シン・エヴァ直後のマリと自己認識がまだゆるいシンジ(あの駅を飛び出すところまだ現実じゃない解釈)
カップリングはとくになく置き場に悩むのでとりあえず置いておく
@syuu_29
ホームに電車が滑り込んでくるまでを見届けたわけじゃない。でも、彼らはきちんと次の電車に乗れたはずだ。アスカも、綾波も――彼らみんな。
マリの手を握り、ホームから飛び出すみたいに走ったのは、それを確認しないためだった。本当のことを言うならば。
だって名前を思い浮かべるのでさえ苦しいぐらいだ。
彼らがそれぞれの目的地にたどり着くまでを確認したい。確認したくない。どちらもシンジの本音だった。
でも行き先を知ってしまえばきっとあきらめられない。エヴァを処分したときの決意が揺らいでしまう。それどころか今度は自分の手で運命を仕組んでしまうような気がした。
何度も何度も繰り返し出会ったように、また何度だって出会えるならと思う気持ちがある。みんなが好きだった。好きになれたことも、好きになってくれたことも嬉しかった。何度だって会いたい。
でもシャッターを下ろしたのだ。仕組まれずに幸福になって欲しいから彼らが乗るはずだった電車を用意したじゃないか!
駅を離れながらシンジは自分に言い聞かせるようにそれを反芻する。
向こう側のホームにいた彼らの姿はいくらだって思い出せる。これまでのことだって思い出せる。ずっとそうだろう。忘れたりなんか一つだってしたくない。なにもかも覚えていたかった。
息が切れる、苦しい、と自覚する頃にはシンジの目からは勝手に涙が溢れていた。
明かりのない住宅街を抜けきる前だが、駅からはもうずいぶん離れた。その頃になると脚がもつれそうになり、立ち止まるのをマリも許した。
手を繋いだマリだって息は切れていて、足を止めると「ふは」と吹き出した。
はは、と二人して肩を揺らすようにして笑うけれど、「また泣いちゃった」と十四歳の声で零したのをきっとマリは耳聡く拾ったのだろう。咎めたりはしなかったが、彼女は鼻歌を歌いだしながらいまにも解かれそうな手を握り直した。上を向いて歩こうと言い訳するような歌詞の曲だ。
お互いの手のひらが汗ばんでいたけれど、シンジは抵抗しなかった。
「真希波、古い歌ばっかりだね」
「古い物には古い物の良さってモノがあるのさ」
「いや、それを否定する気はないけど、でもずいぶん前の歌ばっかりだろ」
「ま――新しい曲を覚えるほどの暇はなかったんだよ。とてもじゃないが目まぐるしくってね」
「僕を探すのが?」
「ほーお?うぬぼれ屋さんだねえ、まあそれくらいでないと困っちまうけどね!道はまだ途中なんだぜ、シンジくん!」
シンジは腕を引かれるままにたたらを踏み、道端で歪なダンスを踊らされる。誰かの目があるわけでもないが滑稽だと自覚できて、シンジは反射的に抗議した。
「ちょっと!」
「ほらぁ、また少年になってる!」
「うるさいなッ!仕方ないだろ!」
視界がぐるりと変わる。マリの指摘通りシンジは自分の姿が不安定なのを自覚するしかない。一回転ごとに視界は低くなり、高くなり、喉から零れる文句さえ他人のよう。
実際に自覚が足りないのだ。だからまだうまく認識しきれやしない。少年の声で言い返す。
「十四年なんか知らないよ!」
「あはは!なかなか往生際が悪いねえ、キミは」
マリはニヤニヤしている。リードをするマリのほうが男役なのは社交ダンスなんか知らないシンジだってわかった。なにしろ誰かの代わりになるのははじめてじゃない。誰の影を重ねているのかは知らないが、そういう扱いはシンジとしては愉快ではなかった。
自分のほうが男だという自負があるのはもちろん、リードされるなら相手は選びたかった。誰の影も重ねない、自分だけを求める相手がいいに決まっている。重ねられるのはもうたくさんだ。
もう身長だって抜いたじゃないかと、シンジは育った体格でもって腕を引き返す。一般的な成人男性の体格に比べればやはり細身だという認識はあるが、それでもやられたことをやりかえす要領で拙いながらもリードを奪う。でも一度だって十四歳に戻らないマリの、大人びた顔立ちに似合わない子どもっぽいニヤけ顔はちっとも崩れない。
「でもさあ、わかってるだろ。キミは姫の十四年だって認めた。そうそう、それだよ」
ほんとゲンドウくんに似てきた、と微笑む声はなぜかどこか悔しげに聞こえた。細められる瞳に映っているのは目の前の自分じゃないのがわかる。
シンジは彼女の眼鏡に度なんて入ってないのを知っていた。それから、彼女が父や母たちと同じ冬月ゼミに所属していたということも、断片的な彼女の話から知っている。
彼女のこぼす『ステキな思い出』とエヴァパイロットの十四歳の女の子として現れた彼女を貼り合わせてみれば、今の彼女という存在についての推測もついていた。
運命を仕組まれた作られた子供たち。綾波型、式波型。二人にオリジナルがいるように、マリもまたオリジナルがいたはずで――多分、やってのけてしまったのだ。十四歳の自分を自ら創り、文字通り一発入魂の大博打を。冬月ゼミ生は揃って馬鹿みたいに壮大な事をやり遂げてしまうらしい。魔窟だ。
「てか、そんな理解が深ーい仲になれたんなら、そろそろマリちゃん♡とか呼んでほしいにゃあ」
「いやだよ、はずかしい」
「なあーんだよう!ノリが悪いなあ」
「アスカにだってコネメガネって言われてたろ、キミ」
「にゃはは、浅いなあ!姫は素直じゃないだけよん」
「そりゃ否定はしないけど――」
思い出すと、ぽろりとまた涙がこみ上げて頬を伝った。アスカ。一瞬で、記憶が蘇る。膨れ上がる。好きだったと言ってくれた。呆れながらも引っ張り上げてくれた。でも助けなかったことも自覚している。助けられなかった。助けたかった。その後悔が胸いっぱいに溢れ出す。たぶんずっとこの先こうだろう。助けたこともあるけれど、彼女の望んだ結末になった試しはない。だいたいこれまで誰もまともに助けられたことなんかなかった。助けられては台無しにしてきた。
「ま、いま泣いておきなよ」
「強いね、真希波は」
「きみほど繊細じゃないだけだよ、少年」
視線が噛み合わず、気づけばシンジはいつの間にかまた十四歳の姿になっていた。
染みついた自己認識はなかなか直らない。だめだなと首を振り、雫をぬぐって二十八歳に戻る。
「少年じゃないよ」
低くなった自分の声には違和感がまだあるけれど、もうエヴァの呪縛はない。これが自分だと繰り返し自覚し直すしかない。
「――そうだねえ」
わんこくんとはもう呼べないなあと笑うマリはシンジにミサトのことを思い出させた。
やがてぽつぽつと街灯が遠くに見えはじめた細い路地を二人は歩いていた。道は途切れない。まだ続いている。けれど明かりの数は増え始めていた。もう終わりが近いんだろう。
「よーし、そろそろアッシの美声で涙なんかひっこめてさしあげましょーね」
「ふふ、すっごい自信」
「マリっちは事実しか言わないのよん!それに君はそういうの好きでしょ」
マリは声を潜める事なんてしなかった。二人以外の誰もいない、誰に配慮することも必要のない場所だとわかっているからだ。
「うっえを向いて〜あーるこーぉう」
「やめてよ真希波、そんなんじゃ酔っ払いだよはずかしい」
泣き笑いになる共犯者の言葉にマリは笑う。けれど歌うのをやめてやるつもりが毛頭ないことはシンジにもわかっていた。