@uk_plus_
「じゃあ俺二人の分の飲み物取ってくるね。休んでてよ」
先に店内で寛いでいた小柄な友人は、部活帰りにファミレスへ寄った二人にそう言って席を立った。それにひとつ頷いた越知ともう一人の友人が、男子にしては小さな背中を見送ってから話始める。
「それで、なんだ急に」
「なんだって…お前の為を思ってだろうが」
「俺の為?」
「珍しいじゃん。越知があそこまで動揺すんなんてさ」
「……」
「まあ、ちょっと心配しただけっつーか」
朝より少しくたびれた制服の緩く絞められたネクタイを更に緩めながら、友人は越知に言った。対する越知はといえば視線を自分の右手にやって、そして日中のことを反芻した。そんな様子を見ていた友人が軽く息を吐いてまた言葉を続ける。
「聞いてたらさ、落ち込むようなことひとっつもねーじゃん。どうしたんだよ」
「…あまりに」
「え?」
「急に、距離が詰まったものだから」
―気持ちが追いつかなかった。
そう小さく呟かれた言葉に、今一度友人がため息を吐いた。
「つーかさ、そんなに好きなのによく今まで見てるだけでいいなんて言い張れたもんだな」
「その時は……本当にそれだけでよかった」
越知の心の底からの言葉だった。毎日見かける彼女が笑っているだけで、越知は満足だったのだ。その笑顔が自分に向いていなくとも、たとえそれがいつか別の誰かに向けられたとしても。本当に本当にそれでよかったのだ。しかしそれが日中のふとした出来事でいとも容易く崩されてしまった。
触れた指先の柔らかさと、そばへ寄った時の彼女の息遣い、そして自分に礼を述べる彼女の笑顔。
その全てで今までの越知自身を覆してしまった。そして越知はその事実にひどく困惑したのだ。自分の中で一気に溢れた彼女に対しての感情。自認してしまったものは止めることなどできずに、欲求と傲慢さを兼ね備えてそれは越知の頭を占拠する。明日以降の文化祭の準備時間が、越知には不安で仕方がなかった。
「持ってきたよ~はい、コーラとホットコーヒーね」
思いつめたような越知の声音がボックス席にいる二人を静かにさせていた時、飲み物を持ってきた小柄な彼がにこやかに二人に言ってそれらを渡した。
「やだな~空気が悪いよ~」
「越知のせいだから、俺何も悪くないから」
「お前が発端だろう」
「もうここまで来たらどっちもどっちでしょ~」
二人の空気を払うように小柄な友人がくすくす笑って自分の飲み物に口を付けた。そして越知の名前を呼ぶ。
「ねえ越知」
「なんだ」
「だってもう、我慢できないってことでしょ?それってさ」
「……」
「我慢って、とっても体に悪いんだから」
それでもなお黙っている越知に、ひとつ苦笑いをした彼はテーブルに置かれたスマホを指さして続けた。
「とりあえずさ、連絡先も交換したんだし、何か送りなよ」
「何か、とは…」
「今日のこととか?ほら、大丈夫~?みたいにさ」
「おお、そうだな!それがいいわ!送れ送れ!」
「お前は黙っていろ」
こなれたように助言を投げかけてくれる友人とは対照的に、ぎゃんと騒ぐもう一方の友人に対して越知はきつく睨んだ。
「まあまあ、あと一分で黙るから大丈夫。さ、そんなことより送ってみなって」
「しかし……」
「越知、人間なんてお話してみないと何にもわからないんだから」
ね?と首を傾げて促す友人から視線をスマホに移して、越知はそれを握り点灯させる。
その時、小柄な彼の隣で何かをぶつくさ言いながらコーラを口にした友人がそれを噴き出しむせた。突然のことに驚いた越知だったが、開いていたおしぼりをそんな彼に渡しげんなりと言う。
「何をしてるんだお前は…」
「っい、ちっが、おま…こ、これ何入れたんだよ!」
「タバスコ」
「なんでだよ!」
「越知の気持ちの代弁だよ」
事も無げに答えながら依然にこにことしている小柄な友人を見て、越知はぴしりと体を固くした。
「おい…それじゃあ…」
「ああ、安心して。越知のには砂糖が十個入ってるだけだから」
「……」
「飲んで、そして彼女に連絡して?」
柔らかな言葉尻とは裏腹に、その笑顔は強い威圧で作られているようだった。たらりと冷や汗を流して、越知はそれに何度も頷いて即座に彼女の連絡先を開くのだった。
「何て送ったの?」
「指先は平気か、と……」
「まあ無難だね」
一人安全な飲み物を口にしながらつらっと言う友人を苦々しく見ながら、越知は今一度スマホを見る。
返事の気配はない。送った瞬間こそ期待などしていなかったが、いざそうなってみると落胆するものだ。
「とりあえず今日は解散しよ。タバスコ馬鹿も静かになったことだし」
「誰のせいだよ…」
「はいはい、会計しちゃおうね」
目の前でいつも通りのやり取りをする友人を見ながら、越知は甘ったるいブラックコーヒーの最後の一口を飲み干す。それはまるで自分の感情の様相だと、越知は思った。
後日の余談だ。
「今度はどうしたの越知~~」
しゃがみ込んでも小さいとは言い難い巨躯が廊下の端で震えていたので、丁度登校して教室へ入ろうとしていた小柄な彼が見かけたそれに困ったように声をかけて背中をさすった。そして何かぽそぽそと漏らされた言葉を聞く。
「うんうん、昨日は彼女から返事来て?返すのに色々と考えたらすごい時間が経ってしまって?でも彼女がもう一度メッセージをくれて?嬉しくて少し寝不足?うんうんそれで?そんな感じでいたのに?ついさっき彼女が飴玉をくれた?わざわざ自分に声をかけて?めっちゃ笑いかけてくれた?」
恐らくその距離感だからこそ聞こえる越知の声全てを咀嚼して、翻訳するように反芻して言う彼の声を耳にする。改めて聞けばなんという状況だろうと越知は頭を抱えた。
「うわー越知めっちゃ頑張ったじゃん、昨日の凡愚は別人って感じだね!」
「言い様が……」
明るい友人の罵倒に、越知は昨日の威圧感を思い出して抗議できずに言葉を引っ込めた。
「で、越知、何か思ったことあったんじゃない?」
「…何がだ?」
「自分に笑いかけた彼女、どうだった?」
こいつはなんてことを聞くのだと越知が友人の顔を見やれば、それはやはりにこにことしているだけだ。そして“今すぐ言え”という無言の圧力が越知の眼前に広がって、それに負けたわけではないがおずおずと口を開いた。
「か……可愛らしかった」
言ってしまうとそれが気持ちに染み渡っていくようで、越知は熱くなってしまった顔を両手で覆った。そんな越知の隣で未だ背中をさすっていた小柄な友人は、満足そうに笑っていた。