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私の恋したガラルの王様 その④

全体公開 ダンユウ作品 9739文字
2021-06-10 17:06:55

第3回ダンユウwebオンリーイベント掲載作品 。チャンピオン・ダンデに恋したユウリちゃんが、ダンデさんの目に留まるためにジムチャレンジに参加するお話。ダンデさんとの決勝戦の部分です。

「ピッ。ピィピィ。ピピ……
 穏やかなココガラのさえずりの中で私は目を覚ました。レースのカーテンの向こうから、柔らかな光が漏れてくる。
 そこは病室のような部屋だった。壁に掛けられた時計は8時を示している。
「あっ……たたた……
 起き上がろうとして私は呻いた。身体中が痛い。全身がきしむようだ。白いパジャマの裾から見える肌には、いたる所に痣があった。痛いはずだ。ボロボロじゃないか。
「あ!そういえば、ムゲンダイナは?」
 どうなったんだろう?記憶が曖昧で思い出せない。モンスターボールも身につけていない。
 なんだか急に心細くなって、ここから出ようと私は慌てて立ち上がった。しかし、体が痛みで思うように動かず、私は盛大にベットから落っこちた。
「きゃっ……う゛っ……いたーい」
 その時、戸口のカーテンがふわりと動いた。
「ユウリ、起きたのか?」
 顔を見せたのはホップだった。
「ホップ!ムゲンダイナはどうなったの?ダンデさんは?」
 変わらないホップの明るい笑顔がとても懐かしい気がした。だけど、ホップはすぐに顔を曇らせる。嫌な予感がして、心臓が跳ねた。
「ユウリ……覚えてないのか?」
「え?ザシアンが来てくれたのは覚えてる、よ。でも、その後のことはあんまり……
「ユウリが、ムゲンダイナを捕まえたんだぞ」
「えっ!そうなの?」
 おぼろげな記憶をかき集める。そういえば、ホップに促されてモンスターボールを投げまくった記憶が……ある……うん。
「じゃぁ、ガラルは守られたんだね。良かったぁ」
 心の底から安堵して伸びをする。相変わらず体はぎしぎしと軋んたけれど、名誉の負傷だ。これくらい、仕方ないだろう。
「アニキも無事なんだぞ。意識も……戻ってる」
「良かったぁ。万事オッケーだね」
 だけど、ホップの顔は暗かった。意味ありげな視線をこちらに向けて、ふう、とため息をつく。
「ホップ?どうしたの?」
「アニキがさ、ファイナルトーナメントの決勝戦をやりたがってる」
「あ、そうだね。途中になってたもんね。早めにやった方がいいのかな」
「アニキは、明後日がいいってさ」
「明後日!」
 そんな無茶な。驚く私に、「そうだよなぁ」とホップも呆れたような顔を見せた。
「だって、ダンデさんも凄い怪我だったでしょ!」
「全治2ヶ月らしいぞ」
「だったら!」
「バトルは出来るらしい。というか、明後日には決勝戦が出来るように、もう動き出してるんだぞ」
「えーーー!」
 なんて無茶苦茶な人なんだろう。
 憂鬱な顔はそのままに、ホップは私の肩にポンと手を置いた。
「ユウリ、諦めろ。ああなったアニキは絶対に引かない。何が何でも自分の意見を貫き通すからな」
 そういえば、ダンデさんが頑なに決勝戦を延期するのを拒否したから、ローズさんはあのタイミングでブラックナイトを起こしたんだよね。
 ダンデさんのバトルへの熱い決意を感じ、私も気合を入れ直す。
「よし、そこまで熱烈に希望してくれているのなら、受けて立つよ!ホップ、バトルの練習に付き合ってよ!あ、その前に着替えなきゃだね!」
 私は腹を括ったのに、何故かホップはまたため息をつく。「ユウリも大概、バトル馬鹿だよなぁ」って、褒めてるの?貶してるの?
「ユウリ、落ち着くんだぞ。せめて、お医者さんの診察が終わるまで待たなくちゃ。ほら、今ナースコール押したから」
 仕方ないヤツだ。ホップが苦々しく笑う。舞い上がった気持ちがふっと落ち着いて、私はなんだか恥ずかしくなった。
「あ、ごめん。ありがとう、ホップ」




 そして、ついにその時が来た。
 半年前、恋い焦がれたこの場所に、私は立っている。
 でも、あの時のような甘い気持ちはもう無い。心にあるのは緊張、不安、それとほんの少しのわくわく感。
「スタジアムのみんながこれほど熱狂しているのは、初めてだ……
 遠くから、ダンデさんの声が聞こえてくる。確かに、観客席から恐ろしいほどの一体感で、熱狂的な声援が降ってくる。その中を私はフィールドの中心に向けて歩きだした。
 闘志を滾らせ、心を燃やすような憧れの場所。でも、私の心は迷っていた。
(もしかして……もしかしてだよ。万が一、私がダンデさんを倒しちゃったら、ガラルはどうなっちゃうんだろう?)
 ローズさんが逮捕され、ガラルは揺れた。それをすぐにまとめ上げたのがダンデさんだ。だから、今日の決勝戦も開催することが出来たのだ。ダンデさんが、名実共にガラルの王様になったんだ。
(だけど、今日、私がダンデさんを倒しちゃったら?ガラルはどうなる?私がチャンピオンになって、ガラルを救えるの?)
 私とホップは英雄だと讃えられた。でも、私達はダンデさんの剣となり戦い、盾となり護っただけだ。私は王じゃない。
(だけど私はここにいる。王様を倒すためにここまで来てしまった)
 ダンデさんは全力のバトルを望んでいる。だけど、本当に彼を倒すことがガラルにとって良いことなんだろうか?
 私の悩みなんか誰も知らず、戦いの時が近づいてくる。
「ユウリ、ガラル地方の歴史に残る……いや、ガラルの未来を変える、最高の決勝戦にするぜ。チャンピオンタイムを楽しめ!」
 ダンデさんはやる気満々のようだ。大怪我をしている気配なんて、欠片も感じさせない。
(うわぁ!もう、やるっきゃない!どうせ負ける確率の方が高いんだ。また、勝ちそうな時に、悩む!)


 今は、目の前の敵に集中しよう。私はモンスターボールを放り投げた。
「負けないよ!いけっ、クチート!」
「行け!ギルガルド!」
 ダンデさんはギルガルドを繰り出してきた。
 この選出は予想通り。何度も何度もダンデさんのバトル動画を見返して、そのバトルスタイルを研究してきたのだ。私はクチートと目配せをする。
(ダンデさんは、まず初手で守りを固める!)
「ギルガルド、キングシールド!」
 たいていの人は、初バトルの時は相手の力量を図るために、また自分の力を見せつけるために、初手は攻撃の打ち合いになる。その裏をかくためか、ダンデさんのギルガルドは初手に攻撃から身を守る技を打つことが多かった。だから、私はそのさらに裏をかく。
「クチート、ステルスロック!」
 辺りに、刺々しい石が漂った。ギルガルドにダメージはない。ただ、これからダンデさんが新しいポケモンを出すたびにこの岩がポケモンに食い込むのだ。特に、リザードンには大きなプレッシャーになる予定だった。
 モニターに映るダンデさんの唇が「ほう」と感心したように動いた気がした。でも、その変化に私は構ってられない。予定通り、攻撃を畳みかける。
「クチート、ほのおのキバ!!」
 大きく開いたクチートの口が熱を持ち、キングシールドの効果の切れたギルガルドにかぶりつく。
 効果は抜群だ!30,000円もの大金を払って、技マシンを買ったかいがあって良かった。
 ギルガルドもゴースト技を売ってくるが、タフなクチートは余裕をもって攻撃を受け止める。ギルガルドの守りのタイミングを読みながら、私とクチートはダンデさんのギルガルドを打倒した。

 無敵のチャンピオンが初戦を落とすなんて、私の知る限り初めての事だった。場内にどよめきが走る。この展開を、誰も予想していなかったみたい。誇らしいような、悔しいような。心中は複雑だ。
 ダンデさんは冷静に私を見つめていた。そして、その手が次のボールを放る。
「行け!ドラパルト!」
「何故ドラゴンタイプなんだ?フェアリータイプのクチートが相手なんだ。不利だろう?」
 そんな観客の声が後ろから聞こえてきた。
(わかってないなぁ。ダンデさんのドラパルトはかえんほうしゃを覚えてるんだよ)
 クチートではひとたまりもない。私はクチートを下げて、プクリンを繰り出す。
 予想通り放たれたかえんほうしゃを、プクリンはその威力に顔をしかめながらもがっしりと受け止める。うぐぐ。さすがダンデさんのドラパルト。強い。
 しかし、ドラパルトも対策済みだ。プクリンはひかりのかべを張ってドラパルトの猛攻をしのぎながら、ドレインキッスで相手の体力を吸い取っていく。
(よし、効いてる!)
 私の育てたポケモンの攻撃と作戦が、ダンデさんに通用している。しかも今のところはこちらが優勢だ。私は安堵の息を吐いた。
 過去のバトルを研究すればするほど、ダンデさんの力の凄さに慄いた。化け物だと思った。そんな人物に対抗できるのか。正直不安で仕方がなかったのだ。
 ドラパルトが倒れた。ダンデさんが、ぎりっと歯を噛みしめる様子が見える。バトル中に悔しさをあらわにするダンデさんなんてそうそう見れるもんじゃない。素直に嬉しい。
「なんという大番狂わせ!まだ余裕を見せるチャレンジャーに対して、チャンピオン、2体目の戦闘不能!!」
 絶叫するような解説の声が響き渡る。会場内は大騒ぎだ。
 別にそんなに大層なことはしていない。ただ、ダンデさんのバトルを研究して癖を突いた。それが完璧に成功しただけだ。そして、この手はもう使えない。

 ダンデさんはオノノクスを繰り出してきた。プクリンも今度はリフレクターを張って耐えようとするが、オノノクスはドラパルトよりも頑丈だ。じりじりとプクリンが圧されていく。
 10年間チャンピオンを勤めたダンデさんのバトル回数は少なくない。ギルガルド、ドラパルト、リザードンのデータは豊富だ。しかし、その他の手持ちのデータは驚くほど少なかった。ダンデさんは大体のバトルをギルガルド、ドラパルト、リザードンで片付けてしまうため、その他のポケモンの情報がほぼないのだ。どんなポケモンが来るのかも絞り込めなかった。情報がなければ対策も取りにくい。プクリンはオノノクスに力負けしてボールに戻っていった。
(ここからが正念場だ……
 どんなポケモンが飛び出すかわからない。ひとまずモスノウでオノノクスに止めを刺し、私はダンデさんの様子を伺った。
 その時だ。熱気に包まれているはずのバトルフィールドで、ぞくりとした悪寒が走り、私は身を震わせた。
 原因はすぐにわかった。それはチャンピオン・ダンデだった。彼の顔に、いつもの余裕のある快活な表情はなかった。好奇心を浮かべながら煌めいていたその瞳は、殺気を湛えてほの暗く燃えている。目は瞬くことを忘れて、私を鋭く睨みつける。柔和だったはずの口は真一文字に引かれていて、時折何かを堪えるようにひくりと歪む。
(こっわー!)
 その修羅の形相に、私は思わず目をつむりそうになる。いやいや、しかしそんなことをしている場合でもない。バトルから、目を背けるわけにもいかない。
 オノノクス戦の途中から、ダンデさんのアップがモニターで映されなくなったのを不思議に思っていたのだが、納得した。あの鬼の形相のダンデさんを大画面で映すわけにはいかない。おそらく、観客に失神者が続出するだろう。それぐらい、怖い。
(でも、あれがダンデさんの本当の姿なんだろうな)
 10年間、チャンピオンとして君臨してきたのだ。その実力や気迫は並大抵のものではないのだろう。私も、ムゲンダイナと相対していなかったら、本気のチャンピオンの気迫に飲まれて取り乱していたかもしれない。
(ま、本気で来てもらえて光栄です……って、前向きに捉えよう、ね)
 自分にそう言い聞かせても、だらだらと脂汗が流れる。
「行け、バリコオル」
 低い声が静かに響いて、ダンデさんはバリコオルを出してきた。うん。格闘タイプのルカリオに、エスパータイプのバリコオル。相性は最悪だ。私は素直にルカリオをモスノウに交代させる。
 バリコオルのフリーズドライが飛び出したばかりのモスノウに直撃する。ルカリオを交代することを読まれての攻撃だった。ただ、運は私に向いているみたいだ。効果はいまひとつ。モスノウは元気にバリコオルへと向かっていく。
「モスノウ!むしのさざめき!」
 効果は抜群!でも、モスノウの力不足感は否めない。あと2回は攻撃を当てないといけないだろう。そんな隙をダンデさんがくれるのか。
 私が迷った一瞬を突かれて、バリコオルの10万ボルトがモスノウを直撃した。モスノウの動きが目に見えて鈍くなる。
(げ!バリコオルに、電気技まで覚えさせてるの!)
 用意周到というか、えげつないというか。仕方がない。作戦変更だ。モスノウにも、ひかりのかべとリフレクターを張ってもらって、サポートに徹してもらう。ごめんね。ありがとう、モスノウ。
 モスノウの作った防壁を盾にして、ルカリオでバリコオルを倒す。ダンデさんのポケモンは、あと2体。

 次に出てきたのは、どこか見覚えのあるインテレオンだった。
(あ!あの時の……メッソン!)
 ヒバニーと悩んで、結局手を取らなかったあの時のポケモン。その子が姿を変えて、私の前に立ちはだかる。ごめんね。でも、負けられないんだ!
「ルカリオ!かみなりパンチ!からの……インファイト!諦めないで、もう一回!かみなりパーンチ!」
 うちの準エース、ルカリオくんの流れるような攻撃をインテレオンは冷静にいなしながら捌いていく。でも隙を見せれば、容赦ない水撃がルカリオを襲う。
「間合いを取られると、不利だよ!どんどん前に出て!」
 至近距離の技の応酬に観客は沈黙し、固唾をのんで勝負を見守る。
 そんな中、ダンデさんだけは私の動作をずっと凝視していた。
 ルカリオとインテレオンは相打ちのような形で勝負を終えた。ほぼ同時に、モンスターボールへと戻っていく。死闘を繰り広げた2体へと惜しみない拍手が送られる。

(最後は……リザードン……
 ガラル最強のポケモンが、私の前に立った。さして大きいわけでもないポケモンから放たれる圧力に、私はごくりとつばを飲み込む。
「まだまだチャンピオンタイムは終わらない!終わらせないッ!!」
 ダンデさんの声が響いた。
(どうしよう。勝つか、それとも、負けるか)
 正面からぶつかったら、負ける。それは当然なのだ。ポケモントレーナーとしての経験の差、ポケモンの能力。それは、歴然だ。圧倒的にダンデさんの方が強い。でも、これまでのバトルのように、策を講じれば勝てる。そのための、準備はしてある。
(でも、本当にいいの?本当に、ダンデさんをチャンピオンから引きずりおろしていいの?私にチャンピオンが務まるの?)
 私は目を閉じて考えた。

『確かに、オレはずっと寂しかったのかもしれない。』
 ふと、セミファイナルの日の夜の、ダンデさんの言葉が浮かんだ。私は、そのあとに続いた言葉を思い出す。
『オレは……チャンピオンは孤独かもしれない。だからこそ、オレは明日の決勝戦を何よりも心待ちにしているんだ。バトルをしている間は、チャンピオンの地位なんて関係ない。オレと相手は対等だ』
(私とダンデさんは対等。チャンピオンなんか関係ない……か)
 嘘だ。やっぱりダンデさんはチャンピオンだ。ガラルの柱。みんなのヒーローだよ。今、チャンピオンであるべきなのはダンデさんなんだ。
(それでも、ダンデさんは対等の、全力のバトルを望んでいるんだよね)
 私は……どうしたらいいんだろう。

 私は、一つの決断をして目を開いた。
 ダンデさんは変わらぬ瞳で、私を見つめる。鬼のような形相だけど、それもまたかっこいい。
(ふふ。ダンデさん、大好きです)
 笑みが自然にこぼれた。ダンデさんが僅かに目を見張る。
「行っておいで、エースバーン!」
 最後の戦いが始まった。

「リザードン!キョダイマックスだ!」
 ダンデさんがリザードンをボールに戻す。そのタイミングで私もエースバーンをボールに戻した。
 キョダイマックスしたリザードンは、大きな咆哮を上げてこちらを威嚇し、火炎の力を溜め始める。そう、私はこの時を狙っていた。ダンデさんも、観客も、私がエースバーンをボールに戻したのはダイマックスさせるためだと思っているだろう。
「行け!クチート!」
 私は第一試合で勝利したクチートをまたフィールドに出した。ごめん、クチート。本当に、ごめんね。
 心の中の謝罪が届いたのか、クチートは私の方を振り返ってにっこりと笑った。その後ろから、キョダイゴクエンが放たれる。猛炎がクチートを包み込み、クチートはモンスターボールへと帰って行った。
 一見、ただやられただけのクチート。でも、これが勝利への鍵なのだ。ダンデさんが悔しそうに顔を歪ませるのが見えた。
 キョダイマックスは強力だが、ポケモンへの負担も大きい。だから、技の乱打はできないのだ。今、リザードンは渾身のキョダイゴクエンを打った。あと打てるのは2発か3発。それを、耐える。
「行け!エースバーン!ダイマックスだよ!」
 巨大化した直後のエースバーンをリザードンのダイジェットが襲う。しかし、エースバーンはその攻撃をかろうじてダイウォールで防ぎ切った。
 私とエースバーン。ダンデさんとリザードン。二組は力を溜めながら、静かに見つめ合う。極限の緊張感。ダンデさんは私だけを見て、私だけのことを考えてくれる。それは、至高の時間。私が一番欲しかったもの。
 均衡を破ったのは私だった。だけど、すぐさまダンデさんも動く。
「エースバーン、ダイバーン!」
「リザードン、キョダイゴクエン!」
 お互いの、死力を尽くした炎撃がぶつかり合う。
 轟音がスタジアムを揺るがし、衝突したエネルギーの余波はびりびりと空気を震わせる。2体の炎は混じり合いながらフィールドを紅蓮に染めて、そして。






◇◆◇◆

 私はチャンピオンになった。

 あの決勝戦。私の目論見通り、リザードンは力を先に使い果たし、キョダイマックスを解いた。そこへ私のエースバーンのとっておき、ダイサンダーが降り注ぐ。
 ダンデさんは帽子で顔を隠し、一瞬だけ震えていた。


 そして、ダンデさんは普通のポケモントレーナーになった。
 のだけども!

「あの……ダンデさん?どうして、こんな状況になっているのでしょうか?」
 決勝戦の二日後。私のチャンピオン就任記念パーティー。訳もわからず着飾られ、よくわからない人に挨拶し続け1時間半。ようやく人の来訪が途切れ自由になった私は、人気の無いエントランスの一角で、ダンデさんに捕まっていた。
 私はなぜか壁際に追い詰められている。もうこれ以上は下がれない。ドレス越しに、ひんやりした壁の冷たさが伝わってくる。私の左右にはダンデさんの腕。麗しいそのお顔は、ほんの20cm先でにやりと私を見下ろしていた。
「なんでだろうな?」
 ダンデさんはにこやかにとぼける。でも、その瞳の奥に私を射るような鋭い光が見えて、私はすくみ上がった。
(えーと、えーと……なんで?)
 頭の中は大混乱。目を白黒させる私に、ダンデさんはふうとため息をついた。
「キミ、チャンピオンになってから、オレを避けてるだろ。」
 剣呑な瞳で告げられた言葉に、ぎくりと体を強張らせる。やっぱりな、とダンデさんが呟いた。
「以前とは大分態度が違うと思ってな。……敗者には興味がわかないのかな。それとも、もうチャンピオンじゃないオレには興味がないのか?」
 軽い口調で、口元も優しい笑みを湛えてはいるけれど、その目はちっとも笑っていない。
「そ、そんなことはないです!」
 私は必死で反論した。そんなことない。今でもダンデさんのことは大好きだ。ガラルの頂点にいたダンデさんに触れるために、必死でチャンピオンの座から引きずり落としたんだよ。でもさ。
(ま、眩しいんですよ!)
 私の目の前すぐそこで、人形のようなきらっきらの金の瞳が瞬く。張りのある血色のいい肌に、すらりと通る鼻。甘い口元から漏れる吐息は今にも私に触れそうで、慌てて私は呼吸を止める。ついでに目も閉じる。無理。本当にもう、直視するのが辛い。目が潰れちゃうから。
 そう、ダンデさんはチャンピオンであろうがなかろうが、無茶苦茶カッコいいのである。やっぱり、王様なのである。一方の私は、チャンピオンになっても実感がなく。未だその辺の村娘Aの気分。
(ダンデさんがチャンピオンじゃなくなったら告白しようと思ってたけど、無理だよ。畏れ多い。死んじゃう)
 私がチャンピオンになったことで、目論見通り、私とダンデさんの距離はぐっと近くなった。その近さが、怖いのだ。好きだからこそ、緊張してしまい、上手くいかなくて辛いのだ。
(正直、離れてもらった方が、精神的にとっても楽……
 なんだけど、そんなことを言えるわけがない。
「じゃぁ、どういうつもりなのかな」
 ダンデさんの顔が私に近づく気配がする。こつりと私の頭に何かが当たり、吐息が鼻先をくすぐった。頬に触れるさらさらはダンデさんの髪の毛だろうか?
(きゃー!近い近い。死ぬ。死んじゃうー。)
 極限の緊張で涙が浮かんだ。もう言い訳も何も考えられない。
 その時。
「ん?誰かいるんですか?」
 エントランスに、男の人の声と足音が響いた。足音はゆっくりとこちらに向かってくる。
……すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ。次は、避けないでくれよ」
 ダンデさんは耳元で囁くと、すっと私から離れた。その衣擦れの音に、ようやく私は目を開く。
「じゃぁ。またバトルしような」
 今度は朗らかにっかりと笑うと、そのままダンデさんは足音とは反対方向へと去って行った。

「おや、おまえさんでしたか。今日の主役がどうしました?顔が真っ赤ですよ」
 足音の正体はネズさんだった。腰が抜けかけて壁にすがっていた私は、ネズさんに手を引いてもらってなんとか立ち上がった。
「すみません。ちょっと、ダンデさんがかっこよすぎて、死にそうだったんです」
 私は今の気持ちを正直に言ったのだが、ネズさんは不可解そうに眉をしかめただけだった。「んなことよりも、スタッフがあんたを探してましたよ」ネズさんは、私を会場へと引っ張っていく。
(ふぁー。やっぱり、ダンデさんに告白するのは無理だよね。だって、二人でいるだけであんなにドキドキするんだもん)
 ドキドキしすぎて記憶すら曖昧だ。えーと、なんて言ってたっけ?「また、バトルしよう」だっけ?んー。トーナメントならいいかな。二人っきりのバトルはまだ刺激が強すぎる気がする。うん。
 他にも何か言われた気がするけど、よく思い出せない。思い出せないってことは、思い出さない方がいいんだろう。きっと、そうだ。

 私はそう自分に都合よく記憶を改ざんして、宴もたけなわのパーティ会場に戻った。



 その後、ダンデさんはローズさんの代わりにポケモンリーグ委員長になり、私の上司として行動を共にするようになった。委員長になったダンデさんはやっぱりカッコよくて、眩しい存在だった。近くにいるとどうしても緊張でドキドキして、私は失敗ばかり。

「だ、ダンデさん!ちょっと近くないですか?ってか、近いです!離れてください!」
 エキシビジョンの打ち合わせ。スタッフさんと会場の見取り図を囲んで立ち位置の確認をしていたら、ダンデさんが私の真後ろから見取り図をのぞき込んできた。
 ひぃ!と逃げようとする私の肩をがっしりとダンデさんが掴む。
「ユウリくん。どこに行くんだ?打ち合わせはまだ終わってないだろう?」
(どこにも行きません!ただ、ちょっと離れたいだけです!)
 そう言いたいんだけど、ダンデさんの髪の毛が首筋に触れて、私はもう息をするだけでいっぱいいっぱい。
「逃がさないぜ」
 私にだけ聞こえる声量で、ダンデさんが私を脅す。その声色は低いが、とても楽しそうで。

 チャンピオンを降りてもガラルに君臨し続ける王様は、本日もとても絶好調なようです。
 


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