@foryoudoodad
※閲覧注意※ほんのりとですがバイオレンスなプレイを匂わす描写があります。
待宮栄吉はその日浮かれていた。大学もバイトも休みで、部活も休養日。完全なオフは久々だった。
荒北と金城と共に授業のレポートを作成する約束はあったが、それも荒北のバイトの都合で夕方からだ。
散髪で少し短くなった髪をまだ少し冷たい春風が揺らしたのは午前の事。日用品を買い出し昼をとうに過ぎた頃、待宮は空きっ腹を抱え今はS系統のバスに揺られていた。
荷物も置きたいし、一度帰って遅めの昼食にしよう。つり革を持っていない方の手にまとめた買い物袋が食い込む。混雑する車内では床にも下ろせず少し痛いが、充足感の方が勝っていた。鼻歌でも歌いたい気分で持ち直し、昼食は何を作ろうかと冷蔵庫に思いを馳せる。待ち受けるレポートの事はいっぺん忘れよう、うん。
一際大きく揺れてバスが停車した。アナウンスと共にぷしゅう、とドアが開き何人かが乗降する。待宮の降りる駅はまだ先だ。それを見越してバスの後方に陣取っているので流れには巻き込まれない。
そうじゃ、キャベツと麺が残っとったのぉ、よしお好み焼きにしよう。
献立を好物に決め心弾ませる待宮の耳をアナウンスが通り過ぎる。
扉が閉まります、ご注意ください……バタバタバタ、ダンッ!
「すみません!乗ります! ほら、おまえも早く。」
通り過ぎる、寸前、慌ただしい足音が飛び込んでくる。声の主は片足を昇降口に勢いよく下ろし、閉扉を阻止した。
騒々しさに視線をやる。聞き覚えのある声だな、と思うと同時に正体を目にした。金城だった。トレードマークの坊主頭は白のニット帽で隠れていたが、そのニット帽だって、一昨年の冬、見てるだけで寒い!と、待宮と荒北でセール品を買って投げたものだから、間違いない。贈り物という程でもないそれを金城はいたく喜んでくれて、翌日には蛇の刺繍を施し、吹きさらしの頭を防寒するのに役立てていた。
偶然の遭遇と、平素は貫禄を感じる程落ち着き払っている男の駆け込み乗車に、待宮は少し驚いた。時間に厳しい奴だというのに珍しい事があるものだ。バスに乗り込む金城に声を掛けようと口を開く。が、金城の左手に引かれる人物、金色の髪に、言葉は引っ込んだ。
福富、寿一。
待宮にとっては因縁の相手である――が、いつかのIHでそれは昇華されていたし、また同期となった荒北との繋がりで、金城や新開を交えて共に遊ぶ事さえある今、わだかまりはもうない。が、待宮は知っていた。金城と福富が恋仲である事を。そういえば金城、昨日の部活終了後そそくさと帰っとったな……。
金城は整理券を二枚、手早く取った。人のすでに多い車内、二人は乗車口すぐの立ち席に落ち着いた。待宮との間に四人の乗客を挟んだ位置だ。やや近いが、蛇を前に藪を突つく気はない。幸い金城たちはこちらに気づいていないので、待宮は見なかった事にして明後日の方を向いた。
一度閉まり損ねた扉が溜め息のように空気を吐いて、今度こそ閉まった。
「き、金城……」
走り出した車内、おずおずとした声に好奇心が湧いてちらりと目をやる。福富が繋がれたままの右手を控えめに引いた。金城は今しがた気づいたという素振りで手を離し、つり革を掴んだ。
「悪い、発車しそうだったからつい、な。」
わざとらしく感じてしまうのは待宮が彼らの仲を知っているからだろうか、否、金城の事だ、絶対わざと、手を繋ぐなんてカップル感満載の事をしたに決まっている。悪びれるどころか、楽しげに細められる緑色がその証拠だ。だからと言って右腕を……と俯く福富も福富だ。手を握られて恥じらうなんて、友人間の反応ではない。
周りに関係がバレるんじゃないかとひやひやする待宮の気など当然知らず、金城は再度福富の右手を取り、隣のつり革へ導く。危ないから、ほら、と慈愛に満ちた手つきなど、恋人でなければ父親のそれだ。
見た目からしてゲイなんじゃおまえら、ちったぁ憚りんさい……!
叫びを飲み込んで他の乗客を見回す。皆スマホや音楽を流すイヤホン、各々の連れとの会話に夢中で彼らの言動を気にする者はなかった。幸か不幸か待宮だけが注視する中、二人の会話は続く。
「しかしギリギリになってしまったな。荒北の店には食べに行けそうだが、スポーツショップは諦めるか。」
「石道の蛇も諦める時があるんだな。」
「誰かさんが寝坊したおかげでな。」
「そ、れはおまえが夜…!」
「あれはおまえが言い出したんじゃないか。」
夜にナニがあったというのか。頬を赤らめる福富にイヤな想像しか浮かばない。いっそ耳を塞ぎたいが両手は荷物とつり革で塞がっている。
バス停に着いてまたドアが、待宮の心情を代弁するかのようにため息をついた。何人かが下車したが状況は変わらずだ。再発車したバスに逃げ場はない。
公共の場という事で声量は抑えられていたが、聞き慣れているせいか、ふふ、という低い笑い声まで容赦なく待宮に届いた。
「福富、寝坊なんて普段はしないから、よっぽど慌ててたんだな。」
「ム?」
「ここ、寝癖のままだ。」
金城の指し示す通り、ツンツンと立てた福富の後頭部の一部は不自然に横に跳ねていた。ム……と眉根を寄せて見えないなりにそこを撫で付けるも効果はなかった。
「はは、おまえに似て頑なだな。しかも結構派手だ。」
「うるさい。笑うな。何故出る前に気づかなかった。」
「後片付けの続きが大変だったから。」
「……。」
何度墓穴掘るんじゃ福富、エエ……!と聞かされる待宮の方が歯噛みしてしまう。
金城は堪えかねたようにもう一度笑って、ニット帽を脱いだ。
「仕方ないな、これを被っていろ。」
そしてぽすん、と福富に被せた。くいくいと位置を調整する金城に、福富は戸惑った表情で、だが大人しくされるがままになっている。
「よし、これで大丈夫だ。」
「ム……すまない。」
「気にするな。ああ、よく似合っているな。」
「自分ではわからない。」
「タートルネックも白いからいい具合だぞ。それに、その蛇の刺繍を身につけるおまえは、」
福富の耳に口を寄せて金城が、囁く。あああ、ホモじゃ、ホモがおる……。待宮は一人ぼっちで見る光景に途方に暮れた気持ちになった。荒北助けてくれぇ……。
「金城……!」
「ははは。」
何を言ったかは聞こえなかったがそれでよかった。福富の耳を押さえるその反応だけでお腹一杯だ。福富の嫌がる素振りもどこか甘やかで待宮は砂糖を吐きそうだ。
バスが再び停車した。二人の前の席で居眠りをしていた男性が、アナウンスで起き慌てて降りた。金城が福富にからかう口振りで、身体辛いだろう、座るか?と促した。福富は子どもが拗ねて意地を張るように、座らない!と反射で断った。金城が、お前が立っているなら俺も、と返し、福富はまた言葉を詰まらせた。
鉄仮面を被りきれていない、赤い顔で不貞腐れる福富を、それきり何も言わず見つめる金城の眼差しは始終愛を語るようで、待宮はもう毒気さえ抜かれて、窓の外に視線を移し、二人が下車するまでひたすら流れる風景に集中した。
二時間後。帰宅し、バスでの甘さを掻き消すようにソースたっぷりのお好み焼きを食べた待宮は、白紙のレポートと資料を鞄に広島駅へ到着した。
待ち合わせ場所へ向かうと遠目に荒北と金城が見えた。福富の姿はない。待ち合わせ時間にはまだ少し早かった。
ああ二人で見送りをする予定じゃったんか、じゃけぇレポートの待ち合わせもここにしたんじゃな。
きっと新幹線の着く駅では新開が迎えにきているのだろう。愛されとるのぉ、と待宮は苦笑を溢し、二人にそろりそろりと近づく。荒北には見えない方向から。
待宮にはマイブームがあった。荒北を驚かす事だ。驚かすと言っても単純に、背後から近づきわっと体当たりをかますだけなのだが、鼻の効く荒北には途中で気づかれ失敗する事が多かった。その難易度の高さに待宮は燃えてしまうのだ。
勝率は今のところ三割。ウッゼ!の言葉と引き換えに勝ち取った。けれど阻止出来た時の荒北の吊り上がった口角に、彼もまた楽しんでいる事を待宮は知っていた。
そして、そう、待宮栄吉はその日浮かれていた。
“福ちゃん”と久々に会えた喜びで一杯の今、きっと油断している。絶好のチャンスじゃ。盛大に荒北を驚かせてやろう。それから金城の駆け込み乗車を笑ってやろう。バスでの事を見なかった事にするにはキツ過ぎたけぇ、いちゃつくんは程々にしんさい、と叫べんかった鬱憤を晴らすんじゃ。
わくわくしてきた心地を抑えて足音を忍ばせ近寄る。まだ腕も届かない距離で、荒北と対面する金城と目が合った。しー、とジェスチャーをすると、このブームに慣れた金城は心得た、と僅かに頷いた。
慎重に間隔を詰める。さぁ射程圏内に入ったぞアラキタァ。決行するタイミングを窺う。腕を振りかぶって飛び付こうとした、その時。
「ってかソレ隠れきってネんだよ、ボタン上まで止めとけバァカ!」
ビッ!と荒北が指を突き出し、待宮は思わず動きを止める。タイミングを逃し、つい、真っ直ぐ金城の顔の下へ伸びる人差し指を辿る。
「……福ちゃんなんだろ、大丈夫なのかヨ。」
よく見ると開けているのではない。開いてしまっている。ボタンが一つ失われた金城の襟元。確かバスでは一番上まできちんと閉じられていたが。福富が千切りでもしたか?
「しまった、いつの間に。前から取れそうだったのに、忘れていた、出る時に急いでいて……まあ、だが、心配はしなくていい。」
違うようだ。慌てる素振りもなく金城は首に触れた。ソーイングセットを持ち歩く男の余裕だろうか、優雅にさえ見える手つき。
その、柔らかく首を撫ぜる手の隙間から、覗いたソレが何か理解した瞬間、待宮の背筋は凍りついた。
「福富と、お揃いだから。」
声には喜色が混じっていた。面映ゆそうに目を細める金城の、首。喉仏を中心に覆うように、そこには、金城の瞳の色とは対となる痛々しい赤紫色の、両手の痕がくっきりとついていた。
「テメー福ちゃんになんて事してンだよ!」
「オレへの反応との落差凄いな。」
福ちゃんなんだろ。お揃いだから。二人の声がリフレインする。ボタンの事ではない。
朗らかに笑う金城の頭には、待宮たちがあげたニット帽は、もうなかった。
その後待宮のレポートはやり直しをくらった。きっと集中出来なかったせいなので、今度絶対金城に手伝わせる。
end.
金福演習(金福村・四月のワークショップ『金福演習』 http://privatter.net/p/717098)に参加させて頂きました!遅刻ですが!
読むのも書くのもおもしろいすてきな企画、ありがとうございました!
以下元の文章。
『 S系統のバスのなか、混雑する時間。ニット帽をかぶった二十歳過ぎぐらいの男、帽子の端には小さな蛇の刺繍が入っている。スポーツをしているのか体格は良い。客が乗り降りする。隣に立っている金髪の男に何かを囁く。金髪の男はそれを咎める。辛辣な声を出そうとしているが、どこか甘えたような口調。目の前の席があくが二人とも座らない。
二時間後、静岡駅の新幹線改札口前で、その男をまた見かける。連れの男(先程とは違う黒い髪の男である)が彼に、シャツのボタンを付けるよう言っている。男の胸元を指差し、その理由を説明する。』