@adonis_ramosa33
汐田医院様の企画「金福村・四月のワークショップ『金福演習』(http://privatter.net/p/717098)」に参加させていただきました。素敵な企画を立てていただき、心より感謝申し上げます!! とても楽しませていただきました!!!
「へび」
どんよりと空の上に立ち込める暗雲から落ちる鋭い水の雫は、窓にぶつかって透明な軌跡を残していた。人と人との間に一歩分の距離があるかないかぐらいの、すし詰め状態のバスの中。濡れた路面を走る車体の不規則な揺れを吊り革と二本の足で受け止めながら、金髪の男は隣に立っている男が被るニット帽を見て、一言だけ呟いた。へび。蛇。ああ、帽子についた蛇のことか。ニット帽の男は帽子に触って、他の箇所とは異なるざらつきを指でなぞった。自分の目には見えないが、そこには確かにとぐろを巻く緑色の蛇が居座っているはずだ。金髪の男は静かに、ニット帽の男を見つめる。その目の中には、不思議そうにものを見るような、何か返答を待っているような、そんな色を浮かべていた。
様々な表現を駆使した言葉や、くるくると変わる表情といったわかりやすいものより、ほんの少しだけの言葉や、意志の強い瞳で、自分の感じたこと、考えていることを物語るこの金髪の男。彼の独特なコミュニケーション方法に、少しずつ慣れてきているとはいえど、へび、の一言だけでは何を聞きたいのか伝わってはこない。ニット帽の男は、金髪の男の視線を受け止めながら、後に続く言葉を待った。少しの間待っていれば、そのうち自分に不足しているものが何だったのか理解できる。金髪の男は、不器用だけれど聡い男だった。
「手作りなのか」
付け足された言葉に、ニット帽の男はようやく理解する。蛇の刺繍が施されたこの帽子が、手作りなのかどうか。それを聞きたかったのだ。
「帽子は、買ったものだ。編み物はまだやったことがなくてな。今度挑戦してみてもいいかもしれない」
そう答えてやると、金髪の男は思案するように視線を揺らした。どうやら求めていた回答とは多少のずれが生じていたようだ。もう一度、自分に不足していた言葉を探している。右手の人差し指でニット帽を指して、もう一度口を開いた。
「その蛇は、お前の手作りなのか」
口が動く。ああ。蛇がついた帽子ではなく、帽子についた蛇のことを聞きたかったらしい。まだまだ自分もこの恋人のことを理解するまでには及んでいないようだった。自分に気持ちを伝えようとどうにか言葉を紡ぐ愛しさもあるが、まだ、恋人との距離を0にすることはできない寂しさも覚える。もっと、時間があればいいのに。近づいても近づいても、自分と恋人はまだ遠いところにいる気がした。そう思ってしまうのは、別れの時間がもう間もないところまで迫ってきているからかもしれない。
「……よくわかったな。これは自分で付けたんだ」
もう一度ニット帽のざらついた部分を撫ぜて、男は微笑んだ。ようやく自分の想いが伝わってほっとしたのか、金髪の男は唇から小さく息をついた。
「同じ蛇が、ジャージにも縫い付けてあるだろう」
おや、とニット帽の男は目を見開く。たしかにニット帽の男は裁縫が趣味で、自分が身につけるものに刺繍をすることもある。最初は名前代わりの目印として付けていたのだが、段々と刺繍のクオリティをどれだけ高められるかの挑戦になり始め、今ではさりげなく美しい刺繍をするにはどうしたらよいか考えながら、ちくちく自分の持ち物に蛇の刺繍をこさえることが日々の小さな楽しみになっていた。けれど、そのことを誰かに話したことも、指摘されたこともなかった。まさか自分の密かな楽しみを金髪の男に知られているとは思わなくて、なんだか少し照れくさくなった。
「よく見てるな」
「好きだからな」
なんのためらいもなく言い切った金髪の男を見て、ニット帽の男は一瞬呆けたように口を開け、そしてすぐに眦を和らげた。付き合い始めた頃はそんなこと、恥ずかしくて言うことすらできず、顔を赤らめて唇をふるふる揺らしていただけだったというのに。今ではすんなりと言えるようになったのだ。この、感情表現が苦手で会話下手の恋人が。
「お前は、蛇が好きなのか」
金髪の男はニット帽に縫い付けられた蛇を見る。うん? と続きを促すと今度は真っ直ぐな視線をニット帽の男に向けて言葉を付け足す。
「蛇の持ち物をよく見るが、お前は蛇が好きなのか」
その質問に、ニット帽の男はすぐに答えることができない。少し、考え込む。ニット帽の男は蛇が特別好きなわけではない。好きなものはロードレースと、肉かす入りで青のりが山ほどかかった焼きそばだ。ちなみに、特別好きなものは隣に立っている金髪の男なのだが。彼が蛇の模様の刺繍をするのは、周りがニット帽の男に対して蛇を冠する呼び名をつけたからであり、彼を象徴するのにわかりやすい記号となるからだ。
「好き、というより趣味が高じて、と言えばいいのか……そうだな。愛着はあるぞ。何せ、俺は石道の蛇と呼ばれているからな」
愛着、と金髪の男はニット帽の男の言葉をそっくりそのまま繰り返した。そういうものか、と納得したのかしてないのかよくわからない返事をされる。どうして突然そんなことを聞いてきたのか、恋人の意図がわからない。ふと、金髪の男が抱えているものを見る。そこにあるものに気づいて、少しだけ金髪の男が言いたいことがわかったような気がした。
「……ああ、お前のように林檎が好きだから林檎のグッズを持っているのとは、ちょっと意味合いが異なると思うぞ」
「む」
金髪の男が抱えている大きめの鞄には、赤い林檎のピンバッジが控えめに存在を主張している。大の男が鞄に付けるものとしては少々可愛らしすぎると思えなくもないが、自分の持ち物にトレードマークの蛇を刺繍する男も大差ないだろう。といっても、ニット帽の男が持っている最低限の持ち物しか入っていない小振りな鞄には何の装飾もされていないのだが。
「俺は、好きなものだから、身につけている」
「そうか」
ニット帽の男が返事をしたら、それきり、二人の会話は途絶えてしまった。金髪の男はまだ言いたいことがありそうな素振りを見せたが、ニット帽の男がいくら待っても続きの言葉はもたらされなかった。バスの中では乗り合わせた人々の会話と、窓にぶつかる雨粒の音が混じりあって二人の鼓膜をそれぞれ揺らす。二人がバスに乗ってきた時には、音も聞こえないほど頼りない力で窓にくっついていた弱々しい雨が、今では、だだだ、と激しく音を立てて大粒の水滴が軍勢となって窓に襲いかかっている。どうやら本格的に降り始めてきたようだった。家を出る時に傘を持ってこなかった二人は、少しだけ途方に暮れた。
――●●公園前、●●公園前。
車内にアナウンスが流れ、ぷしゅう、と間の抜けた音が鳴る。金髪の男の目の前に座って小説を読んでいた中年の男性がバスの表示を見るや否や慌てて立ち上がって、二人の間を掻い潜ろうとした。体格のいい二人にぶつかり、頭をぺこぺこ下げながらバスを降りていく。ぽつりと空いた席を見た金髪の男が、ニット帽の男に目配せをしてくる。座ったらいいんじゃないかと言いたげな、遠慮がちに向けられた視線の先には、ニット帽の男の膝と、肋がある。
雨の日は、古傷が痛む。
いつの日か口にした冗談交じりのそれを、金髪の男は忘れるつもりもないようだった。せっかく癒えてき怪我のかさぶたに爪を立ててべりべり引き剥がして、より一層、傷を深くする。ぷくりと膨れ上がった血の塊が繋がり、落ちていく痛々しいだけの光景をまじまじと見る。そんな行為を、ニット帽の男と金髪の男は、二人が関係を持った日からずっと、延々と繰り返している。その度に、どろりと居心地の悪い空気が流れて、二人とも口を噤んでしまうのだ。まだ、もう少し時間が必要だ。もっと、もっと、時間がほしい。ニット帽の男はそう思う。しつこくこびり付く自分の気持ちを誤魔化すように、わざとらしくため息をついて金髪の男と距離を詰めた。腰に手を回すと、金髪の男はびくりと肩を震わせた。
「じゃあ、俺は席に、お前は俺の上に乗るか? ……昨日みたいに」
耳に触れてしまいそうな程、唇を近づけて甘く囁く。耳にふっと息を吹きかければ怯み離れようとする体を、腰に巻きつけた腕で押さえつけ、耳の中に舌を入れてぐちょり、と音を立てて舐めた後すぐに抜いた。金城っ、こんな所で、と金髪の男は声を荒げるが、舐めた耳も、舐めていない方の耳も真っ赤に染まっていてまるで説得力がない。するり、と回した手を引いて、歩幅一歩分のスペースを空けた。
「冗談だ。座らなくてもいいさ」
そう言って悪戯っぽく笑うと、金髪の男は何か言い返そうと口を開いた。けれど、ヘッドフォンを付けた男子高校生が二人の間に体を滑りこませてきたために、金髪の男の言葉は遮られてしまう。男子高校生は二人の目の前の席に収まってすぐに、スマホを弄り始めた。こちらの会話などまったく意に介していない。そんな様子だ。行き場を失くした言葉をため息に込めて吐くと、金髪の男は恨みがましそうにニット帽の男を見つめた。
「……お前の冗談はたちが悪い」
睨み付ける視線に大して力は無い。非難めいた口ぶりにも、じんわりと熱が籠っていた。ニット帽の男から視線を外した金髪の男は、自身の足元を見て絞り出すように喉を震わせる。
「思い出したら、まだ一緒にいたくなるだろう」
寂寥に浸る声色が、他の乗客の会話と窓にぶつかる雨音の中で、ぽつりと落ちた。
ニット帽の男は言葉に詰まる。互いに、思っていることは変わらなかった。そして、言葉にされてしまえば、余計に実感が湧いてくる。雨の中を走るこのバスが、目的地に着き、駅に向かい、改札口で手を振る。ホームへと消えていく後ろ姿を未練がましく視線で追いかけて、新幹線のドアが閉まり、それで、二人の時間は終わりを告げる。また始まるまでには、長い日を待たなければならない。その始まりまで二人の時間は、ずっと、止まったまま。
「……雨が止むまで、」
口をついて出てきた言葉は、ほとんど無意識に発されたものだった。
「え?」
「雨が止むまで、このままバスに乗っていようか」
「……。……そうだな」
「傘、忘れてしまったしな」
「ああ」
「濡れて帰るのも嫌だろう」
「だが、すぐ止んでしまうかもしれない」
「止まないさ」
帽子の男の言葉とは裏腹に、先ほどまで暴れるように激しく降り注いでいた雨は、今度はぱらぱらと、強くも弱くもない、中途半端な力加減で窓を叩いていた。
「もっと、一緒にいたい」
「……明日、朝早いんだろ」
「……ああ」
――次は、○○通り。○○通り。
バスのアナウンスが、二人の間の空気を壊すように響いた。近くの席に座っていた老婦人が、とまります、と書かれたボタンを押す。ぴんぽーん。次、止まります。老婦人に応じるように無機質な機械音声が流れる。繁華街に入ったバスは、もう間もなく目的地である駅に着くことを二人に告げていた。そしたら、もう、おしまいだ。会えない日に連絡を取り合うことはできても、実際に会うのとではまるで違う。遠距離の交際というのはどうしたって、互いの寂しさを募らせる。だからこそ、会える日には限られた時間の中で濃密な時間を過ごそうと心掛けている。でも、それでも、別れを惜しむのは変わらないのだ。ふと、ニット帽の男の視界に、金髪の男の鞄についた林檎のピンバッジが入ってきた。
――好きなものだから、身につけている。
身につけられたらいいのに、と思う。それができないから悩んでいるのだけれど。せめて、彼を思わせるものを、身につけることができれば。そうしたら、少しはこれから訪れる寂しさを紛らわせることもできるのかもしれない。そんなことを考えていたら、何やら視線を感じた。顔を上げれば、金髪の男はじっとニット帽の男の頭を見ていた。どこを見ているのかと思ったが、自分の帽子に巣食う蛇を思い出す。もしかして、同じことを考えていたのだろうか。金髪の男が視線を下ろして、こちらと目が合うと、頬に朱を滲ませてすぐに俯いてしまった。少しでも、どんな方法でもいいから、互いを傍に感じていたい。できることなら、ずっと、一緒にいたい。自然と胸に湧き上がってきた気持ちは、ニット帽の男の中で静かに揺れて、やがて一つの想いに昇華する。互いを繋ぎとめる、何かが欲しい。
――○○通り、○○通り。
ぷしゅう、と、また間抜けな音を立ててバスが止まる。止まったバス停から、雨に打たれる露天商が目に入った。雨では商売にならないと踏んだのか、疲れたような顔つきでケースには入った銀細工がしまわれていく様子が見える。
「すいませんねえ」
しわがれた声が聞こえて視線を向けると、先ほどボタンを押した老婦人が、席から立ち上がっていた。杖をつき、頼りない足取りで出口に向かっている。このバス停で降りるのは、その老婦人だけのようで他の人々はバスの中から少しも動こうとはしなかった。すいませんねえ、と老婦人は人混みの中、道を開けてもらおうと繰り返し声をかけて、ゆっくり、ゆっくり、開いたドアに向かっている。どうやら停車している時間は、随分長くかかりそうだった。ニット帽の男は自然と口を開く。福富。顔を上げた金髪の男の手を、ニット帽の男は取った。
雨が上がった静岡駅の改札前で、黒髪の男は欠伸をした。もうそろそろ来る時間だろうか。ポケットに突っ込んだ手でスマホを取り出して、時間を確認する。ついでに、少し前に受信されたメールをもう一度見た。少し遅れるかもしれないから、適当に時間を潰していてほしい。そんな内容のメールだ。そこに記述された時間と画面の端に表示された時間に大して差がないことを確認して、大きく伸びをした。背骨がぽきぽきと鳴る。
「荒北」
声をかけられて、黒髪の男は声の聞こえた方に顔を向けた。そこには、ニット帽を被った男がいた。何の装飾もない地味な鞄を持っている。腰掛けていたベンチから立ち上がって、軽く右手を振ってニット帽の男の声に応答を示し、傍に近寄る。
「よォ」
「待たせたな、すまない」
「別にイイって。気にすんな」
軽い口調でそう言って視線を向けると、ニット帽の男は心なしか寂しそうに見えた。まァ、色々思う所があるのだろうな、と黒髪の男は気まずそうに頬を人差し指で掻く。どんな言葉をかければいいのか、言いたいことはそれなりにあるのだが、何から言えばいいのか。なかなか難しい。
「……あー、福ちゃん、元気だったァ?」
「ああ」
無難な言葉を選べば、相手は律儀に返してきた。そりゃよかった、と返した時、ちゃり、という金属が擦れる音が聞こえてきたので、黒髪の男は怪訝そうな表情を浮かべた。音の出所は、ニット帽の男の胸元からで、チェーンに通された金属の輪がぶら下がっている。あまり高そうなものではなさそうだった。若い男性がファッションで付けるレベルのオシャレアイテムというか、その辺で売っていそうなものだ。
「何それ。指輪?」
「ああ、まあ、仮の婚約指輪のようなものだ」
「……」
黒髪の男は眩暈を覚えた。この男たちときたら、いつもこうだ。今すぐこの場で頭を抱えたくなった。同性同士、遠距離、そういった障害の中で関係を続けるのは大変だろうと、こちらが気を遣って会話のキャッチボールよろしく、気遣いに満ちたマシュマロのような柔らかさのボールをそっと投げてやれば、そんなことは知ったこっちゃないとでも言いたげに、そのボールをハリセンボンに変えて恐るべき球速で打ち返してくるのである。こちらに一体どれだけトゲが刺さっているのか、ちょっと数えてみてほしい。そう思ったことは決して少なくない。
「まァたお前らは……そういうことしちゃう……」
海よりも深いため息をつきながら、いやいや、と思い直す。友人の幸福は純粋に祝福したいものだ。何せ自分の青春時代、若く輝かしい時代にアシストを勤めた二人の友人が幸せそうにやっているのだ。これほど祝福しがいのある者は自身の交友関係の中でも彼らだけだと思う。……熱愛の様子をこうも間近でしっかりがっつり見せつけられることがなければ、の話だが。
「いや、まァ、仲睦まじィようで何よりで……」
「まだ指につけるのは早いと言ってな。また、時間のある時に二人で買おうと」
話しているうちに、照れくさそうな、熱に浮かされたような、そんな表情をニット帽の男は浮かべた。はにかむような柔らかい表情を浮かべる友人を見て、黒髪の男は唇を引き攣らせる。どうにか笑おうと試みるが、あまりの熱々さを目の前にして、精神的に非常に辛い。もう既に刺さったトゲは千本を超えている気がした。
「……もしかして、それも?」
諦めとも悟りともつかない虚ろな目をした黒髪の男は、弱々しい力で指差した。実は先程からずっと気になっていたのだが、聞けば再び千本のトゲが降ってくるような予感がして聞くことができずにいたのだ。しかし、もう構うことはない。毒を食らわば皿まで。黒髪の男は腹をくくっていた。そういう潔さが余計に自分の首を絞めることを、ぼちぼち自覚し始めてはいるのだが、彼の性分はなかなか曲げられないのだった。
あ。
二体目のハリセンボン来る。
そう思った瞬間にはもう遅い。
「これは違う。次会ったとき、これを返すという約束をしたんだ。まだ寒い季節が続くから、早く返しに行かなければな。といっても、会う日までアイツのことを思いだせると思うと、すぐ返すのも勿体ないかもしれないな」
頬を赤らめ、浮足立ったような表情はもう、バカップルのそれである。
「っだあああああああ!! もういい! シャツのボタン付けろ!」
「なぜだ荒北」
不思議そうな顔――いや、それ以上に幸せに満ち溢れんばかりの表情をして首を傾げられる。黒髪の男は、ニット帽の男の胸元を指差して、叫んだ。
「これ以上、……その、いや、なンだ。えーっと、だからァ!! お前らのいちゃついた雰囲気に当てられたらたまッたもんじゃねェんだよ!!! そのうちハートマークのついた手編みのセーターでペアルックなんてマネしそうでその写メ送られそうな予感がビシバシしてほんと勘弁してくれ! マジで!! 頼むから!!!」
「編むか?」
「ヤメテ」
「なんだ、いい案だと思ったのに」
そういえばちょうど、編み物をしてみようかなんて話をしていたな、と笑う男の声が聞こえてきて、黒髪の男はひどく後悔していた。ああ俺の口、余計なことばかり言う……。
「随分賑やかだったな。妬けるじゃないか」
達観する黒髪の男をよそに、坊主頭を涼しげに外気に晒した男は、ニット帽の男に身を寄せて肩に腕を回していた。
「金城!」
嬉しそうに声を上げるニット帽の男の帽子の下からは、金色の髪がはみ出している。ニット帽を被った金髪の男と距離を詰めて、坊主頭の男は笑った。彼の首元にも、ニット帽の男とおそろいの、チェーンに通された指輪がある。
「ヤケ……ル……?」
黒髪の男は、まるで異国の言葉を初めて聞きましたみたいな表情を浮かべていた。何だ妬けるって。俺に? 何言ってるんだコイツ。ペアリング買っておきながら? お前の帽子を照れくさそうに被らせておきながら? 何言ってるんだコイツ。
「遅くなったな、福富」
坊主頭の男は肩に回した手をニット帽の男の腰に滑らせて、熱っぽく囁いていた。何だか尻を撫でているような気がしたが、黒髪の男は見て見ぬふりを貫いた。気づいた時にはすぐに二人の世界を構築するのが彼らである。お熱い雰囲気で盛り上がっているその様を冷めた目で見ていた黒髪の男は、ふと、坊主頭の男の鞄についたどこか見覚えのある林檎のピンバッジを見つけて、再び海よりも深く、谷よりも深い、大きなため息をついた。それから、ほんの少しだけ口端を持ち上げた。
「ほんと、仲睦まじィこって」