FGO 2部 異聞帯帰りの主人公と蘆屋道満
@syuu_29
ますたあ、と甘ったるい呼び声に振り返ると。
距離があっても見上げる必要のある怪僧がいつもと変わらない整った貌でにんまりと笑っていた。烏帽子は被っておらず、着物をはだけた肌にべたべたと呪符を貼り付けた姿は最後に見た慎ましやかで尊大な姿とまるで違っていた。着物の裾は破けて煤けて荒々しい。膨らんで方々へ跳ねる白と黒の毛先だって鋭い爪を持つ大きな手足に似合っているが、髪というより粗野な毛皮に見える。
「三臨の姿やめたの」
「ええ、あなたはこちらの姿のほうがお好きですからな」
「まあ……一番獣っぽくていいと思うけど」
そうでしょうそうでしょう、と喜色に満ちた声が答える。多分文字で読むなら語尾にハートマークなんかついてるんだろうなと思いながら、顔を上げるのにも疲れて背を向ければ「おやぁ、ご機嫌ななめでいらっしゃる」と続けてくる。ついてくる気らしいので「はいはい、お気に召してなにより」と答えて歩き出す。当然のように「そのお返事は期待通りで嬉しいですぞ」などと足音どころか衣擦れの音一つ立てずに気配がついてくる。嫌だなと思うのは、予感のせいだろう。だってこれは食堂からついてきた。きっと見られた。予想できる。嫌味なことだ。まったくもって単純ながら忌々しい。
「此度のレイシフトもマイ・マスターは穏やかならざる経験をしてこられたようで」
「いつものことだよ」
「ええまったく、その通りでございます。しかしマスター、新入りの顔を見る度に表情が曇っておりましたぞ」
「ほんと……嫌なこと言うのうまいよね」
「おやァ?」
白々しくも驚いた声を作っているのがわかる。
「言って欲しそうな顔をしておられたと思うたのですが。ははぁ、拙僧の早とちりでございましたかな?」
「――なんて言って欲しい?」
はしゃぐ声に足を止めて振り返る。
唇が笑ってしまう。いや、笑うしかない。この道化師は確かに人を笑わせる才能がある。憎らしい、恨めしい、笑うしかないような言葉をこぼして、人を煽るのが大層うまい。
それでも挑むように真正面から向き合えば、見上げる道満の顔は穏やかな微笑みを湛えていた。
「それはもう――どのような言葉でも。あなたの向ける言葉すべてが拙僧には甘露に御座りますれば」
うっとりとした声は「ささ、遠慮せずに思うたことを言いなされ」と喜色を隠さず催促をしてくる。実のところそんな素直さにこちらは警戒心が薄れつつあるのだけれど、本人は未だその素直さに自覚はないらしい。しかしこんな時に伝わってしまうのも癪なのでそれをなんとか飲み込んで、へらへら笑って返してやる。
「じゃあ今日のところは甘露はなしということで」
「ンンンン?つれないですな」
「だって鞭ってやつも喜ぶんでしょ。なら、今日の甘露は在庫切れです!残念無念また来週!」
冗談めかして言い捨てて背を向け直す。けれどいけずですなあ!と批難する声は変わらず嬉しそうなので振り返らない。それでも無駄だよとひらひら令呪の刻まれた手を振って別れを告げれば、気配はもう追って来なかった。