@sikou_ga_maigo
※注意!※
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・読み切りですが、本文だけで1万字越えてるので、お時間のある時に。
・ダイポプです。タイトルまんまの話です。
・12歳×15歳の謎時空。(時系列を気にすると、ねじ込めそうな期間が見つけられずに全ボツ必須案件だったので…)
・書いてる本人の原作知識=新装版20巻まで+獄炎。
・アニメ未登場キャラが名前だけ登場。(名前のみなので、アニメ知識のみでも読めるかなとは)
・この話の中では、テラン城牢屋でのダイレオ例のシーンは『キスではなくハグだった』ということでよろしくお願いします…!(キスだった場合のパターンも構想にはありましたが、レオナが可哀想すぎて書けなかったのです…箱推しゆえの苦悩…)
長々と失礼致しました。少しでもお楽しみ頂けたら幸いです!
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【ダイポプに事故チューして欲しかっただけの話】
ダイとポップは今、とある宿屋の一室にて、ふたりきりで向かい合っていた。
時刻は、夜の帳が下りてから一時間ほど経過した頃。窓の外には藍色の空が広がっていて、その中天に、見事な満月が浮かんでいた。
満月のおかげでただでさえ強い月明かりを、大きめに取られた窓が、充分以上に取り入れてくれている。そんなわけで、室内は明かりを灯していないわりに明るく、隅々までよく見渡せた。
光量がたっぷりあるうえに至近距離で向かい合っているものだから、ポップの目には、ダイの様子がよく見える。
ダイは、板張りの床に直に正座をし、両膝に乗せた手のひらをぎゅっと固く握りしめていた。ベッドだって椅子だって、腰掛けるところなんて他にいくらでもあるのに、だ。
かく言うポップもまた、両手を身体の両脇に置いて両足を投げ出した格好で、ダイと同じく床の上に座り込んでいたりするわけだが。
部屋の中は重苦しい沈黙に支配されていて、会話が全くない。普段どおりのふたりであれば、とても考えにくい状況だった。
…が、それもそのはず。つい先程、普段どおりではないこと──大事故が、起こってしまったのである。
***
事の起こりは、今から数時間前に遡る。
詳しいことはよくわからないが、レオナが何やら多忙を極めていて、ヒュンケルは修行と称して姿を消していて。
マァムとクロコダインも、それぞれに外せない用事があるとかで。ついでにチウとゴメちゃんまでもが、獣王遊撃隊の集まりだとかなんとかで、今夜は帰らないらしい、ということが判明して。
そんな、ありとあらゆる偶然が重なった結果、ダイとポップは、ふたりだけで一夜を過ごすこととなったのだ。
正直な話、その時点で、ポップはかなり浮かれていた。
ダイとふたりで、他愛のない話をしながら眠りにつく夜。旅を始めたばかりの頃は当たり前だったそれは、今となっては、とても得難い時間になってしまっていたから。
何故かと言えば、仲間が増えたから、という一言に尽きる。勿論、それ自体はとても喜ばしいことであるし、仲間たちみんなと過ごす気のおけない夜だって、ポップの好むところだ。
けれど、本当に久しぶりに、親友とふたりで過ごせる時間を持てたのだから、それはもう、テンションも上がるというもので。
その上、「忙しすぎて食事も何も用意できないから、せめて宿の手配くらいは」と言うレオナのはからいにより、宿泊費はレオナ持ちで中々良い宿に泊まらせて貰えることになったものだから、ポップの上機嫌さには、益々拍車がかかっていったのだ。
ポップほど目に見えて浮かれてはいなかったものの、ダイもいつもより口数が多く、声も弾んでいたから、きっと同じ思いでいてくれたのだろうと思う。
宿に入ってからも、すこぶる順調に楽しい時間を共有できていた。
一国の姫であるレオナの見立てだけあって、宿はサービスも食事も満足のいくものであったし、冒険を始めたばかりの頃の思い出話で盛り上がったりなんかもして、ダイもポップもずっと笑っていたのだ。
食事や風呂を終え、二人部屋としてはかなり広い部類に入る部屋に戻った後も話は尽きず、ふたりは床に座り込み、顔を見合わせて喋り続けた。
けれど、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまうもので。
「そろそろ寝ようか。明日も早いしね」
ついにダイがそんなことを言い出して、立ち上がりかけてしまったのだけど。
(もうちょっと、ダイと話してえな…)
ポップはつい、そんなふうに思ってしまったのだ。
(こんな機会、次はいつ来るか、わっかんねえしなあ……もしかしたら、バーンを倒した後になっちまうか…?最悪、おれが死んじまったら、今夜が最後、って可能性だって…)
続けてそんなことまで考えてしまったものだから、この夜を終わらせることが、ますます惜しくなってしまって。
しかし、ダイはもう、すっかり立ち上がりきっていて、自分のベッドへ向かう為に、ポップへ背を向けてしまっていたから。
「あっ!なあダイ、ちょっと……」
ポップも勢いをつけて立ち上がり、ダイの肩に手をかけて、振り向かせようとしたのだが。
「なに、ポップ…えっ!?」
「待てって…!…へっ…?」
ダイが思いのほか素早く上半身を捻ってこちらへと振り向いたものだから、彼の肩に着地するはずだったポップの手が、目測を誤って空を切ってしまって。
ダイの肩に手を置くことで殺せるはずだった立ち上がった時の勢いが、ポップの身体が前方へと倒れ込む勢いへと変換されてしまって。
そしてポップの目には、驚きに目を見開くダイの顔、次いで、スローモーションで迫ってくる、板張りの床の木目が映り込み──
(やべえ…!このままだと、顔面から着地しちまう…!)
まもなく襲い来るであろう痛みと衝撃を覚悟し、ポップがぎゅっと目を閉じると同時に「ポップ!」というダイの上擦った声と、床を蹴る力強い音が耳に届いた。
次の瞬間、身体が温かくて馴染みのある香りを纏うものに包まれたことを感じたので、恐らくは、倒れ込みそうになったポップの身体を、飛び込んできたダイが受け止めてくれようとしたのだと思う。
…が、いくら伝説の竜の騎士であり、常軌を逸した力と反射神経を持つダイではあっても、頭一つ分は余裕で身長差があるポップの勢いづいた身体を、咄嗟に受け止め切ることはできなかったようで。
結局ふたりは、揃って床に倒れ込み(受け止めきれなかったとはいえ、大分勢いを削いでくれたらしいダイのおかげで、身体に痛みを感じることは無かったのが不幸中の幸いだった)、そのまま床をゴロゴロ転がる羽目になってしまって──
…そして。ベッドの脚にふたりの身体がぶつかって、ようやく回転が止まったその時に。一体何がどうしてそうなったのか、ダイがポップを押し倒すような体勢で、ふたりの唇が重なり合っていたのだった。
つい先程起こったこの出来事こそが、今この部屋に沈黙をもたらしている『大事故』の全貌なのである。
***
現在、ポップの目線の先にいるダイは、完全に俯いてしまっていて、表情が伺えない。
その上、背を丸めるようにして縮こまっているものだから、もともと小さな身体がいつも以上に小さく見える。
『大事故』の直後、素晴らしい反射神経を発揮してポップの身体の上から飛び退いて以降、ダイはずっとこんな調子のままなのだ。
(…ショックだったんだろうな…ま、そりゃそうか)
ポップの目から見て、ダイはまず間違いなく、レオナに対して特別な好意を抱いている。
まだ会ったばかりの頃、アバンが持ちかけたスペシャルハードコースに挑むことを迷いなく決めたのも、繰り返される無茶な修行に音を上げずに取り組み続けたのも、一刻も早くレオナを助けたいという、強い意志があったからこそだった。
修行を終えてすぐに倒れ込んだダイを介抱してやった時、ポップが投げかけた「なんでそんなにムチャすんだよ。そんなにそのパプニカのお姫さまとやらが好きなのか…」という言葉に対し、ダイが「へへへっ…まあね」と、照れもせずに返してきたことだってある。
レオナを氷漬けにしたフレイザード相手に激昂したり、レオナを助けるために紋章の力を初めて自分の意志で発動させたり、レオナの無事を確認して心底嬉しそうな表情を浮かべていたダイの姿だって、ポップはこの目でしかと見てきた。
レオナの方がダイをどう思っているのかを直接確認したことはないものの、普段のふたりのやり取りを見ていれば、お互いに好意があることは明らかだ。
今すぐではないとしても、もう少し年齢を重ねれば、いずれふたりは男女の仲に発展し、大勢の人々に祝福されて幸せになるのだろう、と、ポップはそう思っている。
…が、しかし。そんな、将来の伴侶と言っても過言ではない相手がいるダイの、一生に一度であるファーストキスの相手が、まさかのポップになってしまったわけだから……
(…やべえ。なんて言って謝りゃいいのか、全っ然わかんねえぞ、コレ…)
良心がズキズキと痛みだし、思わず天井を仰いだポップだったが。
「あの…ごめんよ、ポップ……」
なんと、ダイの方に先に謝られてしまった。驚いたポップがダイへと視線を戻すと、ダイは形の良い眉をすっかり八の字にし、恐る恐る、といった様子でこちらを見上げてきていて。
「いや、なんでおまえが謝んだよ。どう考えたって、悪ィのはおれの方だろ。ダイはおれを庇ってくれただけじゃねえか」
「で、でも……ごめん、本当に…」
むしろ謝るべきは、ポップのほうだ。だというのに、何故だかダイのほうがよっぽど申し訳なさそうな顔をしているし、繰り返し謝ってくる。
「あー…いや、なんつうか…うん。わざとじゃねえんだからさ、そんな気にすんなって。な?」
「うん…でも、やっぱりごめん!…ポップ、嫌だった、よね…?」
悲痛な表情を浮かべるダイに問われたポップは、はた、と気づく。
(…嫌だった、ってえのは、なんか違う気がすんな…)
じゃあどうだったのかと問われれば、驚いた、というのが正直なところだ。
(まさか、初めてのキスの相手が男だなんて、夢にも思わなかったからなあ…ましてや、その相手がダイだなんて…でも)
実を言うと、もっと驚いたことは別にある。普通なら真っ先に浮かびそうな感覚──嫌悪感だとか、抵抗感だとか──そういうマイナスめいたものを、まるで感じなかったのだ。
代わりに脳裏をよぎったのは。
(いや、おかしいだろ。他の場所ならまだしも、唇と唇って…奇跡的にもほどがあんぞ)
(こいつ、意外と唇やわらけえのな)
(間近で見るとけっこう睫毛長えんだな、ダイのやつ)
…こんな感じの、状況からしてみると随分と呑気な感想だったりする。しかし、目に見えて落ち込んでいるダイの手前、そんなことを口にするのは、さすがに憚られて。
とりあえず、ダイは何も悪くない。それだけは確かだし、こんなふうに謝られ続けるのは、ポップの方が居た堪れない。
(うーん…どうにかして、ダイの気持ちを軽くしてやらねえとなあ…とりあえず、喋りながら考えりゃいいか、うん)
「あー…こんなの、あれだろ?」
「…あれって?」
「…あれってのは、その、あれだよ……あっ、ほら!不幸な事故、ってやつ?」
適当に喋っていたら丁度いい言葉が出てきたので、ポップは安堵の溜息を吐いた。
(おっし、この方向で行くか。これなら、ダイの罪悪感も軽くなんだろ)
そんなことを考えながら次の言葉を探しているポップはまだ、気が付かない。
「不幸、な、事故…??」
そう呟くダイの表情が、申し訳無さそうなものから、呆然としたものへと変化してしまった、そのことに。
「そ。これは、不幸な事故だったんだよ。おめえだって、初めての相手は女の子が良かっただろ?それこそ、姫さんとかさ。悪ィな、よりによって、相手がおれなんかで。でもさ、事故なんだから、数のうちにゃ入らねえよ。だから、おまえもいつまでも気にしてねえで、さっさと忘れちまいな」
できる限り軽い調子を心がけ、へらりとダイヘ笑いかけた。気に病むことはない、おれだって、別に気にしていないから。そう伝えるつもりで。
──ところが。
「そんな…」
「ん?どした…」
「そんなっ!そんな言い方、するなよ…!!おれは…少なくともおれはっ!不幸な事故だったなんて、思いたくないっ!!」
突然ダイが声を張り上げたので、ポップの肩がびくりと跳ねた。つい先程まで申し訳無さそうに萎縮していたはずだったのに、今度は一体どうしたと言うのだろうか。
「…ダイ…?おまえ、突然どうし……」
「おれは、例えこんな形でも、初めての相手がポップで嬉しいのに!だっておれ、ポップのことが好きだから!」
あまりにも予想外であったダイの発言に、ポップはピシリと音を立てて固まった。
(…は?今こいつ、なんつった…??)
──初めての相手がポップで嬉しい?
──ポップのことが好きだから?
(…は?え?…マジで??…いやいやいや、そんな、まさか…多分、なんかの聞き間違……)
「なあ、ポップ」
「いっ!?なっ、ななな、なんだよ!?」
普段よりも落ち着いた低い声で突然呼びかけられたものだから、動揺のあまりに声がひっくり返ってしまった。心臓に大変悪いので、そういう不意打ちはやめて頂きたい。
「今日、久しぶりに、ポップとふたりで過ごせたろ?」
「エッ!?あっ…ああ、そう、だな??それが、どうかしたか…??」
「おれさ。ポップと過ごしてる間、ずっと楽しくて仕方なかったし、やっぱりおれ、ポップのことがすごく好きだなって、こんな時間がずっと続けばいいのにって、何度もそう思ってたんだ」
「へあっ!?」
予想もしていなかった方向からまさかの追撃が飛んできて、再び声が裏返ってしまった。
「本当はおれ、もっとずっと、ポップと話していたかった。でもさ、きちんと寝ないと、魔法力が回復しないだろ?ポップは魔法使いだから、しっかり休まなきゃいけないよな、って思ったから、そろそろ寝ようかって言ったんだ」
(はあっ!?さっきのあれって、おれのためだったのかよ!?)
次々と明らかにされる、衝撃の事実。ここまでで正直いっぱいいっぱいなので、これ以上の追い打ちは勘弁してほしい。しかしダイは、追撃の手を緩めてはくれなかった。
「だからさ、ポップが呼び止めてくれた時、もうちょっと話せるかも、って思って嬉しくて、つい勢い良く振り返っちゃったんだ。…ポップはポップのせいだって言ってたけど、あんなことになったのは、おれのせいだと思う」
(〜〜だからっ!そういう不意打ちはやめろ、っつうの!死ぬわ!おれが!!)
光源が月明かりのみなので、恐らくダイにはハッキリ見えていないだろうし、覗き込んで確認できる範囲内に鏡がない以上、ポップ自身にも見えはしないが、ポップの顔は今、間違いなく真っ赤になってしまっている。
なんせ、頬が凄まじく熱いのだ。汗だって、後から後から噴き出してくる。ついでに言うと、鼓動の速さと心音の大きさが尋常じゃない。
正直な話、ポップには元々、ダイから好かれているという確信はあった。
しかしそれは、自他ともに認める親友同士だから、という意味であったわけで。まさかこんな方向で好かれていただなんて、思ってもみなかったのだ。そのうえ、ダイの口ぶりからすると、思っていたよりも、ずっと好かれていたようで…
「…ちょ、ちょっと待てよ…ダイ、おまえ、姫さんが好きなんじゃねえのか…?」
やっとのことで絞り出した声は、情けないほどに震えていた。
「レオナは初めて仲良くなれた人間の女の子だから、そういう意味では特別だし、勿論好きだよ。だけど、ポップに対する好きっていう気持ちとは、全然違うんだ。例えば、レオナが誰かと結婚することになっても、おれは笑っておめでとうって言える。そりゃ、少しはさびしいだろうけどさ。だけどね、ポップ。おれは、おまえにだけは、そんなことはできないんだ」
対するダイの声は、随分と落ち着いている。今この場で冷静さを欠いているのはポップだけであり、ダイは本気で言っているのだと、改めて思い知らされてしまった。
「だっておれは、もし許されるのなら、ポップの一番そばで、一生いっしょにいたいと思ってるから」
真剣な光を宿す瞳にまっすぐ射抜かれて、ポップは思わず息を呑む。
「おれ…は…」
何か返そうとして口を開いてはみたものの、何をどう言えばいいのか、まるでわからなかった。
何度か口を開けたり閉じたりを繰り返しはしたものの、言葉の先が続かなくて。結局は、再び口を閉じることしかできなくて。
そんなポップの様子をじっと見つめていたダイだったが、やがてぎゅっと目を閉じたかと思うと、深く重い溜息を吐き出した。
再び開かれたダイの瞳には、先程までの強さはどこにもなくて。代わりに宿っていたのは、何もかもを諦めきったような、寂しげな光。
──いやだ。
瞬間的に、そう思った。こいつには、こんな目をして欲しくないのに、と。
「わかってるさ。ポップが好きなのは、マァムだろ。それに、男が男を好きになることが普通じゃないってことくらい、おれだって知ってるもん。だから、おれの気持ちを伝えるつもりはなかったんだ」
ぽつり、ぽつりと、静かな呟きが落とされる。
「なかった、のに、なあ…まさか、こんな……」
不意にダイの表情がくしゃりと歪んだと思ったら、その両目から、ポロポロと涙が溢れ出した。
「どうしよう、ポップ。やっぱり、ポップにとっては、忘れたい不幸な事故、だよね…だけどおれは、忘れたくなんてない。ポップは、忘れてくれていいよ。マァムとのことも、応援は…まだちょっと、できないかもしれないけど…邪魔なんかしないから。だから…だからさ…おれだけは、覚えてちゃ、だめか…?…やっぱり、だめ、かなぁ……」
辿々しい言葉で、震える声で。時折しゃくりあげながら、絞り出すようにしてダイが呟く。
見ているだけで痛々しくて、苦しくて、胸が潰れそうになって、そして。
(…ああ。こいつ、本当におれのことが好きなんだな)
そんなふうにも、思ってしまって。
「…誰も、ダメだなんて言ってねえだろ」
気がつけば、そんな言葉が口をついて出てしまっていた。
「…えっ!?だめじゃないのか!?ほんとに!?」
「ああ、まあ…うん。好きにしたらいいじゃねぇか、そんなの…」
歯切れの悪い言葉を返しながらも、ポップは思考を巡らせる。
(…でも、ま、そりゃそうだわな)
そもそも、そのほうがダイの為だと思っていたから、忘れてしまえと提案したのだ。ダイ本人が覚えていたいと言うのなら、無理強いするつもりなどない。
何を忘れて、何を覚えているか。それを選ぶ権利は、ダイにある。そんなことは、当たり前のことだ。当たり前の、ことなのに。
「ありがとう、ポップ」
そう言ったダイが、あまりに嬉しそうに笑うものだから。
「…おまえは、本当にそれでいいのかよ」
考えるより先に、そんな言葉が喉の奥から転げ落ちていた。
「え?何が?」
ダイが大きな丸い目を不思議そうに瞬かせ、首を傾げる。こんな表情や仕草をしている時のダイは、本当に子供っぽい。
(…いや。実際に、こいつはまだ子供なんだよな)
ブラスやバランから聞いた話を総合すれば、ダイはまだ12歳ということになる。本来であれば、子供らしい我儘の1つや2つ、許されてしかるべき年齢だ。
それなのに、泣きながら懇願してきたことが、こんな偶然の事故を忘れたくない、だなんて。しかもポップには、忘れていいから、だなんて。
(…そんなの、我儘ですらねえじゃねえか)
別に、わざわざポップの許可を取る必要なんて、なかったはずだ。
忘れたフリをしながら、今まで通りにそばにいる事だって、できたはずだ。
それなのに、ダイはそうしなかった。きっと、思いつきもしなかったのだろう。
痛々しいほどに真っ直ぐで、そばで見ていて心配になってしまうほどに純粋で、誰かのために自分を犠牲にすることを厭わない、優しい心の持ち主。それが、ダイの本質なのだから。
(もっと自分の気持ちを押し通したって、誰からも文句なんか言われねえってのによ…っつうか、もしそんな野郎がいたら、まずおれがブン殴…るのは、さすがにまずいか。これでも正義の勇者パーティーの魔法使いだもんな、おれ。いや、でも、手元が狂ったふりして、メラで服の端をちっとばかし焦がしてやるくらいなら、いけんじゃねえか…?…いんや、燃え広がっちまうかもしれねえからな、ここはヒャド系が無難かね)
「…ポップ?なんかすごい顔してるけど、どうしたんだ?もしかして、どこか痛いのか…?」
目の前の兄弟子が、内心で架空の人物相手に物騒な報復プランを考えていることなど露知らず、心配そうな表情を浮かべたダイが、こちらを見上げてくる。
(…ったく。おれのことなんざ、心配してる場合じゃねえだろうが)
まだダイの目の縁に残る涙の雫が、月光を弾いて輝いていた。まるで、そうすることが当然だとでも言うように、ポップはダイへと手を伸ばす。ダイは一瞬目を丸くしたものの、すぐにポップの意図に気づいたようで、目元を和らげた。
辿り着いたダイの目の縁に右手の親指を添え、涙をそっと拭ってやる。ダイはその間ずっと、大人しくされるがままになっていた。無防備に寄せられる信頼を嬉しいと思うと同時に、ダイの今後を案じて、苦しくもなってしまう。
さっきの口ぶりから察するに、ダイはこの先もずっと、自分の想いを押し殺し続けていくつもりでいるらしい。それは、どんなに辛く、険しい道のりなのだろう。流す涙の量だって、こんなものではないはずだ。
それなのに、ダイときたら、自分の今後のことよりも、目の前のポップの体調の方を心配してしまうのだから。
(ほんっと、お人好しっつうか、甘いっつうか……ま、こいつらしいっちゃ、らしいんだけどよ)
「べつになんともねえから、気にすんな」
ポップはフッと笑って、ダイの頭部に右手を置いた。そのまま癖っ気をかき混ぜるようにして撫でてやれば、ダイが擽ったそうな笑顔を浮かべる。
愛しい、と、自然にそう思った。それは、今はまだ、“親愛”と評するのが一番相応しい、そんな気持ちではあるのだろうけれど。
『だっておれは、もし許されるのなら、ポップの一番そばで、一生いっしょにいたいと思ってるから』
先程ダイが口にした言葉が脳裏をよぎり、ポップの口元がますます綻ぶ。
そもそもの話、ポップはこの先ダイと離れる可能性など、死別以外では考えてすらいなかったのだ。ポップとは少し想いの方向性がズレていたとしても、ダイも同じ気持ちでいてくれたことを、素直に嬉しいと思う。
ポップの恋愛対象は、間違いなく異性だ。望みは薄そうだけれど、マァムへの想いも変わっていない。
けれど、そういう気持ちとは全く別次元でダイのことが大切なのは、紛れもない事実なのだ。
──少なくとも今は、同じ想いを返すことはできない。だけど、この先もずっと、それこそ一生、そばにいるのなら。
「…なあ、ダイ。諦めるのは、まだ早えかもしれねえぞ?」
「え?何を??」
きょとん、という表情でポップを見上げてくるダイの頭上に、疑問符がいくつも浮かんでいるのが幻視できる。
(…さてはこいつ、そんな可能性、考えたことすら無かったんだな)
まあ、無理もない話かもしれない。ポップがマァムを好きなことを一番最初に見抜いたのはダイであったし、マァムに恋をしているポップの姿を一番そばで見てきたのもまた、ダイだった。
そのうえで、男が男を好きになるのは普通ではないと知っていたのなら、望みを持つことは難しいだろう。
強引な手段を用いてポップを無理矢理振り向かせようだなんて、呆れるほどにお人好しのダイは、思いつきもしなかったのだろうし。
「おれのことに決まってんだろ?諦めなければ、いつか口説き落とせるかもしれねえぞ」
「え…えええっ!?ほ、ほんとに!?」
ポップの言葉を聞いた途端、ダイの目がまんまるく見開かれ、キラキラと輝き出した。
(そうだ。おまえはそうやって、楽しそうにしてりゃいいんだよ)
あんな、何もかも諦めきったような、変に大人びた表情など、しなくていい、と。涙に濡れて煌めく瞳より、希望に輝くこの目を見ていたい、と。ポップは、そう思うのだ。
「あくまでも、可能性の話だけどな。けど、諦めちまったら、そこまでだぜ?」
「うっ、うん!おれ、がんばるよ!ねえ、ポップ、どうしたら口説き落とされてくれるの!?」
両手のひらを床に付き、身を乗り出すような体勢になったダイがそんなことを聞いてくるものだから、ポップは思わず噴き出した。
「ハハッ!おっまえなあ、おれに聞いてどうすんだよ」
「だって、考えたこともなかったからさ…どうすればいいのか、全然わかんないもん…」
そう言いながらダイは、今度は両腕を組み、あぐらをかいてうんうんと唸り始めた。やはり、変に大人びて物静かに語り続けていた先程のダイよりも、こういうダイの方が見慣れているし、見ていて飽きない。
「とりあえず、もう寝ようぜ。しっかり寝なきゃ魔法力が回復しない、っつってたのは、どこの誰だったっけ?」
「うっ…それは…おれだけどさ…ねえポップ、せめて何かヒントとか…」
「さあな。そんなん、おれだって知らねーもん」
「えっ、ええ〜??ポップにもわかんないって、それってメチャクチャ難しいじゃん…」
「ま、精々、頑張って考えるこった。それより、早くベッドに入ってみようぜ?なんてったって、あの姫さんの見立てなんだから、枕もベッドも上等なヤツに決まってらあ。堪能しねえと、もったいねえだろ?」
「……う。それは、確かに……」
「考え事するにしても、ベットの中の方がいいんじゃねえの?その方が、疲れだって取れるだろ」
「そ、そう、なのかな…?」
「そーそー。さ、そうと決まれば、さっさと寝ようぜ」
「う…うん…」
ポップはサッと立ち上がると、腰を屈め、床の上にあぐらをかいたままのダイへと、右手を差し出した。
いまいち納得が行かない、という表情を浮かべつつも、素直に差し出されたダイの手を取り、ポップは思う。
これから先、一体どんな未来を迎えることになるのだろうか。
将来的にダイが思い直し、レオナとの将来を選ぶ可能性だってあるだろう。マァムがポップに振り向いてくれる未来だって、無いとは言い切れない…とは、思っておきたいところだ。
この先も激化し続けるであろう魔王軍との戦闘の中で、ポップが命を落とすことだってあるかもしれない。仲間たちとダイのことは、命に代えても守ってみせるつもりではいるけれど。
──今はまだ、どうなるか分からない。けれど、例えこの先、どんな結末を迎えることになったとしても。
(…おれだって、今日のことは忘れらんねえよ)
なんせ衝撃がデカすぎたからな、だなんて、そんな言葉を内心で付け加えてはみても。それがただの照れ隠しであることは、ポップ自身が一番分かっていたりする。
──何故なら。
ダイの手を掴み、その身体を床から引き上げてやりながら。
『もしかしたら本当にダイに口説き落とされてしまう未来がやってくるかもしれない』ということだって、考えてはいて。
(…そうなったらなったで、面白えかもな)
…だなんて、密かに思ってしまってもいるのだから。
***
…ちなみに。
そんなことがあった翌日、仲間たち全員と合流した直後に、
「おれ、あれから一生懸命考えたんだけど、やっぱりわからなくて…どうしたらポップを口説き落とせると思う?」
ダイがそんな爆弾発言をしてしまい、更に、どういうことかと問われて昨夜の出来事を洗いざらい喋ってしまった(勿論ポップは制止しようとしたが、仲間たちに寄ってたかって取り押さえられてしまった)ために、レオナの執務室にて正座させられたポップを取り囲んだ仲間たちから、
「期待をもたせるようなことを言ったポップ(君)が悪い。男なら責任を取れ(りなさい)」
と、口々に責められて、ダイに、
「ポップはおれのためを思って言ってくれたんだよ!ポップは何も悪くないよ!」
…とかなんとか言われて庇われる、という、非常〜に居た堪れない思いをすることになったり。
後日、戦場において、持ち前の運動能力と反射神経で敵の攻撃を次から次へと躱すダイの姿と、様々な呪文を使いこなしつつ、トベルーラを駆使して軽やかに飛び回るポップの姿を見た仲間たちから、
「おまえ(あなた)たち、そんなに身軽に動き回れるんだし、色々な呪文も使えるんだから、例の事故なんていくらでも回避しようがあったんじゃないか(の)?」
…と、いう総ツッコミを受けて「「あっ…思いつかなかった…」」と、同タイミングで同じ反応を返して呆れられたり。
ダイの片想いが周知の事実(なんせダイは自分の想いを隠そうとしないので。更に、実はあの夜の宿屋の一室での騒動が、隣室と他の宿泊客と従業員たちのいる廊下にまで漏れ聞こえていた、という理由もあったりする)となり、ダイの一生懸命さに心打たれたパプニカ市民の有志たちによって『勇者様の片想い応援団』なるものが結成されたり。
彼らの働きにより、ポップが(こんな機会、次はいつ来るか、わっかんねえしな……)などと思っていた、ダイとふたりきりになる機会が、逆に増えることになったり。
『勇者様の片想い応援団』からアドバイスを受けたダイの懸命なアピール(手料理を振る舞う、デートに誘う、プレゼントを贈るなど)作戦に、
「こんなもんじゃ、まだまだ口説き落とされてはやれないなー」
…などと言いつつも、まんざらでもなさそうな顔で応えるポップの姿(手料理は毎回完食する&ちゃんと褒める、デートは断らないし嬉々として出掛ける、プレゼントは受け取った上でお返しまでする)が、ちょくちょく見受けられるようになったり。
更には数ヶ月後、いわく、「毎日毎日見せつけられて、いい加減焦れったくなってきたのよ!」と、言うレオナに壁際へと追い詰められたポップが、
「考えてもみなさいよ!もし相手がダイ君以外だったら、ポップ君、『諦めなければいつか口説き落とせるかも』なんて言った!?言わなかったでしょ!?そもそも、あなたたちの場合、他の誰かが相手だったら、事故自体が起こらなかったでしょうが!!大体あなたねー!マァムが好きって言っておきながら、ファーストキスの相手がマァムじゃなくてダイ君だったことに少しもショックを受けなかった時点で、最初っから結果なんて見えていたようなものじゃない!いつまでもグズグズしてないで、さっさとくっつきなさいよー!!」
…と、凄まじい剣幕で迫られた結果、ポップがようやく自分の気持ちをしっかり自覚して、晴れてふたりが両想いになったり。
そのまた更に数日後、レオナから呼び出され、揃ってパプニカ城へ出向いてみると、会議室の天井からでかでかと
『勇者様両想いおめでとうパーティー★(主催・勇者様の片想い応援団)』
…などと書かれた垂れ幕が下がっていたものだから、ポップは思わず顔を顰め、ダイと一緒に逃げ出そうとした…のだが、圧のある笑顔を浮かべたレオナに肩をガシッと掴まれて、逃亡に失敗し。
強引に参加させられたそのパーティーに、いつの間にか活動範囲をパプニカ王国外にまで広めていた『勇者様の片想い応援団』へ、さり気なく加入していたロモス王、テラン王、ベンガーナ王までもが出席していて、盛大に祝われてしまったものだから、実質、【各国の要人たちの前で結婚式を挙げた】とも言える状態になってしまったりして。
更には、その席で浴びるほどワインを飲んだレオナから、大勢の目がある前で誓いのキスをしろなどとムチャな要求をされ、ついに羞恥に耐えられなくなったポップが、ダイを連れてルーラで逃亡し。
ポップが「大勢の目がある前で」は無く、「誓いのキスをすること」を嫌がったのだと勘違いしたらしいダイと、ちょっとした痴話喧嘩をすることになり。
最終的に誤解が解けて、お互いの意志をきちんと確認したうえで、ふたりきりでの誓いのキスを交わすことになったりもするのだが──…それはまた、別のお話。
おわり