@rocket_shoukai
「鋭さは大事だよ」
ライノーと名乗った男の、その手元で軽快な音が響いている。
ぎぃっ、ぎぃっ、という金属の擦れる音。
やすりが刃を撫でる音だ。
「これは、刃先の硬化の度合いを確認している。熱処理が甘いと、鉄が柔らかくてね。やすりが上手く滑っていかない」
二度、三度と繰り返し、ライノーの手はそこで止まった。
鉈のような肉厚で大ぶりなナイフを、目の高さに掲げる。
「このナイフは合格だ。我ながらよくできたと思う。こういう道具を自分でそろえるのも好きなんだ」
そこでライノーは、かすかな笑みを浮かべて振り返った。
「つまり、言いたかったのは――安心してほしい。きっと速やかに終わる」
立ち上がる。見た目以上に大柄に見えるのは、ゆらめく松明でその影が変化しているせいだろうか。
それとも、自分が恐怖しているからか。
そうした感情とは、縁遠いと思っていた。自分は魔王現象だ。人間の感情は理解できるが、それとは隔絶した精神を持った存在。そのはずだった。
「落ち着いて。これ以上、怖がらせるつもりはないんだ。もうきみに期待していることはない。最初に驚いてくれたね……あれでもう十分だよ」
ライノーが喋りながら近づいてくる。
「魔王現象は合理的だ。自分の死を悟ったら、それが避けようのないものだと知ったら、無意味な恐怖はしない。ただ受け入れる。だから――もうこれ以上、僕の好みの反応は引き出せない」
ライノーがナイフを振り上げるのが見える。
たしかに、彼の言うことは正しい。自分は魔王現象だ。避けようがないなら、死を受け入れるだけ。人間とは違う。速やかな死をもたらしてくれるというのなら、なおさら――
「と」
ライノーの腕が素早く振り下ろされた。それも二度。
「いうようなことを言っておくと、ちょっと期待するだろう。魔王現象だからね。合理的な死を目の前に提示されれば、それを期待する」
気づけば、絶叫をあげていた。激痛。
右の眼球と、右の脚の先端。それがごくわずかに切り裂かれていた。
「期待は大事だ。先の見えた、あるいは先が見えないと分かり切っている苦痛は、あまりよくない」
ライノーは左手を背中の側に回し、別のナイフを抜いた。嬉しそうに。
「こちらのナイフは失敗作だ。焼き入れに失敗してね、刃が歪んでしまった。かなり苦痛をもたらすと思う」
その瞳には底の浅い歓びが浮かんでいた――だが、その底の浅さの分だけ、なんの希望も持てそうにない。
「魔王現象は逃れようのない苦痛に晒されたとき、神に祈ることはあるのかな。僕はいま、そこのところにすごく興味がある」