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木漏れ日の教会

全体公開 ダンユウ作品 3868文字
2021-06-06 21:01:37

第三回ダユオンアンソロジー「結婚」
寄稿予定の作品
ユウリちゃんにプロポーズをしたダンデさんのお話です。

結婚
 ガラルのチャンピオンであるユウリと、ポケモンリーグ委員長を勤めるダンデの日常は忙しい。
 一緒に暮らしていてもすれ違う事が多い二人が仲睦まじくいられるように、彼らにはいくつかの暗黙のルールがあった。
 その一つが、月に2回はデートをする、というものである。ダンデが12連勤をしていた時に怒ったユウリが作った決まり事は、それから2年が経った今でも律儀に守られていた。


 その日、二人はシュートシティ近くの森の小道を歩いていた。
 本当は森の手前にある美術館に行く予定だったのだが、道に迷ってしまったのだ。二人はどんどん森の奥へ入って行く。
 しかし、二人に慌てる素振りはない。ダンデが道に迷う事はよくある事で、ユウリはもう慣れっこだ。
 森の中は、木漏れ日の光が地面まで届いて明るく心地よい。鳥のさえずりや、木の葉の擦れる音が柔らかく響く。
「それで、カントー地方にはオーキド博士という研究者がいてな……
 ダンデの話にユウリはころころと笑う。二人は腕を組みながら、午後の散歩を楽しんでいた。


 どれくらい歩いただろうか。突然、二人の目の前に古びた教会が現れた。その教会は所々苔に覆われ、朽ちかけた状態で、木々に埋もれるようにひっそりと立っていた。本来は白を基調とした美しい建物だったのだろう。今は所々塗装が剥げ、放置されて長い年月が経っていることが伺える。
「わぁ。こんな所に教会があったんですね」
「オレも知らなかったぜ。……かなり古い建物のようだな」
「ちょっと寄り道してみてもいいですか?」
「構わないが……気をつけろよ。人の手が入っていないんだ。ポケモンが住み着いているかもしれない」
 小道から離れ、伸び放題の草を蹴散らしながら、ユウリは教会の方へ歩いていく。ダンデも周りを警戒しながら、その後を追った。
 教会の鍵は錆びついて壊れていた。二人はそっと扉を開けて、中に入っていく。

「ポケモンの気配は無いですね」
 教会の中は外観ほどは荒れてはいなかった。埃は溜まっていたが、生き物の気配はなく、精錬された厳粛な空間がそこにあった。聖母を象ったステンドグラスから柔らかい日差しが差し込んでくる。
「素敵な場所ですね。神秘的でまどろみの森を思い出します。こういう場所、好きなんです。」
 教会の片隅に放置された杯に触れながらユウリが嬉しそうに語った。
「そうなのか?やはりキミは変わっているな。」
 ダンデは視線を上に向けた。天井には様々なポケモンが描かれていた。目を凝らすと、ムゲンダイナらしきポケモンや、ザシアン、ザマゼンタのようなポケモンの姿もある。
 ふと気づくと、いつの間にかユウリが隣に立って、祭壇に向かって祈りを捧げていた。何となくダンデも見様見真似で手を合わせる。

 ユウリの祈りは、思いの外長い時間続いた。
 真剣に祈っていたユウリは不意に顔を上げ、ダンデを見上げた。
「ね、ダンデさん。婚約、しましょうか」
「え?」
 まるで食事に誘うかのように、気軽に告げられた言葉に、ダンデは驚きを隠せなかった。
「ユウリくん、どういう心境の変化だ?だって、この前は……

 ユウリはつい先週、ダンデのプロポーズを断ったばかりだった。

 ユウリは曖昧に微笑む。
「んー。この前は何となく嫌だったんです。その……ダンデさんのペースで進むのが。ホップや、母さんへの説明も終わっていて、私が断れないように、準備してましたよね」
「あ……そうだな」
「それから、婚約の記者会見の会場も準備してあったでしょう。正直、引きました」
 見抜かれていたか、とダンデは苦笑した。
「すまない。その、無理に進めるつもりはなかったんだが……
「でも、人の退路を断つように根回ししちゃったら、好感度はだだ下がりですよ」
「う゛……。それは……本当に……すまない」
 ユウリは17歳を過ぎて、どんどん美しくなっていった。それでいて、チャンピオンになる前からの親しみやすさや無邪気さは少しも損なわれない。長い付き合いの幼馴染や、ジムリーダーとも仲が良く、熱愛疑惑もちらほらと報道されるようになっていた。
 だから、ダンデは焦ったのだ。ユウリはダンデと交際はしている。しかし、それはダンデがユウリに迫ってもぎ取ったものだった。ダンデは、まだ幼い恋人の心変わりを怖れた。
 だから、ユウリの気持ちを汲まずに強引にプロポーズをして、失敗をしたのだった。
 しかし、ユウリは今プロポーズを受けてくれると言った。
 その理由は。
「ねぇ。知ってます?私、ずっとずっとダンデさんのことが大好きだったんです」
 ユウリはダンデの手を離し、祭壇の方へと歩き出した。
 一段、二段。
 軽やかに、朽ちた階段を上がっていく。
……ああ、知っていたさ。ジムチャレンジの頃から、キミはひたむきにオレを見ていてくれたな」
 子供の憧れだと思っていた。チャンピオンのころは、そんな視線を受けることには慣れていたから。
「ふふっ。実はね、私、ジムチャレンジをする前から、ダンデさんのことが大好きだったんです。私はね、チャンピオンを辞めたダンデさんを恋人にしたいと思って、ジムチャレンジを始めたんです」
 思いもよらない告白に、ダンデは目を見開いた。ユウリは祭壇の上からダンデを振り返り、悪戯っぽくにやりと笑う。
「本気だったんです。本気の恋だったんです。」
「だったら、どうして、あんなにオレから逃げ回ったんだ?」
 ユウリの狙い通り、ダンデはチャンピオンの座を降りた。その戦いの中、ユウリに恋もした。その後、告白をして、交際も申し込んだ。
 しかし、ユウリの答えはいつも「否」だった。
 ユウリに嫌われている訳ではない。その直感を信じ、諦めずに、辛抱強くユウリにアタックし続けたからこそ、ダンデは恋人の関係にこぎつける事が出来たのだ。
「本気でオレの事を好いていてくれたなら……
「そうですね。もっとダンデさんに優しくして、甘えられたら良かったですね」
 ダンデの言いたいことはよくわかった。ごめんなさい。ユウリは微笑む。
「ダンデさんの事が好きでした。恋してました。でも、あなたをチャンピオンから落として、どうしたいかなんて、私は全く考えていなかったんです」
 自分の事を見て欲しかった。自分だけに笑いかけて欲しかった。そんな子供じみた理由で、ユウリはダンデのチャンピオンの座を奪ってしまった。
「キミは何も悪い事をしていないぜ。チャンピオンに勝った者が次のチャンピオンになる。それが、ルールなんだ」
 それでも、罪悪感がユウリの胸に残った。それはいつまでも消えず、ユウリを苛んできた。
「でもね。この場所で懺悔したら、ちょっとだけ気が楽になった気がしたんです。ダンデさんに謝って、結婚に前向きになれる気がしたんです」
 そして、ユウリは深々と頭を下げた。
「ダンデさん。ごめんなさい。色々と、振り回しちゃって……ごめんなさい」
 気がつくと、ダンデは段を飛び越えユウリの前に立っていた。そして、下を向く小さな少女を抱き締める。
「すまなかったな。キミがそんな風に悩んでいるなんて思わなかったんだぜ」
「ちがっ……ダンデさんは、悪くな……い」
 ユウリの言葉に嗚咽が混じる。ダンデは震える背中を優しく撫ぜた。
「オレはあの時、キミへの恋心と、チャンピオンの重責を降りた喜びで舞い上がっていたんだ。キミはオレへの恋心で舞い上がっていた。どちらも悪くない。おあいこ、なんだぜ!」
「おあいこ……ですか?」
「ああ。だから、気に病まないでくれ。オレは、あのバトルに救われたんだ。キミに負けて良かったと思っている。」
 ユウリが不思議そうにダンデを見上げる。ダンデは膝を折り、視線をユウリに合わせた。
「キミが好きなんだ」
「わ、私も大好きです。……愛して……います。……ん」
 恥しそうに愛を告げた口は、熱烈なキスで塞がれた。
 朽ちた祭壇の上で、二人はステンドグラスの光に包まれる。
「愛している。結婚しよう、ユウリ」
「はい。喜んで」
 笑い合い、また、どちらともなく口づけを交わす。それは、誓いのキスとなった。
 

 二人が教会の中にいる間に、外は雨が降ったようだった。雨上がりの澄んだ空の下、さくさくと濡れ草を踏みながら、二人は来た道を戻っていく。
「帰ったら、指輪を買いに行こう。披露宴は盛大にしてもいいだろう?リーグ委員長とチャンピオンの婚礼だ」
「ダンデさん、気が早くないですか?私はまだ17歳なんですよ。だから、婚約って言ったじゃないですか。結婚については、また考えましょうよ」
「む。ユウリくん、気持ちが通じ合って、プロポーズを受け入れてもらったこの良き日に、そんなつれないこと言わないでくれ」
 ダンデはいたずらっぽく、にやっと笑う。
「キミが愛おしくて仕方がない。オレの自慢の花嫁だ。できるだけ早く、ガラルの皆にお披露目したいぜ!」
 ダンデの後ろには、いつの間にか大きな虹がかかっていた。




 それから1年後、ダンデとユウリはガラル中を巻き込んだ盛大な挙式を上げた。式典は、二人の出身地である南の土地で執り行われた。

 後日、二人の思い出の場所を修繕するつもりで、ダンデはシュートシティ近くの森にあるはずの教会を探した。しかし、どれだけの人数でくまなく探しても、古びて苔むしたあの教会を見つけることは出来なかった。


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