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越知月光は見ているだけでよかった8

全体公開 6 1968文字
2021-09-05 12:19:48
Posted by @uk_plus_

 体育の授業の片付けを越知は友人としていた。していたと言ってもほぼこなしていたのは越知だけだったが。そんな時だった。

「ねぇ越知は彼女のどんなとこ好きになったの~?」
「っ!?」

そんな友人の言葉が聞こえて、越知はしまっていた鉄製のボール籠に強か脛を打った。

「っ……
「あーあーそれは痛いやぁ」
「急に変なことを聞いてくるな

籠のそばにしゃがみ込み、小柄な友人を珍しく見上げた越知が憎々しげに言えば、そんな友人はふんわり笑って更に続けた。

「だってさ、気になるじゃない」
「面白がっているだけだろう、お前は」
「そうとも言うかな?」
「そう言え」
「え~?じゃあいつから好きなの?」

何をどう言っても怯まない友人に越知がため息を吐いてからぽつりと言う。

一年の頃からだ」
……それはそれは、また」

恐らく友人が想像していた以上に年月が長かったのだろう。いつもふわふわと笑ってばかりの彼が丸い目を更に丸くして瞬かせていた。

「そんな時からずっと?」
……ああ」

越知は立ち上がってガラリと体育倉庫にボール籠を押し込んだ。そして思い出される情景に目を細めた。



 中等部からの持ち上がりとはいえ浮足立ったような空気が充満している廊下で、彼女を見たことを越知は思い出す。
 廊下、日差し、探し物をする自分、廊下に立って手元を見ている彼女。その手元にはひとつの栞。まじまじと彼女に見つめられているそれこそ越知が探していたもので。それは猫の形をしたステンレス製のブックマーカー。
 失せ物が見つかったのはもちろんよかったが、越知は困ってしまった。なんと声をかければいいのだろうと。口下手と思春期が相まって越知には正解の言葉が全く思いつかなかった。馬鹿にされるだろうか、驚かれるだろうか、何かを思われるだろうか。様々な気持ちが混在して逡巡させる。
 そんな時、越知に気付いた彼女がふと顔を上げてから、手元のブックマーカーと彼を何度か交互に見た。そしてぱっと表情を明るくして声を上げた。

「ああ、これ、君の?」
「あ、ああ」
「そっかそっか、よかったー持ち主が見つかって。まあ先生に預けるつもりだったんだけどはい!」
ありがとう」

すっと差し出されたそれをおずおずと受け取って越知がほっと胸を撫で下ろしていると、彼女がにこにことしながらまた口を開いた。

「それ学校の近くにある雑貨屋さんのだよね?」
「あ、ああ、そうだが」
「あそこの物、可愛いよね!私も好きなんだ。その猫の栞も素敵だね」

突然に投げかけられた話題に越知が驚いて返答できないでいると、廊下の先から予鈴が聞こえてきた。

「あ、行かないと!じゃあね。失くさないように気を付けてねー」

朗らかに越知へ笑いかけて、彼女は手を振りながら行ってしまった。
 それはまだ彼女の名前も、学年も、何もかもを知らない時のことだ。



 「その様子から察するに、一目惚れってやつ?」
……まだ何も話してないが」
「話さなくってもわかるよー。だってそんな昔から好きなのに本当に全く関わりがなかったんでしょ?そういうことじゃん」

記憶の波から帰ってきた越知を小柄な友人の視線が刺した。そして畳みかけるように何も話さない越知に言葉をも刺し込んでいく。

「あいつも言ってたけど、よくずっと見てるだけでよかったもんだね」

その言葉が、越知の深い深い奥の方へと刺さる。

そうだな」

越知にしては珍しく自嘲気味に言って、体育倉庫の扉をばたりと閉めた。




 いつもの資材置き場の教室に入ってから忙しく仕事をする彼女をちらりと見た越知は、付随するもう一つの記憶をはっきりと思い出していた。

 彼女が同じ学年であることを知り、以前の礼をちゃんと伝えようと思っていた頃。たまたま廊下で彼女を見かけてそのまま声をかけようとした時だった。彼女が一人の男子生徒の隣で談笑し、そしていつぞやと同じくらい綺麗な笑顔で笑いかけていたのだ。対峙する男子生徒も同じように彼女に笑いかけ、二人とも楽し気にしていた。隙間を感じさせない空気が二人を包んでいるように越知には見えた。それを見た越知は胸の奥を抉られたような感覚を得て踵を返した。
 あの男子生徒と重ならない自分の不甲斐ない特徴が、越知の胸を傷つけた記憶だ。

 それから越知は決めたのだった。遠くから彼女を見ているだけでいいと。隣に立つことが叶わなくとも、ただその笑顔を見れるだけで構わないと。成就などしなくていい。恋にだってならなくていい。未満の感情を抱えたままやり過ごそう、そう思った。

 蘇った傷が疼く胸中で仕事をしながら、度々彼女からかけられる声になんとか返事をして越知は準備の時間を過ごした。


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