、なにやらピリピリした空気を感じた。
うぅん、ここに長くいたくない。
思わず呻きそうになりながら、キバナさんは優しく私に微笑んだ。
ぎこちなくも会釈に笑みを添えれば、ダンデくんが私を背中に隠すよう前に出る。
ダンデくんがにこり、キバナさんがにこり。
なんだろうか、冷戦状態。
見たい資料は見せてもらったし、十分な情報提供をいただいた。
そうだとすれば、ここは手早い撤退が得策ではないだろうか。
じわじわ滲むダンデくんの不機嫌に、私はガス抜きを所望する。
まだ次の予定まで時間はある。
早めにここを切り上げれば、問題はない。
そして私は一刻も早く、この場を離れたかった。
つと思考を巡らせて、私は動き出す。
「ダンデくん、私今からランチに行きたい」
我儘な幼馴染に付き合う構図となればいい。
にぱっと笑いダンデくんの腕を取った。
キバナさんは微笑んだまま、ランチならご一緒になんて、軽やかに誘いをかける。
捕まえたダンデくんの腕がぴくっと揺れる。
動揺、つまり、ダンデくんはやはりキバナさんと何かあったらしい。
そうともなれば私は譲るわけにはいかない。
えぇい、これ以上ややこしくしないで、あなたからこの子を引き離すのが目的なのよ。
私は昔から愛想の良さには定評がある可愛い可愛いソニアちゃんである。
有無を言わさぬ笑顔をにぱっと広げて見せて、力づくにもダンデくんの腕をぎゅむりと私の胸元に抱き込んだ。
瞬間、少しだけキバナさんの目元が引き攣る様を見た気がしたが、私は知らぬふりをする。
にこにこ押し切る声は、よくよく弾んで聞こえたはずだ。
「いやだわキバナさん、私ダンデくんと久々に出掛けられてて浮かれてるんです。はしゃいでみっともないところ見られたら恥ずかしいでしょう」
よく動く口は、優秀に回る。
つらつら並び立つこの言葉たちが、ダンデくんにはぺらぺらのものだとバレていた事だろう。
事実、私に腕を取られたダンデくんはきょとりと目を丸くしていた。
いいから私に合わせなさい。
ダンデくんの逞しい二の腕に、ぎゅむうと頬も押し付けてにっこり作り笑いに押し切った。
ダンデくんは私がくっつくことには何も言わない。
この距離感は、私たちに当然にある位置なのだから当然だ。
大抵の人は、仲のいいことだと朗らかに退いてくれる。
しかして、目の前の彼は和やかな笑みは崩さず、反面、剣呑にも瞳孔を細めたのだった。
脅すつもりはないのだろうが、その顔はレディに対してどうなのかしら。
まぁ、私はそんなものくらいで怯んではやらない。
そんな可愛らしさはワンパチのおやつにでもしてやるんだから。
笑みを崩さず立ち向かう私に、キバナさんは柔らかく微笑んだのだった。
「幼馴染ってのは」
ちらとダンデくんを覗く目に眉が一瞬跳ねた。
ダンデくんは気まずそうに視線を逸らす。
確定、これは何かある。
いつだって、誰に対しても真っ直ぐ過ぎるくらい視線を外さないあなたが、不器用な逃げをした。
思わず笑みが引っ込む。
じとっと見上げる私にキバナさんは人懐っこい笑みのままダンデくんに顔を寄せた。
私が抱きしめる方とは逆の腕を取り、ぐんっと引っ張る乱暴さに目を見開いた。
威圧を隠さない仕草は、喧嘩を売ったものと判断する。
「特別か、ダンデ」
唐突な確認だった。
今の流れで何故私が引き合いに出されるのか。
そして、何故だろうか、違和感。
向けられた声は、どこか寂しそうにできていた。
なんといえばいいのか、形容するなら、拗ねたような気配に目を瞬かせる。
一息の沈黙、ダンデくんは綺麗に微笑む。
拒否の構えを、その笑顔は語る。
完成させる表情に、キバナさんの手が緩むさまを見た。
「あぁ、そうだな」
力比べならダンデくんに部があったらしい。
軽々とキバナさんの腕を振り解いたダンデくんに驚いて、私も手を外してしまう。
思わずできる隙間、けれど離れる私を引き寄せるよう、ダンデくんは肩を抱く。
ダンデくんは私ごと、キバナさんから距離をとる。
すっぽりと肩を覆った掌は、少しだけ震えていた。
「余程、キミより、特別だ」
当てつけにも似た言葉に、私はダンデくんの小さな悲鳴を聞いたような気がしたのだった。

◇◇◇

私はじとじとした視線を向けたままでいた。
今日は挨拶回りも終わったからと、ラフな格好に着替えた。
結局あの後、研究所に戻りいつも通り簡単な食事を準備して現在、簡素なランチは終了した。
お婆さまが淹れてくださった紅茶を食後に楽しみながら、私は目の前の彼を睨む。
説明もなく私を巻き込んでくれたではないか。
あれは私からすれば唐突だったが、ダンデくんには心当たりがある言葉だったはず。
なのに、人を勝手に巻き込むようにして、沈黙を貫くとはいい度胸。
不機嫌にげしげしと向かいのダンデくんの脛を蹴飛ばし続けてはや数十分、お婆さまは気を利かせて席を外してくださっている。
2階の書物整理に行きますからね、一時間は戻りません。
そんなことを態々言ってくださったのだから、これは二人で話す時間を貰えたということだ。
じぃいぃと睨み続けた私に、根負けするのはいつだってダンデくんだ。
ダンデくんは困ったように微笑んで、首を緩やかに傾けた。
さらりと流れるライラックは、きらきら綺麗にできあがってあったのだった。
「楽しい話じゃないぜ」
そんなこと、あの険悪さを前にすれば理解できる。
当てつけみたいな言葉を選んでいたダンデくんはあまりにもらしくなかった。
わかっていると頷けば、ダンデくんはもごりと口をまごつかせる。
げしり、今度は強めに脛を蹴り上げればダンデくんは、ぐぅっと呻いて前のめりになった。
結構いいのがきまったかしら、頬杖にじと目を崩さずいればダンデくんはそっと視線をずらした。
それから小さく溜息、呟くように降参は漏れた。
……先日、彼から一晩どうかと、誘われた」
……へ?」
言葉の意味を、咀嚼しかねた。
ダンデくんは笑う。
綺麗に整え、笑っていた。
ぽかんとした私に、ダンデくんは緩く首を振る。
意味を、そのまま理解するなら、それは。
個人としては、あまり気分のいいものではない。
眉間に寄っていく皺に、ダンデくんはからりと笑って肩を竦めた。
「酔っていた、というのもあるんだろうが、男もいけるクチらしい」
笑った顔は、よくできていたとは思う。
けれど、その声音は不恰好に平坦だった。
眉間の皺は、自然、深くなる。
「ははっ、キバナは随分と食指が伸びる幅が広い」
重なる、重なる、重なる。
ダンデくんの表情にどんどんと作り物が重なっていく。
分厚く形を整えるそこに詰め込んだ感情は、隠し切れたつもりなのだろうか。
ぐぐっと眦は持ち上がっていた。
「キバナのあれは、酔った勢い、みたいなものだったし、取り合ったりはしなかったさ」
一時的に消耗されるものに、なりたい人間なんていないだろう。
当然だ。
だけど、友人からの冗談を、軽く受け流せているようには見えなくて、そもそもこれは、受け流せばいいようなものでもなくて。
これは、笑える話じゃない。
揺れているくせに、そんな自分はないのだとぐるぐる迷う彼の内側を見た。
「彼と、そんな関係は必要ないしな」
笑う、笑う、笑う。
ダンデくんは笑みをたやさない。
けれど、そこには確かに揺れる感情があるはずだった。
まるで、二人の関係に傷をつけられたように感じた?
だから、当てつけのような言い方をした?
わからない、私はダンデくんのことは大体わかるつもりだけど、わからないことだってある。
私ができることなんて、せいぜいがあなたに言葉を積み上げるくらいなのだろう。
正解も不正解も、私には判別がつかないけれど、少しでもその心を解す撓みを作れればいい。
貞淑に口を慎むレディなんてここには必要ない。
ぽいっと軽やかに捨ててやる。
笑顔を綺麗に作るあなたへ、私はその瓦解を望む。
「悲しかったのね、ダンデくん」
突きつける言葉に、動きが止まった。
ダンデくんの貼り付けた笑みはそこにある。
けれど、ひくりと口角が偏って固まる。
崩れる欠片を、私は見逃したくなかった。
ダンデくんの虹彩がぐらりと揺れる。
彼は特別で、ダンデくんの全部をぴかぴか輝かせてくれる人で、きっとあの言葉にも恨言はあったのだ。
一番の特別の前で見せた強がりは、裏返してみれば大切にされたかった心が上げた悲鳴だろう。
酷いことをよくも口にしたなと、ダンデくんなりの恨言だったのではないか。
一晩の戯れを求められ傷付く理由に、私は無粋にも踏み込んでしまう。
「好きな人に、酷いこと言われて、傷付いたのね」
好きな人、あなたはきっと好きな人に、そんなことを言われた。
キバナさんに向けた特別が、とびきりの宝物だと私はずっと思ってる。
信頼して、一番に内側に招き入れて、大切な人だと側から見てもわかりやすいほどの好意をあなたが彼に向けていたことを私は知っている。
あの人はどうかしら、わかってなかったのかな、こんなにわかりやすいダンデくんの気持ちも、わからず酷いことを言ったのかしら。
怒ればいいのに、あなたは感情をうまく扱ってしまうから、きっとその怒りも沈めてしまったのだろう。
悲しいという気持ちだって、涙を見せることも下手くそなダンデくんは飲み下したのだろう
ぐるぐる巡る感情を、ダンデくんは迷子に沈めてしまった。
細めた目に映る幼馴染はひくっと眦を引き攣らせた。
笑みは固まり、この子の本来あるべき表情を閉じ込める。
手を伸ばす。
無理矢理引き摺り出したのは私、ダンデくんが一人で片付けようとした痛みを引き摺り出したのは私。
だから、私に怒っていいし、こんな気持ちを迷子に放り出すのはやめてほしい。
私の細い手先でも、作り込まれた仮面に亀裂くらいは入れてやれると思うのだ
「私の知ってるダンデくんはそんなことに迷わないよ」
ぐにりとその頬を持ち上げた。
そんなこと、言葉は強く選んでいた。
感情を隠し通すか、発露させるか、きっとあなたは迷っていた。
迷って迷って、ぐるぐる内側を苛ませる澱みは、重かったろう。
だからくだらないと、思って欲しかった。
自分を傷つける迷いなんて、くだらないのよと、言ってやりたかった。
ダンデくんは、道には迷う。
それは自分が進むべき道を、ダンデくん自身が迷わず選び歩みを止めないからだ。
人は選ばない道筋を、あなたは簡単に選んでしまう。
そんなダンデくんだから、恐れを知らない勇猛さを持つのだと、多くの人はいうのだろう。
けれど、別に彼はそんなに特別じゃない。
選択することには迷わない、何故ならいつだって、自分の心に従って思うがままに突き進んでいるからだ。
だけど、今は、迷っている。
自分の気持ちを扱いあぐねている。
好きな人に酷い形で傷つけられた、普通の男の子。
可愛いダンデくん、そんなにも想いを寄せているのなら向けられた言葉に泣いてしまえばよかった。
心の赴くまま、酷いことを言うなって怒って泣いてもよかったのに。
いつもなら迷わない、そんなあなたが及び腰になってしまう。
そんならしくない部分を出すほどに、あの人だけは特別だったのかしら。
目を細めて、ダンデくんの頰をまたくにぃと持ち上げる。
固まるダンデくんは、しかし、次には困ったように眉を寄せあげた。
「俺は、迷っているのか」
「そう見えるよ」
「そう、か」
しおしおと下がる眉、笑みはなくなり瞼が伏せられる。
泣きたい時は、泣くべきだと思う。
頰から指をほどき、促しに目尻を撫でる。
ダンデくんはぱちぱち瞬きすると、次にはくしゃりと力なく顔を崩した。
瞳の表面がじわりと濡れて見えたのは、気のせいではなかったと思った。
「ソニアの手は、魔法だな」
「うふふ、そうよ、ソニアちゃんの手は嘘つきダンデくんを退治できちゃうの」
ついていい嘘だってある。
どけど、今ダンデくんが誤魔化そうとする心は、きっと長く彼を傷付ける。
平気なわけがないじゃない。
体だけを求められた事実だけを自分の中で消化させて、そんなもの平気なわけがない。
心は鈍い痛みを引き摺るのだ。
ダンデくんは強いから、そんな痛みも見ないふりはできる。
だけど、それでもあなたの中身はきっと削られる。
そんな様は見ていたくない。
強い人でも、痛みはあるの。
これは私のわがまま、結構、その通りである。
幼馴染に笑って欲しい。
作り物じゃない本物で、笑って欲しい。
そんな酷い、私の我儘だ。
やり過ごそうとしたあなたを引き止めたのは、私の我儘。
伸ばした手先は髪に絡まり、緩やかに梳いていく。
よしよしと頭を撫でてやれば、ダンデくんは呟く。
「俺は、わかりやすいか」
「私には、結構前からバレてる。ずばり、自覚は五年前かしら」
「それは、恥ずかしいな」
ふはっと力なく声を漏らしたダンデくんは、否定しない。
見てきたもの、画面越しだけれどあなたを見てきたの。
大事な幼馴染、あなたの喜びが沸き立つ先にはいつだって彼がいた。
あなたの特別に、私よりもよっぽど大きく、彼はいたのでしょう。
だから、悲しんでいい。
そんな大切な人に向けられたくない言葉を、おふざけだとしてもぶつけられたのだもの、平気なふりなんて必要ない。
ぐらぐら揺れるその瞳を、私は静かに見守った。
「これが最善だと、思ってる」
「うん」
「もし、受け入れた時、見返りまで求めそうな自分が、情けないから」
「そう」
「いつも通りに振る舞って、やり過ごそうとしたんだ」
「うん」
「でも」
途切れた声に覗き込めば、黄金はじわりと涙を滲ませた。
零すまいとぶるぶる引き攣る目尻を両手で頬を包んで抑えてやった。
ぐらりと揺らいだその瞳を、私は悪いものだとは思えなかった。
「多分、悲しかった」
遊びの延長に扱われた心は、確かな傷を負ったのだとわからせてやりたい。
子供みたいなわかりやすい感情を前に、私は頷く。
多分なんて、言わなくていい。
あなたの心の痛みに鈍くなることはない。
そうしてこの手から温もりが伝わればいいと、そればかりに彼の目尻をゆったり撫でた。
ぼろりと落ちる涙、くちゃくちゃに拉る口元、ダンデくんはちゃんと泣けている。
好きな人が欲しくて、好きな人に大事にされたくて、好きな人に選ばれたい。
だけれど、向けられたものは心を遊ぶ一言だった。
そうとなれば、泣いたっていいじゃないか、悪いことなどあるものか。
手を外し、立ち上がる。
それからつかつか回り込み、ダンデくんの頭をぎゅっと胸元に抱きこんだ。
顔を埋めた胸元は湿り気を帯びる。
私の腕に収まりきらない大きな体、だけど、私にしてみればあなたはいつまでたっても可愛いあの頃のダンデくん。
背中を押せればいい、そうとばかりに言葉を積み上げた。
「普通よ、そんなの」
次にあったら私も蹴っ飛ばしてあげちゃう。
二人でやれば怖くはないわ、なんなら号泣してやればいい。
人の気持ちをなんだと思ってるんだって、大きな声で怒ってやればいい。
私はぐぐっと眉を寄せて見せた。
「ていうか、今から直談判とかでも付き合うよ」
「こらこらソニア」
「いいじゃない、私今ならメガトンキックかませる気がするわ!」
ふつふつ湧き上がる怒りにふんふん鼻を鳴らせば、ダンデくんは笑う。
もぞもぞ顔を持ち上げて、下がった眦に涙の痕はあるけれど、次の涙は浮かばない。
なんだそれ、なんてふはりと抜けた笑みを浮かべるから私はなんだか安心してしまった。
優しい私の幼馴染、あなたのそういう穏やかな笑顔が私は大好きよ。
ぎゅーと力一杯抱き締める。
私の胸元に顔を沈められ、わぷっと悲鳴を上げたダンデくんにからから声を転がした。
「もう今日は泊まって行きなよ!あなたがいなくても寂しい夜なんてありませんってお泊まり会の写真送りつけてやろ!」
「いいな、そしたらホップたちも呼ぼうか」
「うふふ!そうしましょ!ユウリと私で両手に花の写真撮らせてあげちゃう!」
今夜の楽しみにわしゃわしゃとダンデくんの頭を撫でくりまわす。
そんな私にダンデくんは腕を回してくっついた。
甘えつく、そういう仕草に目を細める。
感情の取り扱いに迷うあなたを私は知っている。
だからどうかこの先も、一緒に考えてあげたいと思うのだ。
心に素直になれますように、そうとばかりに私は手を伸ばしてしまう。
傷は癒える、けれど、長引き放置された傷は治すまでに時間がかかる。
そうとなる前に、手当に触れられたことは僥倖であったと思うのだ。
「よっし!ホップに連絡とってユウリとマサル誘ってもらっちゃお」
「賑やかになるな」
バトルもできるだろうかなんて、ダンデくんはうきうきし始める。
ようやく、らしい、ダンデくんが戻ってきて私はにっこり浮かれてしまう。
連絡を取った先、はしゃぐ子供達に私とダンデくんは顔を見合わせ声を立てて笑った。

さてはて、今宵の記録をここに。

今夜の私とダンデくんが撮ったラブラブショットを前に、深夜襲来するドラゴンがいたことをまず記そうか。
本心を差し出すことに尻込みをした、逃げを用意したかった、等々言い訳はなんとも弱気なものだ。
事の顛末を知ることになるが、しかし、ダンデくん大好きナイトがこちらには四人も待ち構えている。
そう簡単にダンデくんを渡してなるものか。
迎撃準備は万端に、臆病なドラゴン退治といこうではないか。
深夜のバトルは咆哮まじりに、最後の求愛に至るまで続く。
最後の締めくくりがどうなったのかなんて、そう、寝静まる夜中の馬鹿騒ぎに興じた私たち以外知る由もなかったのである。


◇竜の遺伝子が混ざり合ったキバナさんと研究職のダンデさん

床に散らばる書類は、きっとこんな乱雑に扱っていいものではないだろう。
まるで道標のようにはらりはらりと落ちている紙を拾い集めては手持ちのファイルに綴っていく。
並ぶ、並ぶ、並ぶ。
そこに並ぶのはとある生物の経過観察。
目を細め、ぱらぱら捲るページに並んだ文言には生物学上の小難しい単語が並ぶ。
これを理解できるようになるまで、いくつの書物を読み漁ったか知れない。
溜息混じり、賢いばかりで生活というものを蔑ろにするこの研究室の主人を思った。
今日も篭りきりだろうな。
不健康にも没頭する様は、全く見る人が見れば怖いくらいだろう。
執心にものめり込むような没頭具合に、俺は全く呆れ果てて止まらない。
とある生物、それは人間の肉体に竜の遺伝子が組み上がる、異分子体。
肉体は、人間とも竜とも言い切れず混ざり合う。
人間の体をベースに本来の竜となるべきだった部位が不完全に形を成そうとした身姿にどれほどの者が慄き悲鳴を上げただろう。
体は、不条理を文字通り作り上げていた。
腕から脇にかけて奇妙に枝分かれした骨組みは、翼になり切れず広がって透明な膜が折り重なる。
人間の背骨からは竜の骨板が張り出して、魚の背鰭にも似た部位がばらりと背中を覆う。
腰から歪にいくつにも分かれた短い尾、その分かれ目の下からも太い尾が伸び先端は割れてある。
額から伸びる、二つの角はごりりと硬く皮膚を持ち上げていた。
飛べもしなければ、火も吹けない、そうかと言って人間であるかと言えばそうでもない。
不完全で、歪で、醜い。
異分子体は、自身をそう評していた。
そうして大多数の研究者も、そう、評していた。
だのに、研究室の主人は、異分子体を美しいと形容する。
初めて会った日から、彼は評価を一貫とさせる。
いくつもの検査を繰り返しながら、主人は穏やかに語る。
「未完成なんだ、キミの体は人間が竜を求めたのか、それとも竜が人間求めたのか、まだわからないがそれぞれがそれぞれを求めたが故にできた形で、新しい進化の形だ。未来だよ、キミが体現したその未来に向かう姿は、ひどく美しい」
だから、キミを知りたい。
異分子体を覗き込む瞳は、いつだってきらきら煌めく太陽の色を溶かし込む。
真っ直ぐに、停止も知らず、彼は異分子体をひたすらに求めてやまない。
そんな男に見つかった、異分子体は心をころりと持っていかれたのだ。
興味として求められているとわかっている。
それでも、自分すらも匙を投げた悍ましさを、まるでとても大切な宝物みたいに扱われて、心はどうにも奪われる。
単純だろう、全く呆れるものだ、そう、そんな簡単な生き物が、俺という異分子体なのだ。
恋を、した。
被検体は、研究者に、恋をした。
溜息混じり、只管に研究対象としてしか見られない相手に、今日も今日とて恋心なんてものを積み上げる哀れな俺を笑ってくれ。
渇いた声で笑いを落とし、俺は資料室に篭りきりだろう愛しき研究者のもとへ向かう。
きっと何か思いついたままファイルを片手に資料室に飛び込んだのだろう。
拾い上げる書類を歩きながら片付けてひょこりと資料室の中を覗き込む。
壁一面を埋める保管庫にはぎっちりと研究資料が詰め込まれている。
電気はつけていて、その中心、あぐらをかいて座り込む男がいた。
資料を読むに邪魔なざんばらな髪を乱雑に一つに結い上げ、リノリウムの床に羽織った白衣の裾を広げる。
座り込む周りにはばらばらこれまた資料が落ちていて、手元にある付箋をいくつも入れたファイルを眺めては顎を撫でていた。
また新しい検証を思いついたのだろう。
実証に足るものか、考えているのだと思う。
思いつけば即行動なのだから、全く整理から程遠い男である。
溜息混じり、態とこつこつ靴を鳴らして歩み寄る。
俺の足音に、そいつはぴくっと肩を揺らして顔を持ち上げた。
ぱちくりまん丸くなる瞳、俺は大股に近づいてその目の前に蹲み込んだ。
膝にファイルを立て抑える手の甲に顎を乗せる。
眇めた目元を向ければ、にこっと何も考えていないだろう笑顔が返される。
思わず二回目の溜息、俺は叱るように名前を呼んだ。
「ダンデ、また散らかしたな」
「助かるぜキバナ」
俺が片付けている前提の返事に眉を寄せ上げた。
しかしてダンデは気にした風もなく、新しい仮説があるんだと嬉々として語る。
楽しそうで、嬉しそうで、そんな様にぐむりと唇を噛み締める。
ダンデはそんな俺にゆったり目を細めて、膝の上でファイルを閉じた。
それから緩慢に持ち上げた手を伸ばすと俺の頰を指先で撫でるのだった。
「キミのことが、またこれで知れる。嬉しくて、つい、後片付けも考えず駆け込んでしまった。許してくれキバナ」
布越し、触れる温度が少し遠い。
ダンデの手袋で覆われたそこに視線を落として俺は無言で頰を寄せる。
もっと撫でて、強請る仕草にダンデは小さく笑って、すり、すり、と柔らかく俺の頰を包んで撫でてくれた。
布と肌が擦れて、ざりざり摩擦の音がする。
俺の肌は、人の肌とは違う作りをしていて、細かな鱗群が皮膚を覆っていた。
研究開始直後は、ふとした拍子、ダンデが怪我をすることがあったのだ。
ダンデは躊躇わない。
不可思議なこの体を気味悪がることもなく、普通の人間に接するように気軽に触れてくる。
だがそのせいで、ダンデはよくよく怪我をした。
この体が、傷付ける。
そんな事実が酷く煩わしくて、呻くよう頼んだことがある。
不用意に触れて、お前が怪我をするのが嫌だ。
気軽に触れるなと、そういう意味で伝えたつもりだった。
しかして、口にした翌日、ダンデは素肌の出ない格好に手袋をつけて、これでいつでもキミに触れられると俺を抱きしめた。
唖然としたものだ。
触らなければいいのに、いつでも触れるように準備をするなんて、どれだけ、どれだけ、どれだけ。
どれだけ、愛しい気持ちを積み上げさせる。
被検体を被検体として扱えばいいのに、ダンデは俺をキバナとして扱うからいつだってその手先が愛おしい。
ざりざり撫でられながら、うっとり目尻を下げればダンデの手が引く。
少しの不満にじとっと見やる俺に、ダンデは小さく微笑んだ。
「許してくれたか?」
「オレさま、そこまでお安くねぇのよ」
「それは困ったな」
最初から、そんなに本気で怒ってはいない。
ダンデもそれがわかっているのだろう。
肩を竦めながらも、先程の続きなんだがとダンデはマイペースに語り始める。
細胞分裂の累計、細胞の入れ替わり時期、などなどと朗々と説明する声にぼんやり耳を傾けた。
ダンデは嬉しそうに笑みを深めて、つまりな、そう言葉を区切った。
「細胞の入れ替わり周期を勘案するに、キミの寿命というのは比較的人間に近いんじゃないかと思うんだ。だから、俺は死ぬまでキバナを知ることができる」
嬉々として語る、その言葉に目を見開いた。
何も考えず、言葉を選ぶ。
だから、人を簡単に振り回して、心臓をぐるんぐるんと喧しく巡らせる。
死ぬまで、なんて気軽に言うな。
お前の最後まで、俺を置いてくれるなんて、軽々しくいうものじゃない。
研究以外は、全くどこかズレていて、きっとこれにも深い意味などあるわけがない。
わかってはいる、そうなのだが、どうにも俺はじわじわ上がる体温を抑えられない。
ゆらり、ゆらり、尾が揺れる。
勝手に揺れるこれは、根本をベルトで抑えなければ感情でぶんぶん乱暴に暴れてしまう。
抑えていてよかった。
びたんびたん跳ね回ることもない。
小さな呼吸を繰り返し、俺は唇を尖らせる。
ダンデが静かに微笑みそんな俺を見つめていた。
美しき太陽の双眸が、俺の虹彩をちかちか焼いていた。
ほろりと溢れる言葉は、期待がましくも少し恥ずかしい上擦り声で完成された。
「オレさまに一生費やすってわけ?」
口にした言葉に、ダンデはぱたりと瞬きをした。
それからふむと俯いて、顎を撫でる。
しょりしょり、顎髭が摩擦で微かな音を立てていた。
どきどき、自分で言い出しておきながら、変に脈拍が速くなる。
あぁ、折角ダンデと同じ時を刻む心臓なのに、こんなに早足になっては先が短くなってしまう。
馬鹿げた心配に、顔を強張らせればダンデはふはっと吹き出した。
吹き出すのは、少し傷つく。
おかしな質問だと思われたのか。
がんっとショックを受ける俺にダンデはくっくっと肩を揺らして笑う。
それから右手の手袋に手をかけた。
すぽっと指を抜き、素肌を晒して手を伸ばす。
額に伸びる指先に、思わず身をひけば尻餅をついた。
どすっと臀部を打って短く呻く俺に、ダンデは名前を呼びながら角に触れる。
すりと撫でてくれる直に感じる体温が広がる心地は堪らない。
鱗の流れに沿って撫でてくれる手先は傷付かない。
じっと受け入れる俺に、ダンデは繰り返し名前を呼んだ。
だから、その瞳を覗き込む。
ダンデはくしゃりと幼いほど無邪気に笑って俺を見つめていた。
「費やすぜ、俺の人生はキバナ、キミに出会って始まった」
そんな言葉、いっそ、そんなものを向けるのは俺の方で。
はくりと唇を慄かせる。
ダンデは角からゆるりと手先を滑らせ、俺の目尻を撫でたのだった。
「だから、人生の終わりもキバナ、キミなんだ。これは、揺るがない」
愛しき研究者は、きっと新しいばかりの被検体を前にした探究心に燃えている。
あぁだけれど、わかっていても、そうだとしても、こうにも心沸き立つ言葉があるだろうか。
健気なものだろう。
こんな言葉一つで、この男がまた好きになる。
俺は瞼を下ろす。
目尻を撫でた久しぶりの素肌の感触に、俺は蕩けるような気持ちだった。
そうして、小さく頷いた。
「オレさまも、ダンデ、お前に最後まで看取られたいよ」
口にした願望には、被検体以上の気持ちが籠る。
緩やかに瞼を持ち上げる。
そんなことを知らないダンデはぱぁっと顔を輝かせ大きく頷く。
きらきら、眩しい俺の好きな人、いつしかこの想いは昇華されるだろうか。
ふっと小さく漏れ出る笑みの行き先はない。
ダンデがゆったり手を引いて手袋を上機嫌にはめ直す。
そんな様を、なんとも切なく見つめる。
あぁまったく、健気で報われない恋心である。
また楽しそうに仮説を語らうダンデを前に、俺は笑みを浮かべて相槌を打つのだった。

◇◇◇

研究者、ダンデは語る。
心許した幼い頃からの馴染みの女性にかく語る。
「きっと彼はわかってないんだ。俺の探究心だけが彼を求める理由だなんて思ってる。馬鹿げた話だろう。そんな訳があるものか。ただの興味一つで人はここまでのめりこめるわけがない。ふふっ、だけどそんなところも可愛いんだ。寂しそうにしゅんとしたりして、駄目だなどうにもうまくやれない。え、なんだって?惚気?いや違うな、これはれっきとした相談事だぜ」
研究者、ダンデは語る。
呆れ果てる女性を前に、軽やかにも伸びやかに、微笑む表情にとびきりの熱を込めて語る。
「この一目惚れの恋心を、どうやって伝えればいいのかわからない。哀れな男の恋の相談だ」
研究者、ダンデは語る。
その心の行く末を、ただの青年として語るのだった。


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