キバナさん視点のダンユウのお話。
とある日の食堂での一幕です。
大半はキバナさんとネズさんのおしゃべり。
@oboro73672367
キバナは一人、シュートスタジアムの食堂で昼食を取っていた。
時刻は二時半を過ぎていて、大きな長机が並んだ食堂に他に人気はない。
今日キバナがシュートスタジアムに来たのは、明後日のトーナメントの打ち合わせと、先日、ワイルドエリアの砂塵の窪地にて起こった事件の報告の為だった。
全ての用件を終えたキバナはのんびりと口を動かす。誰もいない食堂に、カチャカチャと食器が触れる音が響いた。
普段はナックルジムでトレーナー達と賑やかに昼食を取るせいか、一人で食べる昼食はいつもよりも味気ない。三時にもなれば、休憩を取りに誰か来るだろう。キバナがそんな事を考えていると、入口の所に見知った顔が現れた。
「お、ネズじゃん!珍しいな。久しぶり」
「おや。こんな所で会うとは思いませんでしたね」
ネズはドリンクとカットきのみの盛り合わせを手にして、キバナの向かいの席に座った。
「あんたもトーナメントの打ち合わせですか」
「ま、そんなとこだ。しかし、ネズも今度のトーナメントに出るのか。半年ぶりじゃねーの?こりゃ、気合を入れねーとな」
キバナが好戦的な笑みを浮かべると、ネズも「久しぶりなんだから加減してくだせーよ」と言いながらも余裕を感じさせる笑みをにやりと返した。
「ところで、聞きましたか?ダンデとユウリの面白い話」
ネズの言葉に、キバナは眉をしかめた。
「あ?ダンデとユウリが砂塵の窪地ででかい地割れを起こした件か?それだったらちっとも面白くねーぞ。さっきまでその件でダンデとユウリに説教してきたところだからな」
キバナの言葉はネズが予想していなかったものだった。ネズはパチパチと目を瞬かせた。
「また二人がやらかしたんですか?たしか、先月もラテラルの遺跡を崩しかけて、オニオンに祟られそうになってましたよね」
「ああ。あいつら、犯罪の検挙率はめちゃくちゃ高いのに周りに被害を広げすぎだ。……ホント、地割れに落とされた容疑者が生きてて良かったぜ」
二日前の出来事を思い出して、キバナは深くため息をついた。そんなキバナを面白がって、ネズはクスクス笑う。
「ユウリがチャンピオンになってからは、退屈しないですね。実に面白い」
「ったく、なんでオレサマはワイルドエリア担当なんだろうな。振り回されまくって大変だよ」
見ているだけなら、豪快で思い切りのいい二人の活躍劇は面白いのだろう。しかし、その後始末に駆り出されるジムリーダーはたまったものじゃない。キバナは恨めし気に、ジムリーダーの役を抜けて第二の人生を謳歌しているネズを睨んだ。
「そんな目で見ないでくだせーよ。あ、オレの言ってた面白い話はその事じゃないんですよ」
「……面白くなかったら、ここの会計はネズ持ちな」
「……善処しましょう。でも、オマエは驚くと思いますよ」
ネズはずいぶんとご機嫌なようだ。笑みを消さぬまま、ついとキバナに顔を近づけた。つられてキバナも身を乗り出す。
「なんと、ダンデが弁当を持ってたんです。あれはたぶん、ユウリの手作りですよ」
キバナが目を見開き、ぽかんと口を開けた。信じられないと言うように、唇が戦慄く。
「え、それ……ダンデが食べるの?」
「おそらく」
神妙にネズが頷く。「信じられないでしょう」と呟いて、その口元が面白がるような弧を描いた。
キバナは驚きを声にしようと大きく息を吸い込んで、そしてここが食堂だということを思い出して口を抑えた。
「え、だってダンデだぞ。食事なんか煩わしい、が口癖のダンデだぞ!」
「そうですよ。放っておけばプロテインと栄養剤で食事を終わせようとする、あのダンデですよ」
「手作り弁当……似合わねー」
キバナはくっくと肩を震わせた。過去のダンデをよく知る彼は、ダンデがユウリの手作り弁当を食べる、それが、どれだけ有り得ないことなのかかよくわかっていた。
「あいつ、昔の彼女の手作り弁当はガマゲロゲに食わせてたよな」
「懐かしいですね。『だって、何が入っているかわからないだろ?』って、悪びれもなく言ってましたからね。彼女にバレて傷害未遂事件に発展したんですよね」
「……あの事件もナックルで起こったんだぜ。オレサマ事件のもみ消しに走らされて、あー思い出したくねぇ」
「ご愁傷様です」
ネズがふっと鼻で笑うと、キバナは力が抜けたようにテーブルに突っ伏した。「オレサマのあの苦労は何だったんだよ!」口からつらつらと文句が流れる。
「ローズさんやオリーブさんにも迷惑かけてさ」
「あー。オリーブさんはダンデに人並みの食生活をさせるって、躍起になってましたね」
「ローズさんだって、ダンデに食を教えるためにあちこちの会食に連れて行ってたんだぜ。あんなに皆に気にかけてもらっていたのに、ダンデ本人だけが無頓着で」
「そう考えると、ユウリの功績は偉大ですね」
「オリーブさんが知ったら泣くぜ」
ダンデの前から去っていった嘗ての保護者達を思い浮かべながら、キバナは苦々しく笑った。
「嬉し泣きか悔し泣きか、どちらなんでしようね」
「さーな。でも、あいつもようやく人間らしくなったって……喜んでくれたら嬉しいな」
話題が一区切りすると、ネズは「じゃ、オレは帰りますから」と食堂から去っていった。
キバナも立ち上がり、食器を手に立ち上がる。
その時、また食堂に入ってくる人物がいた。
「あ、キバナさーん!」
「お、ユウリ!と、ダンデか」
先程までネタにしていた二人が近づいてきて、キバナは気まずげに視線を揺らした。しかし、二人はキバナの表情には気づかないようだ。楽しそうに、にこにこと互いを見つめ合っている。ユウリは大きなバスケットを抱えていた。
「見てくれキバナ!ユウリくんがオレに弁当を作ってきてくれたんだ」
ダンデは嬉しそうに笑い、見せびらかすようにバスケットを広げる。バスケットの中には、少し潰れたサンドイッチと不揃いのカットきのみが丁寧に詰め込まれていた。
「作り始めたばかりで不格好で恥ずかしいです。見せるようなものじゃないですよ」
「大丈夫、美味そうだぜ。しかも凄い量じゃないか。頑張ったな」
キバナがわしっとユウリの頭を撫ぜて労うと、ダンデの眉がひくりと動いた。
ユウリに触れる事に反応する、そのわかりやすい嫉妬心を胸の内で笑いながら、しれっとキバナは手を差し出す。
「オレにも一つちょーだい」
「いいで……」
「駄目だ!」
ユウリの言葉を遮って、ダンデが声を荒らげた。ついでに大人気なく、ユウリのバスケットを体の後ろに隠す。
「ダンデさん……」
「子供かよ」
「駄目だ。これはユウリくんがオレのために作ってくれたんだぜ。譲れない」
キバナとユウリの二人に睨まれて、目を泳がせながらもダンデは頑なに首を振る。その情けない姿に、キバナはくっくと喉を鳴らして笑った。
(こいつも、変わるもんだなぁ)
チャンピオンだった頃のダンデは完璧な男だった。その代わりいつも張り詰めていて、ピリピリとした緊張感を漂わせていた。当時はそれすらも王者の威厳によるものだと感じていた。
(でも、こいつも一人の不器用な男だったんだな)
可愛らしいバスケットを抱えながら、「キバナさんに意地悪言わないの」と、ユウリに叱られているダンデには王者の風格なんてあったもんじゃない。
嘗てのチャンピオンも丸くなった。
腑抜けた。と言われる時もあるが、キバナは今のダンデの姿も好ましく思っていた。
(もう少し、しっかりして欲しいがな。ユウリとオマエのフォローをするオレの身にもなれっての)
キバナはもう一度ユウリの頭をわしわしっと撫ぜると、出口に向かって歩き出した。
「キバナさん?」
「二人で昼メシなんだろ?邪魔して悪かったな」
今度のトーナメント頑張ろうな、と微笑んでキバナはその場を後にする。
彼らの隣を通り過ぎた時、一瞬だけふわりとハッカの実の爽やかな匂いが薫った。
(……オレも、今晩はサンドイッチにしようかな。それに、マトマのミネストローネを付けて。昼食も遅かったし、軽めでいいよな)
うだるように暑い今日の日にピッタリのメニューを思いついて、キバナは満足げに微笑んだ。