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友と突貫温泉紀行文

全体公開 大逆転裁判 4 5117文字
2021-08-18 01:32:45

親友が温泉旅行に行く話

Posted by @fengli25

 確かに、成歩堂龍ノ介は湯につかるのが好きだった。もっと言ってしまえば、行き慣れた近所の銭湯と観光地の温泉宿を選ぶなら、そりゃ後者を選ぶに決まってる。何より美味しい料理がついてくる。最高じゃないか。そう熱弁する男だった。
 しかし、悲しいかな。自分は帝都勇盟大学の学生の身。遊ぶ金がなければ、暇もない。寄席も牛鍋も我慢して、ようやく山場の口頭試験が終わって一息ついたところだったが、一週間も経てば講義レポート、数週間後には筆記試験の真っ只中だ。温泉宿など、夢のまた夢、のはずだった。

「さて、成歩堂。キサマ、確かにその口で、言ったな? 温泉につかりたいと」
「い、言ったけど。ゆっくりできたらいいよなー、とは、言ったけど」
「よろしい。では、出発するとしようか!」
「待て待て待て! 待ってくれ!!」

 大学の帰り道。白く凍える呼気とともに悲痛な叫びが夕暮れ前の空と伸びていく。寒気に当てられた鼻頭と同化するほど頰を真っ赤に染めた成歩堂の抗議むなしく、親友こと亜双義一真に引きずられ着いた先は新橋駅。あれよあれよという間に、着の身着のままの成歩堂は、神戸行きの列車に詰めこまれていたのだった。

 +++

 思えば、朝から予兆はあったのだ。膝に学帽を置いてから、かじかむ手で外套の合わせを手繰り寄せる成歩堂へ差し出された毛布を見るなり、やはり、と心中呟く。
 亜双義のヤツ、やけに準備がいい。それに荷物が多い。いつもは風呂敷包み一つだけのはずなのに、むしろそれすら持ってこないこともあるのに、今日に限って旅行鞄≪トランク≫なんて引っ提げてきやがった。朝っぱらから大荷物だな、と思った時に気づくべきだったのかしら。
 毛布を受け取って外套の上から羽織った成歩堂は窓越しの景色を眺める。もうだいぶ真っ暗でほとんど何も見えやしないが、それ以外にやることがないのだから仕方ない。向かい側の亜双義はさっさと眠ってしまっていた。汽車の旅は長い、キサマも寝た方がいい、などと捨て台詞を残して。

(どうしていきなり、温泉なんか)

 亜双義と温泉、妙に合わない取り合わせだ。亜双義と旅館、ならまだ分かる。亜双義と温泉町、も分かるには分かる。きっと二人で冷やかしに行けたら、それは愉快だろうな、と想像に難くないのだ。しかし亜双義が湯につかる姿など……そういえば、成歩堂は一度も見たことがないのだった。
  汽車の旅は長い。本当に気が遠くなるほど長かった。夜が更け朝になっても目的地には辿り着かなかったのだから相当だ。いいかげん痺れを切らしたこともあり、突然の拉致誘拐に対して当然ともいえる抗議を飛ばしたが、亜双義は聞き流した。あとになって下宿先の同輩に教えてもらったのだが、この男、下車してから密かに電報まで打っていたという。

「ナルホドウ シバラク オカリスル アソウギ」

  おそらくは、このような文面で。

 そうして汽車に揺られて十七時間、こわばりふらつく足でようやく神戸へと降りたった成歩堂を待ち構えていたのは、目の前に広がる大海原と蒸気船だった。

………亜双義。ちょっと聞いていいか」
「構わんぞ」
「目的地、どこだ」
「もちろん温泉宿だ………四国の、な」

 成歩堂のとんがった頭がぶわりと逆立つ。今この男は何て言った。四国……四国だって!?

「聞いてないぞ!!」
「安心しろ、金の心配は無用だ。では、出発するとしようか!」
「待て待て待て! 頼むから! 待ってくれぇッ!!」

 必死の叫びむなしく、あっという間に汽笛を頭上越しに聞きながら、遠ざかる港を見送る羽目になったのだった。

 +++

 四国こと松山の地には、古代万葉の頃から語り継がれてきた名湯が湧いているという。かつてお江戸の頃に『伊予国』と呼ばれていたのも、元々湯が溢れる国、『湯国』から転じたため、なのだそうだ。ちなみに、ここまで全て亜双義からの受け売りである。
 温泉といえば箱根か伊豆か、といった認識の成歩堂からしてみれば、四国など言い方は悪いが最果ての土地としか思っていなかった。そんな辺鄙な場所に、まさか温泉が湧いているなんて!

「人の本家に向かって、大したクチのきき方じゃないか」
………勝手に人の心を読む方も、どうかと思うぞ」

 キサマが分かりやすすぎるのだ。そう言って、亜双義は湯船に肩までつかった。なんとなく、この男なら烏の行水だろうと想像していたのだが、意外にも亜双義一真、長風呂もいけるクチらしい。
 たった今、二人がくつろいでいる温泉宿の内装をぐるりと見やる。最近建て直されたともあって、成歩堂の一生を費やしても拝見できるかどうか定かでない見事な造りをしていた。近所の銭湯とは大違いだ。木の香りにつられて、身体のそこら中から力が抜ける。頭を縁に預けて、手足を湯にたゆたえる。あぁ、なんて極楽。かくも温泉はすばらしい。
 その隣で、ポツリポツリと漏れる亜双義のウンチク話に耳を傾ける。なんでも、この宿には皇族御用達の一室すらあるのだそうだ。

「やっぱり亜双義は凄いなぁ……
「なんだいきなり」
「こんな凄い宿に泊まるなんて、ぼく、一生かけたって……無理だったろうなぁ……

 もはや夢じゃないかしら。普段なら豪華すぎて腰も引けるというものだが、汽車に船にと何日も揺られたせいか、成歩堂の疲労は頂点へと達していた。そこに、なんとも魅力的な温泉ときた。こうなったら流されるままに楽しんでやろうじゃないか。温泉万歳。
 このように。ある種の思考停止の域まで達するほど、ここ数日の目まぐるしさは酷かったのだ。どうにも気が抜けて仕方ないし、おそらく連れ回してくれた相手だって同じ心持ちだろう。
 雑煮の餅のようにとろけきった身体でふと親友を見る。いつもより気の抜けた視線と目があって、思わずへらっと笑った。

「くつろいでいるところ悪いが。残念なお知らせだ、成歩堂」
「へ?」

 隣でつかっていた亜双義が立ち上がる。そのままひたひたと歩いていき、隅に置いてあった手ぬぐいを拾いあげたてきたかと思うと、だらけきった成歩堂の顔にそのまま落とした。思わぬ攻撃に視界を覆われ、頭上からは「さっさと行くぞ」と一言だけ。嫌な予感がする。

「ここには泊まらん」
「へっ」

 そして的中した。
 かたまる成歩堂を前に、亜双義はさも当然だろうと鼻で笑った。

「そんな金はない。あくまで、温泉を求めて来ただけだ。このまま帝都へ帰ってもいいのだが」
「待って待って! もうおまえ、おまえさぁ……!」

 手ぬぐいが落ちるのも構うことなく、勢いよく立ち上がった成歩堂は、くらりとその場に蹲った。あぁ、素晴らしいかな温泉。その湯量、その効能、その熱たるや。こうして激昂して立ち上がらなければ、さぞ疲れた身体を癒してくれただろうに。

「あ、ぅ、ぎもぢわるい………
「おいおい、湯に当てられたのか。分かった。オレが悪かった。茶でも飲みに行こう」

 へたった親友を脇から引き上げて、他の利用客からの視線に突き刺されながら、二人は湯船を後にした。

 +++

 浴衣の胸元をくつろげた成歩堂は、うちわの風を頼りに床へと寝転ぶ。その頬はリンゴのように熟れ、湯気がもくもくと上がっていた。

「成歩堂、そろそろ茶を飲め」
「うーん………
「そのまま流し込んでやろうか」
「飲みます、飲ませていただきます……

 亜双義の肩を借りて、むっくりと起き上がった成歩堂は、長机に置かれた湯呑みを手に取った。ひんやり冷えた緑茶だ。出来れば、甘いラムネだったら嬉しかったのだけど、贅沢は言えない。

「ここは?」
「宿の三階だ。湯につかった後の休憩所といったところか。ほら、菓子もある」
「それは何とも。至れり尽くせり、だなぁ」

 饅頭を手に取り頬張る。先ほどまでのぼせていたとは思えない食欲に、亜双義はからからと笑った。今まで成歩堂へあおっていたうちわを手元に戻す。ハチマキをつけていない装いだと、常日頃の『熱風』も、なりを潜めるようだ。

……このあと、亜双義の本家へ戻る。先の紹介だけでは足りんだろうからな。キサマも質問責めに合うだろうよ」
「さっきの家か」

 実のところ。この温泉宿に来る前、二人はとある屋敷へ足を運んでいた。『亜双義本家』とだけ聞かされていた成歩堂は、それはそれは大きい屋敷だなぁ、と感心したものだ。同時に、この家に亜双義の両親や兄弟がいるのだろうか、といっそ不思議に思えた。
 何しろ、亜双義一真は優秀すぎる。その親となれば、きっともっともっと優秀なのだ。

………キサマの論理にのっとれば、オレの先祖が万能通り越して人でなくなってしまうだろう」
「それもそうか。じゃあ、亜双義と同じぐらい、凄い人たちなのだろうな」
「オレはともかく、父は亜双義家の誇りだ。今は遠くにいるが……
「うん」
………近いうち、会いに行くさ」

 ぐっ、と茶を飲み干した亜双義は、ぐわんぐわんと肩を回した。成歩堂も倣って湯呑みを空にする。このまま、亜双義本家に向かうとなれば、身なりはきっちり整えなければならないだろう。少々汗臭いのが難点だが、何故か亜双義が替えのシャツを持っていたのを借りたので、少しはマシだと思いたい。
 ふと成歩堂は思案に耽る。ここまで準備のいい亜双義の、意図の裏に、何か隠れているような気がしてならないのだ。温泉宿? それこそ、箱根や伊豆に行けば済む話だ。本家への挨拶? 全く関係のない成歩堂を連れて行く意味がわからない。
 ぽくぽく、木魚の音が鳴る。そろそろ出発するぞ、と立ち上がった亜双義の、浴衣に包まれた逞しい背中を見る。何か、足りない。本家に戻るとなれば、何かが。はっと甲高いひらめきが響いた。
 おまえ、もしかして。

「お嫁さん連れてこいって言われたのか?」

 反応は劇的だった。油を注し忘れた歯車のように、ゆっくりと、ぎこちなく、亜双義が振り向く。視線がかち合う。確信を持った成歩堂に、はぁと大きな溜息をついた亜双義は、そのままどっかりと座りこんだ。

「実に、メンドウな話だ」
「知っているとは思うけど、ぼくは男だぞ」
「安心しろ、誰がどう見てもキサマは男だ。男だからこそ、連れてきたのだ」

 +++

 なんでも。先の件で、本家に着くなり「学友であり大親友の成歩堂を紹介したかったのです」と宣言したのは、実のところ「学問に打ち込んでいる最中なので嫁は要らぬ」と、言外に滲ませた通達だったのだそうだ。ここ数ヶ月、本家からの手紙(中身は教えてもらえなかった)に、ほとほと手を焼いていた亜双義は、苦渋の決断として猫の手ならぬ親友の手も借りようとはるばる四国まで連れてきたのである。
 そこで成歩堂を切り札とする思考に「それこそぼくを万能と思いたがってるんじゃないか?」と反論したのは、間違った行動でないだろう。代償として、至極不満げな亜双義に額を小突かれてしまったが。

「だったら最初に言ってくれよ」
「女の代わりとして家に来てくれと? それで、キサマは行こうと思うか?」
………うーーーーん」
「そこはキッパリ切り捨てろ、日本男児だろうが」

 話をあらかた聞き終わり、さっさと本家へ戻ろうと二人は外に出る。四国も帝都と同じく、冬の風が冷たい。身を切るような寒さに、成歩堂は外套の合わせ部分を握りしめた。
 どちらにせよ泊まる場所は亜双義本家しかないのだ。せいぜい、勇盟大学の亜双義くんは立身出世のため誰よりも勉学に励み成果を修めているのですよ、と弁舌をふるうとしよう。亜双義自身は、余計なお世話だと言うだろうが、密かに成歩堂の胸中は高鳴っていた。
 親友を、誰に見せても誇らしい大親友を、ご家族に向けて存分に紹介できるなんて。これはこれで、夢のようじゃないかしら。

「温泉にも入れたし、それぐらいはお安い御用だよ」
「そう、だな。久々の温泉だった。オレも得をしたというものだ」
「ん?」

 馬車を探すべく道へと繰り出した成歩堂は、亜双義の横顔へと視線を移す。その精悍な顔つき。自信と自負を滲ませた力強い眼。口元には………じんわり人の悪い笑みが浮かんでいる。
 向けられた視線に気づいた亜双義と顔を見合わせる。あぁ、この表情は。悪巧みが成功したときの、そういった顔だ。

「おかげさまで、オレもキサマも、旅費から全て向こう持ちだからな」

 おまえのそういうところ、いい根性しているよ! 


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