@inarizushiman
四月の金福ワークショップ(http://privatter.net/p/717098)に寄せた演習です。
※金福が他の男とデキてたりします。
S系統は東京観光のために設置されたバスルートである。都内の各観光名所に停留所があり、どこから乗りどこで降りても一度の乗車で210円、もちろん乗り潰すのが目当ての観光客向けに一日乗車券も販売されている。桜の咲く今の時期には老若男女が全国の津々浦々より観光に訪れるので、平日であれ休日であれ混み具合は変わらない。
その日、金城も静岡より東京観光に来て、S系統のバスに乗っていた。もともと千葉の高校に通っていた頃は、東京にはすぐに出られたし観光するような場所ではないと思っていたし、今もその考えは変わらない。隣に立つ金髪の男は浮足立った様子で金城の肘あたりを控えめに掴んでいる、この男が東京観光へ行きたいと言いだしたのだった。バスが揺れるたびに同じように揺れる金髪男と、反対にがっしりとした体躯でびくともしない金城。金城は、肘に掛かる不安定な体重に説明しがたい違和感を得ながら、この旅行があとどれくらいで終わるのか考えていた。金髪男に視線を向けようとやや俯いた金城の、黒いニット帽、端の方にヘビの刺繍が施されていることに気が付いた男が、徐に指先でヘビを小突いた。金城にちょっかいを出すのが好きな男であった、それを金城は「なんだか違うな」とここ数日思い知らされて内心ではすぐにでも捨ててしまいたいと思っているところである。
なんだか違うな、も、何も、そもそも金城の求める金髪の男はこの男ではない。金城が刺繍が好きでそのヘビも自分で施したのだということも知らない、どこのブランドか、だなんて聞いてくるその男など違う。無自覚に金城は冷めきった眼を細めて、何かぼそりと呟いた。金髪男は金城の返事が聞き取れずに、わざとらしく身体を摺り寄せて自らの耳元を金城の口元へと近づける。彼の耳の裏に、控えめにつけられている香水の匂いがして、金城は「やっぱり違うな」と、わかりきったことを心内だけで復唱した。
「香水、きついんじゃないか。」
いつもの柔らかい声で彼の耳元で聞こえるように囁くと、金髪男は少し傷ついたような顔をして反論した。急に態度が変わった金城の空気を読み取ったのか、彼の物言いはどこか甘えるような色を含んでいた。
東京観光などするのではなかったと金城は後悔している、先ほどひとつふたつ前の停留所よりその気持ちは大きくなりばかりであった。来る前からなんとなくわかっていたことだ、どこもかしこも知っている、高校の時にかつての男と一緒に来たところだった。
東京の新名所の停留所では多くの人が降りて行った。新名所とは言え、二、三年前のそれが出来上がってすぐの頃に、金城は福富と共に訪れていた。停留所のある歩道は桜並木が続いていて、バスの扉が開くと同時に桜吹雪(吹雪と言うのには弱弱しいが)が車内に入り込む。降り行く人々が、きれいね、と口々に言う。かつての金城は自転車で訪れたのだがその光景を目にして、何度も桜が顔に張り付き、眉を顰めていた福富を思い出すのであった。目の前の席が空いたのに気がついた金髪男が、弄っていたスマホを仕舞いながら、座ろう、と言ったが金城は首を横に振る。少しすると別の乗客が席に座る、金髪男は金城の顔を訝しげに見上げたが、金城は窓の外ばかりを見ている。
この男を見下ろすのも、見上げるのも、隣に座るのもいやになってしまったのだった。それから、このまま東北の実家に帰省すると言う彼に金城は心底ほっとした。
金髪男と別れた金城が静岡駅の改札を通ると、
「ちんたらしてんじゃねーよ。」
と、視界の外から声を掛けられた。
「26分着つったよな、もう35分じゃねーかっ。」
「トイレに寄っていた。」
「お前自分がどーいう立場かわかってんのかァ?」
ありがとう、と金城は素直に答えてしまうので、荒北もそれ以上咎めるのはやめた。そもそも金城のことを咎めるのは荒北にとってあまり面白いことではない、凹み様が顔に表れもしない優男だと思っている、レース中の方がよっぽど感情がむき出しで接しやすい。静岡へ帰ってくる金城を彼の家まで送り届けるのに、荒北はこうしてしょっちゅう呼び出されていた。車の運転ができ、かつ、気兼ねなく頼める友人だと位置づけられているのだと思えばまだ許せるが、男と二人旅行の帰りだと知っているとどことなく居心地は悪い。
「おい、ボタン外れてんぞ。」
金城のポロシャツのボタンが二つとも外れていることに気づいて、荒北は指さしながら指摘した。車の後部座席に荷物を置きながら、金城は掌を胸のあたりに持って行き確認すると、ああ、とだけ相槌を打つ。
「かっこわりー、着崩すとか似合わねェよお前には。」
知った風な口を利く荒北に、金城は安堵する。荒北と居ると嫌でも思いだすことが多い、だがそれだけが理由なのではなくただ単純に福富のことを忘れられないでいる。
「……また金髪?」
と、今度は目を逸らしながら、荒北は言った。また、というのはそういうことだ、金城は福富と別れてからというものの金髪の男とばかり付き合っている。同じ大学の男だったり、バイト先の男だったり、他大学の自転車競技部の男だったり……荒北の目にする「金城のカレシ」はいつだって金髪で、見るたびになんだか胸の内がすっきりしないもやもやで溜まる思いをするのである。
「いや、違うよ。」
だからこそ、金城の今日の返答に荒北は目を丸くした。そしてさっぱりしたような気持ちと、どこか寂しくて食い下がりたくなるような、掘り下げて、福富の名前を出してしまいたくなるような気持ちになって、言葉が出ずに口を噤んだ。金城は優しく微笑みながら、
「だってお前、福富はもう金髪じゃないって言っていただろう。」
そういえばそんなくだらない嘘をついたような覚えがあり、それを真に受けてそんなことを言っている金城が荒北には心底哀れな生き物に見えた。金城はもう一年ほど福富とは会ってはいない、ときどき荒北に彼の様子を聞いてくるので、荒北も別に後ろめたいことがあるわけもなく聞かれるだけ答えてやった。髪の色の話は、おそらく荒北が鬱憤を晴らしたくて嘘をついただけだ。
本当は福ちゃんだってずうっと真面目に金髪を何度も染め直しているし、付き合うのはガタイの良い坊主頭のド真面目で、しかも男! と、言ってしまいたいのを何度も荒北は我慢している。金城が金髪の男と付き合うのをやめたのか、聞いても良いのかどうか荒北にはわからずに、
「ふうん。そっかァ……。」
とだけ相槌を打って車のエンジンをかけた。
「御礼に牛丼でもおごろうか。」
「初乗り価格でも安すぎだっつの。せめてラーメン。」
桜の花びらが窓の外側に張り付いている、どこに居ようと思い出されることは変わらず、金城は何度目か思知らされるのであった。やはり彼でなければ。
終
汐田さん、素敵な企画をありがとうございます!
以下、元の文章を記載しています。
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S系統のバスのなか、混雑する時間。ニット帽をかぶった二十歳過ぎぐらいの男、帽子の端には小さな蛇の刺繍が入っている。スポーツをしているのか体格は良い。客が乗り降りする。隣に立っている金髪の男に何かを囁く。金髪の男はそれを咎める。辛辣な声を出そうとしているが、どこか甘えたような口調。目の前の席があくが二人とも座らない。
二時間後、静岡駅の新幹線改札口前で、その男をまた見かける。連れの男(先程とは違う黒い髪の男である)が彼に、シャツのボタンを付けるよう言っている。男の胸元を指差し、その理由を説明する。
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