@uk_plus_
それは唐突な出来事だった。およそ一か月先に行われる文化祭の役割を決める教室の中。黒板に書かれた自分ともう一人の名前を見ながら、私はどうしたものかと少々考えた。その名前が“越知月光くん”だったからだ。
「じゃあ、そういうわけでこれ、お願いね」
文化祭実行委員であるクラスメイトの女の子に一つの冊子を渡されながら、私と越知くんは彼女にひとつだけ返事をした。
全ての係などが決まってしまったあとは、そのグループに固まって準備概要の確認の時間が始まった。私と越知くんが担うのは資材管理で、事務仕事が多いだろうことから人員は自分と彼の二人きりだ。
「越知くん、今日からよろしくね」
「…ああ」
手元の冊子から自分よりも高い位置にある顔へ視線をやり私がそう言えば、越知くんは落ち着いた声で返事をした。隣り合う机に座りながらその声に対して私が何も言わないでいると、隣の彼から何か続く言葉が出てくることはない。
越知くんはとても静かな人だ。それはこのクラス中、いや学校中の男子生徒と比べる必要もないほどで。その容姿も相まってか色んな意味で学校の有名人だった。だからだろうか、クラスメイトとして過ごしていた今までで彼と言葉を交わす機会など私には訪れたことがない。そんな彼とおよそ一か月もの間、上手くやり取りできるかどうか私にはあまり自信がなかった。
その不安はすぐ形になったようで、お互いに沈黙してしまい私と越知くんはどちらからともなく冊子を開いて読み始めてしまった。
「やっぱり後の方が大変だよね。あー会計も少しはあるのかぁ」
「そうだな」
一通り渡された冊子にお互い目を通したところで私がそう言えば、やはり彼はひとつだけ返事をして、しかしまだ冊子に目を通していた。
「何か気になるところ、あった?」
「…いや―」
不思議に思ってそう彼に聞くと、越知くんは何か気付いたようにポケットに手を入れてスマホを取り出す。そして画面を見た後にちらりと教室の後方へ視線をやっていた。その先には彼とよく一緒にいる男子生徒二人がいて、にっこりと笑いながら越知くんへと手を振っている。
「やっぱりあの二人と同じ仕事がよかった?」
「どうしてだ」
「ううん、なんとなく。ほら、友達と一緒の方が楽しいだろうし、あと資材管理地味だしさ」
頬杖をつきながら苦笑して私は彼に言った。
会計が絡むこういった仕事をしたがる人間はあまりおらず、私はといえばできるだけ裏方の仕事をしたいと思い中々手を上げずにいたらここに落ち着いてしまっていた。越知くんは何やら先生とやり取りをしてからこの仕事になったようだったけれど、それは越知くんの本意ではなかったのかもしれない。そんな思いから尋ねた言葉に、彼はゆっくりと首を振った。
「別段、この役割で困ることはない」
「そっか。ならよかった」
「…それで」
「え?」
「その…」
どうやら私と仕事を行うことに彼は不満を抱いていないようだとほっとしていると、歯切れの悪い言葉がぽつぽつと越知くんの口から漏れ出した。
「連絡事項が、何かと、あると思う。その、連絡先を、交換、させてくれ」
「うん、いいよ」
後ろに行くほど小さくなっていく声をだいたい聞き取って、私は制服のポケットからスマホをさっと取り出し自分の連絡先まで画面を呼び出した。
その間、越知くんの友人が後ろで何やら盛り上がりふざけ合っていることに私は気付かなかった。