了遊(ほんのり)。
@d9_bond
了見と遊作は浅からぬ因縁を持ちながら付き合い自体は非常に短い。並んでどこかへ出かけるなど春先に初めてした、そのくらいのものだ。
だから了見が持っている遊作の情報は偏っている。いつどこにいたかは知っていても、何を好み何に興味を抱くかは全く知らない。
そんな了見が春の時点で唯一持っていた情報は、藤木遊作は空を眺めるのが好きらしいというものだ。
らしいというのは言葉通り推定で、直で付き合うようになって推察しただけの情報だ。待ちあわせの際にいつも遊作は先に着いていて、晴れていれば空を眺めていた。
「空が好きなのか」
尋ねたことがあるが、不思議そうに首を振られた。
「熱心に眺めていたように見えた」
遊作を真似るように空を見る。春先の霞がかった淡色の空は西の方に掃いたような薄雲がかかっている。春の天気は変わりやすいが、降る程ではなさそうだ。
「空が、ということはないな」
「そうか」
目線を戻すと遊作はこちらをじっと見ていて、目が合うとわずかに目元を緩めた。
「……そんなに見ていたか」
呟く。遊作は全く自覚が無いようだった。
その話はそこで終わった。
藤木遊作は空を眺めるのが好きらしい、の情報を了見は削除はせずにおいた。自分の推察として保留にする。
否定ではなく無自覚ととれたし、手持ちが何もなくなるのは座りが悪かったためだ。
季節が晩春から初夏へうつる頃には、二人で会うことにそれなりの慣れも出てきた。一度だが互いの家に行ったりもしたし、遠出をしようかという話も出ている。
この距離感をなんと言ったものか、了見は名前をつけられずにいる。知人というには互いを知りすぎているし、友人というには互いを知らない。
いまだに思うところはある。それでも不思議と居心地は悪くない。
その日の待ち合わせも、いつもと同じく遊作が先に着いていた。
了見が着いたとき、駅前広場の植え込みの端に浅くかけて遊作はぼんやりと行き交う人を眺めていた。なんとなく了見は足を止めて空を見上げた。
晴れ渡る空は初夏らしい濃い青色でその名の通り夏の気配を滲ませている。沸き立つような白い雲はくっきりと存在を主張していて、街路樹の緑も鮮やかだ。
目線を戻すと遊作は手元で端末を弄っていた。今日の空にはまるで興味がないらしい。
(──そういえば言っていたな。『空が、ということはない』だったか)
ひっそりと納得する。
「遊作」
声をかけると遊作は、こちらを見てはにかんだような淡い笑みを見せた。
春先より格段に明るい日差しのせいか、自分を映す翡翠がどの緑より鮮やかに見えた。
初夏のその日了見は、遊作について持っている情報をひとつ更新した。
藤木遊作は春先の空色が好きらしい、と。
ただ、本人に正誤を確かめはせず推察のまま置いておく事にした。わざわざ確かめずとも、また同じ季節が来れば分かることだからだ。