@akirenge
「すぐに帰るなんて言わなきゃよかった……」
北村透谷は帰り道、荷物を抱えて途方に暮れていた。荷物の内容は殆どがおやつだ。帝国図書館の運営形態が変わってからは、
今まで以上に実験や研究が増えた気がしないでもないと特務司書の少女が言っていて、じゃあ何が必要になったかというと糖分なのである。
あるいは辛味、甘味でもいい。間食だ。
間食のおやつがきれそうだったので、ちょうど開いていた透谷が買いに行ったのだが、裏門を通る際、守衛から雨が降りそうだから、
気を付けてほしいといわれたのだ。傘を持っていきますかと言われたのだが透谷はすぐに帰るから大丈夫と言って断ったのだ。
それがよくなかった。
おやつとか、雑貨屋の可愛い小物とかに目移りしていたから、時間が過ぎていて、いざ、帝国図書館に帰ろうとしたら
雨に降られたのだ。周囲も冷えてきた。
急いで軒下に雨宿りをしたのだ。
「司書さんが大好きなチョコサブレはキープしたから安心……」
とても美味しいチョコサブレを売っているケーキ屋があり、そこに寄って買い占めてきたのだ。透谷も前に食べたことがあるが、
非常においしかった。転生してから透谷はお菓子作りに挑戦したりしていて、腕前は地道に上がっているのだが、お菓子屋並みに
お菓子を作りたいと思うことがある。こういうのは経験やらやる気なのだろうとはなるが。
春先になり、日が伸びてきたとはいえ、夕方になれば寒くなってくる。
雨宿りに使っているのは民家の軒下だ。とはいえ、人の気配がないため、随分前から人が住んでいないのだろうと判断する。
透谷は雨音を聴きながら目を閉じた。眠かったのだ。
意識がほんの少しだけ、途切れる。
目を開けると、雨がやんでいた。
「あれ?」
雨はやんでいるが、透谷は違和感を感じた。
――こんなに、静かだったっけ?
この辺りは透谷も何度か来ているが、今の時間帯にしては静かすぎる。透谷は荷物を抱えたままで、軒下から出た。
帝国図書館に帰ろうとする。
両手に荷物を抱えて、行きなれた帝国図書館への道を歩こうとしたが、
「おかしいな」
知っている道にたどり着かない。透谷は方向音痴になった覚えはない。そして何より、ここには人がいない。
透谷だけなのだ。
落ち着いて透谷は両手の荷物を抱えなおした。チョコサブレだけは絶対に守り抜かなければならないとなっていた。
ズレたことを思ってしまっているが、チョコサブレによって沈みそうになる意識を保っていた。
歩いてみると、階段が見えた。見上げれば神社の立物らしきものがみえる。
透谷は、神社に行ってみることにした。雨で地面が濡れているので慎重に歩いている。一方一歩、しっかりと階段を上った。
たどり着くと、神社には馬の銅像と拝殿がある。透谷が振り返ってみれば、かなり離れたところに鳥居がある。
『にゃあ』
猫の声がした。
帝国図書館にはしゃべるネコも居たし、他の猫もいた。特務司書の少女がネコ好きなのもあってか、帝国図書館は猫を中心に
動物の保護活動にもかかわっている。透谷も図書館猫と呼ばれる図書館で世話をしている猫達をよく撫でていた。
「ネコヤナギ……」
神社の敷地内に、ネコヤナギが咲いていた。
おかしい、と透谷は想う。今は五月だ。ネコヤナギは二月から四月に咲くのだ。また猫の声がする。か細い声だ。
透谷は荷物を置くと神社の拝殿に向かい、賽銭箱の裏側を覗いてみる。
そこに子猫が一匹丸まっていた。小さすぎる。三毛猫だ。
「透谷!」
「花袋君。猫が」
田山花袋が傘を二本もった状態で神社の方に現れていた。透谷は小さく震えている猫の方に意識を向けながら、
花袋を呼んだ。
「ずっと帰ってこないから心配したんだぞ。行き先何処だって調べたりして穏便に行くために俺が来た」
「穏便……?」
「とりあえず猫を連れて戻るぞ。動物病院も知ってるから。それと、”心配するな。ちゃんと連れてくしここは何とかするから”」
花袋が強く言うと神社に張り詰めていた空気が柔らかくなった。花袋は透谷に傘を持たせるとフェイスタオルを取り出した。
図書館から持ってきた白いふわふわのタオルに透谷は猫を包んだ。
「ここはどこなの」
「外れちまった場所とかどうとか、振り返らずに帰るぞ。荷物は後で回収する」
花袋が宣言する。透谷は猫を抱えた。透谷は言われるがままに花袋と共に階段を下りて行く。
階段を下りて行ったら、透谷の知っている場所へと出た。
「ま、まずは猫を動物病院だよね。いきなり花袋君が来て混乱して……夜……」
夕方のはずだった。夜が来るまで余裕があるはずだったのに透谷と花袋がいるのは夜であった。一気に数時間が経ってしまったのかとなる。
花袋がずっと帰ってこないから心配したという意味が分かった。
「透谷が帰ってこなくて守衛さんに聴いたら買い物に出たとか聴いて、待ってたけど来なくて」
「心配してくれてたんだ」
「当たり前だろ。藤村とかは後のことをするのについていくらしいから、」