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比翼の鳥 その6

全体公開 4209文字
2021-08-31 10:25:13

その5
https://privatter.net/p/7859130
無料公開はここまでです。この先は発行本でお楽しみください。
https://song-of-birds.booth.pm/items/3439262

「──何故こうなった………
 グラスを片手に、机の上に突っ伏した百目鬼の頭を、久我はマドラーでつついた。
「おーい、そろそろ店閉めねえとなんだけど? タクシー呼んでいいか?」
………………
 返事がないのは了承の証、とみなして、ホールスタッフにタクシーの手配を頼む。
 しっかしまあ、コイツも、こんなにベロベロに酔っ払うことあんだな!
 この姿、矢代さんに見してやりてえ! 絶対嫉妬するわ!
 久我はスマートフォンに正体をなくした百目鬼の姿をおさめ、けらけらと笑った。


 2時間前。
 ゴーストライターの友人だという神絵師とこのカウンターで初めて顔を合わせた百目鬼は、文字通り、たっぷり五分は硬直していた。
「へー、葵ちゃんっていうの! 可愛い名前だな〜!」
 仕事先のデザイン事務所から直接やってきたというその姿は、マニッシュなショートヘアにちょっと襟のラインが甘めのパンツスーツがよく似合っていて、これが百目鬼の妹?! と久我は真面目に驚いてしまった。
 血は繋がっていないらしいが。
「もー、びっくりしたよ! ひよりちゃんから挿絵描かない? って誘われて、どんな話なんだろうって思ったら登場人物の名前がそのまんまなんだもん! まさかお兄ちゃん本人があんなスゴいの書いてると思わないじゃない!」
………………いや………………これには、………………事情が………………
 油の切れたオズの魔法使いのブリキ男でも、もう少し滑らかに動くんじゃないだろうか。
 ペンネームはKさん、としか聞いていなかったから、久我としてもまったく想像していなかった。
 義妹に、自作BL小説を読まれた兄。面白すぎる。
「葵ちゃん、何飲む? おごるよ」
「えっ……有難うございます! それじゃ、お兄ちゃんと同じものを……
「あ、それはバーボンのロックだから、女の子向きじゃないなあ。それじゃ、さっき飲んでたやつ、テキーラサンライズにしようか」
 久我はシェイカーにテキーラを注ぎ、手元のオレンジを二つに割った。果汁と氷を入れて、鮮やかな手つきでシェーカーを振り、フルートグラスに注ぐ。
 最後に紅色鮮やかなグレナデンシロップを沈めて、葵の前に差し出した。
「どうぞ、お待たせ!」
「すごい、綺麗ですね!……こんな綺麗なカクテル、お兄ちゃん飲むんだ……意外……
「ああ、それ、矢代さん用ね。味覚えて飲ませることになってんの」
……そうなんだ……
 葵は、頑なに自分の方を見ようとしない兄の横顔を盗み見た。
 まあ、そうなるよね。しかも、ただのエロならともかく、BLだもんね。
 その上、坊主BLとか、ものすごいニッチなジャンルだし。
 きっと、私のこと、今でも真面目な芸大生だと思ってるんだろうし。
 ちょっと可哀想だけど……
 でも、まさか。
 自分も、兄とその元上司をモデルにした、ヤクザもののBL漫画描いて薄い本作ってるなんて、絶対に、ゼッタイに、口が避けても言えないッッ!!!!(涙)


 葵にとって、絵を描くことは、長い間、喋ることと同じだった。
 過去の体験の後遺症で、軽度の吃音症を発症してしまった葵は、芸大在学時代も、最初の2年ほどは、ほとんど同級生とも喋らずに過ごした。
 ただ、それでも、友人がいなかったわけではないのだ。
 同じ場所、同じ空間にいても、Lineなどのチャットアプリで会話をする新しい習慣が、葵を救ってくれた。
 メッセンジャーなら、吃らずに会話ができる。会話に花を添えたくて、ラインスタンプを作ったら、いつのまにかファンがたくさんできていた。
 twitterのアカウントをペンネームで作って、イラストをアップしたら、全国どころか世界の人からフォローされて、毎日その人たちとオンラインで会話をした。
 リアルで集まりませんか、と言われて、参加した飲み会が楽しくて、気づいたら吃っていない自分がいた。
 そんな中で、ボーイズラブという文化を知り、雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
 なんなの、この世界!!❤️
 そして、初めて、ヤクザの世界に足を踏み入れてしまった兄の、その覚悟の理由に思い当たったのだ。
 お兄ちゃん……まさか……
 矢代さんのことが、好きなの?


「あ、俺、ちょっと休憩入るから、用があったらフロアの子に頼んでね!」
 久我はそう言い置いて、バックヤードに姿を消した。
 わざと、席を外してくれたのかな。
 葵は、フルートグラスに口をつけて、ほう、と溜息をついた。
……美味しい……。こんな甘いお酒が、矢代さん好きなんだ。あんなにカッコイイのに、ちょっと意外」
 百目鬼が緩慢な動作で、葵の方を見ないまま、溶けてほとんど水になったグラスの水割りに口をつけた。水分で湿らせた唇を、漸く開く。
……葵。お前、どうして……
「ひよりさんは、SNS仲間だよ。私の絵、最初にネットに上げたときに、すごく丁寧な感想をもらったんだ。私がその絵に込めた想いとか、願いとか……全部言い当てられちゃって。思わず泣いちゃった。そのときから、ずっと親しくさせてもらってるの。身バレは絶対だめらしくて、一度も会ったことはないんだけど」
……そう、か…………
 葵のグラスの底には、暁色のシロップが沈んでいる。このシロップが甘いのに、崩すのはもったいなくてさわれない。
 透き通ってて、綺麗で、触りたくてもさわれない。
 たしかに、矢代さんにピッタリかも、と思う。
……ひよりさんからのお誘いだから、どんな内容でも引き受けるつもりだったけど……でも、正直、びっくりした。お兄ちゃんが、こんな文章書くんだ、って」
「いや、これは、ほとんど浅井さんと久我が……
「嘘。ひよりさん、お兄ちゃんのチェックがすごく厳しいって言ってたよ。私も、わかる。これは、お兄ちゃんの言葉、お兄ちゃんの気持ちだよね」
 グラスの中の、オレンジ色の光。あのとき、喫茶店で仄かに灯っていたランプの色を思い出す。
 たった一度だけ、矢代さんの前で、禁じられた想いを吐き出した。
 矢代さんは、何を思って、それを聞いていたんだろう
……本当に、好きなんだね、矢代さんのこと。でなきゃ、こんな文章にならないよ」
 百目鬼が、弾かれたように顔を上げて、葵を見た。
「本当のことを言うとね。前は、矢代さんのことは恨んでたんだ。お兄ちゃんを危険な世界に引きずり込んだ人だと思ってたから。本当は、とても優しい人だって知ってる。……だからこそ、どうして手放してくれないんだろう、って思ってた。でも」
 印刷して持ってきた、手元の原稿を見つめる。連載みたいに、少しずつ完成していく物語の、最新話。
「矢代さん、お兄ちゃんを解放しようとしたんだね。でも、お兄ちゃんの方が、諦めなかったんだね。……薄々気づいてはいたけど……ドラマチックだなあ、って」
 桜一家の組員になったから、しばらくは会えない、と、百目鬼がそう連絡を寄越してきたとき、どうしてそこまで、と思った。
 小指を失っただけでなく、体に3発も銃弾を受けて、本当に死にかけたのに。
 BLを知って、兄の視線の先にあるものに気づいて、ようやく理解した。
 兄は、命を賭しても、矢代と同じ世界にいたいと願ったのだろう。
 良い息子、良い兄として、あんなに、自分の希望は後回しだった人が。
 ──これは、命がけの、恋だ。
 それに気づいたとき、ようやく、葵は自分の初恋に別れを告げることができたのだった。
 自分には、兄と幸せに暮らす、それこそ絵に描いたような、漠然とした淡い想像しかなかった。それは、やはり、幼い恋だったのだろう、と。
 ……で、一回ふっきれちゃったら、もうこの二人見てるだけで激萌え!! とか思っちゃうあたり、私も現金だなあ……
 兄に内緒で描いている矢代と兄のBL漫画は、自分の恋心の供養のために始めたことだが、書き出したらすっかりハマってしまって、今ではモブの一等席に座りたい、と思う葵である。
 なにしろ、素材が良すぎる。周りを見渡しても、あんなに立っているだけで絵になる二人なんていない。
 ちょっと待って。よくよく考えたら、これって要するに、公式が発行する百矢の二次創作だよね⁉️
 それに自分が表紙絵⁉️
 ちょっと、マジ、昇天しそうなんですけど‼️
「ま、そんなわけで! 表紙、頑張るから! 絶対に二人、幸せにしてよ?!」
 グラスの底まで勢いよく全部ストローで吸い上げて、葵はカウンター席を立ち上がった。
……もう、行くのか」
「うん、お坊さんとか初めて描くキャラだから、いろいろ練習しないとだし! あ、そこに、練習ラフ置いていくから、見てみてね!」
……キャラ…………


「なにコレ、めちゃくちゃ上手いじゃん! すげーなお前の妹!!」
 バックヤードから戻るなり、久我は葵の置き土産を見つけて声を上げた。
「漫画っぽくしてるけど、お前と矢代さんの特徴めっちゃ掴んでて、しかも、二人ともツルッパゲ………………!!  やべ……ツボったっ……!!  苦し……っ!! 」
……………………
 百目鬼の顔を見れば、頬から耳の先まで赤くしている。酒のせいだけとも思えないその色に、久我は少しだけ百目鬼に同情した。
 俺、兄弟とか居ねえけど、妹に自分の性生活覗かれるとか、多分、超絶恥ずいよなー。
 カワイソ!
「ま、乗りかかった船だし? 葵チャンもあんなに乗り気になってるし。ここで止めるとか、言うなよ? お前。 ま、とにかく、飲め!」
 黙ったまま、百目鬼はグラスをまた久我の方に突き出した。
 そうして、いつもより3割くらい早いペースでグラスを空け続けて2時間が過ぎ、今に至る。
 途中から同じ台詞ばかり呟いているのを見ると、どうやらまだ現実を受け入れ切れないらしい。
「あ、タクシーきたわ。じゃ、気をつけて帰れよー? 階段踏み外すなよー?」
……ああ…………
 本当に大丈夫かね? あいつ。
 ふらふらと足元が覚束ない百目鬼を見送って、久我は手元に残った原稿を眺めやった。
 これ、やっぱ、次は、ガチの告白シーンだよな?
 んで、そのまま、濡れ場になだれ込むのか?
 ヤベ、マジで楽しくなってきたわ!
 


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