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夢に隠した心の傷(鐘主♂)

全体公開 鐘主 14455文字
2021-09-02 18:42:43

ギュラ2、鐘主♂です。自分の所の部長設定、男部長固定です。
鐘主の部長キャラエピ2みたいな感じのイメージ。

鐘主の部長のキャラエピ2くらいの感じのイメージ。部長が鐘太先輩に懐いてる感じですが、鐘主です。踏み込むのは次辺りの予定ですが、これも鐘太のキャラエピネタバレ少しあります。

これの前の話
https://privatter.net/p/7688491

男部長固定、自分の所の部長設定なので、苦手な人は見ない方がいいかも。

部長設定。響矢部長の方です
https://privatter.net/p/7634045


 学園のエントランスに立つ、風紀委員のその人の事を何となく見ていたのはいつからだったろう。多分、割といつもゆっくりぼんやりしているらしい自分が、時々注意されてその人の事を見知っていたからだろう。悪い事はきっと遅刻くらいだけど、そうではなくても遅刻するギリギリに登校とか、制服を雑に着たりしていたから。時々注意されていたしなぁ、と響矢は思い出しながら考える。
 別に意図的に身だしなみをちゃんとしていなかった訳でも、わざと遅刻をしようと思った訳でもない。ただうっかり二度寝してしまったり、ご飯をゆっくり食べていたら何故か時々そうなってしまう事があるだけで。あまり時間を気にせず、時計を見ていなかったせいもあるかも知れない。
 とはいえ、それを注意されるのも当然なのでちゃんと注意を真面目に聞いていたし、申し訳ないと思ったので謝ったりもしていた。何故かその人には苦笑されてしまう事もあったけれど。

 彼はどうやら何らかの理由があって、選択する事自体が苦手らしい。選ぶ事が出来ずに困っていたらしいちょうどその時に、響矢が偶然居合わせる事もあった。そんな時は助言をしたり、何故か選んだついでに何となく一緒にご飯を食べたり映画を見たりもしていた。
 自分の好きなものを選んだりとか、その時の気分で選んだりしていたから、正直あまり助言とは言えないような気もするけれど。響矢は不思議な縁だなと思いながら、それまで何となく見ていたその先輩を少しずつ目で追って気にするようになっていく。

 その人……釣巻鐘太という風紀委員の人が、色々あって二代目帰宅部に加入してからは交流する機会も増えていった。それまで何となく気になって見ていた彼と色々話し、部長として頼られたりする事も多くなっている。鐘太は少々自信なさげな所はあるものの、誠実で優しい人柄をしている。いつしか響矢は彼に惹かれ、懐くようになっていた。
 懐いてしまったのが何故なのかはわからないけれど、年上に弱い所があるからかも知れない。それともう一つ、うっかり鐘太の背中に抱きついたまま眠ってしまった時があったからだろうか。キィトレインまで運んでくれて、彼が傍にいてくれて何故かとても安心した事が理由でもあるかも知れない。

 「鐘太先輩、おはようございます」
 「おはようございます……って、今日はいつにも増してすごく眠そうですね、部長くん」
 「今日は頑張って、いつもより少し早く起きてみたんだけど。やっぱり眠いなぁ
 「確かに、いつもは登校時間が遅めの部長くんにしてはかなり早いですね」
 「うん。鐘太先輩に叱られたり注意されたりしてばっかだと、何か申し訳ないなーと思ったから。少しは改善しようと思ったんだけど、今全然頭働かない」
 「改善してくれようとするのはとても嬉しいし、頑張っていると思いますが、眠いんですね……
 「眠いです」
 『授業中に寝そうだな、ハンシン。キィまで何だかだるーい感じするぞ』
 「俺の影響だよね。キィごめん」

 キィの半身となっている響矢が調子悪かったり疲れたりすると、キィの方にまで影響が出てしまう。だからこうなってからは、体調不良などは人一倍気を付けなければならないのだけれど。どうやら寝不足もちょっと影響してしまうらしい。今度からはちゃんと気を付けようと反省しつつも、そうなってしまった今日はどうしようもない。

 「そんな無理に起きたんですか?」
 「鐘太先輩に言われたし、たまにはいつもより早く学校に来てみようかと思ったんだ。でもうっかり昨日は夜ふかししたの忘れてて……こうなりました」
 「夜ふかしは体に悪いですよ、睡眠時間は大切です。部長くんが普段どういう風に生活してるかわかりませんが、出来ればあまり遅くまで起きていないで、早寝もした方がいいと思うんですけどね」
 「何か、ぼーっとネットとか見てると、いつの間にか深夜だったりするんだ。何故か時間が経っててびっくりする」
 「君は基本的にのんびりしていますからね……何と言うか、他と時間の流れ方が違うといいますか、時間を忘れがちというか……
 「そうなんですよね、不思議な事に。少しぼんやりしてたつもりが、いつの間にか結構時間経ってたりするし。二度寝するつもりじゃなかったのに寝てたりするし。のんびりとご飯食べてたら、何故か遅刻しそうになるし」
 『ハンシンはのんびり屋だからなー。時間を気にしたいなら、アラームでもかけた方がいいような気もするぞ』

 キィの助言に、響矢はうーん、と首を傾げて考え込む。アラームをかけるのはいい案ではあるかも知れないけれど、自分にそうする事が出来るかどうか。考えてみてから、つい難しい顔をしてしまう。

 「まず、普段目覚まし以外はかけたりしてないから、アラームをかける事自体を普通に忘れそう?」
 『うーむ、確かに。目覚ましのアラームですら時々かけ忘れる時があるしなぁ』
 「うん。現実だと、おじいちゃんかおばあちゃんが起こしてくれてたんだけどね。ここだとNPCのノイズかかったような、よくわからなくなった顔を見る事になるから。起きた時見るとびっくりするし、現実を思い出してからは断ってるんだよね」

 現実の夢を見た辺りから、NPCの家族の顔が時々ノイズが走ったようになってわからなくなり始めた。そうして偶然キィの半身になって、カタルシスエフェクトを発動した後に自宅へ帰ると、もう他のNPCと同じく紛い物にしか見えなくなってしまった。
 どれだけ優しくても心の中で望んでいたものでも、このリドゥにいる家族は偽物だ。悪夢として時々突きつけられるものこそが現実なのだから。そう思うと、その優しい世界やNPCの家族を、なるべく見ないように距離を取るしかなかった。突きつけられた現実を思うと、それはただ辛いだけだから。

 「まぁ、夜ふかししたり、起きれなくてギリギリの時間になっても仕方ないか。早く起きるのは諦めよう」
 「変な所で潔さを発揮しないでください。君の場合、足が速いからなのか確かにギリギリ間に合ってる事も多いですけどね。しかし余裕をもって行動する方がいいでしょう」
 「うーん、それじゃあ鐘太先輩。俺が遅刻しないようWIREで朝晩お知らせとか……なんて、流石にそこまでお願いする訳にいかないし」
 「それくらいなら構いませんが」
 「え?いや、大変でしょ……いくら俺が部長だからってそんな。というか、俺が部長で後輩だからって、先輩に頼ってそこまでしてもらうのは悪いし」
 「むしろ俺の方がいつも部長くんを頼ってしまっていますし、それくらいは大変でもありませんよ。そんな事くらいでは、今までのお返しにもならないと思いますけどね」

 何となく思い浮かんだ事を言ってみただけで、流石に大変だろうからさらっと冗談で済まそうと思ったのに。そんな風に微笑んで鐘太に言われてしまって、予想外の事に響矢は慌ててしまう。

 「え、え、でも、朝晩ですよ?下手すると休日以外は、毎日そうする事になっちゃうかも知れないし。先輩が絶対大変だと思うのに?」
 「大変ではないです。それに、朝晩WIREを送るくらいで部長くんの生活改善に期待出来るなら、むしろ大歓迎ですよ」
 「ええー俺、大歓迎されるくらいに遅刻とかしてたかな?」
 「基本的には、ギリギリ遅刻してはいませんね。確かにしてないんですが、その時間ギリギリな所がずっと気になってたので。……それとも、やはり俺から毎日そんなWIREが届くなんて迷惑でしょうか」
 「思い浮かんだ事を言ってみただけではあるけど、俺から言い出した事だし、正直助かります。でもきっと手間を取らせてしまうのに、本当にいいの?」
 「もちろんです。しかし、何時くらいに送ればいいのか……部長くんは普段何時に寝て、何時に起きてますか?」

 鐘太の問いかけに、少しの間考え込む。普段は待ち合わせの時と遅刻ギリギリの時以外は、あまり時間というものを意識していないけれど。キィに注意されたりもするおかげで、何となくその時間を覚えていた。

 「うーん、夜は一時とか、二時とか遅いと三時とか?朝は……割とギリギリ?」
 「三時は本当に遅い時間ですね……夜ふかしした時ですか?」
 「うん。あとは、その……たまに悪い夢を見るので。そういう時には、しばらく起きてたり寝れなかったりするから」
 「悪い夢、ですか?」
 「えーと……うん。悪い夢です、現実の過去にあった事の夢。眠りが浅いと見るから、深く眠れるように遅くまで起きてたりとか。途中で起きてしまって、そのまま寝れなくなって夜ふかしをしたり」
 『確かに、ハンシンは時々うなされて起きたりするな。それに、何やら気持ち悪そうというか、青くなって吐きそうになってたりとか』
 「吐きそうに、ってそれは……
 「だ、大丈夫!悪夢なんて時々しか見ないし、夢見た後以外は体調も普通だし。普段は特に問題とかないから!」

 慌ててそう言って、響矢は何とか笑ってみせる。鐘太に、帰宅部の皆に、違うものだと思われたくはなかった。普通と違うものだと、自分たちとは違うものだと他人に思われた時、嘲笑されたり異端だとつまはじきにされると知っている。異端な存在に対して、人間というものはかなり冷たいのだと理解している。
 もちろん、帰宅部の皆と関わってその人となりを少しずつ知っていって。そんな事をする人がいるとは思えないし、きっとしないと……そう信じたいけれど。まだ何も言えない、言うのがこわい。もしも今までと違う目で見られたらと思うとこわい。

 「えーと、だから、うん。もしもWIREを本当にしてくれるなら、鐘太先輩が寝る前とか。あと準備終わって学校行く前とかで大丈夫だと思います。俺、あんまり早起き出来なそうだし」

 鐘太はしばらくは何か言いたげな、心配そうな表情をしていた。それでも響矢が誤魔化しているのも恐らくは理解しながら、結局そっと溜息をついて微苦笑し、彼は頷いてくれた。

 「わかりました。ああでも、もしも嫌になったりしたら、ちゃんと言ってください。部長くんの負担を増やしたい訳ではありませんし、嫌だなと思われてても俺には気付ける自信がないので。そこはハッキリと言ってくださいね」
 「いや、むしろそれは俺が先輩に言っておきたいんだけど……鐘太先輩も、そうするのがもしも大変だったり無理そうなら言ってください。俺だって負担になりたくないし。先輩は優しいから、もし嫌でもなかなか言ってくれないかも知れないし」
 「優しいのは部長くんだと思いますが……わかりました、お互いにですね」
 「うん、お互いに嫌な事があれば」

 何となくで言ってしまった事で手間をかけさせてしまって申し訳ない、という気持ちはもちろんあるものの、交流の機会が増えるのは嬉しいとも思う。先輩後輩とかをあまり気にしていないし、気にしないようにもしているけれど、帰宅部の活動以外では先輩というのはなかなか関わりにくいから。
 響矢個人としては、同じ帰宅部の仲間として全員と接している。とはいえ、やはりどうしても同学年の人たちの方が関わりやすくはある。それは悪い事ではないだろうけれど、二代目帰宅部というものの部長を任されてる以上、出来れば皆と交流出来ればいいと思っていた。
 皆にぼんやりしているとか、のんびりふわふわしているなどと言われる事が多いけれど、自分だって部長として色々と考えてはいるのだ。一応、多分。ぼんやりしているのは全く否定出来ないし、戦闘中のように気を張って頑張っている時以外は、どうしてものんびりしてしまうけれど。そんな事を響矢は心の中で思う。

 「うう……考え事して起きてようとしてるけど、やっぱり眠い。一時間目寝てようかな」
 「……俺の前でそういう事を言われると、どうにも返答に困りますね。あまりにも眠そうなので寝かせてあげたい気持ちはあるんですが、やはり授業は真面目に受けるべきですから」
 「ここが紛い物の世界でも?」
 「ええ、たとえ紛い物の世界だとしても、学んだ事は無駄にはならないと思いますよ」
 「うーん、それはまぁ、そうか」
 「特に君は現実でも高校生だと言ってましたからね。きっと役立つ事もあるでしょう」

 我ながら単純だと思うけれど、真面目なこの先輩に穏やかな微笑みでそう言われると、確かにそうかなという気持ちにもなる。紛い物の世界だとしても、ここで勉強している内容などは紛い物ではないだろうから。勉強した事が無駄になったりはしないのかも知れない。

 「鐘太先輩って真面目だなぁ」
 「まぁ、堅物だという自覚はありますよ、ええ……
 「いや、そこでへこまないでください。俺はただ、先輩はいつも真面目でえらいなーと思っているだけだから」

 いつもピシッと背筋を正していて、とても真面目そうな人だ。鐘太が帰宅部に入る前から、彼に対して響矢はそう思っていた。きっと彼のそういう所に好感を持って、つい何となく見ていたのかも知れない。

 「俺、鐘太先輩のそういう真面目な所、好感が持てるというか……うん、多分、結構好きなんだ」
 「な、何だか君にそう言われると、ちょっと照れますね……
 「真面目なのって、俺は長所だと思うし。だから、堅物だーとか、そういう風に思ってへこんだりしなくてもいいと思う」

 長所と短所は表裏一体とはいえ、真面目なのは悪い事ではないし、むしろいい事だろうと思う。彼のようにピシッと真面目には出来ないから、そういう部分は響矢にとっては少しだけ羨ましかった。

 「……そういえば俺、こうやって話してて先輩のお仕事邪魔してる気がする」
 「いえ、部長くんを邪魔とは思いませんし、ちゃんと風紀委員としての仕事は怠ってないので大丈夫ですよ」
 「話しながらちゃんと生徒見てたんだ、すごいなぁ。俺、鐘太先輩の事しか見てなかったです」
 「君はいつも、話している相手を真っ直ぐにしっかりと見ていますからね。部長くんの方こそ、相手の事を見て相手の事を考える事が自然に出来ているのは、凄い事だと思います」
 「うーん、そうかなぁ。それって普通というか、当然の事じゃないかなって思うんですけど」
 「部長くんにとっては普通に、当然のように出来る事でも、他の誰かにとっては出来ない事かも知れません。少なくとも、俺は部長くんを凄いと思っていますよ」
 「それはまぁ、確かにそうなのかな……ん?というか、俺が先輩に言った事、お返しされてる?」
 「俺にとっては当然の事でも、他の人にとっては当然ではないと、君が教えてくれた事ですからね。それに、部長くんは何と言うか、自分の凄い部分をあまり自覚していない気がするので」

 すごい部分、と言われてもピンと来ないので、確かに自覚してないとは思うけれど。そう言われてもよくわからず、難しい顔をして首を傾げてしまう。

 「よくわからないけど、すごい部分とか特にはないんじゃないかなと。戦闘面とか?でもそれも割と平均的というか。特に秀でてるとこも劣ってるとこもなく、何となく器用貧乏的な感じだしなぁ」
 「ううむ、やはり自覚なしですか。君は他人の事は真っ直ぐに長所を見てくれているのに、自分自身の事はまず短所を見てしまう所があるようですね」
 「そう、かも。自分自身って、わかるようで一番わからないものだと思うから。そうして自分の悪い所ばかり目について、つい他人と比べてしまうんだ」
 「部長くんでも、他人と比べてしまったりするんですね」
 「うん、俺だって自分と他人を比べてしまうし、普通の人間だから聖人君子のようにはなれない。きっと、鐘太先輩や帰宅部の皆が思ってくれてる程にはいい子じゃないから」

 両親に置いていかれたのは、きっといい子じゃなかったからだろう。だから、一人にされてしまった。自分がもっといい子だったらよかったのかも知れない。響矢はそう心の中で思いながら、感情を落ち着かせようと一度目を閉じ、それから明るい笑みを浮かべてみせる。

 「……そろそろ教室行きます。少し時間あるから、寝れるかも知れないし」
 「え、ええ、そういえば寝不足でしたね。あまり無理せず、もしも体調が悪くなるようなら早退も考えるようにしてください」
 「寝不足で早退したらダメでは?」
 「それはまぁ、そうなんですが。部長くんが万が一にも倒れてしまったりしたら、その方が問題ですから」
 「あー、確かに。俺が倒れたら、キィに影響があるかも知れないから」
 「俺は部長くんの心配をしているんです。確かにキィくんにも影響はあるかも知れませんから、君がそこも気にするのはわかるんですが。ただ、それでも君自身の体調の事が心配なんです。そこは間違えないでください」

 鐘太に真面目な顔でしっかりと言い聞かせるようにじっと見つめながら言われ、思わず響矢はこくこくと頷く。

 「はい。えっと……気を付けます」
 「ええ、もちろん俺だけではなく、他の帰宅部のメンバー皆、君の事を心配しているんですよ。君は自分自身に対しては無頓着な所がありますからね」

 とりあえずそれ以上風紀委員の仕事を邪魔しないよう教室へと向かいながら、響矢は何となくキィに小声で聞いてみる。

 「キィ、俺ってそんなに自分に無頓着なのかな」
 『うーむ、確かにハンシンは自分以外の者の事ばかりで、自分の事は後回しにしている感じだな。あんまり自分の事考えてないっていうか、そういう所があるような?』
 「そっか。一番近くで俺を見てるキィがそう言うなら、きっとそうなんだろうなぁ。まぁ、自分でも思い当たるフシが多少はなくもないけど」
 『もっと自分を大事にしろー!ついでにキィの事も大事にしろー!』
 「キィの事は大事にしてるけどなぁ。そうだ、後で一緒にお菓子食べよっか」
 『食べるー!キィがいないとハンシンはお菓子を食べすぎてしまうからな、うんうん。キィが一緒に食べてやるぞ』

 素直なんだか偉そうなんだかわからない言葉にクスッと笑いながらも、教室の自分の席についてとりあえず少し寝る事にする。

 「キィ、ごめん。とりあえず今はちょっと寝る。授業になったら多分起きれたら起きるから、一応声かけてくれると助かる」
 『仕方ないなぁ、一応起こしてみるけど、起きなかったらキィは知らないぞ』
 「うん、ありがとう」

 眠気がそろそろ限界だった。寝不足だから大丈夫だとは思うけれど、悪い夢を見ないといいな。そう考えた時、ふと優しく手を握ってくれていた鐘太の事を思い出した。彼の優しい手を、あたたかくてしっかりした背中を、どうして思い出したのかはわからない。それでも、その時の事を思い出したら不思議と守られているように安心出来る。
 やっぱり自分は鐘太先輩に頼って甘えてしまっているのかなそう思いながら、響矢は目を閉じる。安心して落ちていくような眠りに、悪夢が寄りつく事はなかった。その代わりに、結局起きる事は出来ず、うっかり最初の授業の半分くらいまで寝てしまったのだけれど。



 その日から、本当に毎日朝晩、鐘太からのWIREが届くようになった。口約束ではあったものの、しっかり約束を守ってくれるのは流石だ。それはとても嬉しかったけれど、やはり迷惑なのではと心配にもなる。何せ、本当に毎日だ、大変ではないだろうか。
 そう思うのに、何故かWIREが届くのを楽しみにしてしまう自分に響矢は戸惑う。どうしてそれが楽しみなのか、こんな風に待ってしまうくらい嬉しく思うのか、それはわからない。ただ何故なのかよくわからないまま、それが楽しみになっていた。

 「何か嬉しそうな顔してるな、ハンシン。ショウタと朝晩話せるの、そんなに嬉しいのか?」
 「え、俺そんな嬉しそうな顔とかしてた?」
 「してた。何かこう、ふわふわ花が咲きそうな感じというか?美味しいご飯食べてる時か、それ以上な感じの嬉しそうな顔してるから」
 「そ、そうなんだ?そうなのか、嬉しそうな顔してるのか、俺」
 「すっごーくな。むぅ、ハンシンは自分ではわからんという事か」

 あんなに嬉しそうなのになー、と不思議そうに言うキィを見ながら、響矢は自分の顔に触れてみる。当然、自分がどんな顔をしているのかなんて、触れてみても全然わからないけれど。
 確かにWIREが届くのを楽しみにしてるし嬉しいから、きっとそんな顔をしているだろうとは思う。でも、すっごーく嬉しいと顔に出てしまうくらいなのか。そう思うと何だか少し恥ずかしい気はする。

 「こうすれば、表情に出ないかな」
 「……真顔になってみても、何か嬉しそうなのがちょっとはみ出てる感じだぞ、ハンシン」
 「ええー、ダメかぁ。無表情には結構自信があったのに」
 「ダメダメだ。ハンシンは表情があまり変わらないだけで、感情は割と出てるからな。ある程度性格を把握した後だと、あんまり無表情じゃないなーってなる」
 「俺、もうキィに性格把握されてる?」
 「ハンシンだからな!大体、嬉しいのを隠す必要ってあるのか?キィは嬉しいならどんどん出してけばいいと思うけどなぁ」
 「……それは、うん。確かにそうか」

 現実では、自分の家の事をあまり知られたくなくて、自分を隠していつしか上辺の付き合いばかりになっていた。そうしてそれに疲れ果てて、やがて一人を選ぶようになった。自分を装うのも、一人でいるのも、別の意味で自分の何かをすり減らしていく。それなら、一人でいる方がまだマシだった。
 けれどそれが嫌で、ここでは素の自分でいるようにした。隠すのも一人でいるのも嫌だからそうしていたのに、感情を隠したら現実の時と何も変わらなくなってしまう。

 「きっと俺は、鐘太先輩と話せるのが嬉しいんだと思う」
 「うん、キィからもそう見える。ならそれを隠す必要ないんじゃないか?」
 「そうだね、隠す事なんてない」

 どうしてなのかはわからないままだけど、嬉しいと思うその気持ちを隠す必要なんてないはずだ。恥じる必要も、きっとない。そういう部分は、人間の事を日々学び真っ直ぐに進んでいくキィを見習いたい。それに、半身になっている自分がもしも歪んだ考えばかりでいたら、キィにも悪影響があるかも知れない。
 響矢がそんな事を考えていると、WIREの通知が鳴る。時間は大体夜の十時半から十一時くらい、恐らくは寝る前にWIREを送ってくれているのだろう。きっと鐘太からだと思い確認すると、予想通りの相手だった。チラッとキィを見れば、よかったなと笑顔で見ていて、何となく照れながらも微笑み返してから文面を見る。

 『こんばんは。部長くんには少し早い時間だと思うので、この時間に連絡でいいのか悩むのですが……
 『大丈夫です。鐘太先輩が寝る前でいいと言ったのは俺の方だし。まぁ、この時間に寝れるかどうかは……ちょっとわからないけど』
 『やはり早すぎますか。もう少し時間を考えた方がいいですかね』
 『いや、先輩が連絡してくれる時間が問題なんじゃなくて。うーん、何と言うか、あまり寝るの早すぎると、悪い夢を見そうでちょっと、こわい?』

 そう送ってしまってから、説明を求められたらどうしようと、つい心の中で焦る。上手く説明出来る自信はないし、その悪い夢を……現実を思い出すと体調が悪くなったりもするから説明しようもない。

 『前にも悪い夢を見ると言っていましたね。俺に何か出来る事があるといいんですが……傍にいる時なら、あの時のように手を握っているくらいなら出来ますけど。流石に今はお互い家にいるから、それも難しいですね』

 しかし、彼は夢の内容を問いかけては来なかった。その事に少しホッとする。もしかしたら、前に悪夢を見ると言った時に、触れないでほしいと態度に出してしまったのかも知れない。キィが言うには、自分は感情が割と出てしまうらしいから。響矢は申し訳ないような気持ちになりつつ、返答を送る。

 『確かに、鐘太先輩が手を握っていてくれた時は、本当に安心して眠れたんだ。あの後から、先輩を思い出して寝ると何となく安心するし、悪夢も見ないで済んでいるから、本当に助かりました』

 そう送ると、しばらくの間返信が止まった。何か変な事を送ったか、または寝落ちてしまったのかな。響矢がそう考え始めた頃に、返信が来た。

 『君は何と言うか、こちらがつい照れてしまうような事をサラッと伝えてきますね。でも、悪夢を見ていないならよかったです』
 『あ、照れてたんですね。てっきり俺が変な事を言ったか、または寝ちゃったのかと』

 何か照れるような事を言ってしまったかなと考えて、自分が送ったログを確認してみる。そう言われてみると、照れくさくなる事ではあるような気もする。けれど、安心するのも悪夢を見ずに済んでいるのも本当の事だ。

 『照れさせてしまっていたらごめんなさい。でも、鐘太先輩の事を思い出していると、何か安心してよく眠れるのも本当の事だから。きっと俺は先輩を頼っちゃってるんだと思う』
 『部長くんに頼られるのは嬉しいですね。俺は普段どうにも頼りないでしょうし、いつも君をつい頼ってしまっていますから』
 『俺にとって、鐘太先輩が頼りになるから頼ってるんだと思うんだけどなぁ。それに、こうやって話せるのも嬉しいし』
 『嬉しいと思ってくれるんですか?』
 『うん、キィにすっごーく嬉しそうな顔してるって言われたんだ。何だか俺は、鐘太先輩からこうやってWIRE来るの楽しみだし、嬉しいみたいです』

 そう伝えてから、少し考えて何か足りない気がして言葉を付け足す。

 『毎日のように朝晩WIRE送ってもらうなんて、先輩に迷惑かかっていないか心配にもなるんだけど。でも、どうしても嬉しいって思ってしまうんだ。だから、ごめんなさいで、ありがとうございます』

 それが素直な気持ちだった。手間をかけさせてしまって申し訳ないとも思いながら、それでも嬉しい。どうしてこんな風にあたたかな気持ちになるのか、楽しみにしてしまうのか。わからない……もしかしたら、それを心のどこかでは理解している気もするけれど。理解しながら、目をそらしているのかも知れない。
 きっとこれは、気付いてはいけないものだ。友愛のまま、親愛のままで、そうでなくては自分も母のように……

 『ごめんなさいは必要ありませんよ。迷惑ではないし、むしろ俺の方こそ君に迷惑をかけているのではないかと心配でした』
 『どうして?俺の方からお願いしたんだ、迷惑な訳ないよ』
 『俺と話していても、楽しいとは思えませんから。君は優しいから、つまらなくても言い出せないのではないかと考えていました。もっと業務連絡のようにした方が、君にあまり時間を取らせないで済むのではないかと』
 『業務連絡にされたら、きっと俺は寂しいと思う。いつも楽しいよ、先輩とこうやって話が出来て。それに俺は優しくなんてないから、嫌だなって感じたらこんな風に話してない』

 直接ではなくWIREだとしても、こうして話していると嬉しいし楽しい。心があったかくなるし、安心もする。だから、もしもこれが業務連絡のようになってしまったら、寂しくなってしまうだろう。
 現実では上辺だけの付き合いが嫌になって一人を選ぶようになったのに、ここでは寂しく思うなんて。矛盾している、どうしようもなく自分勝手な自分が嫌になるけれど。

 『ありがとう、いつも君の時間を少しもらってしまっていますね。俺も部長くんと話せて嬉しいし楽しいですよ』
 『それを言ったら、俺だって先輩の時間を少しもらってます。友達とか仲間とかって、きっとお互いに時間をあげてもいいなって思う相手の事なんだろうなぁ』
 『そうですね……そう考えると、君は誰かに時間をあげすぎているような気もしますが』
 『俺は、ここに来るまではそんな事全然してなかった。だから、今はその分を使ってるんだ、きっと』

 現実では上辺だけの時間は適当に切り上げていたし、誰かといる事が苦痛になった後は祖父母くらいにしか時間を使っていなかった。ここへ来て、ようやく友達や仲間というものが本当にわかった気がする。

 『あ、鐘太先輩はそろそろ寝ないとですよね。俺も一応寝る準備はしてみます』
 『部長くんも、ちゃんと時間を見るようになったんですね』
 『い、一応、今までだってたまには見てましたけど。誰かと待ち合わせする時とか、学校遅刻しそうな時とか。でも、確かに鐘太先輩のおかげで、前より時間を確認するようになったのは事実だけど』
 『それなら、こうして部長くんに朝晩連絡しているかいがあります』
 『うん、そのおかげで前より少しだけ、早寝早起き出来てる気がするし』
 『ええ、確かに遅刻しなくなりましたね。ギリギリの時はまだありますが』
 『ごめんなさい。うっかり二度寝しちゃって、キィが起こしてくれる時がまだあって』
 『こればかりは慣れかも知れません。でも、部長くんが頑張っているのはわかりますよ』

 今まで頑張ってなかっただけだと思うから、そう言われると申し訳ない気もする。それでも、少しずつ変わっていけたらいいとは思っているから。すぐ傍で頑張っているキィを見習って、自分も前向きに部長らしくなっていけたらいいと、響矢は心の中でそう思う。
 その後おやすみの挨拶をして、WIREを閉じてそっと息をつく。本当に変わる事が出来ているなら、前向きになる事が出来てたらいいのだけれど。

 「ん、ハンシン、どうした?」
 「いや、何でもないよ。少し早い気もするけど、もう寝ようか」

 ずっと、過去に囚われている。父に置いて行かれた時に、母に置いて逝かれた時に、囚われ続けている。両親はいない、もういない。そんな事は、とうの昔にわかっているのに。後悔を抱えてこのリドゥへ堕ちる程、本当は後ろを振り返ってばかりだ。
 弱い自分が嫌になる。現実から目をそらして、心の痛みを忘れようとした自分が、死んだ母の事すら忘れようとした自分が腹立たしい。そんな事を思っていたからだろうか、その日はまた悪夢を見た。その夢は、いつもとは違うものだったけれど、確かに現実での悪夢ではあった。

 ……誰かが言い争う声がする。男の怒鳴り声と、女の泣きながら非難する声。両親がまた喧嘩をしている。あの頃は父が帰ってくる事が少なくなってきて、たまに帰ってくる時には両親が喧嘩をしていた。
 両親が何を言っているのかはわからない。聴いていたはずなのに、ただノイズのように聴こえる。きっと幼い自分にはわからなかったから、そして今の自分は理解を拒んでいるから殆ど聴こえないんだろう。それでも断片的に届いてしまう。思い出してしまう。
 父親だったはずの男は、母に向けてもう愛はないとかそんな事を言っていた。別の人の事を愛しているのだと。母を、家族を捨てて、別の誰かを愛しているという。

 気持ち悪い。気持ち悪い。愛って何なんだ。そんな簡単に捨てられてしまうものなのか。そんなものが愛だって言うのか。わからない、俺にはそんなもの理解出来ない、理解したくない。愛するとこんな風になってしまうのか。結婚したらこんな目にあうのか。
 それなら、愛なんていらない。どうしてこんな男と結婚したんだ、どうして……俺は産まれてしまったんだ。こんな男の血をひいてると思うと気持ち悪くてたまらない。恋愛も結婚も気持ち悪い。こんな男も、こんなヤツの血を引く自分も嫌だ、いらない。響矢はただ夢の中で泣き叫ぶ。誰にも、幼い自分にすら届かないのに。

 『お母さん……お父さん』

 幼い自分が、こっそりと声の方に近づいて行く。結果はもうわかっているのに、夢は記憶を再生して止められない。何も出来ない映像のように、それは止まらない。
 泣き崩れた母を置いて、父親だった男が荷物を持って出ていくのが見える。男はこちらを一瞥したものの、それは愛情の欠片もない冷たい目をしていた。

 『おいてかないで、お父さん。ぼくたちを……お母さんを、おいてかないで』

 そう言っても男は去っていく。子供の言葉なんて聞こえなかったみたいに。母の泣いている声なんて何も聞こえないように。背を向けて、そうして二度と帰って来ないのを、今の響矢は知っていた。
 そうしていつか、この男のせいで母が喉を切って自殺する事も知っているのに。夢の中でさえ、両親を止める事が出来ない。ふと、夢の情景を見つめる自分の手が黒く染まり、出現した殺意を両手に握り締める。

 ……ああ、母が死ぬ前に、自殺してしまう前に。両手に持ったこのナイフで、あの男の背中を刺してしまえば

 「ハンシン、起きろ!」
 「……っ、え、あれ、キィ?」
 「悪い夢を見てたのか?何だかすごいうなされてたから、つい起こしてしまった」
 「あ、あ……そうか、うん。そうだ、夢を見てた。いつものとは違ったけど、嫌な夢だ」

 母が死ぬ夢とは別の夢。父親だった男が、自分たちを置いていった日の夢だった。あの男への憎しみと殺意を夢の中で自覚し、自分で自分がこわくなって、響矢は思わず息を吐いて顔を両手で覆う。
 実際には何も出来なかった。幼かった自分はその背中を見送る事しか出来ず、ただ泣いてる母の傍に行っただけだ。それでも、心の中にそういう気持ちがあるのは恐ろしい。
 自分のカタルシスエフェクトは、母が死んだ時刺さっていたナイフの形をしている。夢の中で手にしていた父親だった男への殺意もまた、同じ形をしていた。だから響矢は、自分のカタルシスエフェクトが大嫌いなのだと自覚する。

 「大丈夫か、ハンシン……
 「うん、大丈夫……大丈夫だよ」

 過去に囚われ続けている。両親を止められなかった後悔を抱え続けて、こんな所へ来てしまった。幼い自分には何も出来なかったとしても、それでも何か出来たのではないかと、そんな事を考えて続けて、後悔をし続けて。
 けれど、それはリドゥにいる者は皆そうなのだと後になって知った。そう、帰宅部のメンバーたちだって当然、リドゥにいる以上同じだった。皆、現実を忘れたい程の後悔を抱えているのだと。それを響矢が初めて知る事になったのは、鐘太と向き合いその心に封じられていた傷を知った時だ。

 「……例えば君は自分の判断の末に人を殺してしまったとしたら。それでも自分を信じ続けられますか?」

 鐘太が何故、選択する事が苦手なのか。選択しない事を選んでいるのか。どうして時々苦しそうな顔をする事があるのか。それを、響矢は知る事になる。
 心に残る深い傷痕、忘れる事が出来ない過去。それは、踏み込んだ代償のように響矢の心にも返る痛みだった。


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