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優しい君と出逢えた世界(吟主♂)

全体公開 吟主 1 11111文字
2021-07-13 10:01:09

ギュラ2、吟主♂です。自宅部長設定。男部長固定。試しに書いたので短めかも。
微妙にやんわりとですが、吟のキャラエピネタバレがある。

自分の所の吟主がどんな感じなのか、試しに書いてみた話。まだ吟に踏み込む前。ゲーム本編にはないけど、部長のキャラエピ1くらいのイメージ。
自分の所の部長設定なので、そういうのが苦手な人は戻った方がいいかも知れません。

自分の所のギュラ2部長設定
響矢部長の方です。

https://privatter.net/p/7634045


 吟にとって桜響矢という少年は、最初はただのクラスメート、ただの友人の一人だった。妙に綺麗な顔をしていて、それなのに自分の事に割と無頓着で、基本的にぼんやりのんびりしている。素直でお人好しで優しい、表情の変化は少ないのに飯や菓子を食べてる時は花が咲いたように幸せそうだから、つい餌付けをしたくなるような、そんな不思議な雰囲気のクラスメートだった。
 そんな彼が、ある日体調を崩して早退した……かと思えば、何故か泣きそうな青い顔して走って学校に戻ってきた。どうしたのかと思って彼が走っていった方を探してみたら、何故かホラー映画の登場人物のように化け物の群れに囲まれているのを見てしまい、つい放っておけなくて助けてしまった。
 その時からきっと、自分の運命は変わったのだろうと思っている。運命の出逢い、なんて都合のいいもの、それまではある訳ないと思っていたのに。そんな風に考えてしまうなんてと、吟は自分でも自分に呆れてしまったけれど。それでも、後からその時の事を思い出すと、どうしてもそう思えたのだった。

 「変な夢を見て、見上げた空に穴があって、その後から周りの景色とかがザザーっとノイズかかったような変な感じに見えるようになってね。それで、頭痛くなって気持ち悪くて体調悪いから早退しようとしたんだ。そうしたら見覚えのない電車に乗っちゃって、この子に俺の半身を奪われたらしい?」
 「……ごめん。説明してくれても、ちょっと訳わかんないんだけど」
 「うん、俺も正直説明しててもよくわかんないんだけどね。それでキィの声が頭の中響いてくるから、びっくりしてこわくて学校中逃げ回ってたら、今度は変になっちゃった人たちに注目されて。何か集団で襲われて
 「一生懸命説明しようとしてくれてるのはわかるんだけど何かこう、ふわっとしか伝わって来ないな
 「説明下手か、ハンシン。とにかく、大ピンチだった、という事がわかれば問題ないぞ」

 簡単に説明をされたものの、まだ混乱しているのかも知れない。響矢が元々どこかふわふわした雰囲気と柔らかい話し方だからか、それとも話されているのが驚くような内容だからか。イマイチ伝わって来ないし、ついでにその時の彼らの緊張感も伝わらない。そしてキィの方はザックリしすぎて、これはこれでほぼ説明になっていない。
 とにかく大変で大ピンチだった、という事は何とかわかったけれど。二人の言葉に思わず吟は軽く頭を抱えてしまった。帰るとかどうとかはとりあえず置いといて、この天然ボケコンビだけにしていたら危なっかしくて放っておけないので、とりあえずついていく事にした。
 そう、その時はただ何となく、放っておけなかっただけだった。人が変な化け物みたいになったマリオヘッドだのデジヘッドだのなんていうものに襲われてはいたものの……本当に、命に関わるような事があるなんて思ってもみなかったから。

 「大丈夫だから」

 突然現れた機械の体を持った楽士なんていう存在を前にして、静かに響矢はそう言う。吟を巻き込まない為に、彼はキィの半身になっているから殺されるかも知れないというのに。それでも青い顔でそう言って、震えを隠すように微笑んでいた。こわくないはずがないだろう、その微笑みだって引きつって、隠しきれない恐怖に染まっている。それなのに彼とキィは、ただ吟を心配させない為に何とか笑ってみせた。
 平気なフリをして楽士に連れて行かれようとする彼らに、それを連れて行こうとするマキナという機械の体の楽士に。そして何より震えて動けずそれを見送るしかない女々しく情けない自分に。憤って、悔しくて、苦しくてただ必死に動いて。キィの声と共に溢れ出た力を手にして夢中で射って……気付けば自分も響矢と同じように、戦う力を得ていた。

 「吟の武器は弓……えーと、クロスボウ?だっけ?西洋のやつだよね。格好いい」
 「そう?ナイフで前線でガンガン戦う方が男らしくて格好いいと思うし、ちょっと羨ましい気がするけどな」
 「そうかなぁ、RPGとかだと割と地味な武器じゃない?ナイフって。何となくシーフとかアサシンとかが使ってる武器ってイメージだよね」
 「まぁ……それは否定出来ないけど」

 響矢は自分の武器である両手のナイフを見ながら、一瞬だけ少し嫌そうな、苦しそうな表情をする。それはほんの一瞬の事で、彼はすぐにカタルシスエフェクトを解いたから、気のせいだったのかも知れないが。もしかしたら響矢は、自分の武器が嫌いなんだろうか。とはいえ、表れたそれを変えられるものでもないだろうけれど。

 「どうせなら剣とかの方がよかった気もする。リーチもナイフよりはあるし」
 「あー、それはわかる。それに、剣使ってるのって勇者とか戦士とか、こう、格好いい男って感じのイメージあるし」
 「ナイフだと、遠心力とかジャンプで威力を高めないといけないし。すごく敵に近付かないといけないから……デジヘッドとかマリオヘッドって何かこわいんだよね、見た目が」
 「まぁ、ホラーとか、パニックものの映画とかに出てきそうな感じだもんな。見た目的に」
 「人間が変化してるってわかってるんだけどね……もう少しリーチのある武器だったらなぁ、とはちょっとだけ思う。選べるものではないだろうけど」
 「武器なんて、敵を倒せればいいものなんじゃないのか?ニンゲンは訳わからん事を気にするんだなぁ」

 響矢はその武器を地味だなんて言っていたけれど。素早く敵に向かっていき、くるくると身軽に舞うような動きで両手のナイフを振るう姿は華麗な程で、地味だなんて少しも思わなかった。むしろ地味なのは後ろから射っているだけの自分の方ではないかと思って、吟は微妙にヘコむ。

 「俺は、吟がフォローしてくれてると思うと、安心して前に出ていける。前を見て敵に向かっていけるんだ」
 「……もしかして、慰めてる?」
 「んん?慰めるとかよくわかんないけど。えーと、俺は割と……何も考えてないというか、ぼんやりしてる?変な所で抜けてたりするらしくて」
 「ああ、まぁ天然だよね」
 「そうらしい。それにこう……勢いで、まだいけるし死ななければ何とかなるからよし!くらいの感覚で飛び出していく所があるから」
 「ダメじゃん
 「だから、吟がいてくれると安心出来る。冷静な所あるし、俺が気付かない事に気付いたり考えてたりするし、すごく器用だし。すごいなと思ってる。頼りになる」
 「い、言ってて恥ずかしくないそれ?」
 「何で?恥ずかしい事とかないよ?」

 きょとんとして、心底不思議そうに首を傾げている辺り、本気でそう思っていそうだ。そんな風に本気で思っているから恥ずかしくもないようだし、褒めているのもただ本当に心底そう思っている事なんだろう。そして多分、褒め殺しにしているという自覚すらないのかも知れない。というか、死ななければ何とかなるというのは危ないからやめてほしい、これからしっかり言い聞かせなくては。
 けれど、真っ直ぐにそう言ってくれる、その言葉は嬉しかった。吟の武器もその戦い方もただ素直に認めて、背中を任せてくれている。だからこそ、その後は自分の武器も戦い方も素直に認めて受け入れ、自信を持って響矢のフォローをする事が出来たのかも知れない。

 「ま、まぁ、僕がいるからって、そんな風に無茶なんてしたらダメだけどな」
 「うーん。確かに二人だけだから前衛の俺が倒れたら、半身だからまずキィが危険で。そうすると、カタルシスエフェクト使えなくなるかも知れなくて吟も危ないもんね」
 「他人の事ばっかりじゃなく、自分の心配もしなよ」
 「俺の心配かぁ……
 「そうだぞ。ハンシンはちゃんと自分の心配もするべきだ」

 ニンゲンはそういうモノなんだろう、なんてきっとわかっていないだろうにキィは真面目くさった顔で言う。響矢の方は、わかっているのかいないのか、気を付けるよーなんてほんわかした調子で言っている。そんな二人を見ながら、やっぱりどうにも危なっかしいし放っておけないなぁと吟は苦笑しながら思った。
 その後、駅のホームにいたささらを仲間に加え、更に何とかギリギリで楽士マキナを退ける事が出来た。吟の言動や行動を響矢が瞬時に理解して合わせてくれたからこそ何とかなったが、本当にどうなる事かと思った。普段はあんなにぼんやりふわふわしているというのに、彼の非常時や戦闘時の集中力と察しのよさは何なのか。普段がああだからこそなのか、ちょっと気になるが。
 そうして響矢を部長として二代目帰宅部とやらを結成する事になった。しかし、新たに加わってくれたささらもまた天然でどこか危うい部分がある。前衛の危なっかしさと放っておけなさは変わらないどころかむしろ増えて、内心で吟は頭を抱える事になった。



 最初の頃はほわほわしていて天然ボケな上に、戦闘では自分より味方を守る事を優先する前衛二人に、このままではフォロー役が足りないと思っていた。けれど、その後順調に帰宅部の人数が増えてくると、今度は何故かモヤモヤするようになった。それぞれ戦い方は違うし、役割分担する事で戦い自体はかなりやりやすくなっているはずなのに。
 部長は……響矢は帰宅部のメンバーがこんな風に増えてきた今も、『吟がいてくれると安心出来る』なんて思ってくれるんだろうか。響矢自身もやれる事が増えて、吟以外にもフォロー出来る人が増えた今も、そうして必要としてくれるのか。そんなモヤモヤを部長にはもちろん、他の誰にも言う訳にもいかず、吟はただそれを心に抱え込んでいた。

 「……吟、どうかした?お腹すいた?」
 「え、何で?」
 「何となく、元気なさそうな感じだから。まだお昼前だし、お腹空いたのかなって」
 「そこで普通そういう発想になるかな
 「お腹すくと、何かこう、しょんぼりするから。しない?」

 彼は鈍いのか鋭いのかよくわからない。普段はほんわかしているのに、不意に鋭い事を言ったりする。いつもはふわふわした柔らかい雰囲気なのに、戦闘時は凛として敵を見据え鋭い雰囲気になるのと同じように。こういうのをギャップ萌えとか言うんだったか。まぁ、鋭い時も微妙にズレている所があるんだけれど、そう思いながら吟はつい苦笑する。

 「腹減ってんのは部長じゃないの」
 「うん……実は今日遅刻しそうになったから、朝ご飯ろくに食べてる時間なくて。もうお腹へってきた、何かしょんぼりする」
 『うっかり寝坊してかなりギリッギリの時間だったからな。自宅から大慌てで食パンくわえてダッシュしてたハンシンは、なかなか見ものだったぞ』
 「それ本当にやる人っていたんだ……希少な存在すぎるだろ。曲がり角とかで誰かとぶつかったりしなかったか?」
 「誰にもぶつからなかったけど、結局ギリギリ間に合わなかった感じだったから、鐘太先輩に怒られちゃったよ」
 『いい全力ダッシュだったのだが、結局ギリギリ遅刻だったし。口元に食べカスついてたし、制服の着こなしも少々残念な状態だったから、まぁ仕方ないなー』
 「誰にもぶつからなかったならよかった……いや、怒られたならよくはないのか。あ、そうだ。今、菓子なら持ってるけど、食べる?」

 モヤモヤしている事に気付かれないよう、誤魔化す為にもそう聞いてみたら、キラキラと響矢の瞳が輝いた。表情はあまり動いてないのに、尻尾があったらブンブン振ってそうな期待に満ちた瞳をしている。表情自体は殆ど変わらないのに、こういう所はかなりわかりやすい。外見はクールなのに、反応が素直な仔犬のようなタイプなので、最初は驚いたものだ。

 「何かこう、仔犬に餌付けしてるような気分になるよね」
 「わんわんっ」
 「真顔でそう言われるのじわじわくる」

 後でキィトレインに持ち込もうと思っていた菓子を、期待に満ちた顔をしている響矢に渡すと、それだけで花が飛びそうなとても嬉しそうな表情になる。最近はそれが見たくて、ついつい菓子を買ってしまう事が多くなった。

 「そんなに腹減ってるなら、サボって何か食べに行く?」
 「んー……それもいいなぁ」

 と言ってサボるか悩みながらも、彼は早速コンソメ味のスナック菓子を開けて嬉しそうに食べている。それを見て、何となく悪戯心で細い棒の形をしたチョコ菓子を一本摘んで響矢の口元に差し出してみると、きょとんとしつつも素直にそれも食べた。彼がスナック菓子を口に放り込むたびに、間髪入れずにチョコ菓子も差し出してみると、素直に食べながらも段々と困惑したような顔になって、ふと首を傾げる。

 「……チョコとコンソメが入り混じって、よくわからない味になった」
 「どっちか食べるの止めればいいのに。まぁ、僕が食べさせてたんだけどな」
 「吟がくれたから、ちゃんと食べたいんだ」

 柔らかく微笑んで、彼は真っ直ぐに吟を見つめてそう言う。素直な気持ちなのかも知れないし、それを照れもなく言えるのはすごいしきっと長所なんだろうけど、言われる方の身にもなってほしい。あと自分の綺麗な顔の破壊力も知ってほしい。いや、知らないままでいい。ただでさえお人好しな彼は色んな人に関わっていて、多分帰宅部だけでなくあちこちで人気だろうし。

 「部長って結構人たらしだよね」
 「ん?俺何もたらしてない……よね?」
 『ハンシン、空腹すぎてヨダレたらしたのか?』
 「え、それは流石に恥ずかしいなぁ。たれてる?」
 「ヨダレはたれてないから大丈夫」
 「よかったー」

 心配そうに口元を拭って確認しているのを見て、吟はつい苦笑してしまう。まぁ、この天然っぷりで、人たらしの自覚がある訳もない。これで自覚があったら驚く所だ。

 「それじゃ、牛丼でも食べに行く?」
 「うん、あ、見つけた割引券があるよ。使えるんじゃないかな、多分」
 「ああ、何かよくホコロビ蹴り壊したりして、色々拾ってるアレか」
 「色々落ちてるよね、ここって。ラブレターとかまで落ちてたよ」
 「……それは拾わない方がいいやつなんじゃないの。いくらリドゥとはいえ」
 「何か、それ必要な人いたんだよね」
 「部長、お人好しはいいし、優しいのもいい事だろうけど。引き受ける事をもう少し選んでもいいと思うんだよ僕は」
 「でも、困ってそうだったからね。流石に俺にも出来ない事なら、きっと引き受けないよ。俺に出来る事だけ」

 響矢は基本的に、断る事なくほいほい色々な事を引き受けているようにしか見えないが。出来ない事は引き受けないとか言ってるけど、本当に断れるのだろうか。どうにも相手に押し切られる姿しか思い浮かばない。
 いつもそんな感じだからか、いつの間にか妙な事に巻き込まれたり頼まれたりお願いされたりしているようなお人好しだ。デジヘッドや楽士と戦いながら、帰宅部の部長としてメンバーと交流しつつ、色んな人から色んな事を頼まれているんだから、全く困ったお人好しっぷりだと吟は思っていた。

 「頑張りすぎて倒れないように」
 「うん、吟はやっぱり優しいね」
 「……本当に優しいのはそっちでしょ」

 彼から純粋な微笑みを向けられてそんな事を言われるのは、ちょっと辛い。別に優しい訳じゃない。響矢の事を心配しているとは思いたいけれど、本当は彼が他の知らない誰かと仲良くしていると、帰宅部のメンバーと仲良くしている以上にモヤモヤするだけだ。
 むしろ本当に優しいのは、そんな風にいつも一生懸命誰かの為に頑張っている響矢の方だろう。帰宅部でも、それ以外でも、彼は自分の事は後回しで他人の事ばかりだ。それは長所ではあるかも知れないけど、傍で見ている吟としては、もっと自分自身の事も気にしてくれと思ってしまう。

 「さて、食べに行くなら今のうちに行こうか」
 「う、ん。そうだね」

 響矢はまた少し心配そうに吟を見つめてくる。けれど飯につられたのか、それとも吟の様子に少し違和感はありつつも結局その理由がよくわからなかったのか。教室からそっと出て先に歩き出した吟の後を、特に何も言う事もなく素直についてくる。キィの方もすっかりそれに慣れたのか、マガイモノの世界での事だからか、二人がサボる事に対して文句も言わないようだ。

 「牛丼、牛丼〜」
 「ハンシン、気になっていたのだが、牛丼と牛皿は何が違うんだ?」
 「牛丼のが安い。あとは、上にどーんとかかってるのと、別皿になってるの?」
 「……味は?」
 「多分、変わんないっぽい?」
 「意味はあるのか?」
 「きっと、ご飯にかけず別々に食べたい人もいるんじゃない?」
 「ニンゲンよくわからんなー」
 「俺もよくわかんないなー」

 駅の方まで来たからか、他人が周りにいないからか、部長の内側からキィがスルッと外に出てきて、そんな会話をしながら二人して首を傾げている。相変わらず部長の内側からスルリと抜け出るようにキィが出てくるのは、何とも変な感じだった。まぁ、中途半端に彼の腹からキィが生えている時よりはマシだけれど。アレはちょっとホラーだ、と吟はその光景を思い出して苦笑する。

 「ん、何か変だった?」
 「いや、部長の腹からキィが生えてる時を思い出してただけ」
 「キィが生えてる……いや、まぁ、確かにそうか、にょきにょき生えてる感じ、かなぁ?」
 『こうか?』

 わざわざ一度響矢の中に戻ってから、わざと腹から生えるようにひょこっと顔を覗かせるキィに、彼には悪いと思いつつ笑ってしまう。

 「やっぱ何度見ても慣れないなー、それ」
 「俺も自分の腹からキィが生えるの、なかなか慣れないんだけどなぁ。流石にちょっとびっくりするよね」
 『ハンシンは慣れろ!ハンシンなんだから』
 「ええー」

 確かに中途半端に腹からひょこっと生えてる時は驚いたり困ったりはしているものの、彼は既にキィの半身にされている事自体にはもう慣れているようだ。キィトレインに乗ってしまった事で選択の余地もなく、突然ほぼ強制的に半身にされたらしいけれど。それでもお人好しな響矢は、単身敵地に乗り込んだはいいものの困っていたこの幼いバーチャドールと運命共同体である事を既に受け入れている。
 またスルリと外に出てきたキィを見ながら、半身ってくらいだからつまりずっと一緒にいるのか、と考えて何だか複雑な気持ちになった。

 「そういや、部長とキィって四六時中ずっと一緒なのか」
 「まぁ、そうなるのかな、離れられなくなってるらしいし。キィトレインの中くらいかな、一応それなりに離れたり出来るの。それでも、キィが俺に宿ってるのは変わらないけど」
 「ハンシンだからな。しかし、プライベートな時間というものがニンゲンには必要だというので、奥に引っ込んで眠って一人の時間も用意はしてやっているぞ」
 「……流石に現実じゃないとはいえ、風呂とかはこう、ちょっと恥ずかしいし。何とかキィに説明してお願いした」
 「お願いしなきゃ、風呂ですら一人の時間なかったのか」
 「人とはその辺の感覚が違うみたいだから、仕方ないよ。それに、ある程度説明すれば結構わかってくれるから、問題はないけどね」

 困ったように淡く笑う響矢を見て、つい頭を抱えたくなったけれど、まぁそんな彼だからキィとも上手くやれているのかも知れない。帰宅部のメンバーの中で、もしも現実を思い出した上に突然キィの半身にされたとして上手くいきそうなのは、彼以外ならささらくらいしかいないような気がした。
 少なくとも、自分だったらきっと耐えられずどこかで破綻していただろうと吟は確信している。誰かと体を共有するのも、部長として人を集めながら交流しつつ現実への帰還を目指すのも、殺す気でくる楽士たちと戦うのも、どれもキツイ事にしか思えない。しかもそれを、現実を思い出した時点でやらなきゃならないなんて。

 「……部長はすごいよね」
 「すごいって、何が?」
 「現実を思い出しても、キィの半身にされても、敵と戦うのも、落ち着いて頑張ってるからさ」
 「まぁ、実はハンシンにした時、パニックになって半泣きで、うわーっとすごい勢いで学校中走り回ってたけどな!」
 「だって、突然頭の中から全く知らない謎の声が聴こえてきたら、きっと誰だってこわいよ?」
 「ひたすら校内をぐるぐる猛ダッシュしてたから、ハンシンは走るのすごい得意なんだなーと思ったぞ」
 「お化けかと思って。もしかして何かに取り憑かれちゃったのかなって、ちょっとこわくて」
 「失礼な、キィはお化けなんかじゃないぞ!」

 確かにその時、青くなって泣きそうな顔をして全速力で走っていくのを見たけれど、そりゃあ突然頭の中から声がしたら怖いだろう。そしてお化けではないとしても、取り憑かれた、というのはまぁそこまで間違ってもいないような気もする。

 「そんな訳で、俺は全然落ち着いてなかったよ。突然のホラー状態で、すっごくパニクってた」
 「実際にはホラーではないけど、確かにすっごくパニクってたな。しかし、部長の今までの頑張りは、キィも認めてやるぞ」
 「そっか。吟もキィも、頑張ってるって言ってくれてありがとう」
 「礼を言う所かなぁ」
 「言う所だよ。誰かに認めてもらえてるって、とても嬉しい事だし」

 ホームまで降りると電車が来ない時間なのを確認してからキィトレインを呼び、キィや吟と共に乗り込みながら、響矢はそう言って微笑む。

 「あと、俺が現実を思い出しても落ち着いてる、っていうのは、そんな事ないよ。ただ急にキィの半身になって、何か変なのに襲われて、それどころじゃなかったってだけで」
 「今も落ち着いてるように見えるけど」
 「うん、今は……そうだね。俺の場合は、もう終わってしまった事だから、かな。現実を思い出しても、終わってしまった事に対しては何も出来ないから」
 「終わってしまった?」

 ついそう問いかけると、響矢はえへへと困ったように笑った。普段表情の変化が少ない彼にしては妙に明るく見える……そうする事に慣れているとしか思えないような、自然すぎる不自然な作り笑顔だった。彼をよく知らない時なら、その笑みに誤魔化されたかも知れない。けれど今は嘘くさくも感じるその笑顔を見て、それが響矢の心に残る傷……彼がリドゥへ来てやり直したくなった理由なんだとわかった。
 そう、ここにいる以上、彼もまた何かを心に抱えているはずだ。そうでなければ、きっとリドゥに招かれる事はない。響矢のお人好しで優しくふわふわした雰囲気の部分が本当でも、心に抱えたものはきっとある。隠したい部分が全くない人間というのは、とても少ないだろうから。

 「あ、着いたよ。ご飯食べに行こう、吟」
 「あ、あぁ、うん。行こうか」

 牛丼を食べに行こうと、確かにそれが目的ではあったけれど。その時の響矢はいつも素直な彼に似合わず、作った明るい笑顔でその心をしっかり隠しながら、何とかそこから話をそらそうとしているように見えた。終わってしまった事だと言っていた、それが一体何なのかはわからないけれど。きっと知られたくはない彼の深淵なんだという事だけはわかった。
 ……それを知りたいと、吟はそう思ってしまった。素直で優しい響矢が必死に笑顔で覆い隠した、その心の奥深くにあるものを。いけない事だと理解しながら、彼の心にあるその傷に触れて、暴いて、踏み込んで、もっと知りたいと思った。自分の事は言えないクセに、相手の事はもっと知りたいだなんて自分は酷いと思いながらも、彼の事をもっと知りたいという気持ちは捨てられない。

 「こんな僕でも……友達だと、相棒だと。お前はそう思ってくれるんだろうか」

 ぽつりと、響矢に届かないくらいの声で吟は呟く。彼の傷に触れたいと、その心のもっと奥深くまで入り込んで知りたいと。そう思いながらも自分の事は言えずに守ろうとしている、こんな人間なのに。
 彼と一緒に過ごすうちに、どんどん強欲になっていく。優しいその心につけこんで、どろどろと独占欲まで溢れ出して。純粋に友達として傍にいてくれる響矢を、このままでは傷付けて汚してしまいそうで嫌になる。
 一体、自分が彼に何を望んでいるのか、わからない。親友か、相棒か、パートナーか、それとも。わからない、わかりたくない。それを知ったら戻れなくなってしまいそうだ。ただ、彼と一緒にいたいと思う。それだけはハッキリしているけれど。

 きっと現実の『吟』を知ったら、いくら優しい響矢でも戸惑うに違いない。だって、ここと現実では色んな事が違うから。響矢でさえも今のままではいられず、受け入れられず離れていくかも知れない。そんなのは耐えられないと、吟は考えるだけで叫びそうになる。
 彼が知られたくないと必死で隠そうとしている事を、ダメだと理解しながらも知りたがる。それでいて、自分の現実は知られたくないと思うなんて、そんなのは身勝手すぎるだろう。そう思っているのに、吟はその身勝手な気持ちを止められずにいた。

 「ああ、本当に、僕は……私は、酷いヤツだ」

 吟がホームで足を止めたままなのに気付かず先に歩いていた響矢が、ホームの出口でふとそれに気付いたのか不思議そうに振り返った。そこで止まって、キィと共におーいと手を振って待っている。それを見ながら、吟は思っていた事を表情に出さないようまたそっと心にしまいこんで、苦笑しながらその傍まで駆け寄った。響矢は何も知らない、知らないままでいい。今は、まだ。

 「あー、悪い、ちょっとスマホ見てた」
 「そっか。もしかして、何かあった?」
 「いや、ちょっと検索してただけ。空腹なのに待たせて悪かった」
 「大丈夫、牛丼は逃げないし」
 「逃げないかも知れないけど、席は埋まるかもよ」
 「……そしたら、空くまで、我慢するから。俺、ちゃんと待てるから」
 「冗談だって。そんなしょんぼり顔しないでも、きっと空いてるだろうし大丈夫だから」

 くぅーん、と鳴き声が聞こえそうなしょんぼりした顔をされてしまっては、流石に申し訳ない気持ちになる。モヤモヤした気持ちも、知りたいと思う気持ちも、心にしまって今は忘れる事にして、吟はぽんぽんと響矢の肩を軽く叩いて微笑んだ。

 「ほら、行こう」
 「うん」

 そうして、いつも通り一緒に歩き出す。時に並んで、時に背中を守るように、時にじゃれ合いながら。お互いにまだ、自分たちの現実を話す勇気も、相手の心に踏み込む勇気もないまま、ただいつもと同じように。それでも確かに、お互いを大切だと思い、お互いの事を気にかけ、心の中でそっと求め合っていた。


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