@uk_plus_
空き教室に購入されてきた資材を置きながら、私と越知くんはリストとそれらを交互に見ていた。
「今日はこれで全部かな」
「そうだな」
文化祭の準備期間中は必要なものや制作物を空き教室に保管していた。それは各クラスに大よそ割り当てられており、文化祭の経験が三年目の私たち三年生はひとつの教室をまるごと使えるということになっていた。
「来週にはもう少し増えるだろうけど、漏れがないようにしないとね」
「ああ」
リストをぺらりと捲りながら私が言えば、やはり越知くんは小さくひとつ返事をする。
いよいよ準備が始まってから一週間が経っていたが、必要な仕事の会話以外は私と越知くんが言葉を交わすことはあまりなかった。それはそれでよかったのだけれど、こうして二人きりになる場面が増えると少々緊張してしまう自分がいた。望んでいた裏方の仕事とはいえ、数や流れに間違いがあれば彼に迷惑をかけてしまうことが不安だったのだ。私と違い彼は部活動にも所属している。また学校外でもテニスで予定が埋まっているらしく、時間が限られている中で仕事をする越知くんの足手まといになりたくなかった。緊張感を利用して固く言葉をやり取りする私は、こうした場面で彼と同じように無口になることが多かった。
「あ、そうだ」
「どうした」
「厚紙は予備分も含めてちゃんと保管してねって制作の子が言ってたなって」
「上質紙か」
「うん。…えーと、これかな」
思い出した私が資材の中からそれらを取り出して状態を確認していると、越知くんもそれに倣うようにそばへと寄ってきて私が持った紙をじっと見た。
「綺麗な紙だな」
「うん、メニュー表にするって友達が―っいった!」
一応枚数を確認しようと紙束に指を沿わせた時だった。思わず声の出てしまう痛みが私の指先に走る。その声量に驚いたのか、すぐそばにいた越知くんは大きく肩を震わせた。
「ああ、ごめん、びっくりさせちゃった」
越知くんに謝りながら紙から離した手元を見ると、人差し指の先にまっすぐ赤い線が走っていた。私は大事な紙を汚さないようにそばの机に置いてから、ああと声を漏らす。
「…平気か?」
「うん、切っちゃっただけだから」
「…深く、切れたんじゃないか?」
少しひりつく指先からふくりと血の雫が出来始めたのを見て私がそれを口に含むと、越知くんが私の背丈に合わせるように屈んで眉を顰めた表情で言った。
「かなぁ。結構厚い紙だったし」
微かに口内に広がり続ける鉄の味を感じながら私がそう答えると、越知くんが口をぎゅっと閉じてから待っていろと言って空き教室を出ていった。その背中をぼんやり見つめて送り出して数分後、ポケットティッシュと何やら小さなプラスチックの箱を持って彼は帰ってくる。私はそれを見て頭にはてなを浮かべながらおかえりと言った。
「指を見せてくれ」
「え?うん」
言われたままに口から人差し指を離して越知くんに差し出せば、持っていたティッシュを二枚取り出してその指先ごと私の手を彼は両手で包んだ。
「消毒液はないが…」
「え、あ、ありがとう」
突然のことに驚いてしまって、私は彼の手に包まれた手元とその顔を交互に見ながらぎこちなくお礼を言った。すると越知くんはまた先ほどのように屈んで私を見て、そしてティッシュと手に包まれた人差し指をそっと解放する。薄紙越しに感じていた、自分より少しひんやりした大きな手がゆっくり離れていった。
「当てておけ。今絆創膏を出す」
「保健室から取ってきてくれたの?」
「自分の持ち物だ」
それでもわざわざ取りに行ってくれたのかと申し訳ない気持ちになり、私は渡されたティッシュごと手を自分の胸に抱く。ちくちくする指先をそっと見れば、切った時よりも出てくる血の速度は遅くなっていた。
「もう一度手を出してくれ」
「う、うん」
促されるままに再び手を出せば、今度はティッシュ越しではなく大きく冷えがちな手がそのまま私の手にそっと触れた。そして慣れた手付きで、越知くんから見れば小さな絆創膏を私の人差し指に貼り付ける。なんとでもない傷だったとはいえ、簡単に止まらなかった血に動揺していたのだろうか。それを見た私はほっとひとつため息をついてしまっていた。
「痛むか」
「え、ああ、もう大丈夫だよ」
「…よかった」
思いの外表情のある声音で彼の口からそんな一言が出た。私はそれを不思議に感じて首を傾げたが、今一度絆創膏を貼られた指先を見てお礼をちゃんと言わねばと口を開いた。
「越知くん、その、ありがとう」
「…いいや」
「ほんと、助かったよ」
紙を汚しちゃったら大変だもんねと言いながら机に置いた紙束を移動しようと私が手を伸ばせば、それを見ていた越知くんが慌てたようにそれを大きな手で取った。
「俺がやろう」
「え、ああ、うん」
「その…他の物を確認してくれ」
「わかった!」
仕事が始まった時よりも少々声を大きくして返事をすると、越知くんはすぐ私に背を向けて紙束をしまいだした。私はその背中を少し見てから、別の資材に目をやった。
もう少し肩の力を抜いてやっていこうと思いながら。