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★願いを結う(実写設定)

全体公開 1 10 2722文字
2021-05-16 14:53:35

薫ちゃんが呉に飛びつくシーンからの、実写のシーンを切り取った、薫ちゃん視点SS。

Posted by @tachik_k

――だめっ!」
 叫んだ自分の声を、薫はどこか遠くに聞いた。
 屋敷の中から響いてくる様々な音――何かが壊れる音や、落ちる音。そうして、金属がぶつかり合う甲高い音――を頼りにたどり着いた先で視界の中に飛び込んで来た光景。
 どこか呆然とした様子の青年と、地面に膝をついて動かない見慣れた背中に銃口を向ける、モノクルの男――――
 それを目にした瞬間、衝動的に薫は飛び出していた。
……っな!?」
 突然現れた薫に腕に抱き着かれて、モノクルの男――呉黒星が目を見開く。
「~~っ、##**っっ!!」
 罵りの声が聞こえるが、何を言っているのかよくわからない。
 引き離そうとする呉に、必死になってしがみつく。
 無我夢中だった。
 もし薫がこの手を離してしまったら、呉は再び剣心に銃口を向ける。そして、間違いなく引き金を引くだろう。
 そんなことは絶対にさせない。させてたまるか。
 しかし、足がもつれた弾みに腕を振り払われて、薫は叩きつけられるように地面に倒れ込んだ。
……っ」
 擦れる痛みに一瞬顔を顰めた薫が顔をあげた時には、すでに呉の持つ銃口が薫に向けられていた。
 思わず怯んだ薫に向けて、呉の顔がにやりと黒い笑みに歪む。
 ――撃たれる。
 そう思った。
 この至近距離、外すことはないだろう。よくて大けが、悪くて……――――
 剣心がひきつった顔で跳ね起きるのが視界の端に映る。
 まるで時間が引き延ばされているような感覚の中、呉が指に力を入れたのが分かった。

 そして――――

 銃声が聞こえるより一瞬早く。
 薫の視界を遮って飛び出した人影。

 背の高い――男。
 雪代縁。

 次の瞬間、銃声が聞こえ、引き絞られた縁の身体がびくりと揺れる。
 それが一体何を意味するのか――薫が理解するまでに、瞬き二つほどの時間が必要だった。
 響いた銃声と、眼前の縁。
 それはつまり。
 雪代縁が呉の凶弾から薫をかばった――言葉にすれば、たったそれだけのことだ。
 けれど――――どうして。

 呆然と見上げる薫と縁の視線がかち合う。
――……
 刹那――それは本当に瞬きにすら満たないような、刹那の時間。
 ほっとしたように縁の表情が緩む。まるで子供のように無邪気に。
 しかし薫がそれを確かめようとした時には、先程までの表情はなく、代わりに愕然と見開かれた瞳が薫を見下ろしていた。
 彼自身、自分の行動が信じられないと言っているかのように。
 だが、その表情も一瞬。
 消えた驚愕の代わりに、瞳の奥で暗い炎のような怒りがはじけるのが見えた。
 声が出せない薫の前で、幽玄のごとく身体を揺らせて縁が振り返る。

 ――呉黒星へ。

……っっ」
 縁の全身から立ちのぼる怒りに、呉の顔が恐怖にひきつる。
 よろりと後ずさった呉の手の中からゴトリと音をたてて銃が地面に滑り落ちた。
 今すぐにでも走って逃げたいのだろうが、足がもつれて動かないらしい。
 立ち竦む呉に向かって、縁が握りしめた拳を振りあげる。
 呉は動かない――動けない。
「貴様……っ、俺のっ、邪魔をするなぁあっ!」
 ごぎ、と嫌な音が響く。
……がっ」
 殴り倒された呉の身体が、地面に叩き付けられて軽く跳ねる。
 だが、それだけでは収まらなかった。
 倒れた呉に馬乗りになった縁が、再度拳を振り下ろす。
 また、鈍い音。
 無抵抗の相手に幾度も振り下ろされる拳。
 その度に鈍い音が響き、呉の顔がどんどん血に染まっていく。

「待ってっ!」
 耐えきれず、薫は叫んだ。

「待って! それ以上したら本当に死んじゃうわ! 本当に……っ!」
 しかし縁は止まらない。薫の声など聞こえていないのだろう。
 やがて、力なくもがいていた呉の身体から、とうとう完全に力が抜けた。
「や――――
 息を飲んだ薫が何度目かの制止の声をあげようとした、その時。

……っ」

 横から伸びてきた手が、振り下ろされようとした縁の拳を掴んで引き寄せた。
 血と泥に汚れた赤い着物――剣心だ。
 思わず動きを止めた縁の耳元に、剣心が小さく何かを告げる。
 何と言ったのか薫には聞こえなかったが、縁の瞳が驚愕に見開かれ――次の瞬間、悲しみに歪んだ。
……っっ!」
 縁が大きく腕を振り払う。為すすべもなく地面に倒れ込む剣心。
 だが縁は剣心に――そして、ぴくりとも動かない呉にもまったく目をくれなかった。
 おごりにかかったように激しく身体を震わせ、蹲るように地面に顔を伏せる。
 彼の背中から感じる近寄ることを許さない明確な拒絶に、薫は動くこともできない。

 その時、小さく聞こえてきた呻き声に薫は弾かれたように振り返った。
 見れば、震える腕を支えにどうにか起き上がろうとしている剣心の姿。
「剣心!」
 慌てて駆け寄り、血の滲む剣心の背中を支える。
 しかし――剣心の視線はちらとも薫に向けられることはなく、縁を見つめたまま動かない。
 そして薫も、身体を振るわせる縁から目をそらすことができなかった。

「違う……っ」
 涙に濡れた、引き絞るような縁の声。
「違う、俺が――俺が、守りたかったのは……っ、本当に守りたかったのは……――――

 その姿が、どうして笑ってくれないのと嘆いていた縁の姿に重なった。
 姉さんの代わりなどいないと、薫を殺そうとした縁。
 姉以外を拒絶する、幼い少年。
 彼の深い悲しみには、きっとどんな言葉も届かない。
 雪代縁はそれだけ深く姉を愛していた。

 彼がしたことは、けっして許されることではない。
 それでも、彼の胸にぽかりと空いた大きな穴を感じてしまうから。
 胸が痛い――苦しい。息ができない。
 薫は、傍らにある剣心の着物を縋るように握りしめた。



 ――姉さん、と、幼い子供が叫ぶ声が聞こえた気がした。


*   *   *


 墨がしっかり乾いたことを確かめて、薫は書きつづった手紙を丁寧に折り畳んだ。
 あらかじめ準備していた風呂敷に、巴の日記とともに手紙を慎重に包んでいく。
 この日記を縁に渡したいと薫が告げると、剣心は「それがいい」と微笑んでくれた。きっと、縁にとって必要なものだからと。

 あの日、子供のように震えていた縁の背中を、彼の姉の想いが少しでも暖めてくれたらいい。
 そしてどうか、彼にも生きてほしい。
 生きて――活きて、そうして。

 いつか彼の名前のように、その縁がまだ見ぬ誰かと繋がることができますように。


 そう願いを込めて、薫は風呂敷の端を固く結びつけた。


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