@rs_yi_r2327
少し暑めに付けられた暖房で温められた部屋の中、私は眠ってる由依さんの様子を見ながら、雨で濡れてしまった後から眠っててお風呂に入れてないため、出来るだけ冷えないように細心の注意を払う。
由依さんが起きた時ように、水とお茶、それから何かあった時のために菅井さんから預かった何種類かの薬とスマホを傍に置く。
私は万全の状態で由依さんが起きるまでの間、自前のカメラを操作して、今まで撮り続けてきた沢山の写真と動画を眺めれば、沢山の由依さんとメンバーの姿。
再生ボタンを押せば、少しだけぶれたかと思えばすぐに由依さんにピントが合う。
『もう、写真撮ってる間も動画撮ってるの?』
『はい、由依さんをいっぱい撮りたくて』
『何それ、そんなに私の事撮ってどうすんの』
『後で見返します!』
『やーだー。恥ずかしい』
ほんのり頬を染め、恥ずかしそうに笑う由依さんの笑顔に見ている私も思わず笑ってしまう。
カチッとまたボタンを押せば、今度はお姉ちゃんとのツーショットを撮った後に撮影した動画に切り替わる。
『由依〜』
『なぁに?』
『さっき私のほっぺたにキスしたでしょ!やり返す!』
『覚えてませーん』
『ちょ!こら!逃げるな!』
『渡邉さん、お仕事に集中してくださ〜い』
『ゆいー!待てー!』
『なぁ、土生ちゃん。子犬と5歳児がじゃれとるで』
『ふふ、2人とも元気だね〜』
『天ちゃん、ええ感じに撮れた?』
『はい!撮れました!』
『それ、後でみいにちょーだい』
『ふふ、グループに上げますね〜』
お姉ちゃんと由依さんを撮ってたら、けらけらと笑う土生さんと小池さんが映り、私はまた静かに笑う。
それから、もう一度カチッと次に進めば出てくるのは由依さんが、ガラスを割れの衣装である深紅のMA-1に腕は通さず、肩に羽織るようにかけて静かに胸に手を当てて呼吸を整えてる動画。
その近くには衣装ラックがあって、今までの欅坂の衣装がかけられ、その中に小さめのサイズと由依さんのサイズの2枚の紺色のMA-1がかけられてる。
由依さんは呼吸を整えると、その小さめの衣装の方に触れて顔を伏せて、遠目から見ても少しだけシワが出来てしまうほどに握りしめていた。
『あ、保乃』
『…あれ、多分、今泉さんのやんな』
『……ぁ、そっか』
『…多分やけど、当時由依さんと今泉さんがシンメで着とった衣装やと思うよ。他にも志田さん、米谷さん、ねるさん、織田さん、鈴本さん、虹花さん、長沢さんのが飾られとった』
『…平手さんのは?』
『センターやる人が着とるのもあるみたいやけど、殆どは他の卒業生の皆さんと同じように置いてあるで。多分、由依さんが着とるのは……』
暫くして、由依さんはその衣装に微笑んだ気がして見えたけど、また目を瞑って集中することに戻り、動画はそこまでで終わる。
ただ、目を瞑って集中しているだけなのにその姿があまりにもかっこよくて、思わず動画だけでなく、写真でもとったこの時の由依さん。
「…ほんまに、由依さんはかっこええなぁ」
由依さんはどんな時もカッコよくて、ストイックで優しくて、尊敬する人だ。
2ndシングルのMVでお姉ちゃんと2人で踊ってる由依さんとお姉ちゃんに、こっそりピントを合わせて撮った写真で手を止め、私は眠ってる由依さんに視線を向ける。
カメラのレンズ越しに見る由依さんは、真剣な顔で本やドラマの台本を読んでいたり、小池さんに甘えていたり、お姉ちゃんの隣で優しく笑っていた。
でも最近は少し、本当に僅かな変化があって気付く人っているのかな?というほどに些細な変化が訪れた。
やんわりと引かれた境界線、その線が分かりにくいはずなのに、一歩踏み出せば形となって見えてくる。
由依さんの作られた偽りの笑顔という形で。
「…由依さんの願いは、私が必ず叶える」
由依さんの頬に触れて優しく撫でれば、心做しか少しだけ穏やかに微笑んでくださった気がして私の心も少しだけ軽くなる。
きっと、お姉ちゃんは由依さんのこのギャップにもやられてたんだろうなぁなんて思っちゃうし、お姉ちゃんが由依さんの虜になるのも分かる。
「…お姉ちゃんに頼れん今、由依さんは私が守るんや」
ギュッと手を握って由依さんの温もりに触れれはば、由依さんがここでしっかり生きてるってことを実感する。
由依さんの音が聞こえるたび、私は心のどこかにある不安が消えていくんだ。
あの日も、こうやって私は由依さんが目が覚めるまで手を握ってたなと脳裏に浮かぶのは、由依さんの秘密を知ったあの日。
『なぁ、天。このあと少し練習せん?』
『ええで、練習してこ!』
改名を発表し、少しづつ欅坂のラストライブに向けて動き始めていた頃、私と夏鈴が仕事終わりに自主練するために向かえば、聞こえてくる聞き慣れた楽曲。
『何か聞こえへん?』
『ほんまや、誰か練習してるんかな』
『せやったら一緒に混ぜてもらおう』
『せやな』
中に入ろうとした瞬間に何が倒れる音がして、慌てて中に入れば、視界に映るのは踊っていたであろう由依さんが胸を抑え、苦しみながら何かに手を伸ばしてる姿。
『…ゆい…さん?』
『っ、由依さん…!』
当時は私も夏鈴も知らなくて、ただただパニックになって必死に由依さんの名前を呼ぶ夏鈴と、何も出来ずにただしゃがんで、由依さんの手を握ることしか出来なかった私。
『ゆいぽーん、水とスポーツドリンクどっちが……』
『菅井さん!由依さんが…!!』
『っ!夏鈴ちゃんごめん、そこ少し退いて!』
それからすぐ、由依さんと練習していて、飲み物を買いに出ていたらしい菅井さんが戻ってきて、夏鈴が由依さんから離れる。
菅井さんは『大丈夫だよ、由依。すぐ苦しいの無くなるからね』と透明なケースから薬を取って飲ませ、由依さんが落ち着くまで私は由依さんの冷たい手を握り続けた。
『…あ、あの』
『…ごめん、驚かせたよね。何でもないから心配しないで?』
『っ、隠さんといてください…!』
『か、かりん…。』
『…夏鈴ちゃん』
『何でもないわけないですよね…?由依さん、教えてください』
『…私も、何も知らんかったふりなんてできないです』
『…ゆいぽん、2人には話したらどうかな』
『…何言って』
『私だけじゃ、やっぱり厳しい事もある。ゆいぽんの気持ちもわかるけど……』
由依さんは私と夏鈴の目を見て、何度か考える素振りをしてから軽く溜息をつき、私と夏鈴に困ったように笑った。
それから、さっき菅井さんが持っていた透明なケースを手に取り、由依さんは中を開けて、私達に見えるようにしてくれる。
『…今から言うことは、誰にも言わないって約束できる?』
『っ、はい』
『はい』
『…これは、ここにいる3人だけの秘密だよ』
その時、初めてこんなにも神様に対して怒りを感じて、ただ涙が止まらないし、拳を握る力が強くなった。
夏鈴と菅井さんがマネージャーさんのもとに向かっている間、つい、私は由依さんの隣でその怒りを口から溢れた。
『…神様は、どうして意地悪なんですかっ』
『天ちゃん?』
『由依さんばっかり辛い目に遭って…!何で、何で、由依さんがこんな目に遭わないといけないんですか…っ!』
『…優しいね、天ちゃん』
頭を撫でてくれる由依さんの優しさも、ギューッと抱きしめてくれる由依さんの温もりも、その何もかもを神様は奪おうとしてる。
本当に神様が存在するなら、私は神様に怒りたかった。
どうして、こんなにも沢山の運命から乗り越えて立ち向かってきた由依さんからまた奪おうとしてくるのかと。
『…由依さんは、本当に誰にも言わないで戦うつもりなんですか…?』
『うん、言わないよ』
『……お姉ちゃんにも言わないんですか?』
『…え?理佐?』
『だって、由依さんとお姉ちゃんは恋人同士ですよね…?』
『な、何でそれ!?え、嘘、知ってたの…?』
『その、前にお姉ちゃんにスマホ取ってって言われて渡した時の画面が…由依さんの寝顔で……』
『…あんのバカ犬』
なんて口では言っているけど、顔は笑って嬉しそうで、耳もほんのり赤くなっていて、由依さんは少しだけ照れくさそうに笑って凄く幸せそうだった。
それから私の目を見て、少し上目遣いになりながらもゆっくり口を開いて、お姉ちゃんとの思い出を沢山沢山話してくれた。
些細なことで喧嘩したこと、お姉ちゃんに初めて料理を作った時のこと、お姉ちゃんの頑固さに頭を抱えたこと、お姉ちゃんのお家での話。
お姉ちゃんとの優しくて、暖かくて、優しい愛に溢れた大切な日々や思い出を共有してくれる由依さんの表情は、私の見たことがないものだらけで尚更胸がキュッと締め付けられる。
神様は、この人からだけでなくお姉ちゃんからも奪おうとしている事がわかってしまったから。
『…だからこそ、私は理佐には言わない』
『…由依さん』
『きっと理佐は優しいからさ、私の秘密を知ったら理佐は許される限り私に尽くしてくれるだろうし、何としてでもって必死に色んな術を探してくれると思う』
『っ、それなら!』
『…私は、理佐から笑顔を奪いたくない』
『……っ』
『ごめんね、我儘言って』
『…いえ、私もごめんなさい』
『え?』
『1番悔しいのは由依さんなのに』
私の言葉に目を見開くも、すぐに由依さんは目を瞑って私から目を逸らし、悲しそうに微笑みながら真っ直ぐ何も無い天井を眺める。
その目には、薄らと涙が溜まって零れそうなのに、零れないギリギリなのが、由依さんの今の心情を表してるようで目が離せない。
__もし、その涙が一滴でも流れたら、由依さんは少しでも本音を言ってくれますか…?
『……神様の書いたシナリオには、誰も逆らえない。だからせめて、皆に言わずに変わらない日々を過ごしたい』
あの言葉とあの表情は、きっと忘れられない。
だから、私はあの時つい、お姉ちゃんと話している時に零してしまったんだろう。
お姉ちゃんには何も勘づかれる事無く、ごく普通に過ぎ去ってしまった数ヶ月前の会話。
『…お姉ちゃん』
『うん?』
『…由依さんは凄いね』
『え?うん、由依は凄いよ』
『…私は、由依さんをこれからもずっと撮りたいです。かっこよくて、優しくて、照れ屋さんで努力家で、ストイックに生きる由依さんをこれからもずっと』
『…天ちゃん?』
『…神様は意地悪です、神様が書いたシナリオには誰も逆らえない』
けれど、私はあの時私の本音を言えば、お姉ちゃんに気づいて欲しかった。
由依さんの秘密も、由依さんが自分を押し殺して隠してる本音も、全部お姉ちゃんに気付いて欲しかったのかもしれない。
あの会話をして少し、私と夏鈴、菅井さんは由依さんの雰囲気が少し変わったことに気付いて、菅井さんのお家に呼ばれた。
それが、由依さんの願いが少し変わった日であり、私の本当の意味で覚悟が決まった日。
『由依さん、それ本気ですか!?』
『本気だよ』
『本気だよって……そんなん、由依さんが辛いだけやないですか!絶対反対です!』
『んーん、いいの。私は何も変わらない日々が欲しい』
『っ、それってそういう意味やったんですか…?嘘ですよね…?』
『…ごめんね、これだけは譲れないんだ』
『せやったら私から本人に!』
『…ううん、ダメだよ。天ちゃん』
どうして…?どうしてですか…?
どうして一番辛い由依さんは、ずっと笑ってるんですか?
誰よりも悔しいはずなのに、何で泣くこともなく、怒ることもしないんですか?
なぁ、神様。何で全部、由依さんなん…?
由依さんがいったい、何をしたって言うんや。
悔しくて、どこにもぶつけられないこの怒りをどうにかしたくて、無意識に私の拳の握る力が強くなる。
その手に由依さんは優しく触れて、1本1本指を緩めるように触れながら、手を広げていき、割れ物に触るかのように私の手を両手で包む。
__その優しさを、何で自分に向けてくれないんですか…?
『血が止まってる、そんなに力入れちゃダメ』
『ゆいさん……っ』
『これは誰も悪くない、だから怒らないで…?私は大丈夫だから』
『…っそんな』
『…違うな、全部、私が悪い。だから、今更だけど夏鈴ちゃんも天ちゃんも全部忘れて…?』
ふわりと微笑み、由依さんが言った言葉は多分、由依さんの願いだと思う。
私と夏鈴がこの件に関わることを由依さんが本当は嫌なのはわかってるし、菅井さんにも本当は伝えたくなかったんだろうなと言うのも分かってる。
だけど、それで本当にいいのか?
由依さんの優しさに甘え、真実から目を逸らし、由依さんを支えずに知らない場所で戦っていることを知らない顔するのか?
『…叶えます』
『天…?』
『…天ちゃん?』
『…っ』
菅井さんや夏鈴からの視線を感じつつ、私はギュッと由依さんの手を握り、自分の方へと寄せるためにグイッと由依さんの手を引っ張る。
目なんて逸らさない、知らない顔なんてしない。
『…言ったじゃないですか、私は』
__由依さんの願いを叶えるって。
由依さんの背中に腕を回して抱き寄せ、由依さんの肩に顔を乗せれば、聞こえてくる由依さんの鼓動。
由依さんがここで、精一杯生きている証。
心地良い、由依さんの音。
『…由依さんを独りになんてさせません』
『……っ』
知ってるんですよ、本当は誰よりも寂しがり屋さんで、必死に自分のことを押し殺してること。
いつも笑って強がってること、自分自身を犠牲にして全てを自分のせいにしてる事も、本当はお姉ちゃんとずっといたいことだって。
でも由依さんはそれを口に出さないし、私達にも言わないで全部に蓋をしてる。
そんな由依さんを独りになんて、絶対させない。1人で戦おうとなんてさせない。
私が__由依さんを守り続ける。
詰めた距離を少しだけ開ければ、びっくりして目を見開いてる由依さんに出来るだけ笑い、由依さんの額にコツンっと額を当てる。
ピクっと動き、静かに顔を伏せてしまうから私は由依さんの背中に腕を回し、抱き締めれば私が思っていた以上に細くて小さい事に気付く。
こんなにも小さな背中で沢山のものを背負って、1人で戦おうとしていた事への恐怖を今更感じる。
『由依さんは悪くないです。それに約束したじゃないですか、私に由依さんの願いを叶えさせてください』
『……ごめんね、本当にごめん…っ』
__由依さんが自分を押し殺すなら、私も由依さんの為に本音は言わへん。私は由依さんの願いを叶えるんや。
あの日、由依さんの声は震えていたし、身体も密着していたから気づけたけど震えていた。
そんなの当たり前だ。私だって、あの話を聞いただけで身を切られるほどに胸が痛かったし、苦しかった。
由依さんの話が本当になったとしたら、私には耐えられる自信が無いし、いくら何でもそれが最後なんてとてもじゃないけど辛くて、生きた心地なんてしない。
なのに、私の目の前で今眠っているこの先輩はそれを全て自分で抱え込んで、泣くこともせずに笑って過ごして持っていこうとしてる。
矛先を全て自分に向け、何もかも自分を悪者にし、全ての責任を自分で受けようと。
それが嫌で、由依さんにバレたら悲しそうに笑って私の頭を撫でながら『…ありがとね』と言われる事が分かっていても私は何度だって、ひかるの胸ぐらを掴んで怒鳴った。
__もう、由依さんから幸せを奪わないでと。
由依さんの僅かな幸せを、ひかるに奪って欲しくなかった。
同期として、後々ひかるが自分の行動に後悔することも嫌だった。
後輩として、これ以上由依さんが苦しんで行く姿を見ていたくなかった。
「…お姉ちゃん、このままじゃ本当にバラバラになっちゃうよ」
今ここに誰よりもいるべき人であり、誰よりもいてはならない人の姿を思い浮かべる。
本当は全て伝えるべきだろう。
夏鈴と何度も由依さんを説得しようとしたけど、由依さんの意思はもう硬かった。
頭を撫でていたら、ピクっと動いた気がして頭を撫でる手を止めれば、ゆっくりと閉じられていた瞼が開き、少しだけその目が左右に動いてから私と目が合う。
「…天…ちゃん」
「由依さん、目が覚めたんですね!何か飲みますか?水とお茶ならあるんですけど。それからお風呂も沸かしますね、雨に濡れてますし。寒くないですか?」
近くに置いておいた水とお茶のペットボトルを由依さんの傍に置き、私は立ち上がってお風呂のスイッチを入れようと思ったものの、クイッと引っ張られるズボン。
視線を向ければ、由依さんで何かを言いたそうにしてるのがすぐにわかったから、しゃがんで目線を合わせる。
金属がぶつかる音がして、その音が鳴った場所を見れば答えはすぐにわかり、尚更私は胸が苦しくなり、顔には出ないように微笑む。
__由依さんの胸元で光る、お姉ちゃんとお揃いのあのネックレス。
「…あのね、天ちゃんにお願い…あるんだけど、いい…?」
「何でも言ってください。私、由依さんの願いは全部叶えるって約束したじゃないですか〜」
「…ふふ、そうだった」
出来るだけ笑って言えば、由依さんの表情も少しだけ優しくなり、ゆっくりと動いて私の手を取り、きゅっと弱々しい力で握りしめる。
その手に私ももう片方の手で、そっと触れて包み込めば、由依さんはふわっと笑って、またあの力強い目で私を見つめ、私も同じように由依さんを見つめる。
「…私が…いなくなったあと」
「…っ、はい」
「…理佐のこと、お願いしてもいい…?」
「…ぇ、お姉ちゃんのこと…ですか…?」
「…うん、友香や夏鈴ちゃんにもお願いはする予定だけどね。……本当は理佐、誰よりも寂しがり屋さんなのに強がって隠しちゃう子なの」
必死に震える声を抑えながら、由依さんは弱々しい力でも私の手を今出せる力で精一杯握りながら、涙目で訴えてくる。
「…それなのに、全然頼ってくれなくて、きっと皆も…もどかしくなっちゃうかもしれない…けど」
「…由依さん、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「…はぁ、ふぅ……でも…理佐は…皆に絶対、頼るタイミングが来るから……っ」
「……っはい」
「…その時が来るまで、理佐の傍にいてあげて…?理佐が…少しでも、1人で無理しなくて済むように…っ」
「…はいっ」
「…おねがいっ、私の、最初で最後の、大切な彼女なの…っ、理佐には幸せになって欲しい…っ…私の分まで…っ」
__真っ直ぐじゃなくてもいい。不器用なままでいい。ただ、理佐らしく、皆と生きてほしい。
「……ゆいさん…」
こんなにも想って貰えるお姉ちゃんが、私は少しだけ羨ましい。
本当は由依さんが誰よりも、お姉ちゃんのことを幸せにしたいはずなのに、由依さんはそれが叶わないと自分でわかっているから。
どれだけ願っても、お姉ちゃんの隣にはもういられない事を分かってしまってるから。
「…りさを…お願い。私の分まで…支えてあげて…?」
「…んっ、はいっ…!」
「…ありがとう」
ほろりと流れた涙と共に咲く笑顔は、今まで私が撮ってきた写真のどれよりも美しく、綺麗で儚かった。
こんなにも安心した顔で笑ってる姿を見たのは、凄く久しぶりで私は耐えられなくて泣いてしまい、由依さんは何も言わずに頭を撫でてくれる。
__真っ直ぐじゃなくてもいい。
それから暫くして、温めたお風呂に入った音と共に、微かに聞こえてくるシャワーの音が奏でられているお風呂場へ視線を向けながら、私はペットボトルを握る。
「……っ、泣いたらダメや…ダメやのにっ…」
__不器用なままでいい。
まだ、由依さんは泣けていないのに。
そう抑えようと思っても涙が止まらなくて、私はペットボトルをキッチンに置いて、隠すこともせずにただひたすら泣いた。
お風呂にいる由依さんには聞こえないだろうから、今だけは弱音を吐いてもいいだろうか。
あの日からずっと、押し殺していた本当の私の声を外に出してもいいかな。
「……嫌やぁ…っ、ゆいっ…さん…っ…ぐすっ…っ…何で…っ、あんな諦めたっ、顔しちゃうんですか……っ!」
__ただ、理佐らしく
普段から強くて、諦めるなんてしない人が諦めることを選ぶことが、どれほどの事なのかをわかっているから。
私はもう立っていられなくてしゃがみ込み、止まらない涙の止め方なんて忘れて、今はただ私は泣き続けた。
あの願いはあまりにも残酷で、悲しすぎる。
私じゃ叶えられない、あの音を守れない。
__皆と生きてほしい。
「…っ、ゆいさんがっ、おらんかったら…!みんなじゃ…無いのにぃ…!お姉ちゃんだって…っ、ゆいさんしかっ、幸せに出来へんのに…っ!!」
マネージャーさんの元から戻ってきていた夏鈴と菅井さんが、私たちの話を聞いて廊下で泣いてることも知らぬまま、私はただキッチンで泣き続けた。
「…あぁっ、うぅ…っ……うぁぁ…っ」
悲しくもあの笑顔が、私が見た最後の由依さんの笑顔だった。
『天ちゃん』
もう一度、あの落ち着く心地良い低めの声で、私の名前を呼んでください。
私の大好きな、嘘偽りないあの笑顔で。
そうどれだけ私が願っても、由依さんには届かなくて、優しさと愛しさで溢れるあの声は聞こえない。
聞こえてくるのは、私の泣く声と微かに聞こえてくるシャワーの流れる音。
この部屋にいるのは私だけじゃないはずなのに、何処か孤独を感じてしまうのは気の所為だろうか。
ここにいるはずなのに、同じ部屋の中にいるはずなのに。
__由依さんの音が聞こえないよ、お姉ちゃん。